【トンデモ】記紀神話は事実かつ真実、それを批判するのはGHQ政策が原因説(竹田恒泰「神話と天皇をタブー視した人々への鎮魂歌」『敗戦後遺症を乗り越えて』育鵬社, 2015)

自称旧皇族の歴史戦

自称「旧皇族」の肩書で、保守論壇界のプリンスとして名高い竹田恒泰氏は、その由緒正しき血統から、『古事記』『日本書紀』の記述に歴史性があると信じています。なぜなら皇室の尊さは万世一系という神話の時代から現代まで続く血統に由来するからです。しかし、現代の正統的な歴史学界では、記紀神話はあくまで「神話」であって、その歴史性には疑問符が付けられています。そのため現代の歴史教科書には記紀神話の仔細はのせらていません。

しかし歴史教科書に記紀神話が載せられていないことは、竹田氏にとって自らのアイデンティティを否定することに繋がります。そのため竹田氏は、なんとか記紀神話を歴史のうちに復権させようと積極的に活動しています。同氏による「神話と天皇をタブー視した人々への鎮魂歌」『敗戦後遺症を乗り越えて』(育鵬社, 2015)には次のようにあります。

そもそも日本神話は「真実」を語り継いできたものであって「事実」であることのみから価値を見出してきたわけではない。
神武天皇から今生天皇に至るまで皇統が連綿と続いてきたことは、日本人の集合無意識に刻まれた「真実」である。そのことこそが万世一系の本質であると思う。日本の未来のために、そろそろ、子供たちが学校で日本神話を学べる環境を整えなくてはいけない。

ここから解る重要なことは、竹田氏にとって、記紀神話は「事実」であるのみか、日本人にとってそれ以上の価値を持つ「真実」です。すなわち、記紀神話に基づいて日本人性を規定しようとする、戦前の皇国史観と同じ路線であることが解ります。

さらに竹田氏の場合には、記紀の持つイデオロギー的価値(曰く「真実」)をあまりに高く評価しすぎているため、「日本人にとって記紀は「真実」であるから、記紀の記述は歴史的な「事実」でなければならない」という現象が生じています。しかし保守論客の宿命か、記紀神話教育を復活させたいがために、主観が前に出過ぎていて、客観性が十分に保たれているとは言い難い言説が多々見られます。

そこで本記事では、「どうして記紀神話は、戦後、その史的信憑性が批判されるようになったのか」という問題について、竹田氏がどの様に考えているのかを考察したいと思います。

記紀神話が批判できない理由のすり替え

戦前・戦中の日本は、万世一系の天皇を中心とした社会構造でしたから、そのなかで天皇の正統性を否定することは、国家そのものを否定することに繋がる問題でした。ですから、南北朝正閏問題や天皇機関説などからも明らかなように、皇国史観に反すると認定された人たちは厳しく弾劾されました。また、記紀神話の歴史性を否定した津田左右吉も、不敬罪の嫌疑がかけられ書籍は発売禁止処分に、文部省の要求で早稲田大学教授も辞職させられ、さらに「皇室の尊厳を冒涜した」として出版法違反で起訴され有罪判決を受けています。

この様に、戦前・戦中の日本において、記紀批判をすることは事実上の犯罪行為でした。ですから、記紀を文献学的・歴史学的に批判することが可能になったのはようやく戦後になってからのことです。

この様な歴史背景があるにもかかわらず、竹田氏の記紀神話教育に関する理解は少しずれています。戦前・戦中に記紀神話が批判できなかった理由を次のように述べます。

20世紀を代表する歴史学者アーノルド・トインビーが「12、13歳までに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅びている」と述べるように、日本人にとって日本神話は重要なものであった。容易に記紀批判をすることはできない空気があって当然であろう

ここで重要なことは、竹田氏が「記紀神話を批判したら弾圧されていたゆえに、戦前・戦中は記紀批判ができなかった」という事実を等閑に付して、「日本人にとって日本神話が重要なものであるから容易に批判ができなかった」と話しをすり替えている点です。すなわち、この竹田氏の言説の裏に「日本人にとって記紀神話は重要であるから、それを批判せずに盲目的に信じろ」という本音が透けて見えます。(なお引用されるトインビーの言葉は出典元不明の架空語録として有名です。こういう杜撰な引用に竹田氏の言論に対する真摯さの程度が知れます)

日本人の精神にとって日本神話が重要なものであった「事実」はだれも異論を挟まないでしょう。だからこそ批判的に読解して「真実」を見出そうとする姿勢が重要ではないでしょうか? 長い歴史の中で記紀が日本人の精神性に与えた影響までを否定することは誰にもできません。

記紀神話が批判できるようになった理由のすり替え

同様の「すり替え」は、記紀神話が批判できるようになった理由においても確認できます。竹田氏は次のように述べています。

戦後、タガが外れたように、容赦なく神話や天皇を否定する論調が目立つようにあり、時には保守勢力と激しく論戦になった。
これにはGHQの政策が大きく影響していると思われる。彼らは占領を開始すると、直ちに学校での神話教育を禁止した。記紀を「有害図書」に指定したに等しい行為である。

この言説のうち「GHQの政策が大きく影響している」は正しいです。確かにGHQは皇国史観を解消させるために、記紀神話を教科書から排除しました。

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しかしそれは記紀神話を否定できるようになった理由の一つではあっても、すべてではありません。公に記紀神話が否定できるようになった最大の理由は、皇国史観に反する言動をしても逮捕される危険が無くなったからでしょう。既に紹介したように、戦前・戦中においても記紀神話の歴史性を否定する言説は見られましたが、そのような言説は常に弾圧の対象になりました。つまり、GHQによって(記紀神話批判に関する)「言論の自由」が認められたが故に、戦後ようやく記紀の歴史的信憑性を疑う言説が増えてきたと考えるほうがよほど自然です。

まとめ

この様な竹田氏の記紀神話をめぐる歴史戦の構造は明確です。その骨子と問題点をまとめれば次のようになります。

  • 【骨子】日本人にとって日本神話は重要なものであり、戦前・戦中に容易に記紀批判をすることはできない空気があって当然である。終戦後に記紀神話が批判されるようになったのは、GHQが記紀神話教育を禁止したことで、事実上、禁書扱いになってしまったから。記紀は日本人にとって「事実」であるばかりか「真実」でもあるから、これを教育現場に復活させるべき。
  • 問題点】戦前・戦中に言論弾圧があったことを紹介していない。記紀批判的が戦後できるようになった理由は、GHQが記紀神話教育を禁止したからではなく、むしろ「言論の自由」を認めたからである。民族的イデオロギーの色濃いものを批判的精神無しに「事実」かつ「真実」として教えてしまうことは、竹田氏の言説を見ても明らかなように、冷静で客観的な判断能力を鈍らせることになる。

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