【日本コピペ紀】Wikipediaの錯誤的記述をそのままコピペ【対華二十一カ条要求】

コピペ改変跡の発見は続く

百田尚樹『日本国紀』のうちにコピペ箇所が次々と発見されていますが、その分析もどんどん高度になっていきます。今回紹介する指摘は、事務課リー氏によって発見された、「二十一カ条要求」に関する箇所のコピペです。次のように指摘されます。

Wikipediaと『日本国紀』ともに、問題となる箇所は「 」に括られ“孫文の発言”として記述されています。ところが孫文が、この言葉を直接に発したという記録が見つかりません。そこでGEISTE氏が過去のWikipediaを発掘し、もともとWikipediaでは「 」に括られていなかったものであることを発見。

つまり、次のような段階を経てWikipediaが『日本国紀』にコピペされたというのです。

  1. Wikipediaでは地の文として、二十一カ条要求に対する“孫文の態度”の要旨が記述されていた。
  2. その“孫文の態度”の箇所が、ある段階で「 」で括られ、あたかも“孫文の発言”と読めるように編集された
  3. 『日本国紀』は、原典に当たらなかったため、この箇所のWikipediaを記事を、“孫文の発言”として引用してしまった。

ということです。聖書学顔負けの文献学的考察です。このように徐々に高度になる『日本国紀』の高等批判には驚かされるものがあります。

比較テーブル

最後に、比較テーブルを置いておきます。Wikipediaは本記事執筆時(但し同記述は2010年3月3日からある)のものです。

日本国紀』p. 344(第5刷)Wikipedia
また孫文「二十一ヶ条要求は、袁世凱自身によって起草され、要求された策略であり、皇帝であることを認めてもらうために、袁が日本に支払った代償である」と言っている孫文は、「21ヶ条要求は、袁世凱自身によって起草され、要求された策略であり、皇帝であることを認めてもらうために、袁が日本に支払った代償である」した

両者は殆ど一致しており、『日本国紀』がWikipediaから引用していることは疑いないでしょう。

そして、この一文を“孫文の発言”として引用してしまっていることは、実際の一次資料にあたっていないことの証左になると考えられます。

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