【論評】菅野完「恥を知れ、恥を」『週刊SPA!』2019.12.4号【日本国紀】

紙媒体での初『日本国紀』批判言及

ツイッターを中心に百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)に対する事実誤認やコピペ問題など様々な騒がれています。言論サイトで一部保守論客による書評も発表されました(関連記事)。

一方、紙媒体による雑誌などで『日本国紀』を批判する記事は、今回紹介する菅野完「恥を知れ、恥を」(『週刊SPA!』2019.12.4号)が初出であるように思えます。

今回はその内容を分析したいと思います。

問題の焦点はウィキペディア転載であり、批判の矛先は幻冬舎の見城徹社長

菅野氏は『日本国紀』を通読し次のように批判していますが、批判の矛先は著者の百田尚樹氏ではなく(もう言っても無駄ということなのでしょうか)、出版元の幻冬舎と、その社長である見城徹氏に向けられます。

著者である百田尚樹氏については触れない。正直どうでもいい。……ウィキペディアからの無断転載や稚拙な文章などなど、その内容は論評するに値しない。……

私が不思議に思うのは、あのような本をいまだに流通させ続けている幻冬舎の「製造元責任」だ。……幻冬舎はいまだに、著者自らが(!)ネット番組で、ウィキペディアからのコピペを認めたような書籍を社の方針として流通させているということになる。

つまり、通常の物書きなら到底許されない違反行為をしてしまった『日本国紀』を、幻冬舎がいまでも刊行し続けていることに不信感を表明しています。極めつけは、社長に直接言及した次の一言。

おそらく、幻冬舎の見城徹社長も、著者の百田尚樹氏と並んで、「売れればコピペでもいいんです」「所詮、僕たちはウィキペディアで満足なんです」と満腔で主張されたいのだろう。

確かに言論活動を司る「出版社」には高い倫理観が求められ、問題作を発表してしまった場合には自主的に回収や廃刊したりします。小川榮太郎氏のLGBT問題で『新潮45』が休刊に追いやられた事件は記憶に新しいです。

確かにウィキペディアから引用した本を「25周年記念」などと銘打って大体的に売ってしまことは、著作権侵害の問題のみならず、道義的にも大きな問題があると言わざるを得ません。高い倫理観があるなら慚愧に堪えられず謝罪などなんらかのアクションを出版社がしていて然りでしょう。

以上の菅野氏の挑発的発言は、「恥を知れ、恥を」というタイトルが象徴するように、出版社である幻冬舎に企業責任を果たしてもらいたいという想いの現れでしょう。次のようなツイートもあります。

幻冬舎側編集者の高部真人氏

しかしそんな良識が(百田尚樹氏と有本香氏は言わずもがな)幻冬舎および見城徹社長にあるのかはなはだ疑わしいです。

そもそも25周年記念と銘打っておきながら、校閲・校正がまともに入っている痕跡すらなく、監修者は「男系」の意味錯誤すら見落とすほどの低レベルです。幻冬舎側編集者であった高部真人氏の責任は重大との声は大きいでしょう。

しかし、見逃してしまった責任の重さを追及するのではなく、むしろ出版に対する倫理観と責任を全く感じていなかったからこそ、このようなザルの編集と校閲を赦したと考えるほうが妥当ではないでしょうか。

幻冬舎の見城徹社長

また見城徹社長は、百田氏の原稿を二晩徹夜して読んで、「私も知らないことが沢山書かれていて感動した。これは現代の日本書紀だね。タイトルは日本国紀でどうか」というメールを有本氏に送り、本書のタイトルが『日本国紀』に決まったそうです。また、ジョン万次郎のコラムに大変感銘を受けたそうですが(AbemaTV 2018.11.26)、そのコラムがWikipediaを中心としたコピペ改変稿だったというのですから笑えない話です(関連記事)。きっと見城徹社長は、Wikipediaを読んでも感動してしまうくらい感受性の豊かな方なのでしょう。

まさか読まされた原稿がWikipedia無断転載だらけだったなどと、小馬鹿にされたもいいところ。本來ならば見城氏が激怒していて然りのはずですが、百田氏・有本氏と一緒にAbemaTVに出たりしています。

間違いだらけでもコピペだらけでも『日本国紀』を絶賛する信者たち

幻冬舎とその社長である見城徹社長に、『日本国紀』のような完成度の低い問題本を発売しつづける道義的責任があることは言を俟ちません。本来ならば公式のコメントが発表されていて然りのはずです。しかし彼らはなぜそうしないのか。

その原因の一つは、数多くの問題が明らかになっていながらも、『日本国紀』を「問題なし」と評価し続ける「信者」がいることにあると思います。

渾身の筆を振るった」などと百田氏が嘯いていたにもかかわらず、実際にはコピペ本で、編集も監修も校閲も校正もろくに行われていない安上がりな粗悪本だったわけです。本来ならば「騙された」と思って声を上げなければいけないところです。

にもかかかわらず百田教信者たちは猛烈な勢いで、ありとあらゆる詭弁を弄して『日本国紀』を賛辞します。こんなことでは次出る百田本も、限りなく経費を抑えた粗悪本になるでしょう。なにせ手をかけようと手を抜こうと売り上げに変わりがないなら、徹底的に手を抜くのは当然のことです。

このような粗悪本が売られ続けてしまう背景には、騙されて喜ぶ信者たちの存在があり、それに出版社側も甘えているという構図があります。出版社の倫理観は、それを読む読者の倫理観と相関関係があるように思えてなりません。

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