【日本国紀】「マッカーサー神社」なる都市伝説を信じてしまう百田尚樹の妙

「マッカーサー神社」とは如何

電気羊さんより教えて頂いたネタを投下します。

保守が大好きな朝日新聞批判ネタの一つに、戦後GHQに骨抜きにされた朝日新聞が「マッカーサー神社」を造ろうとしていたというものがあります。『日本国紀』もこれを紹介します。

呆れたことに、この時、マッカーサーをご神体に据えた「マッカーサー神社」を作ろうという提案がなされ、その発起人に当時の朝日新聞社社長の長谷部忠が名を連ねている(毎日新聞社社長、本田親男の名前もある)。朝日新聞にとって、ダグラス・マッカーサーは現人神だったのであろう。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 433(第5刷)

とあり、百田氏は「マッカーサーをご神体に据えた」と本当の「神社」を作ろうとしたと勘違いをなさっているようです。が、「マッカーサー神社」とは実際の神社ではなく、実際には「マッカーサー記念館」を建てようとする計画を揶揄した呼称です。

マッカーサー神社の正体

この「マッカーサー記念館」(マッカーサー神社)について、マッカーサーの記録を網羅した袖井林二郎、福島鋳郎編による 『マッカーサー 記録・戦後日本の原点』( 日本放送出版協会, 1982年)は次のように説明しています。

青少年の啓発を目標に一九五〇年発足したニューファミリーセンターが「青年の家」として在任中から進めていたものだが、新しく発起人に秩父宮夫妻、金森徳次郎国会図書館長田中耕太郎最高裁長官や、長谷部忠(朝日)、本田親男(毎日)、東ヶ崎潔(ニッポン・タイムズ)など有力紙の社長ら十四名が選ばれ記念室、公会堂、図書室、プール、運動場、宿泊施設などをあわせた壮大なものが計画された。

袖井林二郎・福島鋳郎(編) 『マッカーサー 記録・戦後日本の原点』日本放送出版協会, 1982, p. 174.

とあり、全く神社でもなんでもなく、単なる総合施設です。

マッカーサー神社の由来

ところで、「マッカーサー神社」との表現がいつ頃現れたかと言うと、その初出は、西鋭夫『国破れてマッカーサー』(中央公論社, 1998)のようです。次のようにあります。

著名な日本人たちが「マッカーサー神社」を建立しようと話し合った。「マッカーサー元帥記念館」と仮名を付けられたもので、建設発起人として、秩父宮両殿下、田中耕太郎(最高裁長官)、金森德次郎(国立図晝館長)、野村吉三郎(大映社長)、本田親男(毎日新聞社長)、長谷部忠(朝日新聞社長)らが名を連ねている。

西鋭夫『国破れてマッカーサー』中央公論社, 1998, p. 471.

ここで「マッカーサー神社」という表現が用いられた理由について、情報をくださった電気羊氏は、「天皇なき後の「現人神」のようにマッカーサーをあがめた当時の日本の風潮を揶揄して、「マッカーサー神社」と称したのでしょう」と推測していますが、これは要領よく的を得ていると思います。つまり「マッカーサー神社」という表現は、西氏が当時の風潮を揶揄してつけたものであって、発起人側もマッカーサー側も本物の「神社」を建築するなどとは考えていなかったというのです。

というのも、本当に神社としての「マッカーサー神社」を建築するとなれば、戦後の日本に2000名以上の宣教師を送りこむなど、日本のキリスト教化を推し進めた熱烈なキリスト教徒であるマッカーサーが、その申し出を受け入れるはずがありません。にもかかわらずマッカーサーは「マッカーサー記念館」建設の提案を快諾しています。

長谷部発起人代表の問合わせに対しホィットニー前民政局長の名で「マ元帥はこの申し出を非常に光栄に思っている」という承認の返事もあった。

袖井林二郎・福島鋳郎(編) 『マッカーサー 記録・戦後日本の原点』日本放送出版協会, 1982, p. 174.

つまり、「マッカーサー記念館」が「神社」のような宗教施設でないからこそ、その申し出を承諾したのです。

Wikipediaにすら正しい情報があるのに

「マッカーサー神社」という言葉だけが独り歩きして、一部ネット界隈などでは「本当の神社を作ろうとした」という都市伝説として広がっており、それを百田氏も鵜呑みにしてしまったと考えられます。

なお、「マッカーサー神社」が実際の神社ではなく「マッカーサー記念館」の異称であることはWikipediaにも載っています。Wikipediaさえしっかり調べて転載していれば間違えなかったのにと悔やまれます。

また「マッカーサー神社」(マッカーサー記念館)の発起人たちにはマスコミ関係者のみならず、皇族や映画関係者なども含まれており、この中から朝日新聞だけを名指しして非難することは妥当ではないでしょう。

【追記】百田尚樹氏と櫻井よしこ氏が真剣に「マッカーサー神社」を語り合う爆笑の対談については以下の記事をご覧下さい。

*情報提供いただいた電気羊氏に、重ねて厚く御礼申し上げます。

【3%超え】Wikipediaなどからのコピペ量を計算してみた【日本コピペ紀】

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【日本コピペ紀】Wikipediaやウェブサイトなどとの類似表現報告まとめ【日の丸すら】

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11 件のコメント

  • この部分、検討が必要かと思います。
    「マッカーサー記念館」を建てようとしてそれについて愛称です。

    私なら、
    「マッカーサー記念館」を建てようとする計画を揶揄した呼称です。
    かな。

  • 前から知ってたけど百田の仕事のいい加減さよ…作家としてまず認められないレベルだし、百歩譲って認めたとしても最底辺なのは確か。意識が低すぎる。こういう奴が医療や建設業なんかに関わると重大な事件・事故を起こすんだよ。

  • (すでにご存じかも知れませんが)まっとうなサイトに
    神社のジの字もない「幻の『マッカーサー記念館』」という
    記事があります;https://www.ozakiyukio.jp/column/009.html

  • 「仮にアングロサクソン族が科学、芸術、神学、文化の点で45歳だとすれば、ドイツ人はそれと全く同じくらいに成熟している。しかしながら、日本人は、時間で計った場合には古いが、まだまだ教えを受けなければならない状態にある。現代文明の基準で計った場合、我々が45歳であるのに対して、12歳の少年のようなものでしょう」というマッカーサー本人による証言が日本人を怒らせたようですね。
    百田さんが虎ノ門ニュースで、「厚木に降り立ったマッカーサーのズボンの股間部分のシミ、オシッコ漏らしている。」と言っていたことがあります。
    12歳の少年は普通、オシッコを漏らしませんね。

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