【3%超え】Wikipediaなどからのコピペ量を計算してみた【日本コピペ紀】

百田直樹氏のコピペ自白顛末

昨日(2018.11.20)の朝、虎ノ門ニュースで突然、Wikipedia無断引用を告白された百田尚樹氏が、本日になってツイッター上で、つぎのように【拡散希望】しています。

またその後、次のようにも。

分量が少ないからセーフだろう論を展開しています。自らの誤りを認めたのにもかかわらず、その誤りを矮小化する行いはあまり道徳的とは言えないでしょう。

ところでこのツイートでは500頁中の1頁だと言っています。計算しましたが、『日本国紀』は1頁あたり42文字×17行=714文字となります。果たして百田氏の申告どおり1頁内、もしくは1%内にコピペはおさまるのでしょうか? そこで、これまで明らかになっているコピペ量を計算してみました。

Wikipediaからの転載改変量

これまで検討してきた個別例(リンク)を総括し、『日本国紀』においてWikipediaから転載し改変したと疑われる箇所がどれほどあるかまとめると次のようになります。

Wikipediaとの一致箇所分量
徳川家茂169文字
岩倉具視104文字
朝鮮出兵93文字
柴五郎258文字
琉球104文字
わび・さび222文字
南京事件107文字
北条早雲92文字
日の丸220文字
徳川家綱255文字
徳川綱吉206文字
徳川家重135文字
荻原重秀188文字
楠木正成
182文字
古市公威191文字
中独合作118文字
ジョン万次郎1540文字
ファン・カッテンディーケ65文字
鍋島直正151文字
紫式部65文字
長岡京
132文字
対華二十一カ条要求82文字
第一次歴史教科書問題863文字
江戸の火事228文字
農地改革146文字
大津浜事件・宝島事件・異国船打払令582文字
関孝和106文字
小栗忠順804文字
合計7505文字

よって、指摘されている箇所を合算すると11頁分以上はWikipediaからコピペ改変していたことになります。またWikipediaのみならず新聞記事やその他書籍との一致も明らかとなっています。それらの分量も相当なものです。

Wikipedia以外の媒体との一致分量
仁徳天皇①489文字
仁徳天皇②291文字
織田信長・明智光秀256文字
豊臣秀吉212文字
万延元年遣米使節841文字
ジョン万次郎62文字
プラモート氏発言
230文字
イザベラ・バード234文字
靖国神社137文字
ヴァリニャーノ53文字
バー・モウ発言281文字
合計3086文字

この他の細かい一致なども合算すれば、現時点で判明している限りでは『日本国紀』500頁のうち、およそ15頁(3%)がコピペ改変であると推測されます。これは字数のみの単純計算で、改行などを考慮すればこの数は容易に増えます。また、今後も新たな一致箇所が発見されれば、この数はさらに増えることになります。

【日本コピペ紀】Wikipediaやウェブサイトなどとの類似表現報告まとめ【日の丸すら】

2018年11月16日

自分でもどれだけコピペしたのか解っていない状況?

ところでWikipediaだけでも少なくとも11頁(2.2%)以上の無断転載・改変が指摘されているにもかかわらず、百田氏が当初は「ウィキから引用したものは、全体(500頁)の中の1頁分にも満たない」と公言し、すぐさま「全体の1%にも満たないwikiからの引用」と再定義していることは驚きです。

つまり、恐らく百田氏は自分でもどれくらいコピペしたのか解らない状態なのだと推測されます。

なお、無断転載などが確認され場合、回収・絶版とされる場合が多いようです。

【日本国紀】幻冬舎への公開質問状【百田尚樹】

2018年11月21日

【まとめ】百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)の関連記事まとめ

2018年11月17日


30 件のコメント

  • そもそも本の中に参考文献として表記してない時点で違法だし、
    ましてや誰でも編集できるWikipediaを「正規の資料」と認識してる時点で、
    百田尚樹のオツムのレベルが知れてるんだよな。

  • ありえない。ツイッターで見ただけだが、ボクシングの小説でもWikipediaからコピペしていたらしい。しかも間違った情報。他にも余罪あるかもね。

  • きめ細かな検証ありがとうございます。ネット時代だからできる素晴らしい成果です。
    今後も期待しています。
    ぜひ廃刊まで頑張って下さい。
    廃刊までいっても本人は反省できる人格など持ち合わせていないけど、社会は理解します。

  • 自分で「ウィキから引用」と書いてますね。だとしたら、出典を明記しないのは、完全なルール違反です。また、引用の場合、テキストを変更してはいけないし、引用箇所を「」で囲うなど、引用とわかるようにするのがルール。作家と自称しながら、著作権のことがわかってないですね……。

  • 百田さんや谷田川さんは、何か巨悪な組織により、自分たち(谷田川さんは入れられたくない?)が叫ぶ真実がもみ消されようとしているという映画にありがちなストーリーに仕立てあげたいようですね。
    でもこれってもっと単純な話です。おでんツンツン男とかにみんな怒ってたじゃないですか。ルール違反して、なお開き直ってるから叩かれる。難しい話じゃないし、小中学生でも「それはだめだ」って言えること。
    子供に指摘されても右か!左か!なんて話に展開するのでしょうか?

  • どっかの素人がホームページ作る時に無断転載しちゃったとかなら「重箱のすみ」的な反論はわからなくもないよ?何にも知らない人がやっちゃったんだからあんまり叩かないであげようよって同情的な意見もわからなくはない。
    でも、百田さん有本さん谷田川さんってプロじゃないの?本業なんじゃないの?プロとは思えないあまりに見苦しい言い訳ばかりで本当にがっかり。プロだからこそ著作権など権利絡みについては特に高い意識を持ってるものだと思い込んでた。もしかして日本の出版業界全体がこんな一般人にも劣る倫理観なのかと心配になる。

  • たった2%ですか。しかも、内容に誤りが多いわけでは無いのですね。本の面白さからして問題にならないレベルと私は思います。検証おつかれさまです。特に、無償で校正されている事には、頭が下がります。

    • >2018年12月5日 1:34 PM の匿名さんへ

      「面白ければルール違反しててもイイじゃん、」という貴方のスタンスは全く感心できませんね。『日本国紀』で紹介されている、善良で・盗みを憎み・何よりも名誉を重んじた――という16世紀の日本人像ともかけ離れていますね。

      それはさて置き、コピペ問題に隠れがちですが「内容」についても誤りが大変多い本だと思いますよ。コピペ箇所のようにパーセンテージで示すことは私にはできませんが、日付や場所の間違い・人物の取り違え・存在しない物や誤った知識の紹介…等、このブログはもちろん検証に参加してる方々のSNSやまとめサイトなどを追えば沢山出てるじゃないですか。

      最新版(5刷)では訂正された…つまりは著者も認めた代表的な例を挙げると、「フランシスコ・ザビエル」の書いた手紙を当初は「ルイス・フロイス」のものとしていたり、イスラエル建国の功労者としてゴールデンブックという「記念碑」に杉原千畝の名が刻まれていると紹介したり。(実際のゴールデンブックは「碑」でなく文字通り「Book(名簿)」で、杉原千畝は載ってないそうです。)まともな資料を調べていたらあり得ないレベルの間違いが多々あるようです。

      さて、擁護派としては如何なさいますか? 「面白ければ内容がデタラメでもイイ !」にまで防衛ラインを引き下げられませんよう願うばかりです。

  • たったの3%ですか?論壇netさんはもっとコピペをしているように見えます。
    百田さんのコピペはダメで自分のはOKなのですか?
    櫻井よしこ氏は虎ノ門ニュースで日本国憲法はコピペだと言っています。
    どうして百田さんだけ非難するのでしょうか?
    武田邦彦先生からの引用文を示しておきます。
    ”原則: 学問で得られた結果は人類共通の財産だから、だれがどういう形で利用しても構わない。つまり「コピペは自由」で、良いことである。なぜ「良いか」というと、人類共通の財産を積極的に使うことを推奨しているからこそ、人類共通なのだから。

    例外: 学問で得られた結果のうち人類共通の財産にしない場合として知的所有権が定められていて、1)著作権(創造物に適応)、2)特許権、3)意匠権、商標権など、がある。
    もともと人間が生み出した知的なものは「人類共通の財産」として誰でも使えたのだが、18世紀になってイギリスで著作権が生まれ、続いて特許権も登場した。特許権は、「本来は発明はみんなで利用しても良いのだが、そうすると発明の意欲がなくなるので、「審査をして期限を区切って」権利を与える」という概念で、これは今でも変わっていない。”

      • 私は論壇ネットさんに倫理を言っているのです。百田さんがどれほど悪いことをしたのでしょうか?
        百田さんを非難しても、「日本国紀」は60万部を超えて、「副読本」も良く売れています。
        虚しいことだと思いませんか?

      • 管理人様へ
        何を学習すれば良いのですか?著作権法ですか?
        あなたは著作権法を学習しましたか?
        罪のない人を非難してはいけないと言っているのです。

  • そもそもWikipediaには著作権はあるのでしょうか?つまり著作物なのでしょうか?
    著作権法第10条は、
    ”この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
    一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
    二 音楽の著作物
    三 舞踊又は無言劇の著作物
    四 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
    五 建築の著作物
    六 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
    七 映画の著作物
    八 写真の著作物
    九 プログラムの著作物”
    となっていてWikipediaはどの項目にも該当しません。
    一方、「日本国紀」は「一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物」に該当します。
    つまり「日本国紀」は著作物なので著作権が存在します。

  •  「論壇net」に投稿されたどなたかが、ここまで読者が「日本国紀」に関心を示し、チェックして間違いを懇切丁寧に示す本は今までにないと記していました。私も同感です。百田氏ファンであろうが、アンチ百田氏であろうが、これほど多くの読者が、悪意があるなしに関わらず、関心を抱いていることに驚いています。現在の不安な社会世相を映し出しているのでしょう。
     百田氏の歴史観を再確認するために「日本国紀」を読みました。私の歴史観とは違いますが、歴史への見方には各自の見方や見解、認識があるのですから、それはそれで良いと思います。ただ、ウィキペディアやほかの書物、インターネットからのコピペが多数あると考えられること自体、百田氏の人間性と著作権に絡んでいるだけに深刻です。誰が考えても 仁徳天皇の話の箇所は真木嘉裕さんからの引用です。事実、百田さんと編集者の有本さんは後の版で修正しています。しかし正誤表を出していない。そのほかに誤りが多数あるにもかかわらず、正誤表を出していない。また「註」を出していない。どこから引用したかを明確にしていない。少なくとも本を書く義務として、筆者はそれをしなければならないと思います。
     本当は「註」のほかに「参考文献」や「索引」も記さなければなりませんが、百田氏は学問的な歴史書籍ではないと公言している(事実そう思います)ようですので、「参考文献」や「索引」まで記すように要請することはできません。しかし少なくとも「どこから引用したのか」を明確にするのが筆者の最低のモラルではないかと思います。
     百田氏は2017年に同じ考えの外国人識者との対談がきっかけで「日本国紀」を書こうと決意したと自身のブログで書かれています。それから1年間という短い時間で2000年の日本史を書かれ上梓したこと自体、僕には驚きです。別の言い方をすれば、何かを下敷きにして書く以外に時間がなかったと推察します。無理があったということでしょう。
     百田氏が日本人に日本史を好きにさせる書籍を書きたかったのなら、時間をかけるべきでした。2000年という長い時を書くには普通7~8年の時間が必要だったのではないでしょうか。別の言い方をすれば、百田氏は日本史を軽く見ていた、本当に愛してはいなかったと言われてもしかたがありません。日本史を愛すると言うことは、できるだけ原本の史料に近づいて、事実を究明する態度ではないでしょうか。
     明治時代に日本を訪れたイザベラ・バードについての記述があるが、それを記した原本「Unbeaten Trucks in Japan(邦訳は日本紀行」を読んでいれば、読者に文言で批判される問題はなかった。百田氏が原本を読めむことができなければ、友人に英語を読める人もいるのではないのか。原本はUKのアマゾンで復刻版として販売されています。
     百田氏は「日本国紀」(1版)のP278~290で幕末から明治にかけて訪日したヨーロッパ人の話を紹介し、「日本の民衆の正直さと誠実さである」と記しています。私は書籍「逝きし日の面影」などを読み、日本人が祖先からその美徳を受け継いできたことに誇りを感じてきました。
     百田氏が「日本国紀」で日本と日本人の美徳をたたえるのなら、自らも率先してそうしてほしいです。まだ間に合います。訂正するのは一時の恥。訂正しないで沈黙し続け、間違いを指摘した読者に反論するのは一生の恥ではないでしょうか。

  • 著作権の点だけ取り上げて「百田は悪くない! 面白いからいい!よく売れてるからいい!」って喚いているオモロイやつがいるな。
    そして、管理人は倫理観がないと非難するw
    倫理観が全くないから百田が批判されてんだろうに、そんなことも気づけないのか。
    批判する側には倫理観が必要なのは分かる。ネトウヨや水田が得意げにやる事実と異なる批判デマなんかは倫理観が全くないからな。
    だが、批判される側は倫理観は持ってなくてもどうでもいいなんてバカな話があるか。
    少なくとも批判されたら正しく反論するためには同程度の倫理観(というか公正さ)がなきゃいかんだろ。
    本当にどうなってんだ、百田といい擁護者といい、本当に倫理観がない。

  • 匿名 にコメントする コメントをキャンセル

    メールアドレスの入力は任意です。(公開されることはありません)

    このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください