「雅子さま叩きは反日左翼」竹田恒泰氏が西尾幹二氏を一蹴

雅子さま叩き

現在、週刊誌などでは小室圭問題に絡み秋篠宮家が批判にさらされています。ネット上などでは、秋篠宮家廃絶を叫ぶ声まで聞こえるほどです。

しかし歴史を振り返ってみると、秋篠宮家叩きというのはここ数年の現象であり、むしろ東宮家が批判の的にされてきました。その原因は、究極的には雅子さまが御世継ぎとなる男子をお生みにならなかったことに由来し、そこから派生して雅子さまの人格を否定するような罵詈雑言の批判が繰り広げられるようになりました。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ではありませんが、雅子さまのありとあらゆる要素がバッシングの対象となりました。高学歴であること、官僚であること、リベラル的一家の出身であること、などなど。あまりにバッシングが酷かったため、雅子さまは適応障害で公務に出られなくなり、さらにそのことがバッシングの生むことになりました。負のスパイラルとはこういうことでしょう。

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2019年3月10日

西尾幹二氏の雅子さま叩き

こんな流れを受けて発表されたのが、西尾幹二氏が『WiLL』(2008.5号)に投稿した論考「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」です。大反響を呼び、同年10月号まで延々と同テーマの論考が掲載される続けています。

端的に言ってその内容は、皇太子殿下に語り掛ける体で、雅子さまについて「学歴主義と高級官僚の家系が「反近代」の天皇家とクロスしたがゆえに起こった例外的な災厄であ」ると結論付けたものです。暗に皇室から追い出して小和田家に引き取らせろと言っています

また雅子さまの適応障害を「自分の権利だけはことこまかに主張する“わがまま病”」などと位置づけ、宮中祭祀に参加できないことを亡国の兆しであるかのように吹聴するなどもしており、現在ネットで目にすることのできる雅子さま叩きのほぼ全要素が詰め込まれています。

この論考が発表された2008年当時は、雅子さまバッシング絶頂期だったため、この西尾氏の論考に共感した人が多かったようです。『WiLL』には読者感想の特集も設けられ、次のようなコメントが多数紹介されています。

■国母は無理です
雅子さんは御公務を何と思っていらっしゃるのでしょう。ご養育係が三人もいらっしゃる愛子様の子育てとグルメとショッピングと乗馬等、個人的お楽しみで手一杯で祭杷は一切拒否では、ひどすぎます。それともご自分のお楽しみも治療の一環と言えば国民は納得するとでも思っているのでしょうか。雅子さんは祭祀に合理性を見出せないと何処かで読みましたが、こちらこそ雅子さんの御振る舞いに何の合理性も見出せません。分かる事は、雅子さんには国民が望む皇太子妃としての立場が理解できず、理解が出来ないのですから覚悟も出来ず、覚悟が無いのですから期待しても無駄という事。国母は無理です。(WiLLブログ・加奈子・40代)

竹田恒泰氏の反旗

この雅子さまバッシング一色の状況に異を唱えたのが、当時まだ保守論客駆け出しだった竹田恒泰氏です。今回は、この竹田氏の西尾批判論文「西尾幹二さんに敢えて注告します これでは「朝敵」といわれても……」『WiLL』(2008.7号)を検討していきたいと思います。

竹田氏は、旧皇族に連なる出身ということもあり、皇族に対しては一切批判しないという極めて保守的な姿勢を貫いています。よって竹田氏にしてみれば、この西尾氏の論考は「保守を装った左派の論文」であり、その内容についても

妄想から始まり展開する論は、どこまで行っても妄想でしかない。西尾論文は妄想から始まり妄想に終始している。

竹田恒泰「西尾幹二さんに敢えて注告します これでは「朝敵」といわれても……」『WiLL』(2008.7号)

と極めて辛辣です。

雅子さまが反日左翼?

まず、雅子さまが反日左翼だという西尾氏の所論に対しては次のように反論しています。

東宮妃殿下の父親でいらっしゃる小和田恆氏が【進歩主義的反日思想の持ち主であることは紛れもない】ということ、そして東宮妃殿下が足繁く出向かれる【国連大学は反日左翼イデオローグの集会の場と聞いている】ということのみである。
しかも、この二つの理由も全く根拠が示されていない。外務省出身者が全員反日左翼というのは余りに短絡的である。現職の外務省官僚や大使には旧皇族出身者もいる。彼らも反日左翼なのか。また、国連大学が反日左翼の集会場であるというが、まともな取材もせず、ただ【聞いている】というのは余りに投げやりではいだろうか。もの書きなら、主張の根拠について、取材して裏を取るべきだ。
この程度の根拠から東宮妃殿下を反日左翼と決め付けてしまうのは、明らかに議論の飛躍である。それだけではない。【それが皇太子妃殿下の心に宿る「倣慢」の罪に由来すると見た】というのもただの妄想だろう。西尾氏は殿下の一体何を見、知っているのか。論文に示された根拠は全て根も葉もない噂話の領域を出ていない。

竹田恒泰「西尾幹二さんに敢えて注告します これでは「朝敵」といわれても……」『WiLL』(2008.7号)

極めて妥当な反論でしょう。

竹田氏と言えば、根拠のないヘイト発言を余りに短絡的にしたりするのですが、今回の皇室問題についてはかなり常識的であるような感を受けます。旧皇族に連なる「血」が彼をそうさせているのでしょうか?

適応障害

また、雅子さまの適応障害を“わがまま病”と一蹴する西尾氏の所論について、竹田氏は次のように反論。

西尾氏は、【「適応障害」というのは三十歳代のエリート社員に多い一種のわがまま病】だという。これは【知人の医師に感想を尋ねた】【この病名に関する一般論】というが、これは良識ある医師の見解からはかけ離れたものである。
ただのわがまま病であれば家の族の問題であり、病気ではない。しかし適応障害は立派な精神疾患であり、それを個人のわがままであると決め付けるのは、病気への知識と配慮に欠ける。日本社会には適応障害に苦しむ患者が多数いるが、【人間としての落第点がつくだけの話】などという西尾氏の発言はこれらの患者を冒涜するものである。

竹田恒泰「西尾幹二さんに敢えて注告します これでは「朝敵」といわれても……」『WiLL』(2008.7号)

これについても竹田氏は極めて合理的な正論を述べていると思います。

「適応障害」など精神の病について、時間とともに国民の理解が深まると共に、西尾氏と同じように考える人は少なくなってきたような気がします。また「このような苦悩する姿こそが、国民の共感を呼ぶのではないか?」という意見もあります。

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2019年2月27日

皇后は「祭り主」ではない

そして、適応障害ゆえに雅子さまが宮中祭祀を休むことを「異様な事態」と表現する西尾氏についても、次のように批判します。

西尾氏は東宮妃殿下が宮中祭祀を長らくお休みになっていらっしゃることについて、イデオロギーの話を持ち出して、【妃殿下のご病状が不透明なままに第一二六代の天皇陛下が誕生し、皇后陛下のご病気の名において皇室は何をしてもいいし何をしなくてもいい、という身勝手な(中略)異様な事態が現出することを私はひたすら恐怖している】という。

確かに、宮中祭記は重要である。先述したとおり、天皇の本質は「祭り主」であり、祈る存在こそが本当の天皇のお姿である。しかし、それは天皇の話であって皇后や東宮妃の本質は「祭り主」ではない。

竹田恒泰「西尾幹二さんに敢えて注告します これでは「朝敵」といわれても……」『WiLL』(2008.7号)

私はこの問題については詳しくないので是非は憶断できませんが、合理的な考え方ではあると思います。もちろん参加されることに超したことは無いのでしょうが……。

またさらに興味深い発言が続きます。

また、歴史的に宮中祭記に携わらなかった皇后はいくらでも例がある。少なくとも皇后の名において行われる祭杷はなく、幕末までは皇后が祭祀に参加しないことが通例だった。そもそも皇后の役割は宮中祭祀ではない。まして東宮妃であれば尚更である。

東宮妃殿下には一刻も早くご不例を癒し給うことを私は望むが、もし皇后になられたときまだご病気であらせられれば、無理に宮中祭祀にお出ましいただく必要はない。またそれによって天皇の本質が変化することもない。将来皇后が祭記に参加されないなどの【身勝手な】【異様な事態】が生じたら、【天皇制度の廃棄に賛成するかもしれない】という西尾論文の結論は、妄想の上に妄想を繰り返した身勝手な見解であろう。

竹田恒泰「西尾幹二さんに敢えて注告します これでは「朝敵」といわれても……」『WiLL』(2008.7号)

この様な見解はあまり知れ渡っていないように思えます。

御代替わりが間近に控え、雅子さまがどの様に公務や宮中祭祀に関わっていくのかを判断する上で指針の一つになるのではないでしょうか?

皇太子殿下で大丈夫

また雅子さまと同様に、皇太子殿下も廃嫡すべきというような批判を常に浴びてきました。これについて竹田氏は次のように述べています。

将来天皇になられる東宮殿下・秋篠宮殿下・秋篠若宮殿下のお三方が、天皇の本質である「祭り主」を全うされればそれで皇室は安泰であるはずだ。東宮妃殿下に反日左翼のレッテルを貼り付け、身勝手な振る舞いが皇室を破滅に追い込むとの西尾論文の主張は、本質から完全に外れた論であろう。

また、東宮殿下が将来立派な天皇になられることについても、私は聊かの心配もしていない。天皇陛下が即位あそばした直後、巷には一部「新帝で大丈夫か」といった心ない記事も見えたが、今はそのように書く人はいない。しかし、新帝は歴代天皇の鏡というべき立派な天皇におなりあそばした。……
東宮殿下も将来三種の神器をお持ちになり、即位礼と大嘗祭を済ませられて天皇になられ、葦津珍彦がいうように「神に接近し、皇祖神の神意に相通じ」れば、今上さまと同様、必ず立派な天皇におなりあそばすと私は思う。

竹田恒泰「西尾幹二さんに敢えて注告します これでは「朝敵」といわれても……」『WiLL』(2008.7号)

言い得て妙ですが、これは確かに有り得ると思います。

ここ最近、女性週刊誌などで東宮家アゲが盛んです。この裏には、小室圭さん問題に起因する秋篠宮家サゲがあるのみならず、御代替わりを控えた皇太子殿下に“新”天皇としての威風が自然と生じているように思えます。

まとめ

以上、西尾幹二氏の東宮家批判に対する竹田恒泰氏の反論を概観してきました。

保守を自任する竹田氏が、リベラル的風潮があるとされる東宮家を擁護するというのは聊か奇妙に感じます。恐らく竹田氏にとって皇室は「批判の対象にならない」という前提があるのではないでしょうか? そういえば先の秋篠宮殿下の誕生日会見についても論評するのを控えていました。

少なくとも保守論客として名高い竹田恒泰氏が、以上のように雅子さまを擁護していることは、今後の皇室問題を考えるうえで重要な指針になるでしょう。

眞子さま「ヘアヌード」で一発逆転の仰天秘策! 小室圭は第二の「羽賀研二」

2019年3月10日


29 件のコメント

  • >また、歴史的に宮中祭記に携わらなかった皇后はいくらでも例がある。少なくとも皇后の名において行われる祭杷はなく、幕末までは皇后が祭祀に参加しないことが通例だった。そもそも皇后の役割は宮中祭祀ではない。まして東宮妃であれば尚更である。

    これは悪質な嘘だろ

    皇族の女性は全員巫女に決まってるんだよ。

    八咫鏡は弥生時代後期に北部九州で製作され、他の同類は破砕されたけれども、一面だけがはるばる近畿地方にもたらされた

     豊玉姫-玉依姫-イワレヒコ(神武)の系譜から、この鏡の製作の中心にいたのは母豊玉姫を弔(とむら)ったであろう玉依姫ということになる。

    その玉依姫が、わが子神武の東征にあたって、鏡の一面を携帯させたとすれば、当然、大和朝廷においてその鏡は玉依姫の鏡として長らく宮中にあったに違いない。それが、

    「崇神五年、国内に疫病多発、人民の大半が死亡、六年には国内大混乱。その原因としてこれより先、宮中にアマテラスと倭(やまとの)大国魂(おおくにたま)の二神の並祭が、お互い神威が強すぎることにあると思えたので、別々に祭ることにし、アマテラスは豊鋤入姫(とよすきいりびめ)に託して云々」

    とある『書紀』に従えば、このときからアマテラスこと玉依姫の依り代である八咫鏡が、現在の鎮座地である伊勢へと至る長い巡幸が始まるのである。 

     その伊勢神宮内宮を見てみれば、アマテラスこと玉依姫の相殿に万幡(よろずはた)豊秋津姫こと豊玉姫が鎮座している。

    天孫降臨というと、普通、天皇家の祖先のニニギノミコトが九州の日向の高千穂に天降ったといわれますが、「海部氏系図」はもうひとつの天孫降臨伝説を伝えており、海部家と天皇家は同じ天照大神の孫で、兄弟の間柄になるようです。

     籠神社には、2000年間にわたり伝世されてきた息津鏡(おきつかがみ)、辺津鏡(へつかがみ)と呼ばれる秘蔵の鏡も2面あります。

    _____

    鏡を祭るのが皇族の女性の仕事なんだよ。

    讃美歌を歌っている女が皇室にいるのが間違っているんだ。

  • 雅子妃への誹謗中傷に心を痛めている一人です。竹田恒泰氏が言いたい事全て簡潔に論じているのを知り安心しました。精神的な病で苦しんでいる人が身近にいるので、サボリだ怠けだわがままだと云う人には、人の痛みを解かろうとしない傲慢な人としか思えないし、軽蔑しています。

    • 東宮擁護派の方も内心では、雅子さんは公務出来ないだろう…という結論なんでしょう。

      だからこそ、即位前に慌てて
      皇后の仕事というのは、とりたてて無い、
      という方向へ舵を切ったんでしょう。

  • 公務だっていろいろな事を教えてくれる人がいないと心配になります。あなたのやり方でって言われても批判される事でしょうし、雅子様が自信を持って公務が出来るまで美智子さまや宮内庁のサポートも必要だと思います。助けてくれたり応援してくれる人がいると頑張る意欲も自然と出てくるものです。

  • >精神的な病で苦しんでいる人が身近にいるので、サボリだ怠けだわがままだと云う人には、人の痛みを解かろうとしない傲慢な人としか思えないし、軽蔑しています。

    英会話も満足にできないのに外国の王族と会話させられたから鬱病になったんだろ
    雅子が学歴詐称、経歴詐称したのがすべての原因だ:

    雅子様④@学歴 日本語も英語も話せない釣書詐欺
    http://hiromihiromi.sakura.ne.jp/01/?p=4764

    雅子様の学歴ロンダリング
    https://dosuko.fandom.com/ja/wiki/%E5%AD%A6%E6%AD%B4%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0

    雅子様の子弟枠を使ったインチキ外交官試験
    https://dosuko.fandom.com/ja/wiki/%E5%A4%96%E4%BA%A4%E5%AE%98%E8%A9%A6%E9%A8%93

  • 10年前の竹田は皇族だけは擁護してたけど、今はそれよりも自分の主張を優先するようになった。
    テレビで暗に天皇批判もしたし。
    極右に傾き過ぎていつしか皇族にも批判の矛先を向けてる。
    皇室芸人から極右芸人になったからかな。

  • 雅子さんの学歴や経歴に関する根拠のないネットのアンチが書き綴った妄想作文を貼り付けて、さも事実かのように拡散してる人に注意してくださいね。
    事実無根の単なる愚かな人のデマに過ぎませんので。

  • ここは、論壇と名前をつけていますが
    いわゆる東宮擁護ブログですね。

    皇后は祭祀をしようがしまいが関係ない、という話を引っ張ってきて、あたかもそれが本当のことのように言ってますが、一番最初の匿名さんの
    言われるように、祭祀王の妃ならば祭祀に一番の
    重きを置くのは当たり前。

    豆腐屋の母ちゃんが朝10時に起きますか?
    ラーメン屋の母ちゃんが、不特定多数の客が苦手と店に出ませんか?
    代議士の母ちゃんが、不特定多数の人々が苦手と
    応援演説に駆けつけませんか?

    秋篠宮眞子さんの婚姻関係で、評判を落としたこの時期にここぞとばかりに叩く人々がいますが、
    秋篠宮ご一家がいなければ、皇室はたちいかないでしょう。
    機能不全の東宮一家では。

    また、国民の敬愛の念はいつもいつも私どもに変
    わり、祭祀をありがとうございます、という一念であり、何の病名かすら今ではわからない人が、スキーにだけは弾ける笑顔で行くのを見て湧くとお思いですか?

    そして、一番気になるのが
    天皇になってもクルマでは後部荷物席に座るの
    でしょうかね?
    この一件をとっても、東宮のチカラ関係が良く分かりますよね?
    一番楽しみです。天皇になってもクルマでは後部荷物席なのかどうか?

  • 海外生活の長い雅子様が英語もろくに話せないんですか?子供の頃から海外で日本語ですか?ハーバード大学は何語で過ごされたんでしょうね。当時ハーバードの教授が大変優秀な学生と言われたのもやらせですか?
    雅子様批判する方はこのような人を陥れる嘘を流布されていますが、醜い!

  • 海外生活の長い雅子様が英語もろくに話せないんですか?ハーバードでは何語で過ごされたんでしょうね。皇太子殿下は結婚相手に、英語の話せる人と言ってましたが話せない人を選んだんですか?日本語も話せなくて日常生活は身振り手振り?このような誰が書いたかわからない様なもので人を陥れるのは悪質この上ないし、またそれを流布する人の神経を疑う。

    • >海外生活の長い雅子様が英語もろくに話せないんですか?

      麻生元首相も子供の頃から英語をやっていて、結局日本語も英語も中途半端になったんだよ

      漢字も読めないというのは抽象的な思考や論理的な思考が全くできないという事だから
      アメリカの3歳児程度の英語力という事だ

      3歳児程度の英語力と思考力では海外の王族や政治家と対等な話なんかできないよ
      だから鬱病になったんだろ

    • >匿名の元777とみみさん何か雅子さまに恨みでもあるの?

      美智子と雅子の為に皇室はもう存続不可能になっただろ

      美智子と雅子はアメリカが皇室に強引に押し込んだ工作員なんだよ
      官僚や権力者の子息をアメリカの大学に留学させるというのは、洗脳してアメリカの工作員にするのが目的だからね

    • 本当です
      元777 と みみさんのコメントは
      小室親子の写真を見た時と
      同じ嫌な感じがします

      お仲間でしょうか
      必死ですね

  • 適応障害と診断された人に対して「なまけもの」という呼び方は一番デリカシーのない一番無知な反応でありそういう反応こそが事態を悪化させると思う。
    一番やってはいけないことで、この場合には、意地の悪い意図を感じる。

    適応障害と診断された人の特性や個性が窒息をしてしまいそうになる、その人が囲まれている環境こそが、つまりそのひとつとして一部の民意、批判を記事にするメディア、執筆家、そういうものこそが病んでいるという側面もあると思う。

    雅子様は皇太子さまを支えてらっしゃる、それは一番重要な役割のひとつだと思う。
    無理をせず一部の病んだ民意や批評に惑わされず、雅子さまの個性を十分に生かせるような道を見つけて欲しい。それが皇室の新たな風となり、時代にそった皇室と変化を遂げてゆくと思う。

    皇太子さまは、ビオラ奏者としてお若いころからオーケストラ活動をされてきたが、そのころ同世代でご一緒したとおっしゃる方からちらりお話をきいたことがある。
    その方は、当時の浩宮さまはすばらしい人間性のよくできた方だと、感動し、感嘆されていた。
    また、帝王学を子供のころから教育されてきた方というのはやはり現秋篠宮殿下とは何かがまるで違うとも。

    ただのわがまま金持ち坊ちゃんである秋篠宮殿下には到底手の届かない、比較さえ不可能な大きな決定的な違いがあるのだと思う。

  • 上の匿名さんへ

    皇太子は外国でのパーティで、ひとりぼっちがさみしかったのか、よそのお国のカップルにひっつきまわって、それはそれは迷惑そうな顔されてましたよ。

    国別に、間隔をあけて歩くというプロトコルさえ守れないで何が帝王学でしょう?

    本当に恥ずかしくて、国民が被害者。

    ロダン様は懐が広いのですね!
    国民に知れてはいけない情報を別け隔てなく
    公表されている。

    • >美智子様と雅子様のために皇室存続不可能とはどういう思考回路?理解できませんし頭大丈夫かと心配ですが!

      秋篠宮の父親は入江侍従長だという噂だし、皇太子の妃には子供を産めそうもない淫乱女を押し付けるし

      皇室関係者を全員クリスチャンで固めるし

      もう天皇家もお終いだろ

    • 本当です。
      さらに評判が落ちます。

      亡くなる人が出ようが
      これからも、変わらず
      税金で
      贅沢三昧して
      不正もしていきます!

      との宣言に聞こえます。

  • >ロダン様は懐が広いのですね!

    ロダン様は典型的なグローバリストで、民族主義を叩き潰そうとしてるんだよ。

    それで今上天皇、皇太子と美智子、雅子みたいなアメリカのエージェントを持ち上げてるんだ

  • 竹田さんが言っているように、宮中祭祀に関わらなかった皇后は多かったかも!皇后(もしくは中宮、つまり正妻格の妃)がいない天皇もいますしね。妃が女御(つまりは妾)までしかいない天皇もいますし、女御が祭祀をするか?っていえば疑問だし。雅子様が宮中祭祀をしなくても大丈夫なんだなーと納得してしまいました。

    上の方で玉依比売などを持ち出していますが、玉依比売や豊玉姫って神の娘で、女神みたいなもので人間じゃねーし。神代の話まで出して、女神出身の皇后と雅子様と比較してもねぇ。皇族で巫女をするのは皇女です。伊勢神宮の斎宮は今でも皇女ですね。今は斎宮じゃなくて祭主っていうんですね。今は臨時祭主に清子様がなっておられますね。大事な部分に皇后の役割はなさそうです。

  • >玉依比売や豊玉姫って神の娘で、女神みたいなもので人間じゃねーし。

    墓が見つかっているから実在してるよ:

    実在したアマテラスの墓と八咫鏡

    糸島郡の平原遺跡 2014-11-02

    平原遺跡 :糸島郡前原町平原

    昭和40年糸島郡前原町平原(当時、現在は平原市)において、農作業の最中に多量の朱と共に大小鏡の破片等が発見された。

    偶然の発見であったが、福岡県教育委員会はただちに原田大六を調査団長とした発掘調査団を組織し、調査・発掘が実施された。結果、遺構は東西十八m、南北十四mの長方形の方形周溝墓で、弥生時代から古墳時代にかけての遺構であるとされた。原田大六は、2世紀中頃であるとしている。

    遺構の中央部には、割竹形木棺を収めていたと思われる痕跡もあった。

    この遺跡からは、破砕された合計39面の鏡、ガラス・メノウなどの装身具、素環頭太刀等が出土し、鏡の枚数は一墳墓からの出土数としては我が国最多であった。

    又、復元された内行花文鏡は直径が46.5cmもあり、これ又我が国では最大経の鏡であった。太刀等武具の少なさ、装飾品の豪華さ、それに鏡の多さなどから、原田は、この遺構を「伊都国の女王」の墓だと想定している。

    平成2年には、平原方形周溝墓出土品が国の重要文化財に。さらに、平成18年には国宝に指定されました。

    副葬品は銅鏡40枚、鉄刀1本、ガラス製勾玉やメノウ製管玉などの玉類が多数発見されていて、銅鏡のなかには日本最大級の直径46.5cmの内行花文鏡が5枚ありました。ひとつの墓から出土した銅鏡の枚数も弥生時代としては日本一。

    副葬品にネックレスやブレスレットなどのアクセサリーが多いことから、この墓に葬られた人物は女性で、特に超人的な力を持った女性ということで、卑弥呼の墓という説もあるほどです。

    1号墓出土品(国宝)

    大型内行花文鏡 4面(5面) 別称「内行花文八葉鏡」[3]、仿製鏡(日本製)、直径46.5センチメートルの超大型内行花文鏡である。

    内行花文鏡(内行花文四葉鏡) 2面

    方格規矩鏡 32面、(鋸歯文縁方格規矩四神鏡が23面、流雲文縁方格規矩四神鏡が9面)

    四螭文鏡 1面

    メノウ製管玉 12個
    ガラス製(瑪瑙:めのう)勾玉(くだたま) 3個、ガラス丸玉 約500個
    ガラス小玉 一括(約500)
    ガラス管玉 一括(30以上)
    ガラス連玉 一括(約886)
    耳璫(じとう、耳珠)3
    素環頭大刀 1振
    鉄鏃10
    鉄やりがんな1
    鉄のみ1
    鉄斧1

     日本一大きな国産の内行花文八葉鏡四枚について、考古学者故原田大六(だいろく)はその図抜けた大きさと特異文様とが、伊勢神宮に関する種々の史料から内宮の御神体である八咫鏡( や たのかがみ)と同じものではないかと推察し、次のように述べている(『実在した神話』、学生社)。

    「伊勢神宮の八咫(やた)の鏡と平原弥生古墳出土の大鏡は上述のように、寸法、文様ともに食い違ったところを見受けないのである。これがもし事実だとしたら、平原弥生古墳には大鏡の同型同笵鏡(どうはんきょう)が四面あることから、はじめは五面を作製したものの一面が伊勢神宮の御神体になっているといわれないことはない」

    原田大六は平原遺跡一号墳の被葬者は玉依姫であり、伊勢神宮にアマテラス(大日孁貴)として祭られていると推察している。

     森浩一氏も、この原田説を支持され、

    「原田氏の生涯をかけての、この重要な研究が基本において修正を要しないとすれば、八咫鏡は弥生時代後期に北部九州で製作され、他の同類は破砕されたけれども、一面だけがはるばる近畿地方にもたらされたということになる」

    と述べておられる(『日本神話の考古学』)。

     豊玉姫-玉依姫-イワレヒコ(神武)の系譜から、この鏡の製作の中心にいたのは母豊玉姫を弔(とむら)ったであろう玉依姫ということになる。

    その玉依姫が、わが子神武の東征にあたって、鏡の一面を携帯させたとすれば、当然、大和朝廷においてその鏡は玉依姫の鏡として長らく宮中にあったに違いない。それが、

    「崇神五年、国内に疫病多発、人民の大半が死亡、六年には国内大混乱。その原因としてこれより先、宮中にアマテラスと倭(やまとの)大国魂(おおくにたま)の二神の並祭が、お互い神威が強すぎることにあると思えたので、別々に祭ることにし、アマテラスは豊鋤入姫(とよすきいりびめ)に託して云々」

    とある『書紀』に従えば、このときからアマテラスこと玉依姫の依り代である八咫鏡が、現在の鎮座地である伊勢へと至る長い巡幸が始まるのである。 

     その伊勢神宮内宮を見てみれば、アマテラスこと玉依姫の相殿に万幡(よろずはた)豊秋津姫こと豊玉姫が鎮座している。

    http://tokyox.matrix.jp/wordpress/wp-content/uploads/2014/11/IMG_3124.png

    http://tokyox.matrix.jp/wordpress/wp-content/uploads/2014/11/IMG_3122.jpg

    http://tokyox.matrix.jp/wordpress/wp-content/uploads/2014/11/IMG_3123.png

    原田先生の報告書は『平原弥生古墳 大日霊貴の墓』

    原田大六は平原遺跡一号墳の被葬者は玉依姫であり、伊勢神宮にアマテラス(大日孁貴)として祭られていると推察している。

    tokyoblog April 2015 八咫の鏡

    「咫(た)」とは円周の長さの単位で、1咫=8寸、直径2.5寸の円周(円周率3.2)とされている。
    八咫鏡とは直径2尺、46センチの鏡という事になる。

    平原遺跡からは、まさに直径46センチの国内出土最大の鏡が4枚出土している。御統は勾玉や管玉などを緒に通して首飾りにしたもので、五百箇の御統とは、珠が五百箇ある首飾りという事になる。平原遺跡出土の首飾りを写真で数えてみると約470個の珠があった
    http://tokyox.matrix.jp/wordpress/%E7%B3%B8%E5%B3%B6%E9%83%A1%E3%81%AE%E5%B9%B3%E5%8E%9F%E9%81%BA%E8%B7%A1%E3%80%81/

    平原遺跡(ひらばるいせき)は、福岡県糸島市にある弥生時代後期のものと考えられる遺跡。 曽根遺跡群の一つとして、昭和57年10月、国の史跡に指定。平成12年10月追加指定。

    平原遺跡は弥生時代後期から晩期の5つの墳丘墓を合わせた名称である。 1965(昭和40)年1月、平原遺跡1号墓が偶然発見され、原田大六を中心に学術調査された。昭和63~平成11年度にかけて、1号墓周辺に調査範囲を広げて、最終的に5基の墳丘墓が発見されている。 この遺跡は「平原歴史公園」として、1号墓のみが墳丘墓として復元管理されている。

    1号墓からは直径46.5センチメートルの鏡5面を含む鏡40面をはじめとして多数の出土品があり、その全てが「福岡県平原方形周溝墓出土品」の名称で2006年、国宝に指定された(文化庁所有、伊都国歴史博物館保管)。

    1号墓は方形周溝墓で、割竹形木棺の埋納が検出されている。

    その1号墓の副葬品の中には日本製と中国製の破砕した銅鏡片が多数あった。これらの破片は当初、39面分に復元されていた。

    その後の調査の結果、従来4面に復元されていた直径46.5センチメートルの大型内行花文鏡の破片が実は5面分の破片の可能性があると指摘された。(前原市調査報告書)。このうち1面が九州国立博物館、4面が伊都国歴史博物館に展示されている。

    1990年の重要文化財指定時には、銅鏡の員数は39面分とされていたが、上述の調査結果をふまえ、2006年の国宝指定時の官報告示では、銅鏡の員数は40面分となっている[1]。この数は1つの墳墓から出土した銅鏡の枚数としては日本最多である(2009年現在)。

    なお直径46.5センチメートルの鏡の外周は鏡の円周の単位で八咫(やあた)あることから、八咫鏡と同じ大きさになる。

    この副葬された多数の銅鏡片は「人為的に破砕されたモノではない」と発掘責任者の原田大六は主張している[2]。

    学術調査時に、2~5号墓からは青銅器類の遺物は発見されず、出土した土器や石器類などから弥生時代後期の墓と推定された。5号墓から発見されたとする銅鏡の鈕部分2個は、この破片が土中から発見されたことから5号墓の発見に繋がっていることによる。

    主な出土品

    1号墓大型内行花文鏡 5面(または4面) 別称「内行花文八葉鏡」[3]、日本製、直径46.5センチメートルの超大型内行花文鏡。
    内行花文鏡 2面
    方格規矩鏡 32面
    四螭文鏡 1面
    メノウ製管玉12、ガラス製勾玉3、ガラス丸玉 約500、ガラス小玉 約500、ガラス管玉 約30、ガラス連玉 約900
    耳璫 3破片
    素環頭大刀 1

    国宝指定名称は以下のとおり。

    福岡県平原方形周溝墓出土品 銅鏡 40面分
    玉類 一括
    鉄素環頭大刀 1口
    附:土器残欠、ガラス小玉、鉄鏃等 一括

    5号墓銅鏡片 2

    1号墓から出土した大型内行花文鏡(内行花文八葉鏡)を、その文様と大きさから原田大六は「八咫鏡」と解し、伊勢神宮の八咫鏡も元々は同型の鏡であったのではないか、との説を提示している[5]。『御鎮座伝記』に「八咫鏡」の形は「八頭花崎八葉形也」とあり、この「八頭花崎八葉形也」の図象を持つ考古遺物は現在のところ、この「大型内行花文鏡」のみである。

    1号墓は副葬品の多くが勾玉や管玉、耳璫(耳飾り)[6]などの装身具であり、武器類が少ないため、この墓に埋葬された人物は女性であると考えられている。 原田大六はこの平原1号墓の主を玉依ヒメとし、大日孁貴であるという説を提示している[5]。

    1号墓の東南にある直径約70センチメートルの縦穴を、発掘調査した原田大六は、湧水の存在から井戸として報告している。この縦穴を「前原市報告書」は大柱跡(穴中の土壌成分未調査)として、墓から見て東南の日向峠の方角に位置していることから、この大柱跡は太陽信仰に関係するものとの説を提示している。

    墓壙周辺の12本の柱穴の遺構について、原田大六は「銅鐸や弥生式土器などの絵画に見られる棟持柱を持つ切妻造の倉庫建築の柱の配置にこの柱跡の遺構が似ている」として、この墓壙周辺の12本の柱跡は「殯宮関係の建築物の遺構と考えられる」としている[5]。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%8E%9F%E9%81%BA%E8%B7%A1

  • 明治40年に成立した皇室祭祀令は、「大祭には、天皇、皇族および官僚を率いて、みずから祭典を行う」(第8条)、「小祭には、天皇、皇族および官僚を率いて、みずから拝礼し、掌典長、祭典を行う」(第20条)と定めていました。

     皇后陛下も皇太子殿下も、天皇陛下がなさる祭祀にお供をするというお立場なのです。

    ……以上。

    春季皇霊祭の写真とか見てみると、秋篠宮ご一家は悠仁さん以外は、全員出られてます。
    宮家の皆さんも出られてるんじゃないでしょうか?

    あなたのご両親が亡くなって、一周忌も三回忌も七回忌も法事に出席しない長男の嫁ってどう思われますか?
    他の次男一家や三男一家は全員来てくれるのに
    なぜか絶対に来ない長男の嫁。

    皇室と一般家庭は違う、と言われそうですけど。
    心情的には全く同じでしょう?

    だからこそ、「適応障害」なる病気を完全に治してくださいってことですよ。
    療養に専念してください。

    祭祀には、体調の波がどんぶらこ。
    遊びは、絶対に体調の波は来ず。

    16年歌会始を連続欠席の雅子さんには、多分
    つとまらないですよ。
    反対にお尋ねしたいくらいです。
    どうして、16年も連続欠席の人が17年目には出席できるとお考えですかと。
    今までより更に重責になり、注文度も高くなるのに?

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