美智子さま「イジメ」「バッシング」の具体的内容 伏魔殿に入る女性皇族たち

宮内庁・皇室は伏魔殿

週刊誌やテレビにおいて美智子さまは、その精力的な活動を含め「超人」ぶりが称賛されています。民間人としてはじめて皇后となった美智子さまには、並々ならぬ苦労があったことも、美談としてしばしば語られます。

今でこそ、美智子さまサゲを批判する記事は殆どありませんが、少し前までは雅子さまが、今では秋篠宮家がしばしばバッシングを浴びているように、一昔前までは美智子さまこそがバッシングの対象でした。

今回は、そんな美智子さまが受けた「イジメ」「バッシング」の一端を紹介したいと思います。

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2019年5月1日

イジメ「ファッション」

美智子さまへの「イジメ」「バッシング」は、婚約会見が行われたその日から起こります。

いじめの第一幕は、早くもご婚約決定の日に始まる。……決定を受けて午後、皇居を訪れた正田美智子は、頬をやや紅潮させて初の記者会見に臨んだ。

この日の服装は、Vネック、七分そでの象牙色のドレス、白い鳥羽根の輸の帽子、ミンクのストール。それに、イヤリング、ブローチは真珠で、いかにも初々しい感じにあふれでいた。ところが、ドレスに合わせた手袋が手首とひじの中間までしかなく、ひじがあらわになっていた。お妃に決まって皇居を訪れるという正式の場に行く服装としては、ひじまで隠れる手袋を着けるのが礼儀だという。服飾に通じている人でなければ気づかないことかもしれないが、「これは短かすぎる」とすばやく気付いた人がいた。

短かすぎるというだけの指摘にとどまるならともかく、「だから、由緒のある家柄の方でなければ務まらないことよ」「あの程度の心得もないようではどうなのかしら」というように、家柄や作法への疑問にまで発展するから穏やかではなくなる。

『新潮45』(1985.8号)

落ち度を一箇所見つけてネチネチと陰口…。

庶民の世界でもありそうな「いじめ」ですね。

婚約会見に臨む美智子さま

問題となる服装の写真が残っています。

確かにその時の服装をみると肌が出ています。

婚約会見に臨む正田美智子さん(美智子さま)

本当にマナー違反?

このマナー違反について、専門家が次のようにコメントしています。

自らも旧華族出身で現在はマナー評論家の酒井美意子さんも、当時を振り返り、こう言う。

「あの頃は、ずいぶん騒いでいる人がいましたけれど、手袋の長さなんて、大した問題ではないですよ。私はマナーの研究を始めて二十年以上になりますが、ひじが出てはいけないなんて決まりは全然ありません

確かに、十八世紀から十九世紀ごろの西洋の王室では、そういう風習の国もありましたよ。カトリックの国では、婦人は肌を見せてはいけない、とされていた時代がありましたからこ日本の皇室は、明治以降、イギリスの王室をお手本にして洋服の慣習をつくったわけですけど、イギリスはカトリックではありませんから、そんな監修はないですし、ましてや皇室本来の決まりであるはずはございません。要するに、誰かが何か悪口を言いたくて作ったことでしょう

『週刊文春』(1985.8.1号)

要するに、誰かが何か悪口を言いたくて作ったことでしょう」は真を突いているでしょう。

マナーというのは不文律なので、是非の判断が難しい場合が多いです。「平服」でとあって普段着で行く人は流石にいないでしょうが、一般家庭だとタキシードなどの礼服など生涯で着る機会などそんなにないでしょう。多少の粗相は不可抗力というものです。

イジメ「だっこ写真」

続くイジメは「だっこ写真」。現皇太子殿下を出産され、それを抱いた写真が掲載されて批判されました。

「へ?」と思われるかもしれませんが、プリンセスともなればこれが批判されます。

御所の玄関の少し手前に車を止めて夫妻が降り、かわいい浩宮(現・皇太子殿下)を抱いた美智子が宮内庁職員とその家族の出迎えに明るい笑顔で応える写真が当日の夕刊を飾った。初めて子宝に恵まれた若い母親の幸せがそこにあふれでいるようだった。

自分の子を抱いたところを写真に撮らせるとはどういうことですか」「京都以来の習慣で、高貴な身分の女性はわが子を抱いたところを他人に見せたり、写真に写ったりしないはずです。夕刊の写真は何ですか」こうした電話が夕方から夜にかけて東宮職に相次いでかかってきた。上流の夫人らしい口調だったという

『新潮45』(1985.8号)

昭和天皇以来、現・皇室は「開かれた皇室」を目指しているため、こういう苦情は今でもあるそうです。今上陛下が膝を折り目線の高さを同じにしていることにも批判の声が寄せられるとか。

電話を入れた犯人は誰?

ところで「だっこ写真」に苦情を入れたのは「上流の夫人らしい口調だった」ということで、『新潮45』は、この犯人が「常磐会」 (学習院女子中・高等科卒業者)だと決めつけています。つまり「東宮妃」を自前で輩出できなかったので、その逆恨みで電話したという理解です。

なお、『週刊文春』が本件について常磐会の方に「貴方がたが犯人だと言われていまが?」と電話したところ次のように返答があったそうです。

「何かあるとすぐに、常磐会だ、旧華族だと言われるのは、不愉快ですわよ。『上流の夫人らしい口調』と言っても、実業家の奥様かもしれないし、そうでないかもしれないし……。

私がほうぼうで耳にしたところによると、むしろ聖心の方たち、実業家の奥様達の中に、ねたみで悪口を言っている方が多かったようですわよ。美智子さまがなれるなら、自分の所の娘、だって、お妃になれそうなものなのに、と思うと、悪口を言いたくなるのかしらね」

『週刊文春』(1985.8.1号)

確かに碌な根拠もなしに「犯人」扱いされてはいい気はしないでしょう。しかし、だからといって「聖心(美智子さまの出身校)の方たち、実業家の奥様達」と決めつけるのは(笑)

『週刊文春』は空気を読まず、聖心の関係者にも電話取材。

「常磐会だ聖心だ、といった書かれ方はよくされますが、そういう対立があるかのように、周囲の方々が興味本位で作り上げてしまっている所が大きいと思いますよ。

先様がどう思っているのかは先様に聞かれた方がよろしいと思いますが、少なくともこちらには全然、反感とか対抗心とかはありません。同じ私学だから、よく似ている所も多いと思うんですが……などと申し上げると僭越でしょうかしら(笑)」(美智子さまの同級生)

『週刊文春』(1985.8.1号)

と穏かな言葉の裏に、相手を小馬鹿にするレトリック。

こうやって対立構造を煽るのが週刊誌は本当に得意ですね。

今でも文句を言う人が…「おんぶ写真」批判

ところで、こんな写真で苦情が出るのは昔のこと、と思いきや今世紀に入ってからもまだまだあります。

保守論壇の重鎮、故・渡部昇一氏は次のように。

また、「家庭の幸せ」を手本としてか、皇太子殿下が愛子さまをおんぶしておられる姿が報じられていました。これも庶民としては美しいかもしれませんが、天皇になられる方がなさってはならないと感じる人も少なくありません。

天皇とは日本の神様(一神教のゴッドではない)になられる方ですから、その方が赤ん坊を背負っていたのではあまりにも様にならないと、私の知っている赤坂の芸者は顔色を変えて憤慨していたことを覚えています。私はこの芸者の感覚のほうが正しいと思っています。

渡部昇一「「雅子妃問題」の究極の論点」『WiLL』(2008.9号)

憤慨した芸者…。

たしかに、天皇は「天皇」然として欲しいという層は一定数いるでしょう。

まとめ

このように民間人として初めて嫁がれた美智子さまに、嫉妬・妬みが「イジメ」「バッシング」という具体的な形になって降りかかったことがよく解ります。この他にも多くの事案が伝えられていますが、それについて別の機会に取り上げたいと思います。

皇太子殿下が雅子さまにプロポーズした際、 「雅子さんのことは僕が一生全力でお守りします」 と仰った背景には、伏魔殿に入る雅子さまを案じてのことだとよく解ります。

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2019年5月1日


26 件のコメント

  • 美智子の母親は朝鮮系中国人とイギリス人のハーフ(普通に考えたら売春婦が産んだ父無し子だよね)
    父親は被差別同和部落出身

    しかもクリスチャン

    まともな家庭の娘じゃなかったから皇族は全員美智子を妃にするのに反対したんだよ

    皇室に入っても古来のしきたりをすべて無視する

    皇族全員から嫌われて当然だよ

    • なんかごちゃごちゃ言ってる方いますけど、ほんとに頭大丈夫ですか?

      根拠は?
      部落差別とかいつの時代ですか?
      クリスチャンかどうかは私は無知なので知りませんが、だったとしたら、ダメなんですか?きちんと神道の祭事をこなしてらっしゃるように思えますが。

      古来のしきたりとおっしゃってますが、時は流れるものでしょう?いつまでも変わらないままでいるのは、逆に怠慢だと思うのですが。

      • >根拠は? 部落差別とかいつの時代ですか?

        大陸夫人の富美は、茶道、華道、などの当時の名流の子女の花嫁修業というものを一切、ミッチーズにはさせていないのがわかります。

        その代わり、美智子(たち)を15歳の頃から竹山パーティーなるエリート男性のための婚活パーティーに参加させていました。当時は16歳から婚姻が可能だったのですが、女性は若いほうが高く売れる、有利、という富美の水商売的な発想だったのかもしれません。竹山パーティー以外のところで、堤家のために接待させてたのかもしれませんし、GHQ=CIAのために諜報活動をさせていたのかもしれません。

        富美は手帳に何やら書きためていたらしく、「これが世間に公表されたら、、、、」

        膨大な数の人間がこまることになる、世の中ひっくりかえる、と豪語してましたが、富美がCIA工作員兼、堤家の妓生接待の元締めなら納得がいきます。日本の要人たちの弱みを握っていたのでしょう。

        かつて中国皇帝へと送った貢女のように、ゆくゆくは寄生した帝国の支配層の妻に、と考えますが、しかしながら、正田美智子は、三島由紀夫をはじめ、エリートとお見合いしても惨敗。27人目で波多野という男性と婚約するも、皇太子妃になれる見込みが出ると破棄。その後、波多野氏は自殺したといわれていますが、本当でしょうか。

        三島由紀夫とのお見合いの顛末。

        「つまらない女だった」と三島からお断りしたという話が伝えられています。

        あと三島の祖母が美智子さんのご実家の家柄をお気に召さなかったという話も。

        三島由紀夫「美智子はつまらない女」
        三島由紀夫とも「観劇でたまたま顔を合わせて、席がちかくなった」風お見合いもした。

        三島「つまらない女」

        三島祖母「母親がダメ」

        お断りされてしまう。26人目が、明仁皇太子殿下。

        お見合いが、ことごとく玉砕したころ、GHQから、皇室破壊工作員にならないかという、お誘いがあったのは、このころではないでしょうか。

        皇太子妃に化けて皇室にもぐりこみ、「新しい皇室」をつくるため、破壊活動をおこなうという簡単なミッションです。見返りは、怪しげな家系図をもっている正田家を名家にすること、日清製粉を大企業にすること。パパもママも大張り切りでしょうぶにかけます。

      • 美智子さまのことは見合い25回とか、婚約者がすでにいたとか報道されて
        当時の国会でも議員がその件について宮内庁長官に質問しておりましたよ。
        議事録見ると「粉屋の娘」やら「新平民」やらと言われていました。

  • 美智子さまも雅子さまもイジメられて、普通の神経の人ではやっていけるところではないですね。
    雅子さまも相当陰湿なイジメにあわれたんだと思います。

  • 美智子様お綺麗でしたねぇ。上流階級とはこうなのかと思わしてくれる写真です。皇太子夫妻と愛子様幸せ一杯で涙出る。雅子様の回復祈るのみ。

  • 雅子様は人格を否定されたんですよね。高齢女性と思われる女性のブロガーさんは怨念なんて書かれていたくらい恨み節だらけな内容で気持ち悪くなります。批判コメントするとブロックされてしまい、コメント出来ない様にされてしまいました。それ以来そういう人のブログは読まない様にしています。

  • 人種差別をする人物にかぎって時分に自信の無い憐れな人物です。
    俺は純粋な日本人と威張ったところでバカの骨張と笑われるだけですよ。
    鏡に映る自分をしかと見つめてごらんなさい醜い自分がそこにあるでしょう。
    美智子妃の実家の落ち度が見つからず何処かで拾ったクズネタで馬鹿が嘲笑っている。
    恥ずかしいかぎりです。

  • 雅子様批判する人は、とにかく仕事しないのが許せないようですね。病気を理解する事も拒否してひたすら叩く。よほど暮らしに余裕が無いように感じ怖い。

  • 雅子さまはなかなか子供ができなかったこともお辛かったんじゃないでしょうか。
    流産もされたりもありましたし。
    そういう傷ついた心にまで塩を塗るような意地悪な者もいるのでしょう。
    とんでもないところに嫁がれたものです。
    嫉妬、妬みが渦巻く恐ろしい世界です。
    女の陰湿なイジメは、あったことがなければ分からないと思います。
    本当に怖いですから。
    雅子さまもそれはそれは陰湿なイジメにあったのだと思います。

  • 美智子さま美し過ぎますね!
    本物のお嬢様です!

    美智子さまのご実家、正田家も優秀な方ばかりですが、
    一切、皇室利用などはせず、理事などは引き受けたりしませんでした。

    雅子さまのご実家、小和田家もそういった皇室利用は一切しておられません。
    雅子さまの妹さん達も優秀ですが皇室利用は一切されません。
    ひっそりと暮らしておられます。

    ただ紀子さんの父親川嶋辰彦は皇室利用がひどく、
    本人も息子も色々な理事を引き受けたりして
    結構な謝礼金を受け取っているようです。
    かなり贅沢をされているようで、別荘に2000万円のカーテンを買っていたという話もあります。
    名刺に紀子妃殿下の父と書いているという噂まであります。

    紀子さまの実弟の川嶋舟の皇室利用は最近問題にもなっていました。
    本人の頭が悪く逆に利用されたりすることもあるようです。

    川嶋辰彦は秋篠宮家の教育にもだいぶと口出ししているようで
    眞子さんのICU進学を勧めたのも川嶋教授だと言われております。

    川嶋辰彦は学習院で部落解放運動を研究して、人類平等を訴えていながら、
    娘を皇族に嫁がせ、自分や息子はその恩恵にあやかるという、
    言ってることとやってることが全く違う二枚舌のかなり怪しい人物です。

  • 皇太子さまと雅子さまと愛子さまの家族写真自然でいいですね!

    愛子さま真っ白でぷくぷくもちもちで可愛すぎるし皇太子さまも雅子さまも嬉しそうで

    こっちまで幸せにな気分になります。

  • 命の危険とまで言われた激やせの愛子様もいらっしゃいましたね。
    短期間でぷくぷくになったりがりがりになったり。
    何が起きているのか判りませんので「秘密の東宮殿」ですね。

    • 愛子さまは真面目な性格のため色々悩まれたんでしょう。
      一時痩せられて心配しました。
      それにひきかえ眞子さんは国民を巻き込んだこの状況でも一切痩せられません。
      やはり心臓に毛が生えていますね。
      秋篠宮家は鈍感なうえに図太過ぎます。

  • 美智子様は女優みたいに美しかったので顔で選ばれた気がします。今時の男性だって一番は顔らしいです。他の見合い相手は頭や家柄は良くても顔が美智子様には勝てなかったのではないでしょうか。当時の子供の名前にみちこという名前が多いのも美智子様みたいに美しくなって欲しいという親心だと思います。

    • お妃候補の方々が、いやがったそうですよ。
      美智子さんは、皇太子だから結婚を決めたというのを聞いたことがあります。これとは対称的に、
      雅子さまは、「あの方が皇太子でなければ、すぐにでも承諾するのに。」とご友人に話していたそうです。
      同じ皇太子でも、昭和と平成では雲泥の差だったのでしょう。

  • 佳子さまが美人なのは美智子様や紀子さまの遺伝かもしれないですね。自分の母親世代は皆が美智子様に憧れていた様でした。今でもその辺のおばちゃんと違って何処と無く品があります。やはり金の力なんでしょうか。有名スタイリストがいるだけある気がします。

  • 美智子様が、旧華族やら皇族の連中からイジメに遭っていた事実はハッキリしている、と言う事なんですか・
    それだけはハッキリしてるんですね。
    醜いなあ~。

  • いじめの理由にしても一番上の美智子様の母親がとか父親がとかなんにしても馬鹿馬鹿しすぎる。
    そんな御家制度的なもの私(高校生)の同年代には意識してる人なんていないし、20年後には殆どの人が意識しなくなってる。
    なんにしても古い。今の時代ヒトがヒトとして生まれてきている以上どんな格好でもどんな家に生まれようとも何を信じていようとも何にも関係ないし、ましてや結婚の形も変わってきてる。天皇家でいつか同性婚の方が出ても驚くかもしれないけど不思議じゃない。
    高校生でさえ理解できてるのに長い間生きてる癖してまだ理解できてないなんてほんとに馬鹿みたい。そんなことだから年金の無駄遣いだとか言われるんだよ。考え方が本当に本当にふるい!古墳にでも入ってたの?

  • 美智子さま、大好きです!心から尊敬しています!雅子さまも大好きです!早くお元気になられますよう、心からお祈り申し上げます❤❤❤

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