【悲報】靖国神社、またもやいまごろ「大本営発表」してしまう【日本軍はスゴかったという虚構】

大本営発表の精神は今も

別の記事で靖国神社に併設される博物館「遊就館」のパンフレットにおいて、挺進爆雷艇㋹の特攻戦果について「敵船艇を数十隻撃沈」などと吹聴してしまっていることを指摘しました。調査の結果、実際には「沈没10隻、損傷のち沈没1隻、大破のち放棄2隻」程度でした。

いくら特攻を美化したいとはいえ、現代になっても「大本営発表」してしまうとは驚きです。このような誤まった美化こそが、戦争で失われた尊い命を貶めているように思えてなりません。

遊就館には、これと同様の戦果の過大表現がありますので、本記事ではそれを紹介したいと思います。

【悲報】靖国神社、いまごろ大本営発表をしてしまう

2018年10月29日

硫黄島の戦い

この過大表現が確認されるのは硫黄島の戦いのコーナーです。展示されているパネルと同じものが、遊就館の図録に載っています。それを転載すると以下の通り。

『靖國神社 遊就館 目録』靖国神社, 2008, p. 96

これをテーブルに起こせば次のようになるでしょう。


日本軍米 軍
総兵力約2.1万人
約6.1万人
歩兵大隊数927
戦車23輌150輌
陸戦火砲109門168門
航空攻撃延75機延4000機以上
艦砲射撃14,250t
死傷者20,933人28,686人

つまり投入戦力についてアメリカ側が圧倒的だったにもかかわらず、最後の「死傷者」の比較を見るとアメリカ側の方が被害者数が多く、旧日本軍の勇猛果敢さがスゴイと読み得るパネルです。

実際の被害者数の仔細

ところで、この靖国神社のパネルは、『戦史叢書 中部太平洋陸軍作戦〈2〉:ペリリュー・アウンガル・硫黄島』(朝雲新聞社, 1968)に載せられたデータをもとにしていると考えられます。例えば参加戦力については次のように。

『戦史叢書13 中部太平洋陸軍作戦〈2〉:ペリリュー・アウンガル・硫黄島』, pp.  414-415.

たしかに靖国神社のパネルは、この情報を正確に引用しています。

しかし死傷者の比較については、かなり問題が。『戦史叢書』には次のようにあります。

『戦史叢書13 中部太平洋陸軍作戦〈2〉:ペリリュー・アウンガル・硫黄島』, p.  415.

『戦史叢書』では戦死と戦傷を別けて統計していますが、遊就館はこれについては何故か区別せずに合計者数だけを示すというウラワザを使っています。

戦死者数を比較すれば日本側は95%が戦死したのに対し、アメリカ側のそれは11.2%であり、どう計算しても日本側が圧倒的に不利だったことが解ります。

日本軍米 軍
総兵力20933人約6.1万人
戦死(率)19,900人(95%)6,821人(11.2%)
戦傷(率)1,033人(5%)21,865人(35.6%)
合計(率)
20933人(100%)
28,686人(47%)

重要な情報を伝えず、むやみに賛美することは、戦場で失われた尊い命を貶めている

よって統計的に見れば、日本軍は寡兵にかかわらず勇猛果敢に戦い、アメリカ軍を苦しめたことは事実でしょう。しかし、統計的には米軍を前に全く歯がたたなかった。堅固な防衛線を構築し、特攻作戦を敢行し、19900人の死者を出しほぼ全滅したにもかかわらず、その1/2以下の6800人程度しか敵を屠れなかった。日本は一兵卒の命を粗末に扱ってしまっていた。これが現実でしょう。

このように遊就館のパネル情報は、正確な情報を伝えているようで、肝心なところを隠しています。このような情報提示は、戦前の「大本営発表」と何ら変わらず、むしろ戦場で失われた命の尊さに正面から向き合わず、それを貶めているのではないでしょうか。



26 件のコメント

  • さすがにひどいなぁ。結局失敗を繰り返すんじゃないかという気持ちになるな。こういうものを見ると。

  • これじゃ左翼とやり方が同じなんだよなぁ…戦争は全て悪い、今更何を美化しろと?アメリカがこうだ、日本がこうだとか知ったこっちゃない。どっちも悪いんだよ気づけよ。

  • 昔は戦死者と負傷者の数をきちんと分けて提示した上で、「合計の死傷者では米軍の方が上」という言い方をどこの戦史ムックでも書いてあって、死者全体が上であるような誤解は起こらないような作りになってたもんなのですけどね。
    でも、これを見て死者全体が上であったように誤認する人って本当にいるんでしょうか・・・? 申し訳ないのですが、さすがにそれは受け手の方がアホ過ぎるのではないかと思います。残念ながらそういう人が多いのでしょうから、ろだんさんもこの展示の内容について懸念をされているのだとは理解しておりますが・・・。

    ただ、戦闘、特に陸戦での負傷者は手足を飛ばされたり、目を潰されたり、全身に火傷を負ったり、貫通銃創で身体能力に障害が残ったりと、健常者とは比較にならないような後遺症を残す例が多く、極端な言い方をすると「戦場で負傷する」のは「兵士としてほぼ使い物にならなくなる」という事とほぼイコールでもあるので、味方の死傷者の数が敵を上回ってしまうのは戦略の上ではかなりマイナスだとは思います。個人的には、単純に戦死者の数で圧倒したのだから米軍の圧勝だ、だからこの展示は完全に結論を捏造している、という事には必ずしもならないだろうという事だけは言えるとは思います。
    私がもし仮に米海兵隊側の人間であれば、「この戦闘だけで28000人以上も『損失』が出た。補充は十分できるといえども、次の上陸ではどれだけやられるか・・・。」という想いにはなるでしょうね。人命を尊重する指揮官であれば「次の上陸でも勝利は可能だろうが、少なくとも上陸戦力の半数は『やられる』事を覚悟してほしい。」と、総司令部なり議会なりに上奏すると思います。少なくとも、戦死者数だけを見て戦果を評価したり、次の戦闘の帰趨を予測するような事だけは絶対にしないと思う。

    普段の事件や事故報道なんかにも言えることなのですが、日本人は「負傷者」という数字に対するものの考え方が良くも悪くも甘すぎるような気がします。「ケガ人だけで済んでよかったね」とか「死者が出なかったのだからたいして大事じゃない」とか捉える人が全般的に多いような気がしてなりません。ケガの内容、その後どのような後遺症を残しているかとかまで踏み込んで、事件や事故の重大性を評価する報道機関や論者があまりに少なすぎる気がするのは本当に残念です。

    • 2018年12月12日 5:55 PMの匿名さんへ

      >でも、これを見て死者全体が上であったように誤認する人って本当にいるんでしょうか・・・? 申し訳ないのですが、さすがにそれは受け手の方がアホ過ぎるのではないかと思います。

      アホな例をご紹介。

      【産経抄】
      1998.05.15 東京朝刊 1頁 総合1面 (全681字) 
       “洋上大学”の船に揺られて、太平洋のマリアナ海域を十日間めぐってきた。「若い根っこの会」(加藤日出男会長)が主催する若者たちの研修会で、すでに三十回という長い歴史をもっている ▼乗りくんだ船は商船三井客船が誇るハイテク・クルーズ「ふじ丸」(二万三三四〇トン)で、研修生は各企業が送り込んだ労組員や大学生たち、それに一般の熟年など四百二十五人。洋上大学だから生活の規律は厳しく、朝七時に起床、びっしりと講義も組み込まれていた ▼東京・晴海を出港して三日目、船が硫黄島沖にさしかかると甲板で慰霊祭が催された。硫黄島はこの大戦で唯一アメリカの損害が日本を上回った激戦の島である。米軍の死者二万五千八百五十一人、日本の死者一万九千九百人。日の丸と星条旗が半旗で掲げられた ▼研修生のなかには茶髪やピアスもいた。その若者たちが一斉に黒い正装に身を固め、日米双方の英霊に長い鎮魂の祈りを捧げたのである。海に向かって船内で折っていた千羽鶴や清酒が注がれた。サイパン島へは上陸をし、バンザイ・クリフの断崖(がい)の上でも盛大な慰霊が行われた ▼ここから日本女性ら三千人が身を投げたといわれている。研修生全員が一点一画で墨書した木標の慰霊塔が建立された。♪せめて星空に祈ろう/風が涙にしみる島…。若者の合唱団が声を限りに歌う。その姿に感動を覚えずにはいられなかった ▼同夜、「ふじ丸」の広いデッキにペドロ・テノリオ知事やアニシア観光局長(女性、第三回洋上大学生だった)やサイパン島民三百人を招いて大パーティーが開かれた。満天の星の下、交歓の一夜はにぎやかにふけた。この項つづく。

      【産経抄】
      1998.05.16 東京朝刊 1頁 総合1面 (全687字) 
       昨日の洋上大学のつづきを。「グリーン・フラッシュ」という自然現象をご存じでしょうか。ベテランの船長でも長い航海のなかで数回目撃できるかどうかの奇観という。それが八日目の五月十日夕刻に起きた ▼グリーン・フラッシュとは、光のいたずらが演出する壮大な太陽のマジックである。日の出の直後や日没の直前のごく一瞬、鮮やかな緑の閃(せん)光が目にとびこんでくる現象をいう。澄んだ空気と、雲のない空と、広い水平線(地平線)がその条件になる ▼マリアナ海域を北上していた「ふじ丸」船上から、遠い水平線に沈んでゆく夕日の上部が小さくちぎれて見え、それが消える寸前だった。一秒の二分の一ぐらい、ほんのまたたきの間である。太陽のかけらは鮮烈な緑になった。研修生四百二十五人のうち目撃できたのは十分の一だけだった ▼日ごろの心がけがよかった目撃者たちが興奮したのはいうまでもない。光は波長が短いほど大気の中で散乱する度合いが高い。屈折率の小さい赤い光は水平線の下に没しても、屈折率の大きな緑の光は私たちの目までとどく…と説明は聞いたが、何やらわからなかった ▼航海中、南十字星はたびたび見ることができた。マリアナ海域の夜空はそれこそ降るような満天の星空である。テニアン島沖では、南の空低く四つ星のサザンクロス(南十字星)と、北の夜空に北極星が大きく光っている。二つを同時に仰ぎ見た ▼さながらゴッホ晩年の名作『星夜、アルル』そのもののけんらんたる夜空なのだった。なお、きのう小欄で硫黄島の米軍死者二万五千八百五十一人としたのは死傷者の誤り。たくさんのご叱(しつ)正を頂き、ありがとうございました。

      【産経抄】
      1998.05.27 東京朝刊 1頁 総合1面 (全681字) 
       二十五日付の東京新聞夕刊「メディア評論」で、青木彰・東京情報大学教授が「新聞の誤報(と訂正)について」論評されている。そこでなんと五月十六日付の小欄が俎(そ)上に載せられていた ▼洋上大学「ふじ丸」のことで硫黄島の激戦における米軍の戦死傷者を戦死者と書いたミスの訂正だが、青木教授はこう指摘されている。「あえていえば、米軍の死者数、日本の負傷者数も載せて正確を期し、戦争の悲惨を思い知る参考にさせてもらいたかった」 ▼まったくご指摘の通りというほかない。小欄の訂正のときも、戦死者の数と戦傷者の数を書き分けてご報告すべきかと考えたが、コラム欄のスペースから断念していた。しかしそれは言いわけにはならないのである。硫黄島における日米双方の損害を防衛庁調べの数字で確認しよう ▼日本の戦死は一万九千九百人、戦傷は千三十三人、合計二万九百三十三人。一方米国の戦死は六千八百二十一人、戦傷は二万千八百六十五人、合計二万八千六百八十六人。戦死傷者を合わせれば米軍の損害は日本軍を上回っていた。太平洋戦争でもまれにみる激戦と書いた記述には変更はなかった ▼死者の数と死傷者の数とは全く次元の違う数字である。たとえば死者が一人、ケガ人が五十人の事故でも、死傷者五十一人と書けば大惨事を連想させてしまう。中学の某書院版の歴史教科書に一九一九年の朝鮮三・一独立運動は… ▼「日本は軍隊をだしてこれを鎮圧し、五万人以上にのぼる朝鮮人死傷者をだした」と記述されている。しかし他の教科書では死者は八千人である。これなども何とかして日本を悪者に仕立てようとする誇大な数字の扱い様だろう。

      <ここまで>
      5月27日付の最後の一文に注目されたい。「まだ分からんのか」という感じですね。
      これを執筆したのは石井英夫さん。指摘した青木彰さんは産経新聞編集局長を務めた人で石井さんの先輩です。

      • ありがとうございます。やはりこういう誤解は多いものなんですね。
        「死者と負傷者を必ず併記した上で合計の死傷者を記述する」事の重要性を改めて感じます。

    • 確かアメリカ側の戦傷者は基本的に本国帰りだったように記憶しています。

      が、やはり戦死と戦傷では天と地の差があると思います。戦死者は未来を奪われてしまったわけですから。

      この戦傷のデータから解ることは、どれだけ日本側が人命を粗末にしていたかということでしょう。靖国神社はまずその事実を示すべきではないか、その様に思います。

      • ありがとうございます。
        >戦死と戦傷では天と地の差がある
        この点には同意させていただきます。当時の戦闘で米兵と日本兵が同じレベルの負傷を負った場合、米兵は一命を取り留めても、日本兵はそのまま死亡するという例は硫黄島に限らず星の数ほどもあったのではないかと理解しています。

        本来はデータから読み取れるこうした点をもっと真摯に反省して、今に生かさなければならないのでは、と思うのですが・・・。

        >どれだけ日本側が人命を粗末にしていたか
        あまり詳しくは申し上げられませんが、この点に関しては「していたか」という過去形の話ではない、という事だけは伝えさせていただきたいと思います。正直、戦時救命の点において日米に雲泥の格差が存在し続けているという事は、一部のメディアでは既に指摘されている例がありますし、様々なことから実感することも多いです。

  • 今に始まったことじゃないけど、靖国神社とそこに集まる人たちは利権集団であって保守ではない。
    戦争に負けた理由も「現場にいた兵士がサボってたから」などと真顔でいう人が、靖国に近い政治勢力には普通にいる。天皇の発言も平気で踏みにじる人間もいる。しかも周囲の人間はそれを諌めるどころか同調する始末。
    そのくせ事あれば、英霊の代弁者を気取るから性質が悪い。
    靖国は解体するべき。それが日本のためである。

  • で?て感じ。
    先人達が魂込めて踏ん張ってくれたから今があるやん。すぐお手上げしてたら、主権もなかったかもよ。感謝しようよ。

    • 魂込めて踏ん張った結果軍民合わせて300万人が亡くなり、大陸権益、満州、朝鮮、台湾、南洋諸島、北方領土を失ったあげく沖縄を半植民地化されるとはすごいなあ

  • >2018年12月12日 5:55 PM の匿名さんへ

    誤認するほうが「アホ」とのことですが、私はそのアホすぎる者の一人です(笑) がしかし、それは問題の本質とはかけ離れた議論ではないでしょうか?
    以下、記事内容と多々重複しますが、遊就館のパネル表現をご覧下さい。『相対戦力と損害』と題し、航空戦力75機vs4000機など 日米の圧倒的すぎる「戦力差」をまず示した上で、にも関わらず「人的損害」は米軍のほうが多かった(ように見える)数字を採用しています。
    貴方によれば「昔は戦死者と負傷者の数をきちんと分けて提示した」そうですが、誤認の恐れの無いそういった方法をなぜ取らなかったのでしょう。ろだんさん推察の資料から数字を引いてきたなら容易に可能だったはずなのに。

    《戦力》は元資料に対応させ6項目に区分けしながら 《損害》側は対応させず、わざわざ合算した狙いは何か。それは、私のようなアホが誤認することを密かに期待し、日本軍すごい!圧倒的不利な中で勇敢に戦った!と思って(賛美して)もらいたいから――ではないでしょうか。

    1万9900人=95%が戦死という壮絶で残酷な数字。それを怪我人に紛れ込ませることで悲惨さを少しでも和らげ、あわよくば皇軍賛美を望んでいる遊就館の姿。この記事はそこに未だ抜けきらない “大本営発表の精神” を見ている。
    >戦場で失われた命の尊さに正面から向き合わず
    >重要な情報を伝えず、むやみに賛美することは、
    亡くなられた一人ひとりの命を貶めることだと私も思います。

    陸戦での負傷は戦略上大きなマイナスだから死者数と一纏めにしても許容範囲――といった議論は、海兵隊指揮官の考えを代弁できるくらい軍事にお詳しい貴方や、戦史マニア的視点からはアリなのかもしれませんが、亡くなられた命にどう向き合うべきかという問題を問うているこの記事のテーマとはかけ離れた議論だと私は一人のアホとして思います。

    管理人様へ
    >パネルは、この情報を正確に引用しています。
    とのことですが、「正確」ではないのでは?
    《陸戦火砲》の項目で、米軍側は資料そのままの数値ですが、日本側は陸海軍計「171門」のはず。それをなぜ「109」としているのでしょう? もしかしたら、「171」では米軍の「168」を上回ってしまうため、「全項目で圧倒的不利のなか奮戦」という皇軍イメージを維持したくて「109」にしたのかも?
    つまり、『戦史叢書』の数字をベースとしながら「陸戦火砲」と「死傷者数」のみ他の資料から数字を拾ってきたのかなと。それなら嘘を付いたことにならないので。
    邪推がすぎるとは思いますが、戦史のプロである遊就館が当然把握してるはずの戦死・戦傷者数をわざわざ合算していることを思うと あり得なくも無い気がしました。

    • ありがとうございます。
      私自身、誤解を招く表現をしてしまった事を反省しています。
      やはり、死傷者しか書かない表記では普通に誤解は起きるものと改めて感じさせられました。
      私自身も「死者と負傷者を必ず併記した上で合計の死傷者を記述しなければ本当は不味い」「遊就館の現状の展示は誤解を招きやすい点で不適切な部分があり、(「なお、米軍側の資料では被害報告は確認されていない」と書くことも含めて)日米両軍の戦果報告を併記した上で、事実を客観的に記述するのが望ましい」という認識を持っている事だけはご理解いただければと思います。

      • 議論が深まり相互理解が進むことは素晴らしいことであると思います。やはり遊就館の展示には、全体的に(その気持ちは解らなくもないですが)公平性を欠いたものが多いように思えます。

    • 横からコメントすみません。
      >参加兵力の95%が戦死って、なんだこの地獄、とはならんの? 異常だよこの数字。
      日本側は負傷者の本土への後送どころか、(実際はそんな場所は殆ど無かったでしょうが)島内の比較的安全な場所へ一時退避させる事すら殆ど期待できず、医薬品の数も極めて限られている、そもそも食料も弾薬も十分ではなく、現場で出来る事は三角巾や胴帯、巻脚絆などで緊縛止血する程度・・・という状況では、銃創どころか銃剣で刺傷されただけとか、極端な話岩場で滑落・転倒などして出血を伴う負傷をしただけでもそのまま死亡(破傷風、敗血症などの感染症での病死)する可能性が高かったのだと思います。

      本来は、「(現状の平和主義を軸に可能な限りの回避策を取ったにも関わらず)万一再び戦闘が起きてしまった場合、こういう地獄のような状況を二度と作り出さないためにどうすれば良いか」という事をしっかり議論して、日頃から必要な備えをしていて欲しいと願うのですが・・・。

      • ほんと当時の戦争記録を読むと、どんだけデタラメな戦いしてたんだ!って思いますよね。
        そういう事実”も”展示する、遊就館であってほしいと思います。

  • 撤退は事実上不可能で投降を許さず、文字通り最後の一兵まで戦え、を実践してしまったという事ですよね。
    それを「勇戦」と賞賛してしまうのは大変によろしくない。この戦いから米軍がどんな戦訓を得て、その後の沖縄戦で何が起きたか。
    多大な損害を与えた代償は何かを考えてもらいたい。

  • 初めまして!たまたま見つけたのでコメントさせていただきます。古い記事にコメントすることをお許しください。さて、戦傷と戦死をごっちゃにして日本軍の戦果を過大評価しているというご指摘ですが、戦傷の多さは充分評価すべき事案です。死んでないのになぜ評価されるか?理由はいくつかあります。1つは戦傷は何かです。これは戦闘のケガにより一時的にでも戦闘不能になったことを指してます。戦場という究極サバイバルでケガをし戦闘不能つまり動けなくなったということは通常ならそのまま死です。野生動物のケガと同じです。本文の表にある通り米軍は3倍の兵数です。つまり救助できる人間と後退出来る場所があったから死なずに助かったという面がありますが、戦闘不能=退場なので分けたところであまり意味はありません。車で例えるならエンジンはかかるけど前に進まない車に意味はないのと同じです。じゃあなぜ日本軍は戦死者が多いかですが、戦陣訓とかの考え方とかも一理ありますが、火力、兵力の差と島という構造上防戦一方の後退出来ない場所です。もちろん不利を認めて降伏すれば戦死者出ないですが、それは負けですし、目的が敵に出血を強いて少しでも時間稼ぎすることなので降伏は論外です。なので戦死者が多くて当然です。2つ目は戦傷者は実は戦死者より厄介です。なぜなら救命措置をしなくてはならないからです。1人ケガして動けなくなったら最低1名は介助する必要が出ます。この段階で2名離脱者が出ます。場合によってはもっと多くの介助者を必要とするでしょう。戦闘以外の労力に多くの人員を割かざるを得ず仕事が増えていきますし、ケガして生きてる者のうめき声や傷跡なんかは戦意を低下させる効果もあります。現代の事例で言えば対人地雷やモガディシュの戦いなんかが良い例ですね。対人地雷は殺害よりも足を吹き飛ばすことによる負傷に重点を置いて戦線離脱者を増やすことを目的としているものが多いですからね。モガディシュの戦いは逆に薬物の力や人命軽視の非正規軍相手に戦った米軍が銃弾を当てたのに撃ってくるといった事態にあって苦戦しています。これらからこの戦いは現代でも通じる戦訓を残したという意味でも打撃を与えた意味でも大いに評価出来ると思います。ちなみにランチェスターの法則という数理モデルからも日本軍が善戦したことが数字でも示されていますよ。

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