【日本国紀】フィリピン兵16000人くらい虐殺しちゃったけど独立させてやったし侵略戦争じゃないよ論

独り善がりな解放戦争論

大東亜戦争は植民地解放戦争だったと声高に叫ぶ方々は、ともかく一方的な独り善がりで「独立の契機になった」だのなんだの主張します。これを何とか裏付けようと、この頃の保守論壇では、東南アジアの人々が日本に感謝しています系が大流行しています。

このての解放戦争論者に共通して見られる特徴は、東南アジアで日本軍が残虐行為を行っていたという事実を、知ってか知らぬか一切伝えないことです。今回は、名著と名高い百田尚樹先生の『日本国紀』(幻冬舎, 2018)を材料に、とりりわけフィリピンでの事例を挙げながら、この錯誤について紹介したいと思います。

フィリピンとは戦争してないし、独立させてやった

さて、大東亜戦争が侵略戦争ではなかった論について、百田氏は次のように述べています。

コラム「大東亜戦争は東南アジア諸国への侵略戦争だった」と言う人がいるが、これは誤りである。
日本はアジアの人々と戦争はしていない。日本が戦った相手は、フィリピンを植民地としていたアメリカであり、……マレーシアとシンガポールとビルマを植民地としていたイギリスである。日本はこれらの植民地を支配していた四ヵ国と戦って、彼らを駆逐したのである。

 百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018 , pp. 391-392

実際に昭和十八年(一九四三)…十月十四日にフィリピンの独立を承認している(ただし、アメリカとイギリスは認めなかった)。

 百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018 , p. 392

つまり、①大東亜戦争は植民地支配者に対する戦争であって、アジアの人々とは戦争ではないため侵略ではなく、②事実、フィリピンを独立させてやった、という二つの論点が確認できると思います。

バターン死の行進における捕虜虐待

この様な百田氏の文章だけ読むと、まるで日本軍は圧政に苦しむ植民地フィリピンを、支配者から救った「正義の味方」かのように読めます。

しかし実際には、そのような単純な関係で理解できるものではありません。というのも日本軍がフィリピンに押し寄せると、フィリピン軍はアメリカ軍と協力して日本軍と戦いました。したがって「日本はアジアの人々と戦争はしていない」という表現はやや問題があり、実際にはフィリピン軍とも「戦闘状態」に陥っています。さらにこのフィリピン攻略戦で、アメリカ兵捕虜11000人のみならずフィリピン兵捕虜62000人も出ました。(永井均『フィリピンと対日戦犯裁判』岩波書店, 2010)

問題となるのはこの捕虜移送の時に、十分な食料を与えないなど捕虜虐待があり、アメリカ兵1200人、フィリピン兵16000人が死亡しています。「バターン死の行進」と呼ばれるものです。これは戦後、戦争犯罪として裁かれ、保守が神格化するパル判事ですらも「実に極悪な残虐である」と評価しています(パル『共同研究 パル判決書 』下巻, 講談社, p. 672)。またさらに、当時の日本軍兵は、アメリカと協力して戦ったフィリピン人兵に怒り心頭であり、この捕虜を処刑するように命令が出たりもしました(幸いなことに実行はされませんでした)。

もちろんこの「バターン死の行進」は重大な戦争犯罪事件として戦後裁かれ、現地にはこれを記念するモニュメントが建っており、事件のあった日は国の記念日に定められているそうです。

終戦時のフィリピンにおける対日感情

この「バターン死の行進」に代表されるように、フィリピンにおける日本軍の行動は称賛に値するものではなかったようです。終戦を迎えるや、フィリピン人が日本人に対して憎悪の念を向け、在留日本人が当惑したことが記録に残っています(永井均『フィリピンと対日戦犯裁判』岩波書店, 2010)。

特にフィリピンから帰還した兵士の日記を、日本人は深く顧みるべきです。

私達もあのサンフェルナンド上陸以来、比島の住民達にして来た事を考えてみると、その罪の大きさを思わずにはいられない。殺人、放火、強盗、強姦、ありとあらゆる罪を重ねて来ている。彼等との戦争でもないのに、何で彼等に大きい被害を与えたのであろう。何でこの遠い他国まで来て戦ったのであろうか。あの老婆の憎しみが分かる。私達は本当に罪人であろう。

 矢野正美『ルソン島敗残実記』三樹書房, 2013, p. 271(1945年12月10日の項)

このような兵士の日記を真摯に受け止めるならば「大東亜戦争は植民地解放を目的としていて侵略戦争ではなかった」などと主張することは、誠に独り善がりな歴史観であると言わざるを得ないでしょう。

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12 件のコメント

  • 欧米のかつての植民地支配だって、今の中国だって、現在の国営状況だって、その国のトップとか国民が選んだ理想の平和を具現化してるんだと思う
    昔の日本の植民地支配や併合もそう
    国それぞれで理想が全然違う
    当時の日本人がアメリカより自分たちの理想の方がフィリピンやアジア諸国を良く出来ると思ってたし、良くなるように努力してたと思うよ
    当時の日本人がどんなアジアを理想としてたのかを具体的に評価採点して行く作業に入らなければいけない
    近年色々な人が日本の近代史を書き始めてて日本国史はその流れ

  • お疲れ様です。書名は正しくご記載くださいね。「今回は、名著と名高い百田尚樹先生の『日本国史』(幻冬舎, 2018)を材料に、」

  • 「”彼等との戦争でもないのに”、何で彼等に大きい被害を与えたのであろう。」
    目的は彼等との戦争でなかったと証言してる
    結果として彼等に被害を与えたのは仕方ない、
    解放する為にはフィリピン人とも戦うだろうし
    食糧に余裕が有れば捕虜にも与えただろう。

  • 黒龍会とも交わりがあったLichauco 家の若き当主たるMarcialの新居も12月8日に空襲を受けて焼失、この10年ほどの一族史刊行ブームでも、大抵の場合日本が与えた被害に触れています!

  • >当時の日本人がどんなアジアを理想としてたのか
    その辺の資料にはむしろ事欠かない。

    >この八紘一宇の大理想を、別の言葉でいへば、天皇様の御稜威(即ち皇威・皇風)、天皇様の御聖徳の感化(即ち皇化)を、全世界に洽からしめ、宣布することであります。又た別の言葉でいへば、天皇様の道(即ち皇道)を世界に宣揚することであります。皇威・皇化を全世界に洽からしめることが、即ち、八紘一宇となるのであります。(藤沢親雄「日本民族の政治哲学」)

    >八紘一宇とはこの日本国体が世界大に拡大する姿をいふのである。即ち御稜威の下道義を以て世界が統一せられることであって、換言すれば天皇が世界の天皇と仰がせられ給ふことに外ならない。(中略)悠久の古より東方道義の道統を御伝持遊ばされた天皇は、世界唯一天成の王者であらせられる。天皇が東亜連盟の盟主として仰がるゝときは、即ち東亜連盟の完成せる日である。(東亜連盟同志会「昭和維新の指導原理」)

    >数十年後に近迫し来れる世界最終戦争により、八紘一宇はいよいよ実現の第一歩に入ることを信ずる我等は、八紘一宇を単なる美しき観念とは考へてゐない。正に我々の眼前に髣髴として望見する気持がするのである。(中略)
    結局最終戦争は、道義の最高護持者であらせられる天皇が世界の天皇とならせらるゝか、力によって人類に幸福なる生活を与へようとする欧米の大統領の類が世界の指導者となるかを決定する人類歴史の最も重要なる時期といはねばならない。(石原莞爾「昭和維新宣言」)

    ところでバターン死の行軍のところで「当時の日本軍兵は、アメリカと協力して戦ったフィリピン人兵に怒り心頭であり、。」と抜けがありますね。

  • マニラ虐殺とか、ベイビューホテルとかで検索すればいい。日本軍がフィリピンの人たちに何をしたのかたくさん出てくる。

    • マニラ虐殺は米軍とその手先であるフィリピンゲリラが日本人居留民と孤立した日本軍人を虐殺した酷い話しでした。https://tainichihate.blog.fc2.com/blog-entry-659.html

  • 日本軍が武士道精神とジュネーブ条約遵守により、アメリカ人・イギリス人の非戦闘員捕虜二千数百名を米軍に引き渡したところ、米軍とその手先であるフィリピンゲリラが日本人居留民と孤立した日本軍人を虐殺した事件

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