【トンデモ】スカイツリーは偽りの伽藍(マンリオ・カデロ×加瀬英明『世界で一番 他人(ひと)に優しい国・日本』祥伝社, 2016)

老害保守は続く

近年の保守・ネトウヨと呼ばれる勢力は、若者ではなく高齢者が中心なんだそうです。前回別の記事では、保守界の重鎮・加瀬英明氏が主張する、男らしさは褌(ふんどし)に、女らしさは箒(ほうき)に象徴され、テクノロジーの進歩とともにそれらが用いられなくなったことで、「男らしさ」「女らしさ」が失われたというトンデモ説を紹介しました。

【トンデモ】女から箒(ほうき)、男から褌(ふんどし)が失われて日本はダメになった説(マンリオ・カデロ×加瀬英明『世界で一番 他人(ひと)に優しい国・日本』祥伝社, 2016)

2018.11.08

このような老害発言は何も加瀬氏だけに限るものではありませんが、加瀬氏のそれはともかく話が極端で、その勢いについつい唖然とさせらてしまいます。加瀬氏は、これ以外にも「昔はよかった…」的老害ぶりを存分に発揮していますので、今回はそれを紹介していと思います。

スカイツリーは偽りの大伽藍!

老害による「昔はよかった…」説には、現代のテクノロジーを碌に調査することなく精神論に基づいて批判してしまうという悪い傾向があるかと思います。

この法則に則り加瀬氏は、東京スカイツリーが「何の目的で建てられたのか、さっぱり分からない」にもかかわらず批判しはじめます。

東京スカイツリーという、巨大な建造物が、完成した。
私には、いったい、何の目的で建てられたのか、さっぱり分からないが、港区や、千代田区の離れているところからも、望見できる。完成した頃は、マスコミがさかんに囃し立てた。

 マンリオ・カデロ×加瀬英明『世界で一番 他人(ひと)に優しい国・日本』祥伝社, 2016, p. 192

分からないなら誰かに聞くなりして調べてから批判してくれよ、と言わずにはいられません。

言わずもがな東京スカイツリーは、東京タワーと同じく電波塔として建てられたものです。このような情報は調べれば誰でもすぐに解ることなのですが、加瀬氏は調べもせず、東京スカイツリーの役割を次のように決めつけます。

古代の飛鳥時代から、仏教の伽藍が建つと、人々がそれを話題にして憧れ、心が慰められたに違いない。……
東京スカイツリーは、奇妙な形をしているが、今日の日本人にとって大伽藍に当たるのに、ちがいあるまい。

 マンリオ・カデロ×加瀬英明『世界で一番 他人(ひと)に優しい国・日本』祥伝社, 2016, p. 192

東京スカイツリーには、寺院建築と同じ役割があると勝手に思い込んでいます。この二つが同じものであると想い込める想像力には恐れ入りますが、どこをどう勘違いすれば東京スカイツリーが「大伽藍」になるのかさっぱり分かりません。

決めつけは加速する

更に決めつけは加速します。東京スカイツリーを現代日本人にとって「大伽藍」で決めつけた後、「伽藍」の語義釈を次のように提示します。

人は伽ぎ、磨ぎ、研ぐことによって、成長し、救われるといわれてきた。伽藍はその場だった。

 マンリオ・カデロ×加瀬英明『世界で一番 他人(ひと)に優しい国・日本』祥伝社, 2016, p. 193

まぁこういう通俗語源解釈(ダジャレ)もいいですが、考え過ぎというものでしょう。そしてもちろん、東京スカイツリーは大伽藍に相応しくないと決めつけます。

感謝する気持ちが失われると、焦ら立ちやすく、心が疲れはてる。まさか、東京スカイツリーに昇ったら、心が癒されるのだろうか。
東京スカイツリーが、東京に聳える、偽りの大伽藍になっている。

 マンリオ・カデロ×加瀬英明『世界で一番 他人(ひと)に優しい国・日本』祥伝社, 2016, p. 195

いやいやいやいや。東京スカイツリーを勝手に「大伽藍」と決めつけたのは貴方でしょうとツッコまずにはいられません。にもかかわらず再び勝手に「偽りの大伽藍」になっていると決めつけるなんてどういう自分勝手な理論でしょうか。

「感謝する気持ちが失われると、焦ら立ちやすく、心が疲れはてる」などと感傷に耽りながら、それとは全く無関係の東京スカイツリー批判を繰り広げるその有り様は、まさに老害の鑑と言えるでしょう。

コメントを残す