【考察】恐らく彼らは何も知らなかった——なぜ『日本国紀』第一章が記紀神話から始まらないのか?

反保守的第一章

本ブログでも何度か取り上げましたが、この『日本国紀』第一章は、①記紀神話からはじまらず縄文・弥生時代から始まるという点、②『古事記』『日本書紀』よりも魏志倭人伝を重んじるという点で、保守派の人間が書いた歴史書とは思えない異様な構成になっています。

なかには「別にそれくらいいじゃないか」と思われる方もいるかもしれませんが、実際にはこれは重大な問題です。正統的な「保守」の史観からすれば、本来歴史教科書などは記紀神話からはじまることが常識なのであり、戦後歴史教科書が縄文・弥生時代から始まり史書として魏志倭人伝(中国正史)を最初に取り上げる所以はGHQによって記紀神話が奪われた結果だからです。よって保守にとって記紀神話を取り戻すことは、戦後GHQ史観を打ち砕くための至上命題です。

近年でも渡部昇一氏や西尾幹二氏といった保守論客は、通史的に歴史を論じる際には、必ず記紀神話から取り上げ、魏志倭人伝の史的価値を低く評価します。

『日本国紀』、「つくる会」元会長・西尾幹二にすら「戦後後遺症を今なお癒せないこの国の知性の歪み」と粉砕される。

2018.11.13

知の巨人・渡部昇一氏、百田尚樹『日本国紀』の傲慢を一喝。

2018.11.13

『日本国紀』と有本氏との応答

この様なイデオロギー的常識があるにもかかわらず、『日本国紀』は縄文・弥生時代から記述が始まり、魏志倭人伝を重んじる点で、戦後GHQ史観に基づいています。現在、保守論壇で活躍される方々が『日本国紀』の著者・編者・監修者を担当しているにもかかわらず、これは異様な事態です。正直最初は、百田氏か有本氏がリベラルに転向したのかと思っていました。

たとえるなら保守と呼ばれる人が、突然、朝日新聞を擁護しはじめたり、韓国は素晴らしい国だと言い始めるようなものです。そんなことしたら「転向したの?」ってビックリしますよね。それと同じことが『日本国紀』で起きているのです。

そこで次のように有本氏にリプライを送りました。

この発言は、『日本国紀』は歴史書としては問題的であるものの、保守論壇界において魏志倭人伝を高く評価した点で極めてオリジナリティが高いと判断したからです。

この発言に対して、ある方から「保守だったら魏志倭人伝を評価したらダメなのですか?」と質問を頂きました。それに関する回答は以下の通り。

これは先ほども述べた通り、保守は、GHQによって奪われた日本の歴史を取り戻すことを歴史戦の重要課題と位置付けているからです。

有本氏の頓珍漢な発言

以上を要約します。渡部昇一氏や西尾幹二氏など正統的な保守論客たちは、戦後GHQによって奪われた記紀神話を歴史の中に取り戻すことを課題としてきました。故に、この潮流に逆らい、魏志倭人伝を高く評価した『日本国紀』は極めて特異的なのです。

にもかかわらず有本氏は、全く頓珍漢な質問をしてきます。次の通り。

このツイートを読んではっきりと解りました。つまり有本氏は、記紀神話尊重・魏志倭人伝排除という史観を、渡部昇一氏や西尾幹二氏の個人見解だと思っていたのです。そのように思っていたからこそ、このような頓珍漢なツイートをしてしまったのです。

実際はそうではありません。記紀神話尊重・魏志倭人伝排除の動きは保守の至上命題の一つであり、決して渡部昇一氏や西尾幹二氏の個人見解ではありません。この流れを正しく理解していれば、先ほどの頓珍漢な有本氏のツイートは生まれなかったでしょう。

つまり、有本氏(おそらく百田氏も)は保守一般が常識として抱いている「史観」というものを全く知らなかったと推測されます。それゆえに自分たちが執筆・編集した『日本国紀』の古代日本史観が、実はリベラル・左翼的であったことに気が付かなかったのでしょう。無知とは恐ろしいものです。

これからどうなるのか

この問いかけを受けて、最後に私は次のように打ちました。

これに対する返信はありませんでした。保守に属すると理解されておきながら、全く保守的ではない『日本国紀』が爆発的に売れてしまったことは、今後、保守内での分断を招くかもしれません。

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