【恥トンデモ】『ありがとう日本軍:アジアのために勇敢に戦ったサムライたち』(井上和彦|PHP研究所, 2015)

とてつもなく恥ずかしい本

保守本は世間に余多あれど、この本、井上和彦『ありがとう日本軍:アジアのために勇敢に戦ったサムライたち』(PHP研究所, 2015)ほど恥ずかしいものはなかなかありません。

なにせ、アジア諸国に趣いて、日本を褒めてくれる人にインタビューして、それをまとめただけという究極の「日本スゴイ」本。

複数人にアンケート調査をとって統計を取ったわけでもなく、単に自分に都合のよい現地民のインタビューを延々と羅列することで、自説を他人に語らせるだけという究極の「自画自賛本」と評価できるでしょう。

しかもこの著者は、このようなインタビューを複数出版しているというから、ただただ呆れるしかありません。しかも同著者の本は、Amazonにおいて極めて高評価を得ていることも驚くしかありません…。

公平な資料の扱いとは

このような自画自賛本に共通する問題点は、確かにそのように日本を持ち上げてくれる現地人がいたとしても、それとは逆に日本を非難する人もいるという事実を紹介しないことです。

こういう問題を考察する場合には、大規模な調査を行わない限り客観的な結論は出せないのですが、井上氏はそんな面倒なことはせず、ただただ日本礼賛のインタビューをあげていくだけ。ここまでデタラメだと、もしや井上氏は、日本が感謝されているのは必然であるから、そんな煩瑣な手順を取る必要はないと思っていらっしゃるのかもしれません。

フィリピンを例に誤謬を糺す

このようなあまりに一方的なご都合主義は、フィリピンの箇所を例に取れば明瞭ですので、それを言及したいと思います。

戦中、日本軍は、フィリピンにおいて「バターン死の行進」と呼ばれる事件を起こしています。この事件は、アメリカ軍とフィリピン軍の捕虜を収容所まで88kmも歩かせ、そのあいだ十分な食料を与えず、さらに虐待・虐殺なども発生し多数の死者が出てしまったものです(この詳細については、永井均『フィリピンと対日戦犯裁判』岩波書店, 2010, pp. 95-114を参照)。

この「バターン死の行進」は、保守が神格化するパル判事ですらも「実に極悪な残虐である」と評価しています。(パル『共同研究 パル判決書 』下巻, 講談社, p. 672)

このように「バターンの死の行進」は保守にとっても否定し難い日本軍戦争犯罪の一つなのです。したがってフィリピンにもこれを記念するモニュメントが建っているのですが、井上氏はこれらを、

もとより、フィリピンの戦跡では執拗に”Death March”の記念碑を目にするが、日本を悪玉に仕立てるためのアメリカのプロパガンダでもあった。

と一方的にアメリカのプロパガンダであると決めつけてしまっています。もしかしたらアメリカ軍兵だけでなくフィリピン軍兵も多数亡くなられた事実をご存じないのかもしれません。

またこの「バターンの死の行進」が戦後軍事裁判にかけられたことについては、

戦後、一民間人であった本間雅晴を無理やり逮捕して、マニラ軍事裁判なる復讐劇で、「バターン死の行進」という罪状を押し付けて処刑したのである。

と述べ、アメリカ側の復讐劇としてこの「バターンの死の行進」が裁かれたことになってしまいます。なおこの僅か数行にも誤解(あるいはミスリードを誘う要素)が多く含まれています。

まず、本間雅晴は「バターン死の行進」のあった1942年当時は中将であり、軍属でした。また、「罪状を押し付けた」というのは誤解であり、日本側(陸軍中央)も本間雅晴に「バターン死の行進」の責任があると理解していました。(永井均『フィリピンと対日戦犯裁判』岩波書店, 2010, p. 100)

このように誤解に誤解を重ねつつ、都合のいい日本賛美の声だけを紹介して、次のように宣言します。

目覚めよ、日本人。歴史の真実を、今こそフィリピンの人々に学ぼうではないか!

この結論の一言ですら事実誤解を招くので、反証を挙げておきます。というのも、戦後、フィリピン人は日本軍・在留日本人に対して大変激しい憎悪を向けたことが記録に残っています。終戦時、戦車第二師団工兵隊所属の矢野正美上等兵は、これを次のように書き残しています。

私達もあのサンフェルナンド上陸以来、比島の住民達にして来た事を考えてみると、その罪の大きさを思わずにはいられない。殺人、放火、強盗、強姦、ありとあらゆる罪を重ねて来ている。彼等との戦争でもないのに、何で彼等に大きい被害を与えたのであろう。何でこの遠い他国まで来て戦ったのであろうか。あの老婆の憎しみが分かる。私達は本当に罪人であろう。

 矢野正美『ルソン島敗残実記』三樹書房, 2013, p. 271(1945年12月10日の項)

日本軍は残虐行為をしなかったと声高に叫ぶ保守論客は、当時者であった一兵卒の真摯な反省の言葉に耳を傾けるべきでしょう。この終戦後フィリピンにおける対日感情の分析については永井均『フィリピンと対日戦犯裁判』(岩波書店, 2010, pp. 38-57)に詳しく載っていますが、日本に憎悪の念を持っていたフィリピン人が数多くいたことが解ります。

これらの戦場日記・研究書は、『ありがとう日本軍:アジアのために勇敢に戦ったサムライたち』が出版される前に刊行されていましたが、井上氏がこれらを参照した形跡は確認されませんでした。

まとめ

本書をまとめれば、誠にくだらない自己満足本という点に尽きるでしょう。同じ日本人として言えることは、このような恥ずかしい本が売られていること、そして売れてしまっていることが恥ずかしく情けない限りです。

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