【竹田恒泰×KAZUYA】BAN祭り対談にみる陰謀論

はじめに

少し前に保守系Youtuberをヘイトスピーチのかどで通報しまくってBANしてやろうという「祭り」がありました。「祭り」というだけあって、某掲示板では専用のスレッドが立ち、専用のまとめサイトも立ち上げられました。

この事件は「祭り」と言われるだけあって、掲示板などを見た不特定多数の参加者が通報に協力したため、竹田恒泰氏とKAZUYA氏のチャンネルはBANされてしまいます。その後、KAZUYA氏はチャンネル復旧が叶いましたが、竹田恒泰氏のチャンネルは永久凍結といことで復旧叶わず。

この両者とも、保守系言論人として生計を立てているのですから、Youtubeチャンネル閉鎖は生活に関わる重大問題です。騒動が一段落すると、このBAN祭りを「言論テロ」とまで表現して糾弾しています。

またこのお二人は対談もしており、その一部はYoutubeで、全体の要旨は月刊『Will』10月号(2018.8.25)に載せられています。

ここでのお二人の主張をまとめると次のようになるでしょうか。

  1. 「差別表現」「ヘイト」はしていない。
  2. Youtubeは検閲官の教育ができていない。報告数に応じたAIの判定によって、自動的に凍結されてしまっただけ。IT系の人たちは言論界にいるような人たちとは違うタイプで、その様な人が検閲するのは異様な状態。Youtubeは「言論の自由を守る」ことよりも、いかに儲けるかの方が重要。
  3. 〔Youtubeのみならず〕通報する側にも問題がある。動画に悪評価を付けたり通報したりするやつは、香山氏寄りの人たち。言論には(通報ではなくて)言論で対決しろ。言論で勝てないから、言論を封殺しにかかる卑怯なやり口。しかもそれをやっているのは「表現の自由!」「国民の知る権利を」と声高に叫んでいる左派の人たち。彼らが平然と言論封殺をやってのける姿は滑稽ですらある。
  4. ヨーロッパは差別の塊で、それと比べれば日本で在日朝鮮人に対する酷い差別があるとは思えない。公平な世の中の方が断然いい。だからあえて「平等なんてクソ喰らえ」と言いたい。

架空の敵をつくりあげる空想力

「どの口が”正論”を」と言いたくなってくるこの両者の対談には、通報者たちに対する怒りとともに、やや誇大的な陰謀論が展開されてしまっています。つまり、通報者は敵であり左派であり、言論で勝負できないから自分たちを言論封殺してきたのだ、という妄想です。

もちろん通報者の中にはそのような人たちもいたでしょう。しかしそれは通報者の一部ではないか。「BAN祭り」と”祭り”なのだから、参加者はイデオロギー的な理由から通報したのではなく、単に面白そうというノリで通報したのではないか、と私は思うのです。

両氏は、反論できないから言論封殺しにきた!と怒声をあげます。

KAZUYA 明確に反論できないから、発言する場所自体を潰してしまおうという訳ですね。
竹田 言論で勝てないから、言論を封殺しにかかる――。本当に卑怯なやり口です。

「そんな大げさなものか」というのが私の率直な感想です。端的に言って両氏は、自身の存続にかかわる重大な事件が突然に起きたので、冷静さを失い、それを起こした敵勢力の存在を空想し、しかもその動機が言論では、自分に勝てないからと勝手に決めつけているだけではないのか。もちろん、そういう意図をもって通報した人もいた可能性は否定しません。しかし、やはり”祭り”ですから、通報者の大部分は、そもそも両氏の主張を読む気も、それに反論する気もハナからなかったのではないでしょうか。

歴史は繰り返す

これとよく似た現象は、アジア太平洋戦争(大東亜戦争)末期の「近衛上奏文」にも確認されます。この上奏文は、敗北が現実味を帯びてきた1945年2月に、近衛文麿元首相から昭和天皇に奉呈された文章のことですが、敗北の必至を解くのみならず、コミンテルンの意識的計画によって大東亜戦争が動いているなどと陰謀論を説いて、昭和天皇をびっくりさせてしまいました。

つまり、精神的に参っていてしまって、現状に至ってしまった因果関係を冷静に判断できなくなり、実際には存在しない敵勢力をその原因として作り出してしまった好例です。これと同じ陰謀論の現象が、竹田恒泰氏とKAZUYA氏の対談からも香ってくるのです。

 

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