【トンデモ】特攻隊から感謝を学ぶ授業(服部剛『先生、日本のこと教えて:教科書が教えない社会科授業』扶桑社, 2005)

保守教育の傾向

自由主義史観研究会理事の服部剛氏は中学校の教師でもあり、自らが教鞭を振るった授業内容を本にしています。最近では『教室の感動を実況中継!先生、日本ってすごいね』(高木書房, 2015)というタイトルだけで内容の察しが付く本を出版されています。

この先生(だけでなくTOSS教育などもですが)の歴史授業でともかく目に付くのは、明治維新から大東亜戦争にかけての近代ネタが非常に多いことです。そしていずれも保守イデオロギーに合致するように授業が組まれており、それに反するような資料や見解は授業において極めて否定的に言及されるか、そもそも取り上げられもしません。

服部剛氏がインタビュー記事の中で「歴史教育の目的はやはり、子供たちが日本に生まれてよかったと思えることにある」と述べておられる通り、氏の歴史教育は保守的イデオロギーに重きおかれ、必ずしも過去に起こった「事実」を客観的に学ぶことにはあまり関心がないようです(『正論』2005.8, p. 313)。

本記事では、服部剛『先生、日本のこと教えて:教科書が教えない社会科授業』(扶桑社, 2005)に収載される特攻隊を教材にした授業を取り上げたいと思います。

特攻隊は格好の教材

保守的イデオロギーのある教師の方々は、ともかく特攻隊を授業の教材に取り上げます。それも遺書を中心に取り上げ、自己犠牲の美しさをこれでもかというほど教え込みます。

しかしこの一方で、負の側面、たとえば特攻隊員の出す手紙や遺書は検閲されていること、生還してしまった特攻隊員に対する振武寮での思想教育、特攻兵器桜花を発案した大田正一が終戦の際死にきれず終生無戸籍のまま逃げ隠れしていたことなど枚挙に暇がありません。

さらに、服部剛氏が特攻隊の授業を通して教えたいことを次のようにまとめています。

生徒たちが自己犠牲の崇高さを学びとり、現在のわが国が彼らの犠牲の上に成り立っていることへの感謝の気持ちを持ってくれればと願っています。

 服部剛『先生、日本のこと教えて:教科書が教えない社会科授業』扶桑社, 2005, p. 170

保守の方がよく言うセリフです。しかし私にはこの「感謝」という言葉の意味が解らない。「特攻隊員に感謝するというのはおかしい。哀悼にするべきだ」と知人に言ったら、「お前は何て冷たいやつだ」と言われたことがあります。しかしそうであっても「感謝」の意味が解らない。

現在のわが国が彼らの犠牲の上に成り立っている」というよく聞く主張は、全くの詭弁だと思います。特攻隊員がいてもいなくても我が国は負けていましたし、むしろ特攻隊員が生きて戦後復興に参画されていたほうが人的資源という意味でより実りある繁栄があったでしょう。そのような可能性を最初から排除して、現在日本の繁栄と、戦時下の特攻との間に因果関係を一方的に見出して「感謝」を求めるのは不可思議な話だと思います。

特攻の授業を受けた後の感想文

特攻隊員の自己犠牲の美しさと、彼らへの感謝をひたすら求める授業を受けた生徒の感想文が載っています。中には、影響を受けて戦前日本を美化したりナショナリズムに目覚めたりしてしまう生徒もいます。例をあげます。

○あんなに日本を思っている人たちがいた。今の二〇歳の人たちは、みんなとは言わないが日本独自の「大和魂」がなくなってきている。昔の人は堂々とし、颯爽とし、とても誇りに思える。現在の事件・犯罪などを考えると特攻隊の人に申し訳ないと思う。だから、自分たちが日本を救ってくれた恩義を返さなきゃいけない。とても感動した。(男子)
○なぜ、今の日本はこんなになってしまったのか? 特攻隊の人々はこんな日本にするために死んでいったのであろうか? それは絶対に違う。昔のような立派な国民と日本の自然を守るために死んでいったのだ。だから、今のような日本を私たちは変えていかなければならない。それが今の日本人の使命だと思う。(女子)

 服部剛『先生、日本のこと教えて:教科書が教えない社会科授業』扶桑社, 2005, p. 170

確かに、究極の状況に置かれた方々の遺書というものは吾々の胸を打つものがあります。だからこそ、このように生徒たちも純粋に感動する(洗脳されてしまう)のだと思います。

しかし、このような一方通行の教育をしていては、やがて特攻的自己犠牲がまるで崇高な道徳として押し付けられるようになり、国家が局限下に置かれた場合、この道徳を盾に国民が自己犠牲を強いられるのではないかと危惧しています。実際の戦争末期の日本がそうであったように。同時に特攻隊の負の側面も教えることは必須ではないでしょうか。

その他の保守教員による特攻隊授業については下記のリンクを参照ください。声の大きさに差こそあれ、その内容が同じベクトルに向いていることに気が付きます。

【トンデモ】特攻隊から道徳を教える(大角勝之「特攻隊の遺書から授業で無私を教える」『思春期に「無私」を教える道徳授業』明治図書, 2006)

2018.10.23

【トンデモ】保守による「特攻隊」の小中学校教育(長野藤夫「恥ずかしいと思わんのか」『現代教育科学』49(8), 2006)

2018.10.18

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