歴史はどの様に語られるべきか:記紀神話・魏志倭人伝と歴史

戦前歴史教科書における記紀神話

昨今の「歴史」をめぐる言説を見ていると、歴史のうちに神話を入れようとする傾向が確認されます。たとえば竹田恒泰氏や百田尚樹氏が著した歴史概説書では、純粋な歴史的記述のみならず、『日本書紀』や『古事記』に説かれるいわゆる記紀神話が冒頭に置かれます。

この動きには保守思想的なイデオロギーが背景にあります。万世一系を主張する皇室は、血統書の上では記紀神話にまで遡ります。この神話にまで遡りえることが皇室の権威と正統性を保証する一要素になっています。ですから、戦前の歴史(国史)教科書では、まず冒頭で記紀神話が語られます。たとえば『尋常小学国史』では、天照大神から歴史が始まります。

ところが1945年に敗戦を迎えると、このような国体的記述は削除されてしまいます。CIE(民間情報教育局)の管轄の下、1946年に刊行された『くにのあゆみ』では、その冒頭部は石器時代から始まり、記紀神話は削除されています。

つまり戦後の歴史教科書は、神話的記述よりも考古学的・実証的・客観性記述を重んずる傾向になり、それが現代の歴史教科書にも続いています。

戦後における記紀神話復活の動き

この様に終戦を挟んで、歴史(国史)教科書は大きく変貌しました。この変貌が占領軍の手動であったため、「中等学校の卒業生にして自国の古典を知らぬ民族は例外なく滅ぶ」という出典元不明のトインビーの格言が引用されながら、「民族の神話を奪われた」だの「日本神話を知らなくなったことは、日本の危機であると考えなくてはなりません」だの陰謀論を吹聴しながら、記紀神話を再び歴史の中に入れようとする動きがあります。

このムーブメントの中で注目すべき初期の胎動は、「新しい教科書をつくる会」で主導的な役割を果たした西尾幹二『国民の歴史』(産経新聞社, 1999)でしょう。そのなかで西尾氏は、「歴史と神話の等価値」であるとか、「すべての歴史は神話である」とか、「神話と歴史の境めが曖昧」とか主張して、記紀神話の歴史性を主張しています。

記紀神話と魏志倭人伝

しかし、記紀神話を歴史教科書に入れるとするならば、『魏志倭人伝』に説かれる邪馬台国や卑弥呼はどうなるのか、という問題が生じます。現行の歴史教科書で現れる最初の固有名詞は神武天皇ではなく、邪馬台国の卑弥呼です。『魏志倭人伝』によれば卑弥呼は239年~247年前後の人物であると考えられ、記紀に基づく「国史」に従えば崇神天皇の代です。しかし日本側の伝承・資料のうちに「卑弥呼」に関する記録が残っていないため、これをどの様に「国史」の中に位置づけるべきかが問題となります。この問題を解決するために、卑弥呼=天照大神説など、古来様々な解釈が生まれてきましたが、説得的なものは何一つありません。

これを受けてか西尾氏は、卑弥呼と記紀神話の調和を放棄して、『魏志倭人伝』は「歴史の廃墟」であり歴史資料に値しないと主張します。しかしその根拠は「中身のなさに失望する」とか、「自分を中心に考える中国人の…センスは、隣国の記録を不正確にする」とか、「魏の使節による「目撃者の証言」は検証に値するかどうかもわからないほどに不確かで、当てにならない」とか主観的な思い込みや一方的な決めつけであったりします。

考え方によっては、善意的解釈によって誇張されている記紀神話よりも、客観的に冷淡に記されている『魏志倭人伝』の記述のほうが歴史性が高いという資料論もあり得るはずです。しかしその様な可能性は考慮されません。

なにより上記で西尾氏が挙げている『魏志倭人伝』への難癖は、そっくりそのまま記紀神話にも適用され得るものです。たとえば記紀の古代天皇の年齢は『日本書紀』と『古事記』の間で齟齬があり、さらに長寿すぎます。たとえば第10代崇神天皇は『日本書紀』で119歳、『古事記』で168歳となっています。したがって記紀における「目撃者の証言」は、『魏志倭人伝』以上に検証に値するかどうかもわからないほどに不確かで、当てにならないとも評価可能です。

歴史とイデオロギー

このように『魏志倭人伝』の歴史的価値に対する西尾氏の論難は、客観的でも説得的でもありません。結局、最後の部分で、西尾氏は主観によって『魏志倭人伝』を歴史資料から外します。

ことごとく資料でないものはない。『魏志倭人伝』もそのかぎりでは排除されない。けれども、歪曲はただちに見破られなくてはならないし、卑小はたえず評価され、排斥されなければならない。そしてくりかえし立ち戻っていく世界は、読むに値する言語の世界である。『古事記』や『万葉集』は読むたびごとにわれわれに困難を与え、そのつど新しい諸相を見せてくれる世界である。

 西尾幹二『国民の歴史』産経新聞社, 1999, p. 155

つまり、西尾氏にとって『古事記』『万葉集』は読むに値するので歴史資料として採用するが、『魏志倭人伝』は読むに値しないので採用しないという論法です。ではなぜ『魏志倭人伝』は読むに値しないのか。その理由を西尾氏は簡潔に次のように吐露します。

たかが二千字の「歴史の廃虚」によって、わが国の古代主権の位置と年代がぐらぐら揺れるような情けない状況とはもうさっぱり手を切りたい。……。戦後後遺症を今なお癒せないこの国の知性の歪みにももうおさらばしたい。
国の起源の問題が『魏志倭人伝』の存在に無意味にしばられているという現在の状況に、本稿によって少しでも読者の注意を向けることができたら幸いである。

 西尾幹二『国民の歴史』産経新聞社, 1999, p. 172

結局、西尾氏にとっての歴史問題とは、事実の探求ではなく、戦前的なイデオロギーの復活が主要な論点であることは明らかでしょう。西尾氏にとって『魏志倭人伝』を排除したい理由は、その歴史的信憑性の問題からではなく、イデオロギー上の不一致が主要な要因なのです。

まとめ

このように西尾氏が提示する「歴史」とは、戦前的イデオロギーによって解釈された「物語」です。確かにポストモダン哲学者たちは「歴史とは物語である」とか「歴史とは現代文学である」とか主張しています。しかし現代に記された「物語」が、過去に起きた「歴史」であってよいのでしょうか。

百田尚樹氏の『日本国紀』(幻冬舎, 2018)も「抒情詩」と銘打たれた歴史書です。読者はこれを「物語」として議論するのか、それとも「歴史書」として議論するのか楽しみです。

*なお、最後に一言。西尾氏は『魏志倭人伝』を「歴史の廃虚」などと極めて低く評価し、読む価値が無い虚偽の塊の如く扱っていますが、この言説には問題があり、加えて正しくない。『魏志倭人伝』ほどプロから素人まで歴史好きのロマンを掻き立てた資料はなかなかありません。一方的な主観で資料の価値を決めつけることは。文献を扱う者にあってはならないことです。

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