百田尚樹氏、過去作品にもWikipediaコピペの指摘

『日本国紀』の評判とコピペ

百田尚樹『日本国紀』が刊行されるや、Wikipediaからのコピペ箇所が相次いで発見され、さらに著者本人がWikipediaからのコピペを認めたことから、本書は『日本コピペ紀』とか『日本ウィ紀』などの異名まで得ました。

しかし百田尚樹氏著作にコピペがあるという指摘は、今回の『日本国紀』だけでなく、既に前からあったようです。今回はその一例を紹介したいと思います。

『「黄金のバンタム」を破った男』にもコピペ指摘

『「黄金のバンタム」を破った男』(PHP研究所, 2012)のAmazon書評では次のような指摘が。

指摘されているWikipedia(本書が刊行される直前の)には次のようにあります。これは、1969年7月28日に開催された、WBC世界フェザー級王者戦「ファイティング原田vsファメション」への記述です。

中でも14Rに奪ったダウンは強烈で、このダウンで王者のファメションは半ば失神状態に陥っていた。誰の目からも10カウント以内に立ち上がれそうにないことは明白だったが、この試合のレフェリーを務めていた元世界フェザー級王者のウィリー・ペップは、あろうことかカウントを途中で放棄すると失神していたファメションを無理やり立たせ試合再開を促したのだった。

Wikipedia「ファインティング原田」2012年11月1日 (木) 22:20更新分

そして、同試合について、百田尚樹『「黄金のバンタム」を破った男』には次のようにあります。

そして十四ラウンド、終了間際に強烈な右ストレートでファメションをダウンさせた。このダメージは重く、ファメションは意識が朦朧として立ちあがることができなかった。その時、信じられないことが起こった、なんとレフェリーがカウントを取るのを中止し、ファメションを助け起こしたのだ。絶対にあってはならない行為だ。

百田尚樹『「黄金のバンタム」を破った男』PHP研究所, 2012, p. 297.

確かに、「14ラウンド終盤にファメションがダウンして、それをレフェリーが助け起こした」という点で、両者は一致しており、同じ状況を想定している文章であると容易に想像できます。

実際の試合映像

ところが、実際の「ファイティング原田vsファメション」(1969年7月28日)の試合を映像で見ると、14ラウンドに、フェメションは確かにダウンしているものの、自力で起き上がっています。

つまり、百田尚樹氏が、実際の試合を映像として見て小説を書いたわけではなく、Wikipediaの情報を頼りに脳内で試合を再現して小説を書いたという指摘は非常に説得的です。つまり、Wikipediaからコピペして書いてしまったのです。

そしてWikipedia編集者が混同してしまったという「ガッツ石松vsゴンザレス」の一戦。たしかにレフェリーが助け起こしています。

その他にも…

以上の映像が如実に証明しているように、『「黄金のバンタム」を破った男』(PHP研究所, 2012)においても、Wikipediaからプロットをコピペした痕跡が確認されます。

よって百田氏のコピペ癖は、今に始まったことではなく、昔からの習慣であることが推測されます。

コピペ本ですらベストセラーにしてしまう百田氏の力量には感服せざるを得ません。おそらく「渾身の筆」を振るってコピペしたならば、1000万部超えも夢ではないのではないでしょうか?

なお百田氏は、韓国製のコピー商品を厳しく非難するという、不可思議なブーメランを放っています。



1 個のコメント

  • この作品は「小説(フィクション)」と呼ばず、宣伝文句通り「ノンフィクション」として丁重に取り扱うべきじゃないですかね?
    フィクションだと、たとえ実在の人物・出来事を描いていようと一定の脚色が許されるので、ご指摘の箇所も「試合内容をドラマチックにしただけや!文学的修辞や!」と強弁できてしまいそうな。でも実際はそうでなく、ノンフィクションと銘打ちながら事実関係が いい加減でテキトー。結果 読者が間違ったことを信じ込まされる――のが百田作品最大の害悪だと思います。
    「小説」と評することでそこを曖昧にしないほうが良いのではないかと。(コピペでのやっつけ仕事だったかどうかは別にして。)
    しかしよくもまあ ぬけぬけとw 帯にまで……

     “魂をゆさぶる傑作ノンフィクション”
    https://www.php.co.jp/bantam/

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