安倍首相、引用文章を改竄して靖国維持を国民の義務にしてしまう【ビッテル神父発言の濫用】

文章改竄のレトリック

安倍晋三首相は自著『新しい国へ:美しい国へ 完全版』(文芸春秋)のなかで、自身の政治所信を縦横無尽に語っています。

戦後レジーム脱却を目指す安倍首相は、そのなかで靖国神社の意義についても力説します。が、やや引用文を(自説に都合の良いように)改竄してしまっています。

国家殉教者への慰霊について安倍首相は「いかなる国民も、…敬意をはらう権利と義務がある」と引用していますが、実際の原文では「いかなる国家も」とあり、主語が異なっています。国家殉教者への慰霊を「国家の義務」とするのと、「国民の義務」とするのではだいぶ意味が変わって来るでしょう。安倍首相の本では「靖国神社の維持や、そこへの参拝は国民の義務」の意で読めてしまいます。しかし実際にはそうではないのです。

また、アメリカの「無名戦士の墓」に言及する部分が、安倍首相の本では削除されてしまっています。日本にはそれに相当する「千鳥ケ淵戦没者墓苑」が既にあるので、この一文を残したままだと靖国神社を「国民」が維持する義務があるという主張に説得力が無くなってしまうからかもしれません。

安倍首相への擁護?

このように「国家」の語を「国民」に勝手に置き換えてしまうことは、文意を変えてしまうため問題があります。この改竄行為自体を弁護することは不可能なのですが、この置き換えが全く無根拠ではない点も同時に指摘しておきます。『教会秘話:太平洋戦争をめぐって』(初版 1971)には同じエピソードが次のように書かれています。

いかなる国民も、祖国のために身命を賭した人びとに対して、敬意を表わし、感謝を献げることは、大切な義務でもあり、また権利でもあります。ですから、戦没者の墓碑に対しては、敵国民といえどもこれに敬意を表わしているではありませんか。いま、靖国神社は神道の単なる霊廟ではなく、国民的尊敬のモヌメントであることを申し上げねばなりません。なぜなら、そこには、神、仏、基いずれの宗教を問わず、戦没者の英霊が平等に祀られているからです。したがって、このようなものを廃止するのは、国民の大切な義務と権利を否定することになりはしないでしょうか?

志村辰弥『教会秘話:太平洋戦争をめぐって』聖母の騎士社, 2007

こちらでは主語が「国家」ではなく「国民」になっています。したがって安倍首相の改竄(?)も全く無根拠というわけではありません。

ただし、こちらの場合には「靖国神社は神道の単なる霊廟ではなく、国民的尊敬のモヌメント」という文から察することが出来るように、神道の社として靖国を維持すべきという意味ではなく、非宗教の国家運営の追悼施設を作るべきだという内容です。事実、これに続いて司令部がが発したとされる指令が次のように紹介されています。

靖国神社は、戦没者の英霊を、宗教のいかんを問わず、平等に祀っている。それゆえ、これを日本国民の民族的尊敬のモヌメントとして認め、存続することを許す。ただし、今後は、国がこれを管理し、いずれの宗教においても、そこで個有の宗教儀式を行うことができ、それらの費用はすべて国が支弁すべきである

志村辰弥『教会秘話:太平洋戦争をめぐって』聖母の騎士社, 2007

したがって宗教法人であり、かつ神道の儀式しか行うことのできない「靖国神社」がここに想定されているわけでないことは明らかでしょう。

まとめ

この様に考えると、保守が靖国神社宣揚のためにしばしば引用するビッテル神父の発言は、現在あるような「靖国神社」の存続形態を擁護するものでないことは明白です。

その真意は、アメリカにある「無名戦士の墓」のような、国営かつ、あらゆる宗教がそこで儀礼を執り行うことのできる施設が必要であると述べているに過ぎないのです。

にもかからず、自説に都合のいい箇所だけを「切り取り」、あまつさえ「改竄」して引用し、現行の「靖国神社」を擁護してしまうことは不適切であると言わざるを得ません。

4 件のコメント

  • 「問題的」という言い回しが2ヵ所ありますが、違和感があります。
    同時に指摘しておきたいです。→同時に指摘しておきます。 かな
    細かい点ですみませんが、引っかかりましたので。

  • 志村辰弥氏著作からの引用部分 『靖国神社は、(~中略~)国が支弁すべきである。』を
    >マッカーサーが発したとされる言葉
    と紹介されていますが、正しくは「司令部から発表された指令」ではないでしょうか。志村本を直接確認したわけではありませんが、この部分を忠実に引用したブログがあり、そこでは司令部発の「指令」となっています。
    現在のままでは「マッカーサーが実際に話した内容」として受け取られかねず、百田『日本国紀』のビッテル神父箇所と同様の誤解を生じさせかねません。

    また、「実際に話したこと」と思われた場合、マッカーサーが神父の意見に同調したかのように誤解される恐れもあるかと。靖国廃止には反対だったビッテル神父らが、今後のあるべき姿として “全宗教に開かれた中立的国営追悼施設” を進言したことは事実のようですが、この「指令」とされるものは実際には出ていない(出た痕跡がない)らしく、マッカーサーがビッテル案にどこまで理解を示したかは不明のようなので。

    ※参照したブログ記事
    ネタ本の原文で読む「ビッテル神父伝説」(1)
    https://ameblo.jp/akemi-gid/entry-12338620390.html
    注:ただし参照先は 1991年刊行版から引用したようで、論壇netさんの版と全文同じかどうかは判りません。
    ちなみに国立国会図書館サーチで著者名検索すると、1971年の中央出版社版(書名『太平洋戦争をめぐる教会秘話』)と 1991年の聖母の騎士社版(復刻)しかヒットしませんでした。amazonで今売ってる「2007/11」は何なのだろう? 単にamazonでの取扱開始日でしょうか?

    ※同ブログ 「ビッテル神父伝説」検証記事リンク集ページ
    https://ameblo.jp/akemi-gid/entry-12039232252.html
    ※すでにご存知かもしれませんが、同ブログ主によるものと思われる amazonでの同書レビューも要点がまとまっています。

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