【靖国神社】遊就館において南京事件(南京大虐殺)は、どの様に展示されているか

靖国史観

靖国神社に併設される博物館「遊就館」は、日本最大の戦争博物館として知られます。そこでは日本中心の歴史観、通称「靖国史観」が開陳されています。

今回は、そんな遊就館において、南京事件(南京大虐殺)がどのように展示されているのかを紹介します。南京事件は、慰安婦・徴用工とならんで歴史認識の最重要課題です。

館内は撮影禁止の為、展示パネルと同内容が収録されている展示目録から必要箇所を抜粋しつつ紹介したいと思います。

民間人犠牲者には触れず、日本軍の倫理観の高さをアピール

遊就館の「南京攻略戦」「南京事件」のコーナーには、これを説明するパネルが次のようにあります。

『靖國神社 遊就館 目録』靖国神社, 2008, p. 67

重要な箇所を太字にして書き起こせば次のようになるでしょう。

南京攻略作戦

中国の戦争意志を挫折させる目的で首都南京を包囲攻略した作戦。日本軍の開城勧告を拒否した防衛司令官唐生智は、部隊に固守を命じて自らは逃走した。統制を失った部隊は混乱し、南京城は12月13日に陥落した。

南京事件

昭和12年12月、南京を包囲した松井司令官は、隷下部隊に外国権益や難民区を朱書きした要図を配布して「厳正な軍規、不正行為の絶無」を示達した。敗れた中国軍将兵は退路の下関に殺到して殲滅された。市内では私服に着がえて便衣隊となった敗残兵の摘発が厳しく行われた

ここでは、1)日本軍は厳正な軍規に従って行動し、不正行為をしなかったこと、2)市内に民間人に化けた敗残兵(便衣兵)が潜んでいたため、これを厳しく摘発した、という二点が重要です。

つまり、日本軍は厳正な軍規に従って行動しており民間人虐殺など無かった。ただ、市民に化けていた便衣兵を摘発・処罰していただけだ。というような保守論客の常套句が、控えめな言葉で表現されています。

平和な南京をアピール

さらに、当時の新聞記事をさりげなく引用しながら「平和蘇る南京」をアピールします。

『靖國神社 遊就館 目録』靖国神社, 2008, p. 67

一部保守によれば戦前から売国奴であったとされる朝日新聞の記事を根拠に「南京大虐殺は無かった」と間接アピールしてしまうところがミソですね(参考記事:朝日新聞陰謀論まとめ)。

また最近でも、当時の写真を分析して、中国側が提示する写真はすべてプロパガンダと決めつける一方、当時の日本側新聞に掲載された写真は真正のものであると位置づけて「南京大虐殺は無かった」と結論してしまう理論が散見されます。

しかし当時の日本には「新聞紙法」という情報統制があり、軍部に都合の悪い記事は掲載できませんでした。よって日本軍が残虐行為をしていたというような記事や写真が、新聞に掲載されるはずがないという前提を踏まえておく必要があります。

敵国側のプロパガンダは頑なに信じないという批判的精神を持つのに、自国側のプロパガンダにはまんまと騙されてしまうことは、客観的でも、実証的でも、公平・公正でもないでしょう。

まとめ

この様に遊就館に展示される南京事件(南京大虐殺)のコーナーは、明文化されてはいないものの、「大虐殺は無かった」という方向に読み得るように構成されています。

しかし「大虐殺は無かった」と声高に叫んでいないだけ、良心的であるかもしれません。南京事件を通して民間人に被害がでた事実は日本政府もすでに認めているところです。外務省のホームページには次のようにあります。

問6 「南京事件」に対して、日本政府はどのように考えていますか。

1 日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。

外務省ホームページ

このように、いまさら虐殺行為そのものを否定しようとする言論は、歴史修正主義でしかありません。

5 件のコメント

  • そりゃ便衣兵掃討が過熱化して無実の人間まで手にかけたり単純な兵士個人の殺害、暴行はあっても組織だって30万人以上殺したかといわれたら答えはNOだろ

  • 遊就館一度行ったけど、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、帰り道はすごい嫌な気分だった。
    頑なに大東亜戦争と呼び、あくまでも先の大戦を正当化するあの姿勢。

  • 東京裁判、サンフランシスコ講和条約を受け入れた時点で、外務省のコメントはそうせざる得ないと思います。あれほど規模の大きい都市で便衣兵が潜む中、否、どのような市街戦においても虐殺が起きるのは当然のことと思います。ただ戦前の国民党政府、戦後の共産党政権が言うようなレベルの虐殺は有り得ない。そのことを遊就館側は伝えたいのではないでしょうか。ちょっと意地悪なご意見に感じます。

    • 南京攻略戦時、中国軍側に、いわゆる便衣兵による戦術があったということは確認されておらず、
      単に、南京攻略戦での両軍の勝敗の大勢が決した後、戦意を喪失した兵士らが、日本軍による殺害を免れるために、軍服を脱ぎ捨てて、逃亡し隠れていただけ
      と指摘されていたと思います。
      ちなみに、便衣兵というのは、単に軍服を着用していない、というだけでなく、その軍服を着用しない状態で実際に戦闘行動を行ったということが必要とされていて、上で書いた、戦意を喪失して軍服脱いで逃げただけでは、便衣兵にならない、ということだと思います。

  • 数字の捉え方のマジックなのよね。これ、樋口ルートとかマルレ艇の話にも似たようなことが言えるんですが、あったか無かったかだけを言うなら、一人でも誤認射殺とかがあれば虐殺と言うこともできるし、「諸説ある」という言葉の中には最低一人から数百万人まで振れ幅が出たりもします。こういう時、一体どうすればよりベターなのかって、ろだんさんなりの意見表明が文を読んでもいまいち見えてこないです。そこら辺が分からないままだと、いくら自論を言っても右の人たちが耳を傾けてくれる可能性はかなり低いと思います。

    個人的には
    ・数字は基本的に両論を明記する。敵味方の片方でしか数字が分かってないものは、その旨も記載する。
    ・事実誤認が起きかねない数字の混同は原則として行わない。
    ・相手国の言い分も書きつつ、それでも自国側の見解も述べ、結論をどう取るかは読者自身に判断させる。
    とか、展示レベルの事くらいなら色々考えられるんですが、

    政治の話、それも補償問題になるとどう行動するのがベターかなんて全然分からないです。
    諸外国は一応相手にも言わせるけど、自分の言い分も強く押し通して、少なくとも自国に対するヘイト活動が相手国内や諸外国で起きない程度の突っぱねや釘刺しだけはしてるように見えるんですが、少なくとも、今の日本は国際政治の例えでよく言われる「笑顔を作って右手で握手しながら左手では銃を構えている(あるいは殴り合っている)」ってところまでは行けてないのは確かだとは思います。
    左手で使う手段が軍事で圧力掛けたり資源絞ったり、宣伝仕掛けたり要人とっ捕まえたり、
    自国民を一斉に引き上げたり、国によっていろいろな方法があるみたいだけど、日本だと何をするのがベターなのかがさっぱり分からんのです。

    こうなる原因として、右は「憲法9条ガー」と言うし、左は「対話や謝罪や賠償ガー」というけれど、そこまで両極端な話じゃないような気はしてます。大国と歴史問題抱えた小国の立ち振舞い方の中に、現状の日本でもできる何かがあるんじゃないかとは思ってるんですけどね。
    (韓国の手法は良くも悪くも斜め上過ぎてあまり参考にならんけど)

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