【トンデモ】特攻隊から道徳を教える(大角勝之「特攻隊の遺書から授業で無私を教える」『思春期に「無私」を教える道徳授業』明治図書, 2006)

TOSSと道徳教育

TOSS教育は「道徳」の授業に多大な力を注いでいて、明治図書から様々な書籍が刊行されています。それらの書籍を読むと、妙に戦前回帰傾向が強いことに気が付かされます。道徳を語るのに、愛国心やら、教育勅語やら、BC級戦犯や特攻隊の遺書やらが頻出します。

TOSS教育のなかでも長野藤夫先生の活躍は群を抜いており、様々な論文、著書、編著を明治図書より出版しています。その中でも本記事では、長野藤夫編著『思春期に「無私」を教える道徳教育』(明治図書, 2006)に収載される、大角勝之「特攻隊の遺書から無私を教える」を取り上げたいと思います。

「特攻」は「無私」で道徳か

本書の「まえがき」に、本書の全体像を総括する文章が長野氏によって著されています。

無 私

幕末・維新の志士たちは、程度の差はあれ、常に天下国家を考えていた。そこには「私」の入り込む余地はなかった。もしそうであったなら、わが日本は西洋諸国の餌食になっていたはずである。特攻隊も然り。私心あらば、命を投げ出せるはずがない。
だからこそ
そのような「無私」を中学生に教えなければならないのだ。

あいかわらず長野氏一流の決めつけが目につきます。ここでは無私という道徳の例として「幕末・維新の志士」と「特攻隊」とを取り上げ、「彼が常に天下国家のことを考えていて、私心を抱かず、命を投げ出した」と評価しています。道徳を語るのに「無私」という非常に意味の強い言葉を用い、さらにそれを天下国家のために命を投げ出した例を取り上げて褒め称えるところに、非常に極端な道徳観が感じられます。(もちろん私がこう感じるのは、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムによって洗脳されたせいでしょう)

特攻隊の遺書は、家族や恋人にあてたものも数多く含まれていましたが、その様な事実は等閑に付されています。このような一方的な価値観で、特攻隊の意義を憶断することは、その実態を歪めることになるのではないでしょうか。

特攻隊員は「静かに落ち着いて、潔く」特攻した

大角勝之「特攻隊の授業で無私を教える」では、特攻隊を用いた具体的な授業のモデルが提示されています。この授業を通して、大角氏が強調していることは次の二の要点に集約されます。

  1. 特攻隊員は「静かに落ち着いて、潔く」特攻した
  2. 特攻隊員は「国」のために特攻した

まず第一の要点についてまとめます。まず大角氏は、特攻隊についてNHKのドキュメンタリーを生徒たちに見せた後、次のように問いかけます。

発問二 もし、今、戦争が起こって、皆さんがこのような作戦に参加するとしたら、どう思いますか。

指名。否定的な意見が多いであろう。

説明四 一方、攻撃されたアメリカ側は、このような攻撃が信じられず、いろいろ憶測したそうです。
隊員は鎖で操縦席に縛り付けられていたとか、麻薬を射(ママ)ったり酔っ払って神経を麻痺させていたとか気が狂った国粋主義者だった、などです。
説明五 彼らは、出撃の前に遺書を書きました。自分の心境を書き残したのです。
彼らは、本当に気が狂っていたのか、それとも落ち着いていたのか。あるいはやけくそだったのか。
指示二 遺書を読みます。彼らどんな心境だったのか考えながら読みましょう。

ここで「ただ命を待つだけの軽い心境である」から始まり「今限りなく美しい祖国に、わが清き生命を捧げ得ることに大きな誇りと喜びを感ずる」で終わる市島保男海軍大尉の遺言が読み上げられ、生徒たちは次のように指示されるという。

発問三 彼らはどんな心境だったのですか。

当然、生徒たちは「落ち着いていたという意見」になるでしょうし、大角氏もそう記しています。特攻隊に関する資料・研究は膨大にありますが、その中からあえてこの遺言書を選んで、特攻隊全体を定義しようとする手法に疑問を感じます。主語と述語の範囲を極限まで拡大する昨今の保守テクニックがここにも確認されます。

この後もいくつかの特攻隊の遺書を紹介し、それを通して大角氏は生徒たちに次の点に気づかせたいと述べます。

特攻隊員たちは、静かに落ち着いていて、潔ささえ感じられることに気付かせたい。自分たちの意識とギャップがあることに気付いてほしい。

そりゃ先生がそういう結論に行きつく資料しか提示していないのですから、その授業の中ではそういう結論にしかならないでしょう。しかし特攻隊には醜い負の部分も多くあることは事実です。そういった両面を教えてこそ、はじめて批判的かつ客観的な授業になるのではないでしょうか。

特攻隊員は「国」のために特攻した

さらに大角氏は、複数の遺書を紹介しながら、特攻隊員が他ならぬ「国」のために死んでいったことを主張します。

発問四 彼らが命に代えて守ろうとしたものは何だと思いますか?
指示五 予想して、ノートに書きなさい。二つ、三つ書いてもいいです。

指名
 ・家族 ・子供 ・両親 ・国 などが出るであろう。

説明七 彼らが詠んだ歌を紹介します。
 ・人知れず海の藻屑と消ゆるとも国の為に惜しまざりけり
 ・数ならぬ身にはあれども国のため捧げまつらむ空のまもりに
 ・身も魂も皇国(すめらみくに)のものにして割れという字は在りてなきもの
発問五 もう一度聞きます。彼らが命に代えて守ろうとしたものは、何ですか。

 国です。

説明八 今の日本は平和な国です。今日の繁栄を隊員たちは願っていたと思います。特攻という作戦はいい作戦ではなかったかもしれません。しかし、この作戦でアメリカ軍は本土上陸をあきらめたとも言われています。特攻での日本の戦死者は約6000名。自らの命と引き換えにこの国を守った人たちがいたことを、私たちは忘れてはいけないのです。


強烈な決めつけと誘導尋問に呆れてものも言えません。

特攻隊の遺書の多くは家族や両親、恋人にあてたものでしたが、それらを等閑に付して、お国ために詠ったものだけを取り上げてしまっているところに強力なイデオロギーを感じずにはいられません。もちろん特攻隊の中には、命に代えて「国」を守ろうとした人もいるでしょうし、実際そういった遺書も残されています。しかし同時に、彼らは「家族」「両親」「恋人」も守ろうとしていたことも教えるべきです。

そして、「特攻隊のおかげで今日の平和と繁栄がある、彼らのお蔭でこの国が護られた」という言説はやや詭弁がましく聞こえます。違う可能性も、具体的には、6000人が特攻によって命を失われることなく、戦後日本の再建に尽力できていてれば、より豊かな今日があった可能性にも言及すべきではないでしょうか。

まとめ

本授業の内容を要約すれば「特攻隊は、落ち着いて潔く、国の為に死んでいった」ことが「無私」の道徳であるという点です。これが果たして道徳なのかどうかは見解が分かれることでしょう。

なお、同じTOSS教育における特攻賛美については以下の記事をご参照ください。

【トンデモ】保守による「特攻隊」の小中学校教育(長野藤夫「恥ずかしいと思わんのか」『現代教育科学』49(8), 2006)

2018.10.18


2 件のコメント

  • 特攻のおかげでアメリカが本土上陸を諦めたとか、全くの出鱈目ですね。
    アメリカは日本がポツダム宣言を受諾しなければ
    同年の秋に南九州上陸作戦を発動する予定だったのに。
    特攻隊の遺書だって上官の検閲を受けているから
    模範的なことや当たり障りのないことしか書けなかった点を無視しすぎです。
    この教師がやっていることは、結局かつての日本がしていたことと同じ。
    情報統制により思想を操作しようとしているだけですね。

    • 仰る通り現実を見ていないというか、夢想的というか。
      中学の道徳で生き死にの話を取り上げるというのは、問題的であると思います。

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