子供には「体罰を受ける権利」がある!「体罰の会」のトンデモ趣意書

体罰の会

ツイッター上で話題になっていた「体罰の会」。

既に解散してしまっているようですが、その趣意書やシンポジウムのパンフレットがまんまアレだったのでアーカイブしておきたいと思います。

体罰は教育

ん~。

メンバーも濃い!

体罰は教育です!

「叱るより褒めろ」では強い子は育ちません

子供には「体罰を受ける権利」があります

という恐るべき戦前昭和的思考形態…。

本当に、既に解散してしまっていることが惜しまれます(笑)

メンバーも香ばしい

otto.嶋さんがまとめて下さった、構成メンバーも非常に香ばしい。

いやはやスゴイ…。

錚々たるメンバーですね(笑)

【体罰の会】 趣 意 書

 体罰とは、進歩を目的とした有形力の行使です。体罰は教育です。それは、礼儀作法を身につけさせるための躾や、技芸、武術、学問を向上させて心身を鍛錬することなどと同様に、教育上の進歩を実現するにおいて必要不可欠なものなのです。
  一方、あたりまえのこととして、暴力は許されません。自己の利益、不満解消(鬱憤晴らし)、虐待を目的として人(弱者)に対して有形力の行使をして傷つける行為は、家庭内であれ、学校内であれ、社会内であれ決して許されません。それは、その人間の考えの間違い、心の弱さ、過度の精神的な疲労(人間力の劣化)などが原因となっています。しかし、このような進歩を目的としない「暴力」と、進歩を目的とする「体罰」とは根本的に異なります

 初めから「全人」として生まれた人はいません。躾や鍛錬によって生命と身体を維持し家族、民族そして国家を維持しようとする本能を強化し、学習によって理性を作り上げて進歩しながら人格を形成してゆくのです。
  しかし、自己の自覚と努力だけでは進歩できない場合もあり、むしろ、それができない人の方が多いのです。それは、進歩のためには鍛錬が必要であることを理性的には理解できても、自らに苦痛を課す鍛錬から逃れようとする心があるからです。これは、「快を求め不快を避ける」という本能的な行動原理によるものであり、教育はこの行動原理に基づくものなのです。

 進歩を目的とした躾や鍛錬には少なからず不快感を伴います。躾や鍛錬による不快感は、それを克服させるための行動を起こさせ、その目的を達成すると不快感は消え、快感(幸福感)が得られます。それゆえ、進歩を目的とした躾や鍛錬による不快感は、進歩のためには必要不可欠なものであり、「不快なくして進歩なし」なのです。ところが、躾や鍛錬による不快を「悪」であるとして躾や鍛錬を否定すれば、進歩のための行動が生まれず、いつまでも進歩しないことから、他人との能力差を感じて疎外感や劣等感が生まれ、それが逆に大きなストレスとなって、躾や鍛錬による不快以上の大きな不快が生まれ、社会生活に適合できなくなります。

 人生において進歩向上すべき最も重要な時期に、進歩のための不快を避け、不快なくして進歩しようとする怠惰な心の赴くまま身を委ねてしまうと、進歩することができません。克己心を得て進歩のための不快を克服して自己研鑽できる一部の恵まれた者だけが教育的に進歩できても、その他の多くの者が取り残されて社会の全体的な進歩がなければ、社会秩序は安定せず社会全体の民度は高まりません。大人ですら進歩のために必要な矯正措置を不快と感じて避ける怠惰な心がありますので、子供たちの場合は尚更のことです。自主性とは理性が完成していることを前提としますので、理性の未熟な子供に自主性を期待することはできません。そのために、教育的矯正が必要となってきます。その最も重要なものが体罰なのです

 水が高いところから低いところに流れるように、学級生徒の中に怠惰な者がいて、それに対して教師が何らの教育的矯正をなさないとしたら、学級全体が怠惰を是認することになって、克己心を持って研鑽している他の生徒にも悪影響を与えます。その結果、学級全体の生徒の進歩が遅れ、学級の秩序が乱れます。
  そのことを動物行動学を確立してノーベル賞を受賞したコンラート・ローレンツが科学的に証明しました。それは、「種内攻撃は悪ではなく善である」ということです。ここで「善」というのは、種族保存のために必要な秩序維持に必要不可欠なことを意味します。決して、理性的、宗教的に判断した「善」のことではありません。善悪は、理性で決するものではなく、固体と種族の本能(生命原理)に適合するか否かによって科学的に決定されることを意味します。種内攻撃は、すべて種内の秩序の形成と維持のためになされます。決して秩序を壊し秩序を乱すためになされるものではありません。人間以外の動物は、秩序を壊し秩序を乱す結果を生む種内攻撃をすることがありません。そして、本能的行動としての種内攻撃、つまり、同種内における有形力の行使は、種族維持、秩序維持のために必要なものであることを説いたのです。この種内攻撃の最も重要なものに「体罰」があるのです。

 ところが、それでも体罰は悪であるという人がいます。しかし、これには前に触れたとおり科学的な根拠がありません。それどころか、進歩を目的とする体罰が悪であれば、それ以外の方法による進歩を目的とする強制力もすべて悪になります。体罰のみが悪であるとする根拠がなく、進歩を目的とする強制力のすべてを否定することは、結局のところ教育それ自体を否定することになります。
  さらに、そのような体罰否定論者は、「体罰」を「虐待」と同視します。たしかに、虐待も有形力の行使ですが、虐待は単なる憎悪の発露に過ぎず進歩を目的としない暴力です。同種内でこのような秩序の破壊と紊乱を生む行為をする動物は人間だけです。本能に忠実な人間以外の動物は、無益な殺生や虐待をしません。親殺し、子殺し、夫殺し、妻殺しのような犯罪も犯しません。家族維持や社会秩序維持の本能が劣化すれば犯罪が起こります。虐待とか犯罪が起こるのは、人間にしかない歪んだ理性によるものです。犯罪とは、「歪んだ理性のアダ花」というべきものなのです。
  そもそも、同じ有形力の行使ではあっても、目的の有無によってその性質は全く異なります。体罰と虐待(犯罪)とは、進歩を目的とする行為であるか否かによって峻別されます。決して体罰の延長線上に虐待があるのではありません。この区別の解らない人は、人命救助と治療を目的として外科医がメスを用いて行った手術行為と、憎しみと利害打算によって人を刃物で殺傷する犯罪行為との区別もできないことになります。

 また、「刑の疑わしきをば軽んぜよ」(書経)といふ言葉があります。これは、刑罰の謙抑性を説いた言葉です。法はあらゆる違法行為を対象とすべきではなく、刑罰は必要やむをえない場合に最小限度で適用されるべきです。これと同じく、体罰もまた無条件、無制約ではありません。体罰が教育として必要なことと、体罰がどのような場合にどの程度必要であり、そして教育目的を実現するためにどうすれば効果的であるかということとは区別しなければなりません。体罰は、教育を行う者に認められた懲戒権であり、その権利が認められるか否かという権利の「存否」の問題と、その権利を行使するについてどのような場合にどのような方法や程度で行うことができるかという権利の「要件」の問題とは区別されます。ハードとソフトの関係です。これを混同することは、警察官が違法な逮捕をしたことがあったことを理由に、すべての警察官の逮捕権限を全否定することはできないことと同じです。体罰を悪であるとして否定する人は、この区別もできないことになります。

 子供は教育的進歩を遂げなければ社会人として完成できないのですから、体罰を含む教育を受ける権利があり、国家としても体罰を含む教育をすべき義務があります。ところが、学校教育においては、学校教育法第11条但書により、教員による体罰が禁止されています。同条は、学生生徒等の懲戒についての規定であり、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」と定めています。体罰は教育に必要な懲戒権には原則的に含まれるのですが、例外的にこれを行使してはならないとしているのです。
  しかし、このように学校教育における体罰(学校体罰)による懲戒権の行使は禁止されていますが、家庭教育における体罰(家庭体罰)は禁止されていません。それは民法第822条に規定する親権者の懲戒権には体罰を除外されていないからです。つまり、学校体罰は禁止され、家庭体罰は禁止されていないという不統一で論理矛盾な懲戒制度となっているのです。
  そのうえ、平成12年には、体罰と虐待の区別もできていない「児童虐待の防止等に関する法律」という欠陥法律が制定・施行されます。これにより、進歩目的の有無で区別していないことを口実に、親権者の体罰を虐待とみなして、児童相談所が独断で一時保護と称して児童を拉致し、親子を引き離して長期完全隔離して家庭を崩壊させる事案が恐ろしい勢いで増加しています。確かに、これまでの放任教育の結果、あまりにも悪質で悲惨な児童虐待事案が増えてきていることは確かです。これは、「体罰」ではなく明らかに犯罪なのです。

 現行の制度では、家庭体罰を肯定し、学校体罰を否定しています。学校体罰と家庭体罰とを区別し、学校体罰のみが否定されることの科学根拠は未だに示されていません。さらに、体罰を虐待とを混同しうるような児童虐待の防止等に関する法律が制定運用されるという矛盾に満ちた現行の法制度は、明らかに教育科学に反します。科学でなければ、それは特異な思想か宗教的教義に他なりません。いわば、教育が「体罰禁止教」に支配され、いまや教育は再生不能の状態にまで陥っています
  子供の自主性を尊重し、命の大切さだけを教え続けた個人主義の「理性教育」は、論理矛盾と形容矛盾の最たるものと言えます。自分の命を捨ててまで守るべきものがあることを教えなかったからです。自分の命を捨ててまで愛すべき親や子供たちを守ることは、理性教育からは導かれません。そのため、個人主義では、自分の命だけが大切であり、他人の命は大切ではないことになりました。戦後教育は、この個人主義に根差した理性教育が正しいとして今日まで来ました。その結果は、実に惨憺たるものでした。今では、家庭教育では、家族の序列と秩序が消滅して健全な親子関係が崩壊し、学校教育においても、教師と生徒との序列と秩序が乱れ、イジメや不登校、自殺などが起こって、教育全体が回復不能の状況となり、社会秩序が崩壊寸前にあります。怠惰を助長させる放任主義は、まさに教育の放棄であり、社会秩序の崩壊となります。そのために、少なからず他律的な矯正の力が必要となります。競争原理による叱咤激励、信賞必罰や、劣後する者や怠慢な者に対する叱責などの間接的な矯正だけでなく、直接的な矯正力が必要な場合があります。それが体罰です。ですから、体罰は教育なのです。ところが、そのどさくさに紛れて、体罰と虐待とを同一視する傾向が一層進んでいるのです。

 このように、現在では悲観的な状況ではありますが、平成21年4月28日の最高裁判所第三小法廷の判決によって、教育再生へのかすかな光明を見出すことができました。この事案は、休み時間に女子児童を蹴っていた男児らを教員が注意して職員室に戻ろうとしたところ男児に尻をけられたので、教員が男児の胸元をつかんで壁に押しつけ、「もう、すんなよ」と怒った行為を、学校教育法第11条但書の体罰禁止条項に違反する行為であるとして男児の保護者が損害賠償を請求したものです。一審と控訴審は損害賠償を認めましたが、最高裁では逆転してその請求を退けました。この教員が男児の胸元をつかんだ行為が「体罰」にあたるか否かについて、最高裁は、「許される教育的指導の範囲を逸脱せず、体罰には当たらない」と判断したのです。しかし、この教員の行為は、明らかに体罰です。教育的指導は体罰の一種です。つまり、この最高裁判決は、学校教育法第11条但書を実質的に否定したか、あるいは限定的解釈を行ったものと評価されるのです。
  しかし、この判決はまるで多勢に無勢、焼け石に水のような存在で、現在のような不整合な法制度が存在し、その規定を正しいものであるとする体罰否定の人たちが戦後教育を支配し続けたため、学校のみならず、家庭も崩壊し、児童相談所の横暴を許し、家庭裁判所もそれを黙認するに至っています。それゆえ、この最高裁判決を踏まえて、現在の状況を打破して、教育の再生をはかるには、体罰禁止教の支配から我が国を解放して、教育に科学性を回復することです。そのための緊急の課題として、まずは学校教育法第11条但書の削除を実現することが必要です。その上で、体罰の方法や程度に関する法整備を実現して、教育の再生を実現せねばならないと確信します。

 戦後教育によって多くの国民に深く刷り込まれた体罰という言葉の否定的なイメージを払いのけるのは並大抵のことではありませんが、我々は、この洗脳から解放されることが教育再生の大きな第一歩であり、その具体的な目的として、学校教育法第11条但書の改正(削除)をもって教育正常化を実現する国民運動を展開するために本会を設立しました。
  何卒、皆様のより一層のご理解とご協力、そして本会への積極的なご参加をお願いする次第です。

平成21年8月17日

体罰の会

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35 件のコメント

  • ローレンツ、こんな事書いてましたっけ?
    論文や対人間の書籍は未読ですが…。

    種内攻撃は、必ずしも秩序維持を意図しないような気がします。
    自分の卵を食うニワトリとか、孵った稚魚を食うメダカとか。

  • 戸塚宏氏が筆頭ではなかったから、解散に至ったのではないでしょうか?

    『「種内攻撃は悪ではなく善である」』。
    C.ローレンツ博士は、自らが創造した動物行動学で、動物の行動理由として「種の保存」を挙げました。
    しかし、今日では「個体の生存」が目的とされるばかりか、利己的遺伝子説という包括的な理論までも提唱されています。
    生徒さんが、この手の質問を執拗に繰り返したからと言って、「ゴチャゴチャうるせぇ!」と躾け(物理)で誤魔化さず、専門家に依頼するなり自己流に説明するなり、「生命の神秘」でお茶を濁すなり(笑)、平和的に解決したい物です。
    部内攻撃に明け暮れて分裂という惨劇に至った、某教科書出版組織を反面教師として…

  •  有言不実行の石原慎太郎は、どんな講演をしたんでしょうね。と学会編「トンデモ本の世界シリーズ」では、彼の奇書「スパルタ教育のすすめ」が複数回取り上げられています。同書は題名どおり、「息子を殴ること」を奨励しています。しかし「トンでも本シリーズ」によると、実は4人いる息子に手を上げたことはないと、別な本で告白しているのです。
     だから石原伸晃が、あんな性根の腐った政治家、いや人間になったのでしょうかね。

    • アジアのバカ大将さんへ
      体罰をするのは科学的には「パヨク」です。あなたは、
      石原慎太郎さんは4人いる息子に手を上げたことはないと言っています。
      「保守」の人は科学的には体罰をしないです。
      「パヨク」は科学的には攻撃性が強く、捻くれています。
      たぶん、保守の人は「パヨク」を見て体罰が必要だと思ったのだろうと思う。
      とにかく「パヨク」は捻くれています。それを見て体罰という発想になったのだと思う。
      「パヨク」の捻くれは脳が原因なので、体罰では治らないです。

      • 「パヨク」って、「パーなウヨク=保守派」の意味だったんlですね。
        確かに会員の顔ぶれを見ると、ほとんどそうですね。

        • アジアのバカ大将さんへ
          「パヨク」とは
          ”かつて、反日活動家連中を「左翼」と呼ぶのは間違いであるということから「サヨク」と書き分けるようになったが、発音は同じであるため左翼と混同しがちではあった。
          だが「パヨク」であればその問題も無いため、安心であるとして、爆発的に普及することとなった。
          加えて「パヨク」という間抜けな響きが彼らの実態を表わすのに非常に適していたこと、当の「パヨク」たちがこの語を非常に嫌がっていて必死にネトウヨ連呼で応戦していたことなどから、「パヨク」という語は普及が約束され、そして浸透も早かったのである。”
          のようです。

          • 一般的な言葉ではありませんね。「現代用語の基礎知識」や「知恵蔵」に、「パヨク」は掲載されていません。一方、「ネトうよ」は載っています。ネトウヨ問題はテレビのニュース番組で取り上げられましたが、パヨクはありましたか?雑誌ではどうでしょうか?教えて下さい。
            なお 〝かつて、〜のである〝は引用のようですが
            その場合、一番最後に( )で、引用元を入れるのが、論争の礼儀です。お忘れなく。

            • “左翼、
              まともな政治的考えを持ち、積極的に自分たちの方針に乗っ取り(先鋭化すると極左としてテロリストに進化する)現実の政治にかかわろうとする存在。
              フランスなどの一部の国では実際に政権を取り、国家を運営する能力が有る。

              サヨク、
              左翼の外見だけをマネしているような、非現実的な中身のない似非政治思想(通称、お花畑)を語るだけの、低能集団。
              モノをマトモに考える能力は無いが、教えられたことをちゃんと覚えている程度のアタマは持っているので、お勉強はだけは出来る輩も多い為に、意外と残念高学歴な人間も多い。

              パヨク、
              サヨクのさらに劣化版の、「体は大人・アタマは幼児」な存在。
              どっかで聞いたようなネット情報のカケラ程度のわずかな知識しか持たずに、ドヤ顔で政治を語る、政治に関心の無い人間からさえ笑われるだけの、三才児レベルなオツムしかない愚か者。
              お花畑以上の「ぱよぱよちーん」などという幼児退行したような言動がぴったりお似合いの「おこちゃま」”
              (yahoo知恵袋)
              これでいいのかな?

              • @正しいとは何か
                Yahoo!知恵袋はWkipediaの様な出典明示のルールもなく、どの様な内容であれヘイトスピーチに代表される道義的是非が問われこそすれ、記事の様に先ず外形的に品質を問われる事もありません。
                筆者が、別途に意思表示して格別の責任を自認でもなさらない限り、基本的に引用元(及び自称史書のパクリ元)としては不適切です。
                Yahoo!知恵袋が知識ソースとして一般的かどうかは、不作為抽出した隣人に遠慮なくお尋ねになるべきでしょう。
                あなたの場合、『真のユダヤ教及び教徒に関する理解と自認の有無が、(自称)愛国左翼と(所謂)反日パヨクの相違点』という旨の、素敵なご主張がある筈です。
                私としては、その様な代物でも「ハイハイワロスワロス」等と流さず、「独善的な政治的思想信条の要素を持つのみならず、基本的には稚拙な陰謀論に過ぎないので賛同はしない。
                しかし、侮蔑語への偏執を除くと無害な様なので、寛い心で主張として理解しかつ容認する」という立場です。
                折角のオリジナリティをかなぐり捨ててまで、ご自分が理解出来そうな代物を引用して事足れりとせず、上記を高らかに主張なさるべきです。
                あなたが、「ぼくのかんがえたほんとうのゆだやとさよく?ナニソレイミワカンナイ」等と転向なされば、狭義のダブルスタンダードを犯す事になりますが、『真のユダヤ及び左翼論』を提示すべき時に黙秘を図れば、狭義のそれとなります。
                アブラハム様やモーゼ様やソロモン王陛下、序でにマルクスやエンゲルズやレーニンが化けておいでにならない為にも、厳にダブスタを慎まれる様に要求します。

                  • 「黙秘を図る」という行為は、広義のダブスタでしたのでこちらも訂正します。
                    いち市民ともなれば、実名を用いた実社会での生活で、止むを得ずユダヤのゆの字もない風情で、ノンポリを装う事もあるでしょう。
                    権力者が、自制をかなぐり捨てる為のダブスタに比べれば、てんで可愛い物です…

  • 私は親から体罰を受けたことはないです。体罰をした教師を今でも軽蔑しています。
    「体罰の会」はアホです。
    躾だと言って体罰して我が子を殺した親と同じです。

    • @正しいとは何かさんへ
      体罰の起源は、明治新政府による軍隊及び学校教育が起源とされます。
      とは言え、あなたの様な真のユダヤ民族マニア兼ロビイストに取っては、
      「パヨク(似非ユダヤ系反日左派)による戦後教育の歪み」が社会に波及して、体罰の会と称する狂信組織を産み出したり、躾と称した虐待殺人をもたらした」
      訳ですね。
      分かります。
      あなたの思想的な歪みが、「真のユダヤ民族たる愛国左翼精神」という形で深化、もとい解消されると良いですね…

    • >事件の背景には、パヨクが教育を破壊する問題があるようです。

      >パヨクの活動がこのような悲しい事件を起こしたということです。

      >「虐待」を防ぐには「虐待するな」と教育すべきなのです。

      >「体罰の会」はアホです。
      >躾だと言って体罰して我が子を殺した親と同じです。

      その場しのぎの口から出まかせばっか

      • 8:16 AM匿名さんへ
        事件の背景には、パヨクが教育を破壊する問題があるようです。
        パヨクの活動がこのような悲しい事件を起こしたということです。
        「虐待」を防ぐには「虐待するな」と教育すべきなのです。
        には論理性があって科学ですね。

  • 権利があるんだったらその権利を放棄しただけの話
    結局のところ、自分らの暴力を肯定したいだけなんだなって

  • まぁ、100年後にはわかってるよね。
    体罰のあった世代の民度と、体罰を廃止した世代の民度のどちらが優れていたか。

    今でもわかるような気がするけど…。

  • 解散してしまったのが残念。 理事とかに体罰しまくって、どの程度で壊れるかの耐久テストのデータをとるチャンスだったのに〜♪
    さすが日本人だ。なんともないぜ!

    なんでゴックがあるのに戦争に負けるんだよ。

  • 「【体罰の会】 趣 意 書」は論理的に書かれていて納得できるところが多いのですが、体罰の危険性への認識が欠けています。
    例えば、精神障害者に体罰を行って改善するでしょうか?
    体罰が逆効果になることはないでしょうか?
    体罰と虐待の区別を教師が出来るでしょうか?
    「体罰」には科学的な検証が必要だと思う。

  • やっても一過性の効果しかないか、酷いとトラウマになって他に支障がでるからやるだけ無駄なのにね
    どうもこの手の人たちは疑似科学やチェリー・ピッキングが好きみたいだからな

  • yahoo知恵袋?
    残念ながら、世間では根拠として認められません。匿名の、何者かわからない人間が、無責任に書き込んでいるからです。辞書、あるいは百科事典、「現代用語〜」の類は、執筆者が明記されています。こちらを参照なさい。
    それと、最初の「左翼」から、一般的な辞書、百科事典の定義と違います。
    つまり、頭から間違いということです。

  • 百科事典に載っていますよ。
    ”パヨクとは、左翼に対する最大級の褒め(と思いこんでいる)言葉である。
    2015年11月、ぱよぱよちーん事件によって、左翼の皆さんによる活発な活動が明らかとなった。
    その活動を褒め称える言葉として、「ぱよぱよちーん」+「サヨク」で、「パヨク」という言葉が生まれた。
    サヨクの皆さんの活発な活動を褒め称える言葉として、2015年に生まれた有用な言葉である。
    千葉麗子氏が使ったことにより普及した(自身の書籍のタイトルにも用いている)。”
    (ニコニコ大百科)
    蔑称ではなく褒め言葉のようです。

    •  「ニコニコ大百科」?初めて見ましたね。
       本当に百科事典ですか?
       自称なら「キテレツ大百科」(藤子F不二雄作)も百科事典になりますね。
       そのサイトには、執筆者陣の氏名、肩書などが掲載されていますか?
       ついでに各項目の情報ソースは明示されていますか?
       それがなければ、所詮Wiki以下、ヤフー知恵袋程度ですね。
       そもそも、そのキテレツじゃなくて、ゲラゲラじゃなく、ニャにやじゃない、ニコニコ百科の「パヨク」解説は、貴方が先に書いた、「ヤフー知恵袋」とかなり違いますね?
      どういうことなのでしょうか?

      • パヨクの皆様へ
        私は毛沢東語録を読んでいました。社会党を支持するパヨクでした。
        その当時は中国の脅威は全くなかったです。
        しかし、現在は、日本国民は中国の脅威から自由を守らないといけないです。
        時代は変わったのです。そこのところをパヨクの人は良く考えて欲しいです。

        • 昔とどう変わりましたか?
          毛沢東時代にも、中国には核ミサイルがありましたよね?
          中国軍は現在、日本を攻略できるような戦力(数十万人の上陸部隊とその移動手段)をもっていますすか?ないですよね?
          毛沢東の死後、日中平和条約が締結され両国間の係争は、すべて平和的手段で解決されることが確認されました。毛沢東時代より一層脅威ではなくなったのですか?

          • アジアのバカ大将さんへ
            北京放送を聞いていましたが、電灯がついたとか言って毛沢東を褒め称えていました。
            尖閣を脅かす海軍は無かったし、毛沢東は尖閣を日本の領土としていました。

  • で、結局はどの意味で使ってるのかなあ
    通信用語の基礎知識、yahoo知恵袋、ニコニコ大百科
    色々でて来たけれど、どれも定義、由来すら一致してないんだけど

    • 嘘を書くな

      通信用語の基礎知識の場合
      “反日サヨクから放たれた「ぱよぱよちーん」という語が大変好評を博し、もって次のような変遷を遂げながら普及していった。
      1.ぱよぱよちーん
      2.ぱよちん団
      3.パヨク
      4.パヨチザン”

      yahoo知恵袋の場合
      ※ 由来表記なし

      ニコニコ大百科の場合
      “「ぱよぱよちーん」+「サヨク」で、「パヨク」という言葉が生まれた。”

      どれも由来すら一致してない、というか定義なんてバラバラ過ぎてまともな辞書に載せるのは無理だろ
      この語一つでもトンデモ記事が書けそうな内容だなあ

  • 本当に色々と良く考えて欲しいなあ
    ニコニコ大百科の定義だと「正しいとはなにか」さんは、現在進行形でパヨクの人だそうだから
    時代は変わっても、変えられないものもあるみたいですね

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