『日本国紀』「WGIP洗脳世代」なる概念を論ずる:あるいは花田紀凱氏による『日本国紀』への評価を見て

花田紀凱による『日本国紀』評と「WGIP洗脳世代」

『月刊Hanada』の敏腕編集長として知られる花田紀凱氏が、Youtube上の対談で『日本国紀』について言及していましたので、その感想と、そこで取り上げられた「WGIP洗脳世代」について私見を論じていきたいと思います。

「おもしろい」という程度の軽い感想

この対談は『月刊Hanada』の2019.1号に掲載された「『日本国紀』を語りつくす」(百田尚樹×有本香)に対するコメントという形で進められますが、内容についての具体的なコメントはそれほど多くありません。

  1. 百田さんは400万部売れれば日本の歴史観大きくは変わると言っている。
  2. 通史を書くのは大変。
  3. 百田さんによれば、ケント・ギルバード氏からアメリカの歴史教科書を学ぶと、アメリカ人は自国に誇りを持つと聞いて『日本国紀』を書こうと思った動機らしい。
  4. 学習漫画の歴史が面白い理由は、自分の声でしゃべるから。自分も買った。

などと、百田氏の言葉と、自分の言葉を交えながら概説的に語る程度で、極端な賛美も批判もしないまさに「概説」に留まる言説でした。

WGIP洗脳世代

そんな中でも花田氏が感銘を受けたという、百田氏の「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」理解について紹介したいと思います。WGIPはここ最近の保守論壇界で大人気の理論ですが、歴史を振り返るとWGIPによって国民の大半が洗脳されたとは言い難い事例が幾つも確認されます。たとえば1953年に戦犯の早期釈放を求める国民運動では4000万人分の嘆願書が集まったそうですし、いまから40年50年ほど前は祝日に日本国旗を掲げる家が多かったそうです。

つまりWGIPによる洗脳とやらを直接受けた時代よりも、それが終わってから数十年後のほうがその影響がより色濃いという齟齬が存在します。

冷静に考えれば「WGIPは、そんな大それたものではなかった」という結論になるのですが(例えば秦郁彦)、昨今の保守論壇は「WGIP洗脳が解けた」と新たに洗脳するという手法でコアな信者を獲得しているため、百田尚樹氏もこのWGIPの効用を過大に評価しままこの齟齬を巧く解釈します。そこで登場するのが「WGIP洗脳世代」という概念です。

日本人は占領時代にGHQによる「WGIP」の洗脳を受けたが、独立と同時に起こった戦犯釈放運動でも明らかなように戦前の教育を受けてきた国民の多くには、心の深いところまで自虐思想が浸透しなかった。……
ところが昭和10年代の終わり(戦中)以降に生まれた人たちは、小学生に上がった頃から、自虐思想を植え付けられた人たちである。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, pp. 464-465(第5刷)

といって、戦後教育を受けた世代こそがWGIP洗脳の「落とし子」であり、その彼らが社会に進出し始めた昭和四十年代以降に自虐史観に拍車がかかったというのです。これを百田氏は「WGIP洗脳世代」と呼び、これを花田氏も高く評価します。

さらに『日本国紀』ではこの「WGIP洗脳世代」なるものと、「南京大虐殺の嘘」「朝鮮人従軍慰安婦の嘘」「首相の靖国参拝への非難」という三つの保守歴史戦の論点が結び付けられ、さらにその根源を朝日新聞に帰していることに特徴があります。

「WGIP洗脳世代」が社会に進出するようになると、日本の言論空間が急速に歪み始めた。そして後に大きな国際問題となって日本と国民を苦しめることになる三つの種が播かれた。それは「南京大虐殺の嘘」「朝鮮人従軍慰安婦の嘘」「首相の靖国参拝への非難」である。
これらはいずれも朝日新聞による報道がきっかけとなった。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, pp. 465-466(第5刷)

まとめ

以上を要約すれば、百田史観によれば、戦後世代がWGIP洗脳の影響を最も強く受け、その世代が社会進出した昭和四十年代以降に自虐史観が顕著になり、その尖兵が朝日新聞だったということでしょう。反日や自虐史観は朝日新聞とWGIP洗脳が原因であり、朝日新聞を嫌いになればWGIP洗脳が解け、WGIP洗脳が解ければ朝日新聞を嫌いになるという単純明快な構造です。

WIGPはアメリカGHQ主導によるものにもかかわらず、批判の矛先がアメリカではなく朝日新聞に向けられてるところがまさにレトリックの明義でしょう。百田尚樹氏がこの言説を通して読者に訴えかけたいことは、歴史的事実の告知ではなく、むしろこのような陰謀論にかこつけた思想誘導でしょう。結局、国内で消費される煽情でしかありません。

複雑な歴史現象の因果関係を極端に単純化することは陰謀論の典型なわけで、この「WGIP洗脳世代」という概念もその典型例でしょう。自分の信じたくない事実すべてをWGIP洗脳(あるいは朝日新聞)の原因にできるのですから、これほど受動的で楽な理論はありません。このような馬鹿々々しい陰謀論を真面目に信じる前に、数少ないマトモな保守論客である秦郁彦『陰謀史観』の一読を強くお勧めします。

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4 件のコメント

    • 宇宙人の陰謀論と同じで間違いであることは証明できません。これはいわば「常識」の範疇の問題です。

  • 秦教授とか
    南京事件で市街戦やったから犠牲者出てるという当たり前のこと主張したら
    小林よしのり同志に罵倒されたなんて昔話あったなあ。

    • 秦氏は「常識」を重んじられる方だと思いますね。南京事件も慰安婦問題も、そりゃ秦先生にも間違いはあると思いますが、トンデモ保守の主張よりよほど「常識的」だと思います。

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