【悲報】『日本国紀』、「同人用語の基礎知識」「ニコニコ大百科」までも参照・コピペか【日本コピペ紀】

続報です。

Wikipediaなどからのコピペが発覚している百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)ですが、新たなコピペ疑惑が発覚しました。

事の起こりは桜ういろう氏による調査で、『日本国紀』が「1発だけなら誤射かもしれない」という朝日新聞記事を言及する際に、その掲載日時を間違えて表記していたことが報告されていました(誤:2003年⇒正解:2002年)。

さらにこの度の桜ういろう氏の継続調査により、「ニコニコ大百科」でも同一の掲載日時間違いがあったことが判明しました。

ネット情報だけで元記事を確認しなかった

指摘された「ニコニコ大百科」には次のようにあり、確かに日時を間違えています。

さらに管理人は追跡調査を行い、これと同じ間違いが「同人用語の基礎知識」の中にも確認しました。次のように「2003年」と間違った表記をしています。

なお余談ですが、pixiv百科事典では「2002年」と正しい記述になっています。

以上のように、百田氏は新聞記事でさえ元資料にあたらずネット情報だけに頼っていた可能性が考えられます。さらに『日本国紀』の間違いを見つけることで、百田氏がソースを求め通っていたサイトがおおよそ判別できることも明らかとなりました。

ところで百田氏は、自分を叩いてくるアンチはアニメの美少女アイコンばかりだと言ってサブカルを叩いていました。

しかし百田氏が参照元していたであろうサイトが明らかにつれてこのような批判は、このような発言は実は何らかの同族嫌悪に基づいていた可能性も出てきました。

【追記】この疑惑がツイッター上で話題になった後、監修者の一人、谷田川氏がこの疑惑には大筋で理があると認めました。

【まとめ】百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)の関連記事まとめ

2018.11.17

【日本コピペ紀】Wikipediaやウェブサイトなどとの類似表現報告まとめ【日の丸すら】

2018.11.16

1 個のコメント

  • これは、例えコピペでなく純粋に日付の記載を間違えただけだったとしても、引用の仕方がかなりおかしいように思います。

    そもそも、当該朝日新聞の記事は『有事法制ここが分からない「武力攻撃事態」って何』というタイトル。つまり、記事の主題は新しく立法される有事法制の中にある武力攻撃事態という新しく登場する用語の定義を説明するものであって、この記事そのものは別に北朝鮮のミサイル問題についての記事ではない。北朝鮮のミサイル問題について当時の朝日新聞の論調がどうであれ、この記事そのものはそれとは直接関係ないはず。

    また、『地下鉄サリン事件は武力攻撃事態なの。』という質問の後に『アメリカのような同時多発テロが日本で起きたら。』を挟み、『ミサイルが飛んできたら。』と続いていることから、質問の趣旨は『ミサイルが飛んで来たら(武力攻撃事態なの)』ということであることが分かる。
    (『アメリカのような同時多発テロが日本で起きたら。』の質問は『地下鉄サリン事件は武力攻撃事態なの。』の質問の答えが、『大規模なテロが起きたとして、どんな組織がどんな目的でやっているかなんて、 最初からはわからないよね』とあり、それを受けて、なら大規模なテロが起きたらどうするの?(武力攻撃事態かどうかわからないときはどうするの?)という流れだと思われる。)

    事実、『ミサイルが飛んで来たら。』の答えを見ても『武力攻撃事態ということになるだろう』と、武力攻撃事態かどうかをまず答えている。したがって、誤射かもしれないというのは、ただ単にそういう場合は武力攻撃事態の定義に該当しないかも、という意味に読むのが妥当であって、誤射なら何もしなくていいとか、誤射かもしれないから防衛・自衛する必要はないとか、そういう意味合いにはとても読めない。

    一方で、百田氏の日本国紀では「北朝鮮のミサイルについて危機感を強めて報じなかった」という文の直後に、当該朝日新聞の記事を例に出しており、かつ、『有事法制ここが分からない「武力攻撃事態」って何』という記事のタイトルも省略していることから、まるで当該朝日新聞の記事が北朝鮮のミサイル問題について述べたものであるかのようになってしまっているし、
    『地下鉄サリン事件は武力攻撃事態なの。』という質問がその前にあるからこそ、その流れで、朝日新聞の読者は「ミサイルが飛んで来たら(武力攻撃事態なの)。」という質問に読むことができるのに、日本国紀では「ミサイルが飛んで来たら。」という質問のみが唐突に紹介されているので、まるで「(北朝鮮の)ミサイルが飛んで来たら(日本はどう対処すべきか)。」という質問であるかのように読めてしまい、答えも、誤射かもしれないから自衛したり対策する必要はないという意味合いであるかのように感じてしまう。

    これは(日本国紀の)読者の誤解を招きやすい不適切な書き方ではないだろうか。

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