『日本国紀』の参照文献がWikipediaであることの考証:百田尚樹氏と有本香氏の豹変を中心に

『日本国紀』の「参考文献」という謎

百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)が刊行されるやその巻末に「参考文献」がないことが取り上げられました。正直私は、本書は一般向けの「通史」ですから、「参考文献」の一覧が無いことがその価値をゼロにするものとまでは思いません。しかし昨今の、著作権に対する意識の高まりもありますが、なによりその内容の真偽を検証可能なものにするために、註釈や巻末に「参考文献」を挙げることが望ましいことは言うまでもありません。

翻って本書『日本国紀』の刊行経緯を見てみると、刊行後に非難が殺到することは明らかですから、その内容が絶対的に正しいと自信があるのであれば、「参考文献」をむしろ付けるべきであったはずです。このような状況にもかかわらず、百田氏が本書に「参考文献」を挙げなかった理由は、その内容の真偽検証をあえて困難にするためにしたのではないかと邪推してしまいます。

刊行直後の「参考文献」に対する感情的な反応

また奇妙なことに著者の百田直樹氏も、編集の有本香氏も、この「参考文献」の問題や、それに付随する「コピペ・パクリ疑惑」の問題について極めて感情的に対応します。

特に百田尚樹氏の「参考文献がない」という批判に対する再批判は、やや常軌を逸しています。有名なのは次のやり取りです。

一部のメディア(および百田氏のこのツイートへのリプライ)では、この百田氏の応答が「勝利」であるかのように絶賛しています。しかしこの返答は実際には有効なものではありません。つまり質問者は「他の教科書と異なる主張をしているから検証したいのに、参考文献が無いからそれができない」という点を問題視・疑問視しているにもかかわらず、「他の教科書も参考文献をあげていないだろ!」と実際には答えになっていない主張を強弁しています。

この珍回答からも明らかなように「参考文献がない」という点を、百田氏は非常に気にします。同氏のツイッターを見て頂けばわかるように、「参考文献がない」ことの弁護を代弁してくれるツイートを多数引用しています。その極めつけは次のようなもの。

刊行されてまもなくの初期段階では、ここまで強弁する理由はよく解りませんでした。しかし、ともかく百田氏は「参考文献がない」という批判に神経質にしていることだけは印象に残っています。これは編修者である有本香氏も同様です。

鬼の首もなにも「参考文献」がないというのは褒められたものではないのです。加えて「ページ数の都合で省略せざるを得なかった」とかいくらでも言い訳できるにもかかわらず、「参考文献がない」という主張に対して人格攻撃するありさま。この有本氏のツイートからも、私は何か違和感を覚えていました。

刊行直後の「コピペ・パクリ疑惑」に対する感情的な反応

しかし、いくら「参考文献」の一覧が無くても、さすがネット時代です。ツイッター上で自然と検証チームのようなものが生じていきまたした。そのなかでもGEISTE氏は発売日翌日の段階で、『日本国紀』の元ネタ(参考資料)を発見しツイートしていました。それに対して有本氏が先制攻撃。

これも不思議な応答です。なにしろGEISTE氏は「パクリ」ではなく「類似性が高い」という慎重な表現にとどめているのに、何故か有本氏は「パクリ」という非常に意味の強い言葉を使っているからです。

後になってこのような不可解なツイートを有本氏がした理由が解った気がします。おそらく有本氏は『日本国紀』が夥しいWikipediaなどウェブサイトからのコピペ編集で構成されていることを知っていたため、時間の問題で「パクリだ」という非難が上がることを予測し、そのような非難ツイートを「悪質な誹謗」と信者に吹き込もうとしたのではないでしょうか。

夥しいコピペ・パクリが発覚

その後、11月12日未明ごろに自体は一転します。『日本国紀』において、Wikipediaやウェブサイトなどから夥しい量のコピペが確認される旨が報告されたからです。その具体的な内容については別記事にまとめましたので、それを参照して抱ければ幸甚です。そこから解る事は以下の通りです。

  • 『日本国紀』にはWikipediaからコピペされたと思われる記述が多数確認されるため、百田氏は本書を執筆するにあたってWikipediaをとりわけ重要な資料として位置づけている。したがって氏にとって最も重要な「参考文献」の一つがまさにWikipediaである。
  • 転載元のWikipediaに誤りがあった箇所については、当然『日本国紀』において間違ったまま残されている。
  • 『日本書紀』の内容に言及する場合も、ウェブサイト上にあった新聞記事をそのままコピペ(一部改編)しているが、刊行されている原典や翻訳を参照した形跡は確認されない。

【日本コピペ紀】Wikipediaやウェブサイトなどとの類似表現報告まとめ【日の丸すら】

2018.11.16

【日本コピペ紀】百田尚樹『日本国紀』に、一頁近い新聞記事からのコピペ編集が発見される【仁徳天皇】。

2018.11.16

【速報】百田尚樹『日本国紀』、ウェブサイトやWikipedia、新聞記事などからコピペ編集か【日本コピペ紀】

2018.11.16

なぜ彼らは豹変し沈黙したのか

つまり、Wikipediaに基づきながら感動の歴史抒情詩(?)が『日本国紀』ということです。このように『日本国紀』が、『日本パクリ紀』とか『日本ウィ紀』などと呼ばれるようになると、百田尚樹氏と有本香織氏は、これまで散々に「参照文献」「コピペ・パクリ疑惑」に対し攻撃的であったにもかかわらず、突然、豹変しツイッター上で沈黙を守るようになります。

注意しなければなりませんがWikipediaやウェブサイトから引用することは、直接的に「悪い」ことではありません。正直に「主な参考文献はWikipediaだ」と堂々と言えばいいのです。なにもWikipediaなどウェブサイトから引用することは、必ずしも「間違った」ことではありません。

なぜそのように正直に告白できないか。それはこれまで散々に読者に欺瞞の態度をついてきたからではないでしょうか。例えば次のように吹きます。

コピペして成文している箇所があるのにこの言い草は無いでしょう。既に検証されているように一行一行に間違いが多く、読み手を大変惑わします。

またこれのみならず様々な大言壮語がツイッター上に残されています。果たしてこのような言葉に見合うだけの完成度が、本書にあるのでしょうか? その答えはみなさん自身に判断してもらう他ありません。

願わくば、このような悪書に惑わされる人が僅かでも少なくなることを祈ります。

【日本コピペ紀】Wikipediaやウェブサイトなどとの類似表現報告まとめ【日の丸すら】

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4 件のコメント

    • もしそうなら参考文献を素直に書けば良かったんですけどね。何も書いてないからwiki丸写しと言われて反論出来ない。おそらくwikiのどの部分がどの文献を参照したかも判別できないので、参考文献をでっち上げる事もできなかったのでしょう
      新聞などからも盗用しているようですし、さらに悪質です

  • 編集実務からすると
    筆者が著作時にきちんと引用元を控えておいてくれないと
    数百ページにわたるいちいち全ての事柄をWIKIで確認するという
    地獄のような作業をしないと参考文献を作ることができません。
    百田氏が自慢げに90時間かかったとかいいますが、
    内容の校正以前にその作業だけで90時間以上かかるような代物です。

    それ以前にその控え、データなりプリントアウトがなければ、
    著者自身が著作後の確認作業をするさいにまたいちいち引用元を調べ直さなければならないという
    やっぱり地獄の作業が待ってるわけで、普通はきちんとコピーしておきます。
    コピーの片隅に書名とページをつけておけばあとで他の部分を参照したいときにも役立ちますし
    参考文献はそれから簡単につくることができます(めんどくさいけどねw)
    要するにまともな史書をつくりたければ、
    著者が最初にやらなければならない作業をやってないだけの話なんですよ、これ。

    ま、本人いわく物語だそうですから、適当な引用と確認すら行わない思い込みで作った
    轢死もとい歴史エッセイだと思えば腹も立ちませんね。
    我々の物語ではなくトラックで轢かれて死んで異世界の日本に転生した百田氏による
    異世界日本の歴史ラノベなんですな。

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