【トンデモ】百田尚樹と余命三年時事日記の「コピペ言い訳」が全く同じ【「事実」の陳腐さについて】

ネトウヨ界にはコピペが流行

大ベストセラー中の百田尚樹『日本国紀』には、Wikipediaなどからのコピペ箇所が複数あることが報告され、騒動となりました。本ブログにおいて散々取り上げて来たとおりです。当の本人は、歴史的事実だから誰が書いても同じ(故にコピペしても問題ない)などと嘯いています。

さてこの騒動の折、MBSドキュメンタリー「映像’18~バッシング」(2018年12月16日放送)の中で、ブログ「余命三年時事日記」が取り上げられました。この「余命三年時事日記」は、膨大な妄想デマを書き連ね、弁護士懲戒請求などの騒動を起こしたことで有名です。

なんとこの番組スタッフは、「余命三年時事日記」の管理者に電話インタビューすることに成功し、興味深いコメントを得ることに成功しています。なんとその管理者は、当初のブログの記事はコピペしただけだと宣言しているのです。加えて、「作り話ですか?」という問いかけには「事実をコピペしているだけ」と百田氏顔負けの開き直りをしています。

両者のコピペに対する見解の書き起こし

解りやすいように、両者の見解を書き起こしておきます。百田尚樹氏の発言は、2018年11月20日の「虎ノ門ニュース」からです。

百田尚樹余命三年時事日記 番組36:40~
一番腹立ったのは、百田のこの本は、Wikipediaからパクってコピペしとると。これが腹立ってね。
僕ね、この本書くのに、どれだけ資料揃えたかと、山のように資料揃えた。
そんなかにはねWikipediaもそりゃあるよ。そりゃWikipediaから引用したもんとか、借りたもんとかある
でもねそんなもんはこの本の中の零点何パーセントなんですよ。これ原稿用紙でだいたい800枚くらい以上なんですけど、
まぁWikipediaから借りたものなんていうのは原稿用紙なおすと、まぁ1ページ分か、せいぜい2ページあるかないか。……そう、それをね、もうネット上で、これも、これも、これもって、でもね、それもね、大半が、それ「歴史的事実」やし、誰書いても一緒の話や
【ナレーション】ブログは本当にあなたが書いたのか?と尋ねてみた。
【女性】じゃあ書かれたんですね?ブログを。
【余命三年時事日記】あ~。実際に書いているもの、初期のあれなんか、単なるコピペですからね。
【女性】コピペ?
【余命三年時事日記】コピペですよ。他のいろんな情報なんかの。
【女性】は~~~。
【余命三年時事日記】本人の体験というのは、ほとんど入ってないんですね。
【女性】作り話ですか?
【余命三年時事日記】作り話じゃないですよ。事実をコピペしているだけで。何の変哲もない普通のコピペブログですよ。その人間の体験なんて、いくらもないですよ。ほとんどないと言っていいと思いますね。

長谷川豊氏も…

そういえば、東久邇宮文化褒賞(定価35000円税抜き)を受賞した長谷川豊氏が、自身の講演会と『日本国紀』が「 驚くほどにかなりの部分、僕の講演会と内容がかぶっていました」と言っていました(参考記事)。

その後この一致について長谷川氏は、「事実」だから一致しているからだと嘯いていました。

保守界隈における「事実」の陳腐さ

このように、百田尚樹氏と余命三年時事日記は、共に「事実」ならコピペしても問題ないと開き直る点で一致しています。

さらに長谷川豊氏も、「事実」なら誰が書いても同じで一致するとお考えのようです。

このようにトンデモなネトウヨ界隈では、当人が「事実」と判断したものなら著作権は生じないとか、「事実」ならば誰が書いても内容が一致するとか、考えが蔓延しているように思えます。

たしかに「事実」なら場合によっては著作権は生じず、誰が書いても同じになるのかもしれません。しかし、そんなコピペな「事実」をありがたがるというのは全く解せません。どうも保守論壇における「事実」というものは極めて陳腐なもののようです。

【3%超え】Wikipediaなどからのコピペ量を計算してみた【日本コピペ紀】

2018年11月21日

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2018年11月17日


19 件のコメント

  • 百田尚樹が保守論壇なんぞ、本居宣長先生に申し訳が立ちません。かつてなら志士に国賊、獅子身中の虫として、真っ先に襲われていたでしょうね。

  • 結局、この管理人様は、「著作権とその侵害事象」を問題にしているのですか?「コピペ」という行為自体を問題にしているのですか?「保守論壇なる世界(仮想現実?)」を問題にしているのですか?この論壇netは、保守論壇と「イデオロギー戦争」をしているのですか?
    なんや、さっぱり、ようわからへんねんけどーーー

  • エセ保守が語るネタって本当の話が少なくって無理くりに作ったものを共有して皆同じことしか言わないから使えるものが少ないしかぶる。
    だから言い訳もかぶってもおかしくない。
    まじでエセ保守を滅ぼすかカルト扱いされないといろんな方面に悪影響が出まくる

  • コピペが流行っているのは、「文字」を使って表現する分野すべてではないでしょうか。「ネトウヨ界」という「界」があるのかどうか知りませんが、IoT技術が発達した現在は、どこもかしこもコピぺが流行ってるんじゃないですか?

  • 何を問題にしてるのですか?
    コピペを問題にしてるのですか?
    じゃぁ、引用元を書けばOKなのですか?
    貴公の言いたいことはそこではなく
    あれは史実ではないということでは??
    だからこそ飛んでも本と呼んでいるのでしょう?
    そのための反証が無さすぎです
    こんなものは批判でもなんでもなく
    ただの言いがかりです

  • 史実に反する云々以前の問題だからな百田本は。

    事実だからコピペしてよい。→間違い
    内容が事実でも、その表現は作者によって異なる。コピペするには原則として許諾が必要。

    許諾不要な例外としては、引用、教科書、報道、試験問題などがある。今回それに該当するか。該当するとして、分量や出所明示義務等の制約がある。それを守っているか。

  • みなさんの「表現力」自体が退化しているってことを自覚なさるのが一番大事じゃないですか?「保守」だか「革新」だか、「ネトウヨ」だか「パヨク」だか、知りませんが、「人としての表現力」が貧しい中で、ごちゃごちゃやってても、山の熊にバカにされますよ。
    「著作権」という概念は、人間が人間社会の中でのみ通用する概念として確立したもので、人間が表現したもの(表現方法は問わない)に「発生している権利」といわれています。「人間が誕生したという現実によって発生している生存権」と、概念的には同じです。
    そもそも、どんな人間であれ、人間が表現したものに「真実」があるとはいえないでしょうし、それが「歴史の事実」だとはいえないでしょう。
    だから、この「日本国紀」は、「日本人(であろう)、あるいは、日本人(たろうとしている)百田尚樹があらわした日本の歴史ものがたり」ととれば、それでいいじゃないですか?
    それに異論があるのはあたりまえ。日本人ではない朝鮮人は、「日本の歴史はこんなもんじゃない」と表現するでしょう、朝鮮人の立場で。日本を全く知らない人から視たら、「日本はこんな歴史がある国なのか」と興味をもつでしょう。日本国籍であっても日本人になりたくない人からすれば、「こういう日本の歴史ものがたりはインチキだ」というでしょう。日本国籍であって日本人になりたいと思っている人からすれば、「こういう日本の歴史を学んで日本人になりたい」と思うでしょう。
    それが、人間の「生物としての本能の自由」じゃないですか?みんな、へたな「理性」(これを「理屈」というようですが)をへたにつかって争っている姿をみると、人間ってこんなに退化しちゃったのかなと思います。

      • 「日本国紀」は、「百田尚樹の日本ものがたり」だということでいいでしょ。「歴史学の学術論文」ではありません。管理人様が、それに異論があるのなら、まず、ご自分の立場(観方・考え方)を明確にして、この「百田尚樹の日本ものがたり」では、日本の歴史はまともにかたれていないという主張を表現されればそれでいいのではないでしょう。そして、自分は「日本の歴史」はこういうものだというご本人の主張を述べられればいいんです。そして、百田尚樹氏の「言い分」と、管理人様の「言い分」を、皆の面前にさらして意見をいいあう、こういう場が「論壇」だと思いますがーー。
        ついでに、「保守論壇」だとか「ネトウヨ界隈」などという「表現」は、おやめになった方がよいと思いますがーーー。おサトが知れてみっともないです。だんだん「管理人様」の素性がはっきりしてバレてきますよ。

          • 日本国破りのイケメンさんですか。平家の傲慢支配をハスにみてウタをうたった法師の方が、かっこいいとおもいますがーー百田尚樹さんのような「小僧」を相手にしないで、「天皇制国家の本陣」に切り込んだらどうですか。イケメンさんならーー

              • それなら、重信房子姐さんのような「あねご女闘士」に可愛がってもらったら?そしたら、論壇のレヴェルは、もうすこしアップすると思いますがなーー。

  • nigeat さんへ
    >「日本の歴史」はこういうものだという
    >「言い分」を、皆の面前にさらして意見をいいあう、
    それが「論壇」だ――という貴方の定義。それは論壇の一面しか表していません。

    歴史認識(あなた曰く「ものがたり」)についてだけでなく、
    「他人が書いた文章を勝手に使って本を作り それを自著として売る」ことの是非や、
    「内容に誤りがあると知りながら それを隠して売り続ける」ことの是非も、
    大いに議論したっていいのでは?

    しかしなぜか nigeat君や コピペでもいいじゃん君たちは!
    論ずる内容を「ものがたり」のことだけに押し止めようとする!一体なぜか!?
    君たちは、もし トヨタが!
    ホンダの考えたエンジン技術を無断で使いそれを自社製として売ったり、
    重大な事故の恐れのある欠陥品を黙って売り続けていても、
    それはこの社会で話すべき事では無いとして、
    見逃さんとするつもりでありましょうか!
    (ゼーゼー、※注 息切れ)

    「論壇」とは、言うなればこの社会であります!
    社会のすべてであります!
    社会の様々を様々に論じあう、意見を云い合う、境界なき地平であります!
    そこになぜ特定のテーマへの偏りを生もうとするのでありますか?!
    制限を求めるのでありますか?!

    「ものがたり」についてなら どんなトンデモ説でも解釈は人それぞれ。
    少くとも「引き分け」には持ち込めます。
    しかし先のトヨタのようなケースでは「敗北」の二文字しか無いのであります!
    もし敗北を避けんとするならば、ごまかし、
    違う話題に話をそらし続けるしか手はないのであります!

    nigeat殿は一体何者でありますか?!
    その「おサト」は その「ご素性」は?
    (ゼーゼー、は? ※注 正気に戻った)

    (あれ?私は何が言いたかったんだっけ……)
    そうそう、「ものがたり」以外のことも大いに話して良くないですか?(微笑)

    • あなたは、いわゆる「知的財産権」のことを問題にしているようですね。それなら、もうすこし「知的財産権」についての基礎知識を学んだほうがよいですよ。これらの法的概念は、やはり欧米からきたもので、日本人がこれを「身に着ける」にはだいぶ苦労したようですね。
      トヨタやホンダが自動車づくりをする製造方法や技術とかは、いわゆる「特許」とか「商標」とか「意匠」「実用新案」とかいわれる「工業所有権」に属します。
      「著作権」と「工業所有権」をまとめて「知的財産権」と呼んでいますが、「著作権」は、「創作」した時点で「発生している権利」ですが、「工業所有権」は「産業に役立つ新たな発明」と認定されないと権利が発生しません。(ですから、出願ー査定というプロセスが必須となります。)
      一言でいえば、「日本国紀は、その名づけも含めて百田直樹氏の創作物」といえます。「創作」といっても、一からすべて創作しているものではないので「二次著作物」といいます。それでいいんです。
      みなさんが、あえて百田直樹氏を「パッシング」したいなら、「彼の創作性」を問題にしたらどうですか?
      「序にかえて」に書かれている内容は、彼の「創作性」の原点でしょう。
      「日本ほど素晴らしい歴史を持っている国はありません。」という彼の「原点」を、
      トンデモない、おかしい、と思われるなら、「日本ほど近隣諸国に悪いことばかりをしてきた歴史をもっている悪辣な国はない」というスタンスで、彼に対抗してみたらどうですか?

      そうそう。この論壇では、「ものがたり」以外のことも大いに論じましょうよ。(笑笑)
      家族のことや、男女の人間関係のことなどーー
      「人間の創作性」がキーワードですが、「創作性」は必ずしも「ものがたり」(ことば)や「文字」に限定したものではありません。

      • >「知的財産権」のことを問題にしているようですね。
        いえ、そうではありません。例えば「トヨタとホンダ」の話を出したのは、貴方がたびたび論点をずらす、そのことを指摘・防止するためですよ。貴方は しばしば別の方向へ議題を逸らそうとするでしょ?
        ほら まさに今だって、私の主題が倫理問題なのは明らかなのに、「知的財産権のことを問題にしているのですか?」と まず 一(ひと)ずらし。次に、各権利が法的に「いつ発生するのか」といった蛇足を振りまいて二ずらし。そして仕上げは、
        >「パッシング」したいなら、「彼の創作性」を問題にしたらどうですか?
        >おかしい、と思われるなら(中略)「日本ほど(中略)悪辣な国はない」
        >というスタンスで、彼に対抗してみたらどうですか?
        と、論点変更を迫って終わっています。

        「日本ほど悪辣な国はない」だなんて私が思ってもいない事で、なぜ百田氏と対峙しなきゃならないんですか(笑) 私はこの国が大好きですよ。

        貴方は、無自覚なのかも知れませんが そういう「ズレたこと」をよくされています。だから ずらされないように「ホンダとトヨタ」なのです。出版物にいくら嘘が書かれていても身体的被害にまでは及びません。倫理面の問題も鈍感になりがち。でも、「欠陥車の流通」に喩えて話をすれば、「そんなモノを黙って売り続けてもいいのか?」という倫理面の問題から逃れることは さすがに出来ないだろうと思ったのです。

        ところが、それでも貴方は離れてしまわれた。なら私には「お手上げ」ですし、余程この論点に触れたくないのか それとも単なる……いえ、何でもありません。

        >「日本ほど素晴らしい歴史を持っている国はありません。」
        それが百田氏の創作性の、『日本国紀』執筆の“原点”だとあなたは言います。では、その素晴らしい国に現在 生きている “私たち” はどうなのか? 昔の時代がいくら誇らしげでも “今の私たち”が醜悪な生き方をしていたら、過去を誇ることに何の意味があるでしょう。

        コピペやコッソリ改版問題を問うことは、つまるところ「人として誠実であってほしい」という願いです。かつて初来した宣教師たちが感嘆した そんな私たち日本人であろうよ、という呼びかけです。
        百田氏有本氏見城氏はその呼びかけに少しでも何らか答えたでしょうか? あなたは今の彼らが世界に誇れるとお考えなのでしょうか。

        長くなりすぎました。そろそろ終わります。「ものがたり」について語るもよし、「人として」話すもよし。でも、後者で話したがってる人や記事に 前者のテーマを強いるのはお止めください。少くとも私は困ります(笑) では。

        • この論壇netの「論点」がはっきりしないので、いろいろ「さぐり」を入れて、「論点整理」をしているところだけです。「論点」がはっきりしないのに、「論点をずらす」も何もありません。要するに、「日本国紀をめぐる論点は何か」を探って自分なりに整理しようとしているだけです。
          結局、貴方(貴女)がいいたいのは、「日本国紀」にまつわる論点というのは、「百田氏有本氏見城氏の人となり」の問題で、「倫理性の欠如」の問題だということなんでしょうか。
          私は、「百田氏有本氏見城氏の人となり」についてはほとんど何も知りません。部分的には、百田氏の言動に「あきれる」ことは多々ありますがーー
          彼らは、別に「日本人の象徴」ではないので、彼らの「人となり」に口をはさむつもりは毛頭ありません。彼らが「素晴らしい日本人に成れている」ものかどうかについては、私にはどうでもいいことなんです。

          この「論壇」は、人間の言動をいちいちチェックする「倫理委員会」なんですか?
          みなさま、よほど社会的にりっぱな「聖人君主」のようなお方なのですね。

          ちなみにあなたが「トヨタ・ホンダ」を引き合いにだしてしめされた「論点」は、「CSR(企業の社会的責任)」の問題でしょう。これは「倫理」の問題というより、組織の統合的なリスクマネジメントの課題です。

          貴方(貴女)の表現された、この文章ーー
           「論壇」とは、言うなればこの社会であります!
           社会のすべてであります!
           社会の様々を様々に論じあう、意見を云い合う、境界なき地平であります!

          恐れ入りました。
          この「論壇」を「国会」におきかえて、この文章を読んでみると
          どこかの政党の、なんとかいう国会議員さんたちの姿が目に浮かびます。

          最後に、「世界に誇れる素晴らしい日本」なぞ、アプリオリには「どこにもありません」
          「世界に誇れる素晴らしい日本」は、日本人ひとりひとりが自らの生活のみちすじ(生き方)で「人となる」間断なき努力によって創るものです。これを「国民主権」と言います。

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