【トンデモ】神の国・日本には、「国民主権」「政教分離」を記した憲法など必要ない【長谷川三千子×岩田温『WiLL』2019.2】

憲法における「国民主権」「政教分離」

『WiLL』(2019.2号)には、長谷川三千子×岩田温「秋篠宮様、お言葉ですが…~神の国・日本には、「国民主権」「政教分離」を記した憲法など必要ない~」という煽情的なタイトルの対談が収められています。

先に秋篠宮殿下が、「宗教性の高い大嘗祭を国費で賄うことは、日本保国憲法に記された政教分離の原則に反するのではないか」という旨の発言を受けての対談です。

対談の趣旨としては、「国民主権」「政教分離」が明文化されている日本国憲法の方が日本の思想・精神にあってないと主張するもので、臣民の鑑の様な内容になっています。本記事では、この対談の主要箇所を抜粋しながら、その概要を紹介したいと思います。

秋篠宮殿下の大嘗祭発言について思うこと:皇室を蔑ろにする保守という構図

2018年12月5日

「国民主権」だなんて

岩田 憲法の“まやかし”の最たるものが、「天皇は国民の下にある」と言わんばかりの国民主権でしょう。「国民主権」が自明視されていますが、日本史の流れの中で考えれば相当違和感があります。国民は陛下のことを誰よりも大切に思っていて、陛下も国民のことを思っている。国民と天皇のどちらが上でどちらが下か、なんて考えている国民などいないわけですから。

国民主権を明文化すると「天皇は国民の下にある」という印象がぬぐえないため相応しくないというのです。臣民の鑑ですね。

どうやら、そんな「主権」などと西洋的な概念は日本に相応しくなく、成文化せずとも天皇は臣民のためを思い、臣民は天皇を敬うという言外の関係が無条件に成立するとお考えのようです。天皇を敬わない臣民は、きっと戦前のように非国民として弾圧されるところまで見えました。

さらに、そもそも「国民主権」という言葉が、イデオロギーと結びついていると主張。

長谷川 国民主権にはどうしても、へんてこなイデオロギーがくっついてしまうんです。今もフランスでは、車をひっくり返したり建物に火を付けたりしている。……
岩田 パリの暴動を受けてか、日本共産党はツイッターで「万国の労働者よ、再び団結せよ」と肱いていました(笑)。……やはり国民主権は特定のイデオロギーと結びついてしまう恐れがある

「国民主権」の言葉を非難するのに、それを共産党と結び付けてしまうところが妙技ですね。国民があえて「国民主権」を返上してしまうことこそが、臣民のあるべき姿なのでしょう。

なお、長谷川氏によれば、イギリスのコモンローの様なものが最適だとの理解を示してます

長谷川 理想の憲法は、その国の歴史や文化、慣行に深く根ざし、時代の変化に柔軟に対応できるイギリスのコモンローのようなものだと思うんですが、作ろうと思ってすぐに作れるものではない。

「政教分離」だなんて

続いて政教分離の原則については、日本はそもそも神話から続く神の国だから、政教分離自体が不可能であるという立場をとります。

岩田 憲法とご皇室を考える際、最も重要な問題から我々は目を背けるべきではありません。それは、なぜ現代の天皇家が天皇家であられるのかという根拠です。日本国憲法では触れられていませんが、言うまでもなく、ご皇室がご皇室たる根拠は我が国の神話にあります。神話から派生した物語を引き継ぐご皇室に厳密な政教分離を持ち込むのはいかがなものか、と思わざるを得ません。
長谷川 政教分離も、所詮は歴史と文化の違う固から輸入したものですね。国民主権と同じくらい、日本にはそぐわない

確か日本の成り立ち、歴史を考えると完全な政教分離は難しいかもしれません。

だからといって「政教分離しなくてもいい」などと言い出すと、排外主義に繋がるでしょう。事実、この両者の対談では「多文化共生」などあり得ないとして、トンデモナイことを言いだします。

岩田 ……天皇陛下を自分たちの象徴だと思わない人たちが日本に定住することになったとき、日本国内に分断が生じかねないのではないでしょうか。イスラム教徒の方にとって、天皇は偶像崇拝だと言われる可能性もあります。

イスラム教徒が日本に定住すると、国内に分裂が生じかねないと言い出します。もしや、「無理やりにでも天皇を象徴だと思わせるべき」だとでも主張するのでしょうか?

さらに、日本に来る外国人労働者たちを対象に、日本文化を理解させるために研修を言い出します。

長谷川 ……丸一日でいいから、日本で働こうという人たちに対して、日本の伝統文化を学ぶ研修を設けるべきです。彼らに日本文化を理解させるための努力を怠つてはなりません。安易に「多文化共生」なんて綺麗事を唱えてみたところで、何も良いことはないですから。

これは「反日は日本から出ていけ論」と根が同じで、非常に危険な考え方だと思います。

逆説的ですが、この二人の対談から解ることは、「政教分離」の原則を明文化することが如何に重要かがよく解ります。それが明文化されなくなった途端、排外主義が取り返しのつかないほど強固になるでしょう。

このように長谷川三千子×岩田温の対談は、戦前の日本社会を理想とする考えが色濃く現れています。「国民主権」も「政教分離」も憲法に記されているからこそ、このような過激なナショナリズムが抑えられているのです。

5 件のコメント

    • 私が岩田温氏の存在を知ったのは10年以上前。
      今は無き「さるさる日記」の「クライン孝子の日記」でした。
      早大の学生時代なのかな。岩田氏が投稿してきて「静岡の県立高校で、教師に政治談義を挑んだのに相手にしてくれないから仲間と政治サークルを作って」みたいな内容でした。その後も何度か投稿がありましたが、改めて存在を再確認したのがアパ論文で佳作入選した時。今は保守系、というかなんちゃって保守系雑誌にもよく寄稿しています。

      >「愛国無罪」のような粗雑な思考をする保守とは無縁でありたい。
      ・・・いやいや、クライン孝子なんてその典型やんw保守かどうかすらあやしい。
      30年前の「マドンナブーム」の頃なんて土井たか子を絶賛してたし、田中眞紀子外相も然り、小池百合子が立候補した時も然り。あれほどいつも褒めそやしていたメルケルだって、引退が決まったらボロクソ叩いている。

      若さ故の過ちとはいえ、クライン孝子に接触したのは岩田氏の黒歴史のはずです。

  • 神の国だから〜と言っておきながら、秋篠宮さまにお言葉ですがとか言っちゃうところに疑問を感じないのでしょうか?w
    天皇家を神とするなら不敬罪で自らを罰して欲しいです。

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