【日本国紀】ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)によって洗脳されているという虚構【トンデモ】

保守が大好きウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム

我々はGHQによって洗脳されている!」と、つまり「日本人が無垢で善良な一般市民であり、それゆえに知らず知らずのうちにGHQの策謀に騙されてしまっている」と保守論壇は頑張って主張しています。逆の言い方をすれば「騙されていた」と思い込ませて、保守的価値観を新たに植え付けようとしています。

そんな保守論壇の最終兵器ともいえる理論が「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP)と呼ばれるGHQ政策です。このWGIPとは、戦後GHQによる情報統制政策のひとつで、ラジオや新聞を通してのプロパガンダ活動があったことはよく知られています。多くの保守の方々は、このWGIPを、戦後日本諸悪の根源であるかのように攻撃します。

WGIPを初めて日本に紹介した江藤淳氏は、これを「戦後日本の歴史記述のパラダイムを規定するとともに、歴史記述のおこなわれるべき言語空間を限定し、かつ閉鎖した」(『閉ざされた言語空間』文芸春秋, p. 228)と評価しています。現在の保守論壇はこれを用いて、つまりWGIPの洗脳工作によって「東京裁判史観・自虐史観がWGIPによって植え付けられた!」と強弁するわけです。これが事実ならWGIPは恐るべき陰謀です。後述しますが、百田尚樹『日本国紀』もこれと同じ理解を示しています。

もちろんこれとは逆の見解もあり、高名な保守論客の秦郁彦氏は、WGIPについて「果してそんな大それたものだったのか」と述べています。また、賀茂道子『ウォー・ギルト・プログラム:GHQ情報教育政策の実像』(法政大学出版, 2018)も、WIGPについて江藤淳氏らが主張するような陰謀論の類ではないと指摘しています。

WGIPによって洗脳された日本人説

ところで、百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)では、このWGIPはトンデモない陰謀の一つとして評価されています。

これは日本人の精神を粉々にし、二度とアメリカに戦いを挑んでこないようにするためのものであった。東京裁判もその一つである。そして、この施策は結果的に日本人の精神を見事に破壊した。

 百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 172

この後、宇宙人陰謀論と同じく、客観的な証明も反証も不可能な陰謀説が百田氏によって次々と語られます。その極みが次の一節。

「WGIP洗脳世代」が社会に進出するようになると、日本の言論空間が急速に歪み始めた。そして後に大きな国際問題となって日本と国民を苦しめることになる三つの種が播かれた。それは「南京大虐殺の嘘」「朝鮮人従軍慰安婦の嘘」「首相の靖国参拝への非難」である。
これらはいずれも朝日新聞による報道がきっかけとなった。

 百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, pp. 465-466

「南京大虐殺」「従軍慰安婦」「靖国参拝問題」という三問題の根源を、WGIPに洗脳された朝日新聞が主導したという陰謀論…。こんなトンデモ陰謀が、通史を名乗る書に載って良いものでしょうか。

こういった類の陰謀論に共通する問題点があります。というのも、「WGIPに洗脳された」ということが何か客観的な根拠によって示されているのではなく、百田氏の思い込みでしかないため、同時に、それが間違っていることも客観的に証明できない点です。

たとえば、宇宙人による陰謀が主張された場合、宇宙人を見つけてこない限りそれが嘘であることを証明できないのと同じです。これと同様に、百田氏のWGIPに関する言説は、客観的な学問性を有する論題ではないでしょう。

国民vs軍部という構造

ただしWGIPについて間違いであると指摘できる箇所もあります。たとえば、WGIPの一環で放送されたラジオ番組「真相はこうだ」について百田氏は次のように述べています。

しかしこの番組は実はGHQがすべて台本を書いており……放送される内容も……真実でないものも多かった。「国民」対「軍部」という対立構図の中に組み入れるための仕掛けだった。

 百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 424

もちろんGHQの製作ですから、占領政策に都合のよいものであったこと、そして今から検証すれば不正確な情報も含まれていました。しかし、「国民」対「軍部」という対立構図をWGIPが持ち込んだという理解は誤まりです。

というのも終戦直後、GHQ統治が始まる前の世論調査の段階で、軍部に対する責任追及の言説や、民主主義的色彩の主張が、国民の間にで徐々に強くなってきていることが日本側資料に残っています。つまりWGIPが始まる以前から、国民の間には、軍国体制に対する断罪意識が自発的に芽生え、民主主義の新たな未来を主体的に択ぶ動きがあったのです。(萩野富士夫『「戦意」の推移』校倉書房, 2014, pp. 145-157)

にもかかわらず、気に喰わない現状をWGIPによる洗脳が原因であると決めつけてしまうことは、建設的でないばかりか正しい議論ではなく、「日本人」対「WGIP」という虚構をつくりあげてしまうだけの陰謀論ではないでしょうか。

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1 個のコメント

  • ウォーギルドなんたらが間違いだという論を期待して読んだのですが
    これではまったく説得されませんでした。
    特にこの部分

    >というのも終戦直後、GHQ統治が始まる前の世論調査の段階で、軍部に対する責任追及の言説や、民主主義的色彩の主張が、国民の間にで徐々に強くなってきていることが日本側資料に残っています。つまりWGIPが始まる以前から、国民の間には、軍国体制に対する断罪意識が自発的に芽生え、民主主義の新たな未来を主体的に択ぶ動きがあったのです。(萩野富士夫『「戦意」の推移』校倉書房, 2014, pp. 145-157)

    結局、GHQの影響を否定するために、「国民自身が自発的にそう動いたのだ」と主張するために、
    都合のいい状況証拠を集めただけなのでは?
    日本国憲法の成立過程も同じ事ですけどね。

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