【トンデモ】仏壇には仏像と御真影の何れを奉るべきか?(椎尾辨匡『国体と仏教』東文堂書店, 1941)

天皇本尊論

戦時下では、日本の諸宗教が国家体制に恭順し、戦争協力に励んでいたことは夙に知られます。特に仏教は、明治に入り神道が国教的地位を確立すると、「廃仏毀釈」と呼ばれる仏教排斥運動に大変苦しめられました。

この廃仏毀釈を受けて仏教は、国家体制に恭順して従属して生き延びる道を選びます。具体的には、聖徳太子の十七条憲法を賞揚したり(第三条に仏法僧を敬えとあるからです)、これまで皇室の方々が仏教を篤く敬っていたことを強調したりして、如何に仏教が国体を翼賛するものであるのか力説しました。

しかし「神道」ではなく「仏教」である以上、礼拝の対象は「天皇」ではなく、阿弥陀仏や大日如来といった「本尊」でなければならないはずです。このような複雑な時代の中、「天皇と本尊のどちらが偉いのか?」ということが問題が議論されてくるようになります。「メロンとスイカどっちが旨いのか?」に匹敵する悪問ですが、多くの仏教者は「天皇=本尊(仏)」と回答します。例を挙げてみましょう。

現人神にまします御歴代の天皇を我等日本国民の御本尊と仰ぎ奉る事に何の問題も起こるべき筈はない。

 植竹竜山『天皇本尊論』大日本四恩会, 1937, p. 3(デジタルライブラリー

どんな形をなされてもどんな考をなされても、天皇は神聖にして侵すべからず、です。天皇陛下は神であり仏であります。これが日本の国体であります。

 暁烏敏『皇道・神道・仏道・臣道を聖徳太子十七条憲法によりて語る』香草舎, 1937, p. 129(デジタルライブラリー

日本天皇を仏として信じ得ぬものは閻浮不信のものであります。

 椎尾辨匡『共栄の大道』共生会, 1941, p. 106(デジタルライブラリー

このような教義的な再解釈を求められたのは、仏教だけではありません。キリスト教もまたキリストと天皇制が調和するように再解釈に務めました。キリスト教は、神道からのみならず、仏教側からも非国体的であると非難されています。これについては別に論じていきたいと思います。

仏壇に置くべきは仏像か御真影か?

このように外来宗教であった仏教は、廃仏毀釈や国家神道といった国家ナショナリズムの圧力に屈し、「天皇=本尊(仏)」という理解を正統教学として主張し、神道側に媚びへつらったわけです。

しかし神道側も攻撃の手を緩めません。すなわち、「天皇=本尊(仏)」ならば、そもそも本尊として仏像ではなく御真影(天皇の写真)を奉れば良いというのです。

陛下の御真影と同じやうであるといふならば、仏像をやめて御真影にしたら――斯ういふ問題が神道、軍人諸方面から段々出て居る事柄であります。

 椎尾辨匡『国体と仏教』東文堂書店, 1941, p. 188(私蔵本)

これは非常に勝れた難癖だと思います。もし「御真影ではなく仏像を奉る」と答えたならば「不敬罪だ!」となりますし、逆に「仏像をどけて御真影を奉る」となれば仏教は神道に吸収されて消滅してしまうことになります。

椎尾辨匡『国体と仏教』に説かれる天皇本尊論

浄土宗の学僧・椎尾辨匡(1876-1971)は、1941年に刊行した『国体と仏教』のなかで、この「御真影を奉るべきか?仏像を奉るべきか? 」という馬鹿々々しくも危険な難問に真面目に答えています。まず、御真影を奉ることの問題点を次のように述べます。

是等の問題は過去、仏教が極めて明瞭に考へて居た所であります。それは陛下の尊さは固より今上陛下に絶対であらせられるが、此の絶対性というものは、天地を貫くものであつて、現在の陛下の御姿に限らるゝものではない。そこで現在の陛下の御姿は現在に於ては宜しいが、前朝の御時代の時は前の御時代の方が宜しい。御代代りといふものがある。さうすれば一々本尊の御委を変えて行かなければならんといふ事になる。又さういふ事が個別性を重んずるといふ事であるが、それでは陛下の万世一系の永遠不滅の絶対性を敬い奉るさいふ事が明らかにならない。

 椎尾辨匡『国体と仏教』東文堂書店, 1941, pp. 188-189(私蔵本)

つまり、御代代わりの度に御真影を交換しては、万世一系の永久不滅の絶対性を敬うことにならないというのです。そして、仏像を奉る意義を次のように定義します。

そこで陛下を戴くのであるが、陛下を体中の御籠りとして、即ち体は同体と致して、御姿を円満無量の御姿を以て現はし、完全な御姿と信ずる事に、芸術的表現の無窮性を弥陀とか、大仏とか、毘盧遮那とかいうふもので現はすのである。それは人聞の限られた生命と、限られた御姿に片寄る事を避けるのである。

 椎尾辨匡『国体と仏教』東文堂書店, 1941, p. 189(私蔵本)

難解な日本語ですが、天皇と仏は一体であり、仏の完全な姿をもって天皇を表現しているのであるから仏像を敬うことは同時に天皇を敬うことになる。さらに、仏像には御代代わりがないので、天皇の万世一系の絶対性を敬うのに適している、という意味でしょう。

現代からすれば誠に愚問に対する愚答でしかありません。そして「天皇=本尊(仏)」という理解も、複雑な時代背景のもとに生まれた珍説でしかありません。しかし、当時の統制社会の中では、このような議論すら真剣に交わす必要があったという事実を踏まえるならば、近現代史を語る有益な一視点になるのではないでしょうか?

まとめ

このようにファシズム下の日本仏教では、天皇と本尊(仏)の優劣問題が取り上げられ、「御真影を奉るべきか?仏像を奉るべきか? 」 という問題すら生み出し、「天皇と仏は一体である」という珍説を生み出すことになりました。しかし、このような天皇制に完全に従属した仏教解釈は、敗戦とともに滅び去ることになり、現代ではむしろ権力迎合の末路として批判されています。2600年もの長きにわたり続いたきたはずの普遍的価値を持つはずの仏教思想が、外圧でいともたやすく変容してしまう格好の例でしょう。

なお、戦時期仏教における特攻賛美については下記のリンクをご参照ください。

【トンデモ】坊主「特攻で死ぬことが仏道修行!」(浄土宗宗報1945.1-2)

2018.10.25

コメントを残す