【日本コピペ紀】鍋島直正もコピペ疑惑

疑惑は続く何処までも

百田尚樹『日本国紀』のWikipediaコピペ問題が連日のようにツイッター上で報告されています。不動のエース、桜ういろう氏がまたもや疑惑箇所を発見です。

比較テーブル

では『日本国紀』と、指摘された日時更新分のWikipediaの文章を比較します。

『日本国紀』p. 252Wikipedia
文政一三年(一八三〇)、十五歳の若さで藩主となった直正は、まず破綻していた財政を立て直すため、役人を五分の一に削減し、磁器・茶・石炭などの産業振興に力を注ぎ、農民には小作料の支払い免除し、農村復興させた。さらに藩校弘道館を拡充し優秀な人材を育成出自にかかわらず有能なを積極的に登用した。これを皮切りに、役人を5分の1に削減するなどで歳出を減らし、借金の8割の放棄と2割の50年割賦を認めさせ、磁器・茶・石炭などの産業育成・交易に力を注ぐ藩財政改革を行い、財政は改善した。また藩校弘道館を拡充し優秀な人材を育成し登用するなどの教育改革、小作料の支払免除などによる農村復興などの諸改革を断行した。役人削減とともに藩政機構を改革し、出自に関わらず有能な家臣たちを積極的に政務の中枢へ登用した。

Wikipediaを撮要してできた箇所である疑いが極めて高いと言えます。

【まとめ】百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)の関連記事まとめ

2018.11.17

【日本コピペ紀】Wikipediaやウェブサイトなどとの類似表現報告まとめ【日の丸すら】

2018.11.16

2 件のコメント

    • ありがとうございます。後ほど検証してみます。どうも百田氏はWikipediaと歴史街道コラムを偏重しているようなので、そちらとの一致から検証されているのだと思います。

  • コメントを残す