【トンデモ】保守による徴用工問題の否定論(西岡力「朝鮮人戦時動員に関する統計的分析」『歴史認識問題研究』2, 2018.3)

はじめに

燻っていた徴用工問題について、とうとう韓国大法院(最高裁)が新日鉄住金(旧新日本製鉄)に賠償命令を下しました。今後、個人が日本企業に対して賠償請求する動きが加速するでしょう。

もちろん日本無罪を主張する保守にとってこれほどの屈辱はないわけで、早速、SNS上では日韓断交などを声高に叫ぶ輩が沸いています。議論は個人請求権の問題にとどまらず、徴用工への人格攻撃にまで発展していることは誠に残念なことです。しかし本当に日本の国益を考えるならば、隣国と仲良くすべきなのは明らかです。奇妙なプライドを捨てて良好な信頼関係を築いてさえいれば、このような事態にはならなかったでしょう。

このような動きのなか今回紹介したいのは、2018年3月に『歴史認識問題研究』という学術風雑誌の第2号に掲載された西岡力「朝鮮人戦時動員に関する統計的分析」という論文風文章です。

この『歴史認識問題研究』という雑誌は保守系論調を発表するる傾向が強く、執筆者の西岡力氏も慰安婦問題などで日本無罪論を主張する論客の一人として知られます。

保守というのは不思議な生き物で、保守であれば必ず慰安婦問題も日本無罪論、そしてこの徴用工問題も一様に否定します。そして興味深いことに、慰安婦問題否定論の理論と、この徴用工問題否定論には共通点が見出せます。その点を中心に今回は、本論文の「はじめに」と「第一章 統計から見た朝鮮人「強制連行」説の破綻」を検討していきたいと思います。

やはり朝日新聞の陰謀

慰安婦問題の裏に朝日新聞の陰謀を主張している筆者の西岡氏は、この徴用工問題も朝日新聞が元凶だと冒頭部で宣言します。

韓国の文在寅大統領が2017年8月17日の記者会見で、いわゆる徴用工問題について「強制徴用された者個人が、三菱などをはじめとする相手の会社に対して持つ民事上の権利はそのまま残っている」として、1965年の協定で解決しているという従来の韓国政府の見解を覆した。これに他して日本政府は即時に抗議したし、日本のマスコミも一斉に批判した。歴史問題で韓国に同情的な朝日新聞も、欲18日の社説で「未来志向的な日本との関係を真剣に目指すなら、もっと思慮深い言動に徹するべきだ」と、文大統領を責めた。
しかし、実は文発言はわが国の一部政治家や外務官僚、そして朝日新聞などが誘発したものだった。文大統領は同年8月15日の演説で、以下のように述べている。
〈この間、日本の多くの政治家と知識人が両国間の過去と日本の責任を直視しようという努力をしてきました。その努力が日韓関係の未来的内的な発展に寄与してきました。こうした歴史認識が日本の国内政治の状況によって変わらないようにしなければなりません。〉
文大統領は、河野洋平元外相や朝日新聞らが行ってきた「事実を調べずにまず謝罪し人道的立場という理屈をつけてカネを払う」という対韓謝罪路線を高く評価し、筆者らや産経新聞、そして安倍晋三政権などが「事実に基づき、言うべきことは言う」という対韓是々非々路線を適していることを、非難しているのだ。

朝日新聞は社説で文大統領の徴用工発言を責めているのに、この発言の裏には朝日新聞がいるという謎理論です。しかもその根拠とされる文大統領の8月15日演説では「日本の多くの政治家と知識人が両国間の過去と日本の責任を直視しようという努力をしてきました」と言っているだけで、朝日新聞のことなど一言も言及していません。にもかかわらず、想像力たくましい西岡氏は、「河野洋平元外相・朝日新聞vs筆者ら・産経新聞・倍晋三政権」という有りもしない対立構造を一方的に提示します。しかも後者の立場を「事実に基づき、言うべきことは言う」という対韓是々非々路線と評価しています。ということは、慰安婦問題は事実に基づいて安倍首相は謝罪したということになるのですが、この矛盾に気付いておられるのでしょうか?

「強制連行」と「徴用」

ところで慰安婦問題を論じるうえで、それが「強制連行」であったのかどうかが大きな焦点となります。もちろんこの徴用工問題でも、その連行が強制であったのかどうかが重大な論点となります。

そして当然、保守論客である西岡氏は「強制連行」ではなく「戦時動員」であり、その労働も決して「奴隷労働」ではなかったと主張します。そしてその根拠は、「強制連行」ならば家族と離散しているはずであるが、彼らは家族を連れて日本に移動してきたこと、らしいです。

しかしこの主張は苦しいものです。「徴用」の「徴」の字は「呼び出す」「召し出す」の意味ですから、「自由意思に基づいて応募した」という意味にはなりません。

したがって「徴用」は「強制連行」の意味でも理解し得ます。ただし「強制連行」といっても、「首輪や足枷をつけて連行された」という意味だけに直結するわけではありません。たとえば赤紙によって「徴兵」されたとしても、その人は憲兵に取り押さえられて無理やり徴兵検査や戦場に連行されていくわけではないのと同様です。当時、赤紙配達員は「おめでとうございます」といって赤紙を届けていたそうです。本人はたとえ行きたくなくても、社会的圧力に屈して、自らの意思でそこに行かなければならないのです(喜んで戦地に行った人も少なからずいたようですが)。まして、当時朝鮮半島は植民地支配されており、その宗主国の意向に基づく徴用であったことも重要でしょう。

このような言葉の問題は従軍慰安婦問題をめぐっても確認されます。たとえば、その英訳は「Sex slave」なのか「Comfort woman」なのかという問題です。後者「Comfort woman」がより直訳なのですが、それではその重大性が伝わらないということで前者「Sex slave」の訳語が選ばれる場合もあります。しかし「Sex slave」(性奴隷)という語は意味が強すぎるきらいもあるため、この語が本当に相応しいかどうか非常に難しい問題です。もちろん保守は慰安婦は売春婦で自由意思があったから「Sex slave」(性奴隷)は全くないと主張するのであり、非保守は人権や人道上の問題を考えれば「Sex slave」(性奴隷)が相応しいと主張するわけです。

この様な言葉の選択をめぐる争いは、その問題の全体をイメージ付ける上で極めて重要なのですが、本筋の議論を措いて、時として言葉遊びになってしまってしまう場合もあるように思えます。

「8割は自らの意志で出稼ぎ」だから「強制連行」ではないという謎理論

また西岡氏は、①終戦時の在日朝鮮人人口の八割が出稼ぎ目的で日本に来ていたこと、②植民地時代の朝鮮で人口が増加したことや、③朝鮮からの不法渡航者が強制送還されていたことなどを根拠に「強制連行」を否定していますが、この主張にはやや問題があります。

まず、①「終戦時の在日朝鮮人人口の八割が出稼ぎ目的で日本に来ていた」ですが、これは明らかにオカシナ主張です。というのも「在日朝鮮人の全てが徴用工として来たわけないこと」は当然の前提です。そして、西岡氏自らが、終戦時の日本内地朝鮮人人口うち二割が動員現場(徴用先)にいたことを統計的に指摘しています。つまり、その二割の人々が今回の徴用工問題の焦点となっているのであり、その他の八割が焦点になっているわけではないのです。このオカシナ主張は、従軍慰安婦問題を論じるときに、「自らの意志で売春婦になった」論にも共通するものです。

そして、②「植民地時代の朝鮮で人口が増加した」、③「朝鮮からの不法渡航者が強制送還されていた」の問題も同様に、徴用された方々の人権とは全く無関係の話です。いくらそうだったからと言って、徴用された人がいるという事実には全く関係のないことです。こういうのを議論のすり替えというのです。日本な朝鮮半島に投資していたから、日本に侵略意思は無かった論とよく似ています。

まとめ

このように西岡氏の徴用工問題否定論は、従軍慰安婦問題否定論と非常に論旨がよく似ています。

  1. 徴用工問題の裏に「朝日新聞」の存在を勝手に錯綜。(⇒慰安婦問題は「朝日新聞」の報道によって生まれた)
  2. 「徴用」であるにも関わらず、言葉遊びで「強制連行」性を否定。(⇒慰安婦は売春婦のこと、性奴隷じゃないから「強制連行」性はない。)
  3. 「在日朝鮮人の八割が出稼ぎで日本に来た」「不法渡航者は強制送還した」と言って話をすり替えて、残り二割の徴用工問題を矮小化。(⇒「あいつらは売春婦で金儲けのために慰安婦になった」「ルール違反で呼び寄せられた慰安婦を親元に返した」)

というようにまとめられるでしょう。また別の論文・記事では、徴用工の待遇について「貯金もできた!」「幸せだった!」という論調も他で見られますが、それもまた「慰安婦は高給取りだった!」と同じ理論です。恐るべき理論の一致と見るべきか。

徴用工がどれだけ悲惨であったのかは「花岡事件」を調べればよく解りますし、中国人徴用工四万人のうち七千人が亡くなった事実からも明らかでしょう。(野添憲治『企業の戦争責任』社会評論社, 2009を参照)

*なお私個人の見解としては、「今になって韓国が突然方針転換して個人請求権を認めた」という点については、今後の日韓関係の行く末を考えるうえで憂慮すべき問題であり、その妥当性などについて種々に再検討する必要があると思います。しかし、だからといって徴用工を個人攻撃して、徴用工問題を矮小化するという保守の議論には賛同できません。

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