【トンデモ】渡部昇一「日本は植民地を解放した」『正論』1994.5

「知の巨人」は何を語るか。

一部界隈から「知の巨人」と崇められた故・渡部昇一氏は、刊行した書籍・論文の量からしても、保守論壇に最大級の影響力を持った人物であったと評価できるでしょう。

ただし、渡部氏の日本近現代史に関する膨大な業績は、歴史の専門家からは批判どころか、ほとんど等閑視されているという状況です。このような無視されている状況を、もちろん保守の方々は「WGIPと東京裁判史観の結果だ!」と怒られるかもしれません。

しかし、歴史専門家から相手にされる、信頼できる保守論客の一人・秦郁彦氏も、渡部昇一氏の歴史観を「アマチュア」「事実や因果関係の論証よりも、汚名返上とか精神覚醒といった政治的次元でのキャンペーン」と評価して、ほとんど一笑のうちに付していることは忘れてならないでしょう(『陰謀史観』新潮社, 2012, p. 135, p. 152)。

そこで今回は、早川タダノリさんがTwitterで呟いていた資料を入手することが叶いましたので、それを紹介したいと思います。

日本は植民地を解放した

今回取り上げるのは、渡部昇一「日本は植民地を解放した」(『正論』1994.5)です。もちろんタイトルからも明らかなように、大東亜戦争は解放戦であり侵略戦争ではなかったと主張する内容です。

この様な言説は本記事を書いている2018年現在でもあるのですが、その論証方法がやや異なります。現在では「解放されたアジア諸民族の声」などとして当時から現在にいたる「解放してくれて日本ありがとう!」を列挙したり、「マッカーサーは日本の戦争目的が自衛だと言った!」としてお決まりのsecurityの語をあげて「大東亜戦争(or近代日本のアジア進出)は自衛(security)とアジア解放が目的だった」論を展開します。しかし、その様な言説は本論文には確認されません。

本論文で強調される点は、①満州事変において日本側に侵略意図が無かった、②結果論的には大東亜戦争は植民地が独立する契機になった、という二点のようです。このニ点を続いて詳しく見ていきたいと思います。

満州事変において日本側に侵略意図が無かった

まず、渡部氏は「満州事変において日本側に侵略意図が無かった」ことを次のように説明しています。

  1. 満州人が満州に独立国を持つのは当然、日本はそれを手助けしたに過ぎない。
  2. 満州国が日本の傀儡政権であるというアメリカからの批判は不合理である。なぜならアメリカはハワイ王朝に侵略戦争をして、傀儡政権すらたてず征服した。ある意味で、日本もアメリカの傀儡政権であった。そして当時、パナマや中南米諸国もアメリカの傀儡政権であった。
  3. 日中戦争のきっかけとなった盧溝橋事件において、日本(および石原莞爾)に侵略意図はまったくなかった。
  4. 盧溝橋の北に日本軍がいた理由は国際協定に基づいたものである。それが悪いというなら、韓国駐留アメリカ軍や、日本駐留アメリカ軍も批判の対象になる。
  5. 盧溝橋事件の後、戦線が拡大した理由は通州事件で日本人200人が殺されたからであり、居留日本人を保護するためである。日本や韓国にいるアメリカ人が200人も殺されたら、アメリカはすぐに日本や韓国に派兵するだろう。湾岸戦争では、アメリカ人が殺されたわけでもないのに戦争を始めた。日本も同じようなことをしただけ。
  6. 当時の満州の状況を知るには、トレビニアン著の小説『しぶみ』(1979年発表)が参考になる。その小説では当時の資料を丁寧に扱い、蒋介石軍が日本を戦争に巻き込むために自国の百貨店まで爆破して戦乱を拡大させていく様子が描かれている。

ここで興味深いのは、これまでのアメリカの歴史を振り返って、「日本もアメリカと同じようなことをしたまでだから批判される筋合いはない」理論を展開している点です。しかし結局、満州国が日本の傀儡政権であることを否定できてはいません。よって、「日本に侵略意図はなかった」ことの証明は実はできていません。

また、⑥において1979年に刊行された小説『しぶみ』が根拠とされていることは失笑を禁じ得ません。

そして、在留邦人の保護のために軍隊を送るというのは、戦争を起こす口実としてよく用いられるものです。中東戦争においては在留自国民保護などの大義名分を掲げてイギリスやフランスはエジプト領内に軍を進め、スエズ運河を支配しました。しかしこんな大義名分を信じる人はほとんどいないわけで、両国とも侵略的行為だとして国際社会から非難され、結局、スエズ運河の実効支配権を失いました。これと同じことが渡部氏にも言えるでしょう。どうして、渡部氏は、自らの思想信条に合致する大義名分を盲目的に信じて、「非侵略的だった」と主張することができるのでしょうか。

結果論的には大東亜戦争は植民地が独立する契機になった

このように満州事変に関して日本に侵略意思はなかったと強弁した後、「結果論的には大東亜戦争は植民地が独立する契機になった」論を展開します。

すなわち、大東亜戦争で宣戦布告した相手は植民地支配国であり、植民されている民族に宣戦布告したのではない、満州人のために満州国をつくってやったようにこれら諸民族を独立させてやった、そして結果的にこれら諸民族は第二次世界大戦後に欧米諸国から独立した、です。

しかし大東亜戦争下でアジア諸民族を独立させたといっても、大東亜共栄圏・八紘一宇の属国な訳で、結局のところ日本の傀儡政権でしかないわけです。先ほども述べたように、この難点を渡部氏は全く弁護できていません。

そして渡部氏の想像力は広がり、二十世紀までは白人を主人とした世界であったが、日本のおかげで、アパルトヘイトがなくなり、アジア諸国が独立し、はてまたアフリカ諸国までも独立し、さらにアメリカでの黒人解放の市民権運動にまで波及したと述べています。二つの出来事の間に無理やり因果関係を見出すことは、保守論壇の常套手段ですが、十分な客観性が確保されているとは言い難いでしょう。

また、独立した東南アジア諸国は日本をモデルにしており、日本が手本になったとも強弁していますが、これも渡部氏の想像の産物であり、何の根拠も示されておらず客観性があるとは言い難いようです。

まとめ:虎の威を借る狐

このように渡部氏の「日本は植民地を解放した」論の問題点を指摘してきました。小説を根拠にしたり、自分に都合のいい大義名分だけを錦の旗にしたりする議論に妥当性があるとは言い難いでしょう。

渡部氏自身、満州国が日本の傀儡政権であったことを暗に認めている以上、日本に侵略意思が無かったことを証明できていません。この問題に関して渡部氏は、「アメリカも同じことをしてきた、アメリカに文句を言われる筋合いはない」という逆ギレ的論調を展開しています。虎の威を借る狐とはまさにこのことでしょうか。

なお近年では「日本に感謝するアジアの声!」というやり方で、大東亜戦争は侵略戦争ではなかった論が主流になっています。

【恥トンデモ】『ありがとう日本軍:アジアのために勇敢に戦ったサムライたち』(井上和彦|PHP研究所, 2015)

2018.10.27

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