皇太子が「不在」の新時代は何を意味するか? 新元号「令和」、代替わりを見すえて

改元と代替わり

本日、新元号「令和」が発表され、一月後には御代替わりとなります。これは同時に、「皇太子」がいなくなる日でもあり、このような事態は戦後初めてのことです。

「皇太子」の称号は、字のごとく天皇の「子」のことですから、新天皇の弟である秋篠宮殿下が「皇太子」を名乗ることはできません。

本来ならば秋篠宮殿下には「皇太弟」(こうたいてい)の称号が与えられるべきところなのですが、皇室典範にはそのような規定がないため、次の五月から「皇嗣」(皇位継承順位一位のこと)と呼ばれることになっています。

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2019年4月27日

皇室典範の記述

皇室典範においては、皇位継承順位一位の人物については「皇太子」「皇太孫」の二つが次のように定められています。

皇嗣たる皇子を皇太子という。皇太子のないときは、皇嗣たる皇孫を皇太孫と呼ぶ。

皇室典範第八条

ここでいう「皇子」および「皇孫」は、天皇から見た直系の男性の「息子」および「孫」を意味するので、秋篠宮殿下や悠仁さまは該当しません。少子高齢化が進み、側室制度も無い今、現在の様な「該当者なし」という状況は今後も容易に起り得ることです。

にもかかわらず「皇太弟」や「皇太甥」が定められていないのは、制度として欠陥があるからなのですが、いつまでも皇室典範は変更されず、「特例法」でその場しのぎがなされています。

「皇嗣殿下」という称号

このように皇室典範には、「天皇の弟をどう称するか」についての規定は存在しません。そのため、2017年の6月に公布された『天皇の退位等に関する皇室典範特例法』において、苦肉の策として用意されたのが、単純に皇位継承順位第一位の皇族を指す「皇嗣」です。

つまり秋篠宮殿下は、この五月より「秋篠宮皇嗣殿下」という聴き慣れない称号で呼ばれることになります。

毎日新聞はこのような事態を次のように推測しています。

皇太弟とする案は過去の実績を踏まえた提言だが、皇太弟を皇位継承の制度として導入するには皇室典範の改正が必要だ。これを避けるための案が「皇嗣殿下」ではないか。

『秋篠宮さま「皇嗣殿下」方針 典範改正拒むかたくなさ」『毎日新聞』(2017.4.14)

皇太子ご夫妻に男子がお生まれになられていない以上、こうした状況は遅かれ早かれやってくることは明らかだったのですが、いつまでも秋篠宮殿下の立場について検討がなされ来ないまま時間が過ぎ、ここに来て慌てて新たな呼称を探したというのが現実のようです。

ただしこれは呼称の問題であって、待遇としては実質的にこれまでの皇太子殿下と同じものになります。これについて評論家の八幡和郎氏は次のように述べています。

「皇太子と皇嗣を区別するのは、あくまで日本における呼び名の話であり、英語の敬称は皇太子と同じ『クラウン・プリンス』とするようですし、フランス語だと両方とも『プランス・エリティエ』と称するので、海外で公務にあたる上では、何ら違和感は生じません。

そもそも、日本の歴史上、皇太子がいない時代というのは、決して珍しいことではない。たとえば、昭和の場合、現在の天皇陛下が生まれるまでの7年間は皇太子不在の時期が続きましたが、それで何か不都合が起きたということはなかった」

『週刊現代』2019.4.6号

なぜ皇室典範は改正されないのか?

ところで、今後も今回のような事態が怒ることは容易に想像できます。それでも皇室典範が改正されない理由は何かといえば、改正ともなれば「皇太弟」のみならず「女性宮家」や「女性天皇」といった議論も出てくるからでしょう。

先ほどの毎日新聞の社説は次のように述べています。

ただし、たとえ皇太弟の呼称を使えるよう皇室典範を改正したとしても、その法体系を大きく変えることになるとは思えない。

皇室典範は皇位継承を男系男子に限定し、直系主義を基軸とする明治時代の旧典範の思想が受け継がれている。安倍政権の支持基盤である保守層には改正への抵抗が強い。

皇室典範改正がアリの一穴となって根幹部分を揺すぶり、女系や女性天皇へと道が開かれることを警戒しているのかもしれない。

『秋篠宮さま「皇嗣殿下」方針 典範改正拒むかたくなさ」『毎日新聞』(2017.4.14)

しかし皇族が極端に減っている以上、安定的な皇室を未来を模索していく上で、皇室典範改正は避けては通れない道でしょう。

「愛子皇太子」「愛子天皇」待望論も

ところで現・皇太子殿下が天皇となり、その次の代替わりとなれば、その弟である秋篠宮殿下が天皇となるのはかなりの高齢になってからになります。高齢を理由にして譲位された天皇陛下の精神とも反するもので、次世代の皇位は、悠仁さまか愛子さまかという議論に必然的に移ります。

ここで特に問題となるのが、秋篠宮殿下は、所謂、帝王学を学んできていないため、悠仁さまもその器にあるのかどうかということです。全国紙記者も次のように言います。

「秋篠宮さまはかねがね、『自分は天皇になるための教育を受けていない』と語られてきました。ですから、秋篠宮ご夫妻だけで「将来の天皇」を育てようとするのには、難しい点があります。

いっぽう、現・皇太子さまは、天皇の長男として幼少の頃から帝王学を教え込まれてきた。そういう父の姿を目の当たりにしてきた愛子さまのほうが、より天皇の立場に馴染みやすいのではないかという考え方も当然ある」(全国紙皇室担当記者)

『週刊現代』2019.4.6号

現在の皇室典範には天皇、皇太子ともに男性皇族だけが即位できるものと定められていますが、それはあくまで明治時代に制定されて以降の決まり事に過ぎず、日本の長い歴史をたどれば、女性皇太子や女性天皇は確かに存在しています。

「天皇、皇太子、皇太孫という名称は、特に男子を意味するものではなく、歴史的にも、女子が、天皇や皇太子となった事実が認められるため、女子の場合も同一の名称を用いることが適当である」

皇室典範に関する有識者会議報告書

「秋篠宮殿下の次はどうなるのか」という「皇太子」が不在のこの時代は、皇室の在り方を根本的に問う段階に来ているのかもしれません。

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2019年4月27日


17 件のコメント

  • >なぜ皇室典範は改正されないのか?

    皇室は昔から近親相姦・乱交で、どの天皇が誰の子供か全然わからないからだよ。

    天皇家は1700年間近親相姦を繰り返してきたから、普通に子供を作っても知恵遅れか発達障碍児か醜女しか生まれないんだよ

    だから天皇は自分の気に入った妾に他の男を当てがって生まれた子供を自分の跡継ぎと認定してたんだ

    伏見宮家はそうやってできた子供の子孫だと言われている

    そもそも天皇一族は昔から乱交、不倫が普通
    昭和天皇や大正天皇も妾の子供で父親が誰かもわからない
    秋篠宮の父親も入江侍従長だと言われているしね。
    宮家を増やしても誰の子孫かわからない:

    伏見宮で男系維持は不可能
     (旧宮家再興で)男系維持による皇位継承を実現しよう、という見解がある。しかしそれは不可能だ。そこで得られるY染色体は、天皇家のY染色体ではなく、間男のY染色体である。

     要するに、そのY染色体は、邦家 貞敬親王の親のY染色体ではなく、邦家 貞敬親王の親の間男のY染色体なのだ。(推定)

     そして、そのY染色体が、現在の伏見宮家に広範にひろがっている。つまり、伏見宮家のY染色体はすべて、邦家 貞敬親王の親(貞敬 邦賴親王)の間男のY染色体なのだ。

     そして、安倍首相の言うように、伏見宮家から天皇を出すとしたら、それは、天皇の血筋を引き継ぐ男子が天皇になるということではなくて、間男の血筋を引き継ぐ男子が天皇になるということなのである。

     つまり、日本の天皇は、間男の子孫に乗っ取られてしまうわけだ。

    • 大正天皇の第1皇子の昭和天皇の出生に関する疑惑がいろいろ出てきている。
      とりあえず、今まで出てきた疑惑を整理してみると。

      まず、笠原和夫の本「昭和の劇」。

      この中で、昭和天皇の皇女・照宮成子内親王の舅で、香淳皇后の叔父に当たる東久邇稔彦が、

      「大正天皇は子種がなく、代わりに貞明皇后に何人かの男を当てて産ませていった。だから、昭和天皇の兄弟は皆、顔が違う」

      と語っていたことを河野司から聞いたと笠原は語っている。
      笠原がこの説にかなり確信を持っていたとうかがわせる発言がある。

      次に、鬼塚英昭の本「昭和のいちばん醜い日」。

      この本には、「昭和の劇」の東久邇稔彦の発言が引用しつつ、「木戸幸一日記」の島津治子の調書から昭和天皇の父親は西園寺八郎だとしている。

      また別の歴史家の本には、明治天皇が昭和天皇の父親だとする説もある。

      ここで疑問に思うのは、以下の3点である。

      1.東久邇稔彦の発言の信憑性

      東久邇稔彦は皇室と縁戚関係にあるものの、自分の妻・聡子内親王の兄である義兄の大正天皇とは折り合いが悪く、大正天皇の崩御の際にも留学先から帰国しなかった。
      その大正天皇を貶めるため、あえて混乱を招くような嘘をついたのか、戦後の臣籍降下をあれほど熱望していたものの、辛酸を舐めて皇室に怨恨でも持ったゆえの発言なのか。

      2.三笠宮誕生の必要

      明治時代に貞明皇后は3人の親王を産んで皇統を守ったのだから、大正時代に三笠宮を産む必要はなかったと思われる。なぜ、明治天皇も昭憲皇太后も亡くなった後に子供を産む必要があったのか。
      東久邇稔彦の発言から感じる矛盾である。

      3.大正天皇の子種なしについての決定的証拠がないこと

      大正天皇に子種がないとする証拠は、東久邇稔彦の発言しか見当たらない。
      あとは、噂や風説などであり、医学的見地から見た証拠はどこにもないのである。
      確かに大正天皇は病弱だったものの、貞明皇后と結婚した当初は健康体であった。
      皇族の中にも病弱だった賀陽宮邦憲王のように健康を回復して、子供をもうけたり、伏見宮貞愛親王の嫡子・邦芳王は病気により宮家の存続が危ぶまれ、宮家を継承できず、代わりに兄の博恭王が継いだ場合もある。

      原武史は、大正天皇に万が一のことがあった場合、有栖川宮威仁親王が次の皇位継承者であったと語っている。

      問題なのは三笠宮出生。
      なぜほかの兄弟と10年以上も違うのか。

      紀子様の場合は様々な事情があって12年間ブランクがあったということはみなわかってるけど。

      • CIAは朝鮮人を愛子の婿にしようと画策してるんだよ

        美智子も雅子も一番有力だった候補を無理やり排除して、CIA が押し付けた妃だ。
        愛子の婿も100% CIAの意向で決まるんだ。

        そうすると天皇家は朝鮮の宗族に乗っ取られた事になる。

      • >紀子様の場合は様々な事情があって12年間ブランクがあったということはみなわかってるけど。

        これまでは、美智子、雅子、眞子、とずっと呼び捨てでしたのに
        『紀子さま』ですか
        ホント777さんは紀子さまと川嶋家は大好きなんだ。

  • 譲位ではなく退位です。それから

    天皇の退位等に関する皇室典範特例法
      附則第11条(宮内庁法の一部改正)「上皇職」および「皇嗣職」を新設する。
      皇嗣職が置かれている間は、東宮職(皇太子)を置かない。

    秋篠宮が皇嗣となっている間は、皇太子が置けないことになっていますので
    秋篠宮が即位する、または亡くならないかぎり、誰も皇太子にはなれないと思います。

  • 新元号、「令和」の意味するところ→
    “人々が、美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ”

    自分達以外の人に心を寄せ合わない身勝手な小室親子はそぐいません。

    こんな親子が皇室に入ったら、新元号が台無し。この新元号に御名御璽して、なおかつ小室圭の結婚も許す(裁可の取り消しをしない)なら、二枚舌と言われても仕方ない…。

    その時は、本当に残念。

    そんなふうに思いたくない。早く破談にしてください。

    • 裁可を取り消すのは無理、皇室から一方的な破談はできません。
      小室家側からの辞退を待つしかないでしょう。

      5年もの交際期間があったのに、身辺調査もせずに
      NHKに婚約リークや婚約記者会見をした秋篠宮家のミスです。

      もっとも破談を望んでいるのは国民だけで、
      佳子さまのコメント読む限り、秋篠宮家は結婚するつもりでしょうね。

    • どちらに転んでも得するのはあの母子。
      内定者のままでロイヤル特権を使いセレブ留学を続けるか?
      破談になって○億円の解決金をもらうか?
      秋篠宮家にとっては踏んだり蹴ったりの結果になりそう。
      でも身から出た錆だし自業自得ですけどね。
      一番かわいそうなのは国民ですよ。
      フシダラな馬子様の尻拭いを血税でさせられるわけですから。

  • 秋篠宮一家のよくない話、日頃のスキャンダラスな件はとっくに政府関係者の耳にも入っています。
    皇位継承第3位の悠仁坊やが将来天皇として見るならば、帝王教育を全く受けていない者が国民の総意は絶対得られない!
    徳仁皇太子殿下が5月1日、新天皇御即位後は皇太子不在となり、長い年月を皇太子不在のままというのは、皇室の不安定を国民は望んでいない。
    私見ですが、3年後愛子さまは成人されますが、その時に皇太子擁立の動きがあるのではないかと思います。
    愛子さまは男系の長子ですし、女性皇太子からいづれ男系女性天皇として何の問題もないと考えます。
    悠仁坊やを天皇にしてはいけません(多くの方がご存知、理由は言わずもがな)。

    • 敬宮愛子さまの教育について、皇太子殿下は過去に言及されていらっしゃいます。
      「どのような状況になっても対応できるように育てています。」と。
      つまり、敬宮愛子皇太子殿下となっても困らぬよう育てていらっしゃると解釈できます。
      勿論、そうならずに民間に嫁いでも困ることはないでしょうけれど。

  • […] この2つですね。 前者については、要は天皇の一存で退位を決める事は出来ないという事でしょう。「皇室典範(こうしつてんぱん)」とは法律の事であり、皇室継承等、皇室に関する日本の法律です。例え病気や衰えによって国事行為が困難になってきたとしても、天皇の勝手な判断で譲位・退位する事は禁じられているのでしょう。 そして後者ですが、「令和」になって元皇太子であった徳仁(なるひと)氏が天皇となった訳ですが、現時点では確かに「皇太子」という方は不在という事となります。ここで、「皇太子」の定義を見てみましょう(コチラより一部抜粋します)。 […]

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