【日本コピペ紀】「信長」「明智光秀」もコピペ疑惑発覚

百田尚樹『日本国紀』(別名『日本コピペ紀』『日本ウィ紀』)のコピペ探求のエース、桜ういろう氏が更なるコピペを発見しました。

比較テーブル

比較テーブルを挙げておきます。

『日本国紀』pp. 143-144ルイス・フロイス(訳:松田穀一、川崎桃太)『フロイス日本史4』中央公論社, 1981, 第32章.
信長についてはこう書かれている。
極度に戦を好み、軍事的修練にいそしみ、名誉心に富み、正義において厳格った
彼は中くらいの背丈で、華奢な体躯であり、髭は少なくはなはだ声は快調で、極度に戦を好み、軍事的修練にいそしみ、名誉心に富み、正義において厳格であった。……
ほとんどまったく家臣の忠言に従わず、一同からきわめて畏敬されていた彼はわずかしか、またはほとんどまったく家臣の忠言に従わず、一同からきわめて畏敬されていた。……
彼は日本のすべての王侯を軽蔑し、下僚に対するように肩の上から彼らに話をした彼は日本のすべての王侯を軽蔑し、下僚に対するように肩の上から彼らに話をした。……
神および仏のいっさいの礼拝、尊崇、ならびにあらゆる異教的占卜や迷信的慣習の軽蔑者であった」とある一方、「極卑賤の家来とも親しく話をした神および仏のいっさいの礼拝、尊崇、ならびにあらゆる異教的占卜や迷信的慣習の軽蔑者であった。……ごく卑賤の者とも親しく話をした。……
ついでながら、明智光秀評も紹介しておこう。
裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷忍耐力に富んでおり、謀略の達人
彼は、裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、独裁的でもあったが、己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富計略と策謀の達人であった。

織田信長についてはほぼ撮要状態、明智光秀においては省略要約のかたちで引用していることが解ります。

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