歴史教科書から「聖徳太子」を消すのは陰謀(つくる会元会長・田中英道)

聖徳太子の謎

旧一万円札につかわれていた聖徳太子は、古来からその実在性が疑われている人物の一人です。既に江戸時代の頃から実際の聖徳太子の有り様をめぐる議論があり、明治維新後も久米邦武(1839-1931)や津田左右吉(1873-1961)らによって聖徳太子の不在説・虚構説が様々に唱えられ、同時にそれに対する反論も展開されていきました。このような議論は戦後現代に至るまで続いています。したがって、聖徳太子の非実在説・虚構説を唱えようと、実在説を唱えようと、それが学術的な資料や理論に則っていれば全く問題ないはずです。

しかし保守がこの問題を語り出すと、なぜかイデオロギー的な問題にまで発展し、自身の思想的信条まで語り出すという不可思議な現象が生じます。とりわけ2017年に歴史教科書から「聖徳太子」の記述を「厩戸王」に置き換える動きがあり、保守論壇は一斉にこれに猛反発しました。今回はこのような不可思議な現象を、「つくる会」元会長である田中英道氏の論文「聖徳太子を歴史から消そうとしているのは誰か」(『Will』2017.8)を取り上げてみたいと思います。

聖徳太子とイデオロギー

先ほど、保守はイデオロギーに基づいて聖徳太子を語り出すと言いました。その理由を、次の櫻井よしこ氏の文章は雄弁に物語っています。

607年には「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無きや」という、あの余りにも有名な親書を小野妹子に持たせ、隋に派遣し、遂に隋と対等な関係を築いた。

以降、日本は中華文明に属することなく、日本独自の大和文明を育んだ。大和文明はその後、天武天皇に受け継がれ、聖武天皇によってより強固な日本統治の基本となった。いま、日本と中国の価値観はおよそ何から何まで正反対だ。私たちは、日本が日本であることに、もっといえば中華的価値とは全く異なる日本的価値の社会で暮せていることに感謝しているのではないか。その価値観の源流が聖徳太子である。

 櫻井よしこ「なぜ日本史から聖徳太子を消すのだ」『週刊新潮』(2017.3.9)

つまり聖徳太子は中華文明に対する日本の独立性(大和文明?)や日本的な価値観を確立したと評価されており、日本そのもののアイデンティティに深く関わる人物です。ですから聖徳太子が実在していなかったり、その業績が虚構であったりすると、日本人のアイデンティティが揺らいでしまうと保守論壇は思い込んでいます。

このため保守論壇は、この聖徳太子の実在・非実在の問題を、学問的なレベルではなく、イデオロギー的な土俵に持ち込んで議論したがります。つまり、「聖徳太子の抹殺を謀ろうとするのは、日本の伝統を破壊しようとする反日勢力の仕業だ」といった具合の陰謀論に語り出すのです。

聖徳太子抹殺を謀ったのはGHQ

田中氏もこれに漏れず、聖徳太子実在説を強く主張しますが、議論は脱線してしまい陰謀論を語り出しいます。

そういう聖徳太子の思想をキリスト教徒のGHQは否定し、彼らの”自由”を押し付けた。日本を弱体化し、日本人のアイデンディティを奪おうとするGHQの意を受けて、左翼思想に支配された日教組は戦後教育を行いました。
たびたび引き合いに出して恐縮ですが、大山誠一氏の「聖徳太子はいなかった」という説の狙いも、結局はここにあります。

聖徳太子の非実在論や虚構論を唱える人間は「GHQの手先で、左翼思想に支配されている」という妄言が確認されます。このような議論は既に江戸末期からあったのですから、キリスト教とかGHQが全くの無関係なのは明白であり、一方的な思い込みに過ぎません。田中氏は余りにも保守的イデオロギーが強すぎるために、ありもしない敵を想像してしまい、このような陰謀論に走ってしまったのでしょう。

ところで、田中氏はGHQの背後には”隠れマルクス主義”フランクフルト学派がいるという陰謀論を唱えていますから、きっとフランクフルト学派の権威主義批判によって聖徳太子が抹殺されようとしている、とお考えなのでしょう。

自らを省みない歴史修正主義者

ところで田中氏は、この聖徳太子の非実在論・虚構論を次のように評価しています。

近ごろ、実証主義という名のもとに、国民に広く親しまれている伝説や人口に膾炙した定説をあえて覆す異説や珍説を持ち出し、英雄や偉人を貶める動きがあり、それがあたかも「進歩的」であるかのようなつまらない風潮があります。「面白い説」がエンターテイメントとして一時的に囃し立てられるだけならまだ許せますが、意図的に歴史に手を染め、伝統文化を否定し、破壊しようとする流れがある。

恐るべき恥知らずと言わずして何というべきか。かくいう田中氏ご自身こそ、歴史修正主義者として定説をあえて覆す異説や珍説を持ち出し、学界のみならず社会をかき乱している事実を反省いただきたいところです。たとえば、次のようなトンデモ学説を唱えています。

  • 日本メディアはフランクフルト学派によって支配されている。
  • 土偶はダウン症を象った異形人像である。
  • 卑弥呼神社は無いから卑弥呼はいなかった。魏志倭人伝は無視していい。
  • 高天原は関東にあった。記紀神話は歴史的事実を記録している。
  • 写楽は北斎だった。

といった類で、いずれも学界から相手にされておらず、田中氏のイデオロギーを反映させたライトノベルのような代物ばかりです。かかる意味で、田中氏こそ「面白い説」を思い付きで主張しだして、一時的に囃し立てられているだけだということを知るべきでしょう。

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