【トンデモ美談】人形も特攻志願(『週刊少国民』4-25, 1945.6)

戦争末期の戦意高揚

アジア太平洋戦争(大東亜戦争)も後半になってくると、ダダ下がりの戦意をなんとか維持・高揚させようと、雑誌や広告などはこれでもかというほどのキャンペーンを張ります。

人形も特攻志願

とくに1944年末から神風特攻隊による対たたり攻撃が始まると、これを大和魂の昇華と言わんばかりに称賛しまくります。そして特攻にまつわるさまざまな記事や美談が報道されていくわけですが、今回は雑誌『少国民』1945年6月号に載った「人形も特攻志願」という美談を紹介したいと思います。短い記事なので切り抜きと全文を転載します。

人形も特攻志願

老いも、若きも一億国民挙げての総血戦の秋、これは自分の赤誠を人形にこめて、このほど特攻隊を志願させたお話。

京都の下京区三宮町六軒角前田登和さんは、子供がないので人形を十四年間も我が子のやうに可愛がつていましたが、自分の子供ならちやうど出征するところであろうと、神風特攻隊員の装いをさせ、去る十二日二百円を添えて京都市管区司令部へ、人形出征を志願しました。

同部では登和さんの志願をいれて、この人形を大津少年飛行兵学校へ贈るさうです。この人形特攻隊は、きつと雛鷲たちの間にまじつてみんなを元気づけることでせう。

…ナケルハナシダー (´;ω;`)

と当時の読者が滂沱したのかどうかは解りませんが、今となっては違和感だらけの美談でしかありません。

人形の意思を確認することもなく(出来るのか解りませんが)、一方的に持ち主が、志願させてしまうという。志願という名の徴兵です。特攻が志願ではなかったという証拠になるかもしれませんね。

もっとも、愛国者である持ち主からすれば「かわいい息子(人形)が国の為に死なない筈がない!」とお思いなのでしょうが…。

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