『日本国紀』戦後昭和における事実錯誤・ミスリード箇所について【言論統制、コミソテルソ、靖国天皇不参拝、「一人の命は地球より重い」】

はじめに

『日本国紀』は内容錯誤やWikipediaからのコピペなどで散々に叩かれていますが、著者の百田尚樹氏は印象操作と逆切れ状態。

尚、本記事執筆時(2018.12.4)には既に全体の2%ほどがコピペ改変した痕跡が報告されており、はやくも百田氏のこの妄言は崩壊しています。

しかしこの二つのツイートから解るように、百田氏は『日本国紀』の近現代部分に自信をお持ちのようです。近現代部分についてはWikipediaコピペ改変だけでなく、比較的「渾身の筆を振るった」という意味でしょうか?

しかしこの自信とは裏腹に、『日本国紀』の近現代部分においても問題的記述がかなり多く確認できると思います。これまでも本ブログでは「大東亜戦争の目的論」「ヴィシー政権」「南京大虐殺」「慰安婦問題」「WGIP」「日本軍兵による虐殺行為」「新聞紙法」「関東大震災下での朝鮮人虐殺」などの近現代トピックを取り上げ、その理解の問題点を指摘しました。

これに続いて本記事では、「GHQによる言論統制」「コミンテルン」「天皇陛下の靖国不参拝」「一人の命は地球より重い」などのトピックを取り上げ、『日本国紀』の問題点を指摘していきたいと思います。

GHQの言論統制

まずGHQによる言論統制に対する評価は甚だ過大です。例えば次のようにあります。

GHQは思想や言論を管理し、出版物の検閲を行い、意に沿わぬ新聞や書物を発行した新聞社や出版社を厳しく処分した。禁止事項は全部で三十もあった。……

さらにGHQは戦前に出版されていた書物を七千点以上も焚書した。
焚書とは、支配者や政府が自分たちの意に沿わぬ、あるいは都合の悪い書物を償却することで、これは最悪の文化破壊の一つである。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, pp. 421-422(第5刷)

更にこれに続いて百田氏は、GHQによる焚書を、秦の始皇帝とナチスが行った焚書と同程度の悪質であると述べていますが、かなり大げさな表現です。加えて戦前・戦中の日本もまた同様の言論統制をしていたことが本書では全く述べられていない点が極めて問題的です。

つまり『日本国紀』では、戦後になってGHQによって焚書されたことで日本の文化破壊が行われたことが強弁されますが、これだけ読むと「戦前・戦中には焚書などの言論統制が無かった」と誤解してしまう恐れがあります。実際には戦前・戦中も政府・軍部によって反国体的であると判断された言論は激しく弾圧されていた事実を記述する必要があると思います。両方併記されてこそバランスの取れた通史でしょう。

同様にGHQによる情報統制政策「ウォー・ギルト・インフォメーション・プラン(WGIP)」に対しても妄想に近い理論を展開していますが、それについては以下の記事を参照ください。

『日本国紀』「WGIP洗脳世代」なる概念を論ずる:あるいは花田紀凱氏による『日本国紀』への評価を見て

2018.12.03

【日本国紀】ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)によって洗脳されているという虚構【トンデモ】

2018.11.11

コミソテルソ修正漏れ

また、労働組合が強くなった背景にコミンテルンがいると言い出します。

一般企業でも労働組合が強くなり、全国各地で暴力を伴う労働争議が頻発した。これらはソ連のコミンテルンの指示があったとも言われている。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 435(第5刷)

はい、戦後なのでコミンテルン(1943年解散)は既にありません(笑)

別の箇所(p. 450)でも、第1刷ではサンフランシスコ講和条約を阻止しようとスターリンが「コミンテルン」に指示を出したとか書かれていましたが、この箇所について第5刷では「旧コミンテルン一派」に置き換えられました(参考記事)。二箇所も間違いがあることから、どうも百田氏は第1刷の段階で「コミンテルン」を「国際的な共産主義組織」くらいの意味で誤解していたようです。

したがって上で紹介した箇所(p. 435)の「コミンテルン」の語は、いずれ「旧コミンテルン一派」と修正されるでしょう。

なお「旧コミンテルン一派」とは百田氏の造語であり、発見された2018年12月3日時点でGoogle検索に引っかからなかったというおまけつきです。闇の組織コミソテルソのことでしょうか。

天皇陛下の靖国不参拝

昭和天皇が靖国神社を参拝しなくなった理由には、①A級戦犯が合祀されたから、②公人・私人の区別が問題となるからの二説があります。当然、保守論壇は、どうしても天皇陛下にA級戦犯が祀られた靖国神社を参拝して欲しいわけですから、②が正しいという立場を取りがちです。『日本国紀』も、大御心はわからないと前置きしながらも、やはり②の説を是とします。

昭和天皇が終戦記念日に靖國神社を親拝されなくなった理由はわからないが、もしかしたら「自分が行けば、私人としてか公人としてかという騒ぎが大きくなる」と案じられたのかもしれない。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, pp. 471-472(第5刷)

しかし、この百田氏の理解は「事実」を正しく踏まえているとは言えません。実のところ「富田メモ」や『卜部亮吾侍従日記』といった資料が発見・出版され、昭和天皇の靖国不参拝の理由は、①A級戦犯が合祀されたからであることは殆ど疑いようのない定説です。

富田メモ

たとえば、元宮内庁長官・富田朝彦氏が残した通称「富田メモ」には次のように残されています。

私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
がどう考えたのか 易々と
松平は平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている
だから私 あれ以来参拝していない それが私の心だ

「昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感」日本経済新聞, 2006.7.20 朝刊1面(1988年4月28日付けのメモ)

松岡」と「白取」とはA級戦犯で合祀されている元外務大臣の松岡洋右と白鳥敏夫のことです。「筑波」とはA級戦犯の祭神名票を1966年に受け取りながら合祀しなかった靖国神社宮司の筑波藤麿のこと、そして「松平の子の今の宮司」とはA級戦犯を合祀した松平永芳と考えられます。そして最後の「あれ以来参拝していない それが私の心だ」という一文に、昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を抱いた故に参拝しなくなったという強い意志を感じ取ることができるでしょう。

卜部亮吾侍従日記

また、昭和天皇と香淳皇后に仕えた侍従卜部亮吾が残した日記が、『卜部亮吾侍従日記』として朝日新聞社から刊行されています。そこでも靖国不参拝の理由は、靖国神社がA級戦犯を合祀したからであると書かれています。

「お召しがあったので吹上へ 長官拝謁のあと出たら靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のこと」

『卜部亮吾侍従日記』1988年4月28日の日記

「靖国神社の御参拝をお取り止めになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず」

『卜部亮吾侍従日記』2001年7月31日の日記

「靖国合祀以来天皇陛下参拝取止めの記事 合祀を受け入れた松平永芳(宮司)は大馬鹿」

『卜部亮吾侍従日記』2001年8月15日の日記

このように、昭和天皇の靖国不参拝の理由については、①A級戦犯が合祀されたからという根拠は複数ありますが、②公人・私人の区別が問題となるからという根拠は何もありません。

よってこの箇所の『日本国紀』の記述は、正確な状況を捉えていません。

「一人の命は地球より重い」

ダッカ日航機ハイジャック事件の時に超法規的措置として過激派テロリストが釈放された時に、福田赳夫首相(当時)は「一人の命は地球より重い」という有名な言葉を残しました。『日本国紀』ではこの発言について曲解がありますので糺しておきます。次のようにあります。

この時、首相の福田赳夫は自らのとった措置を正当化する理由として、「一人の命は地球より重い」と言って、世界中から失笑を買った。この言葉は、小説家や詩人が命の重さを表現するのに使う陳腐なレトリックであって、一国の首相が凶悪事件や治安維持の場面で用いる言葉ではない。これが絶対的に正しいとするならば、事故で毎年数千人の死者を出す自動車さえ運転禁止にしなくてはならなくなる。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 484(第5刷)

まず福田元首相の「一人の命は地球より重い」という言葉の出典は、1948(昭和23)年の最高裁判決で発せられた「一人の生命は、全地球よりも重い」(最高裁判例)です。つまり、三権の長が凶悪事件を裁く際に用いた言葉であり、百田氏が主張するような、「小説家や詩人が命の重さを表現するのに使う陳腐なレトリック」ではありません。

また「これが絶対的に正しいとするならば、事故で毎年数千人の死者を出す自動車さえ運転禁止にしなくてはならなくなる」という発言は全く意味不明であり、詭弁としか言いようがありません。交通事故に殺人の意図性・故意性はありません。しかし、ダッカ日航機ハイジャック事件時の福田首相の場合には自身の判断で人命が失われていた可能性があり、交通事故のような場合とは全く状況が異なります。

まとめ

この様に『日本国紀』の記述には不正確な記述が極めて多く、そのすべてを鵜呑みにすることは極めて危険です。また論理性の無い記述が非常に多く、どうしてこれを無批判に受け入れ絶賛してしまう人がいるのか不思議でなりません。ぜひ信者の皆様には、色々な書物を当たり「思考」していただきたいと思います。

百田史観であるとはいえ客観性が全くない記述を放置することは問題的であると考えます。

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