【11/11】有本香氏とのツイートやりとり【まとめ】

はじめに

昨晩、光栄なことに百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)の編集者である有本香氏からリプライを頂き、数回にわたり応答がありました。散々本ブログで批判してきましたので、ぜひ百田直樹氏か有本香氏に反応いただきたいと常々思っていました。(百田尚樹氏からは気がついたらブロックされていました…)

せっかく有本氏から反応いただいたので、これに乗じていろいろ聞きだそうと時に丁寧に、時に挑発を交えたのですが、結局あまり有意義なやりとりはできず、正直なところ「うまく逃げられた」という感想を持っています。そこで、この流れを紹介したいと思います。

「保守本」の定義は?

有本氏が『日本国紀』に対する批判に不満をつぶやいていましたので、私からリプライを有本氏に飛ばしていました。

というのも本ブログで散々批判してきたように、百田氏の資料の扱いは公平ではなく、自説に沿うものしか用いていないという問題があります。しかし同時に、この『日本国紀』において百田氏は、王朝交替説を認め、万世一系の正統性に疑義を挟んだり、記紀よりも魏志倭人伝の歴史性を評価するなど、渡部昇一氏や西尾幹二氏や竹田恒泰氏のものとは一線を画する歴史観を主張をしている点は興味深く評価に値します。これらの点は今後の保守論壇内での論争を予想させるものです。

さて、その旨を述べたリプライに対して、有本氏から次のように応答がありました。

「保守本」と私が『日本国紀』を表現したことが気に召されなかったようです。「あなた、他人の著作、私企業の商品についてずいぶん酷い貶しツイートしていますねえ」という大変暖かい批判を頂きましたが、是非ご有本氏が自身の日頃の行いを振り返っていただきたいと思うのは私だけではないでしょう。

これに対する私の返答は以下のようなものです。

しかし納得されず、次のように有本氏から難詰されます。

そこで次のように返しました。

しかしこの回答は、有本氏(陣営)にとって批判の対象だったようです。次のようにあります。

あまりにも雑過ぎて」という説明も私にとっては「あまりにも雑過ぎて」理解し難かったのですが、おそらく前後の第三者様方のリプライなどを読んでいると「保守だから保守本だと決めつける!」ということにお怒りのようです。確かに言われてみれば、そういう決めつけがあったかもしれません。反省いたします。

保守本でなければ何か?歴史書か?抒情詩か?物語か?

それではこの本をどの様に呼ぶべきなのか。前に私はブログで、この百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)の登場を評して、「「抒情詩」と銘打たれた歴史書です。読者はこれを「物語」として議論するのか、それとも「歴史書」として議論するのか楽しみです」などと言いました。

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千載一遇とはまさにこのこと。この疑問を有本氏に率直にぶつけました。すなわち「保守本」というくくりがダメならば、本書をどの様に表現すべきなのか、と。

有本氏は本書の編集に深く関わったそうですから、その御本人がどの様な意識を持たれているのか知りたかったのです。

ですが、望んだ回答はいただけませんでした。

深読みして「歴史書」でもなく「抒情詩」でもなく「日本国紀」というジャンルであるという意味なのかもしれませんが、私には回答から逃げたようにしか見えませんでした。というのも、この後、私は質問を再修正し「本書はどのようなカテゴリーとして表現すればよいのですか?」とリプライしたのですが、現時点でその返事は頂けていないからです。

はたして本書を「歴史書」つまり史実として読むべきか、それとも「叙事詩」つまり物語・小説として読むべきか、その回答は未だ謎のままです。私と同じ思いの人は多くおられると思います。最後一つ、この有本氏との会話を通して感じた私の「心」を代弁していただいた方のコメントをあげます。

なお『日本国紀』における「男系」の間違いについて、有本氏をはじめ関係各位に質問していますが、それについて未だ回答はありません。

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2 件のコメント

  • どうせネトウヨしか買って読まない様な本なのです 私達ネトウヨは安倍晋三の目糞鼻糞を食べて生きているのです どうかご理解下さい。

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