【呉座勇一vs井沢元彦】井沢元彦氏の被害者妄想が心配だ

呉座勇一vs井沢元彦

井沢元彦氏が呉座勇一氏に噛みついている。

呉座氏が井沢説を「奇説」「歴史ファンタジー」と揶揄したことにお怒りのようで、『週刊ポスト』(2019.3.15号)に「公開質問状」を書くというビックリ行動を展開。

こういう歴史愛好家というのは、自分の発見(とされるもの)に異常に執着する傾向があるのですが、今回の井沢氏もまさにそれでした。なぜか「安土宗論」を持ち出して呉座氏に喧嘩を売り、自身の発見(とされるもの)をどの様に評価するか呉座氏に問いただしています。しかして勘違いも甚だしいので、気が付いたことを書いておきます。

安土宗論の学界の通説を変えたのは自分!

記事の要点をまとめると、井沢氏は、❶自分の発見(具体的には林明彦説の発掘)によって「安土宗論陰謀説」が完全に論破された、❷これは大成果だ、❸にもかかわらず学会(学界)がそれを正当に評価しないのは陰謀だという妄想三点セットを展開しています。たとえば次のように。

しかし、歴史学者の先生方は「仏教学の権威、歴史学の権威が唱える通説に対して無礼者め」という態度で私を見ました。

完全に被害者妄想です。後述しますが、これに関する井沢説は全く陳腐なもので新鮮味はありません。

「井沢元彦が日本歴史学会の怠慢で無視されていた林彦明の論文を再評価したことで通説が変わった」という歴史上の真実は巧妙に伏せられていますが。これはまさに日本歴史学会の「陰謀」かもしれません。

はい、完全に誤解しています。そんな歴史上の真実は井沢氏の脳内にしかありません。

一人相撲

「安土宗論」とは信長時代に浄土宗と法華宗の間で行われた討論です。結果、浄土宗が勝利しました。この「安土宗論」が陰謀だと言われるゆえんは、❶その勝敗の付いた根拠が解り難かったことに由来します。法華宗側は嘘八百の言い掛かりで負けたと主張し、浄土宗側は正統な根拠に基づいて勝ったと主張していました。

ただし、(この❶の是非とは無関係に、)信長が「安土宗論」を開催した理由は、❷日蓮宗徒を抑えるための政治的意図のあるものだったと評価されていることには注意を払うべきです。幾つかの歴史書では、この❷に基づいて「安土宗論」が「計画的」であったなどと表現されています。この様な「計画性」を認めることは、「安土宗論陰謀説」を批判した(そして井沢氏が発掘したと主張する)林明彦の説も同じです。

翻って井沢氏の記事を読んでみると、どの様な意味で「安土宗論陰謀説」だと言っているのか今一つよく解りません。恐らく❶に基づいているのでしょうが。

また井沢氏は学界の動向というのものを全く御存じ(そして調査する気も)ないのでしょうが、CiNiiなどで調べても「安土宗論」「安土問答」は研究が盛んなトピックではないです。よって学界の通説を覆したなどと仰っていますが、そのような学界は存在しませんのでご注意いただきたい。まさに「一人相撲」です。

再発見の意義

そして、林明彦説を発掘したことをさも大発見のように吹聴していますが、浄土宗内においてはこの林説が古くから通説として採用されています(坪井俊英『法然浄土教の研究』1982, p. 649)。また、陰謀説を根強く唱えた日蓮宗の田中智学でさえも、林明彦が唱えたものと同じ理論をある程度認めています。

手元に文献が揃っていないのでこれ以上の細かい調査はできていませんが、仏教研究書などを読めば、もっと多くの例証を発見できるでしょう。

よって井沢氏の発見を評価するならば、学問的決着がついて陳腐化していた研究対象を、活性化させたという所でしょうか。あれだけ歴史物を書いていれば「下手な鉄砲撃ちも数撃ちゃ当たる」ではありませんが、一つくらい発見があるでしょう。

しかし歴史学的な発見というのは、自分の思い付きの根拠を先人の研究成果に求めるものではありません。どうもこういう所に深い誤解がある。

まとめ

以上のように井沢氏には、マーチン・ガードナーが指摘した「似非科学者」と同じ傾向があるように思えます。

  1. 彼は自分を天才と考える
  2. 彼は自分のなかまたちを、例外なしに無学な愚か者とみなす。彼以外の人はすべてピント外れである。自分の敵をまぬけ、不正直、あるいは他のいやしい動機をもっていると非難し、侮辱する。もし敵が彼を無視するなら、それは彼の議論に反論できないからだと思う
  3. 彼は自分が不当に迫害され、差別待遇を受けていると信じる。公認の学界は彼に講演させることを拒む。雑誌は彼の論文を拒否し、彼の本を無視するか、「敵」にわたしてひどい書評を書かせる。ほんとに卑劣なやり方である。こういう反対の原因が、彼の仕事がまちがっていることにあるとは、奇人には全く思い浮かばない
  4. 彼は最も偉大な科学者や最も確立された理論に攻撃を集中する強い衝動をもっている。ニュートンが物理学でずばぬけた名声を保っていたときは、物理学での奇人の仕事は猛烈に反ニュートン的だった。今日ではアインシュタインが権威の最高シンボルとなっているため、奇人の物理理論はニュートンの肩をもってアインシュタインを攻撃するものが多い。

新奇性の乏しい陳腐な事実を、さも通説を覆す大発見のように喧騒し、それが認められないと陰謀だと騒ぎだす…。

井沢氏の被害者妄想が心配です。

関連記事

【呉座勇一×八幡和郎①】呉座勇一氏の書評を「盗作に近い」と八幡和郎氏が非難(追:呉座氏が決定的証拠を提示)

2019年1月12日

【日本国紀】呉座勇一「批判者に対して匿名だの罵詈雑言だのと難癖をつけるのは筋違い」【当ブログが引用される快挙】

2019年1月10日



10 件のコメント

  • 寛容を欠いて疑問を攻撃と見立てる。
    あまり健康的でない反応は“ヤダなぁ”って、自分の中にもあるんだけどね。妙宗vs浄土とか禅宗の部分は「日本って何だ?」の核心に迫るものがありそう。そう思いながら知的探求の不足を実感する毎日。
    象徴の範囲のようなところに行かない皇室話題の中でこういう話題は安心します。^_^

  • アミバは似非科学者だった…!?
    呉座先生も、国紀もとい国士気取りの小物ばかりがお相手では退屈でしょうから、「自己万能感に膨れ上がったカモが陰謀論というネギを背負って飛び込んで来た」と、腕を撫しておいでではないでしょうか?
    井沢氏としては、敢えなく素人の限界を露呈した果てには、お江戸でござるな自衛隊ダイマファンタジー(ある意味コメディー)をNewsポストセブンに載せた時の様に、『ね、ひどい話だとは思いませんか?』と、世間様の同情を買い叩いて頂きたい物です…

  •  井沢氏の歴史学会や歴史学者への不満があるのはわかりますが、呉座氏は呉座氏で、歴史学にも出来ることと出来ないことがある、自分たちができるのはここまでなのだという、歴史学者として良心を示そうとしていることに敬意を感じます。井沢氏の公開質問状に呉座氏が非常に丁寧に答えているのに対し、それへの井沢氏の反論は、いきなり、論争打ち切りを宣言し、しかも、論点を2つのみに絞っているため、反論になりえていないように思えます。
     確かに、仕掛けたのは呉座氏である。しかし、公開質問状を発したのは井沢氏でありますから、これでは、知的な意味で不誠実ではありませんか。
     奇説結構と居直るならまだしも(私は、奇説や空想も真実を突くことがあると考えているが・・・)、井沢氏は自分の諸説を「学」と考えているのです。学としての自説が正しいなら、それを自ら学問的手法をもって綿密に論証するか、論証を委ねるか、せねばなりませんが、井沢氏にそういった姿勢があるのだろうか。
     井沢氏は、自分の「学」を「井沢通史学」と称している。大変な自信であるが、自らそのように宣言できる歴史家(私は、井沢氏は歴史作家としてなら十分立派だと思う)が中々いなかったのではないかと思う。
     私は、是非、論争を続けて頂きたいと考えてる。

  •  確かに、週間ポストの論争終結宣言をした回で、井沢さんは呉座さんを、国政政治の判断を持たない、ドイツ語ができるぐらいで日独伊同盟に走った旧軍部エリートにたとえていますわな。だったら、どうですかいね。自らを天才と認め、軍事専門家である参謀本部の意見を聞かなかったといわれる、どこぞの国の独裁者はどうなんでしょうね。

     小和田哲男さん、磯田道史さん(呉座さんと同じ日文研)、本郷和人さん(呉座さんの東大の先輩)と一緒に仕事をしたことがあるんですって。まあ、この学者さんたちはマスコミにも登場する、柔軟な思考の持ち主で、井沢氏に一定の理解があるかもしれないけど。しかし、学者ギルドの名前を挙げるんじゃなくて、もっと「歴史家」の論理を掲げたらよかったんじゃね。

     渡部昇一「日本史からみた日本人」などは、樋口清之、会田雄次らの考古学者や歴史学者の評価も受けているわけ。もしかしたら、井沢さんの説も、どこかの歴史学者が注目しているかも知れませんよ。そいうこともあるかも知れないって。だから、呉座さんを再批判するのはいいけど、あまりに目くじら立てすぎじゃないの。

     教科書にも言及してますわな。教科書なんて、つまらんもんですわ。しかし、教科書には、批判に批判を重ね生き残った通説(らしきもの)を記載するしかないでしょ。史実を押さえ、興味があったら、井沢説でも、歴史学者の本でも、新書でもどんどん読んでいけばよいんですよ。教科書や教員の左翼色の強さは大嫌いだけどね。

     井沢さんは、今後は、フィクションとノンフィクションで、著者の表記名を変えるんですって。それって何の意味があんの。やるんだったら、同じ井沢元彦で、一般書も書くけど、歴史学論文も書くことでしょ。すまし顔で歴史学者の本も(時々)読んでみせるけども、井沢説も密かに目を通す俺からすれば、そんなことしてほしくないね。

     

  •  「週間」ポストではなく「週刊」ポストでした。失礼いたしました。

     なお、私は、史論、史談、歴史小説も、歴史を語る、歴史を学ぶ、歴史に学ぶ重要な手段であると思っています。しかし、小説や作家的な意欲で書かれた本だけで歴史「を」学べないことは確かです。

     論争を通じて、井沢氏が「歴史家」であるかどうかまでは、わかりませんでした。

  • ポストに本郷教授が登場!井沢さんと対談。

    本郷:
    「実証は当たり前」「どれだけ論理を組み立てられるか」
    「実証主義はバカな学者の最後の拠り所」

    井沢
    :「アハハハ!」「東大の史学科という所は仮説を無視する教育をしてきたのかと思っていました」

    本郷
    :「違います、違います」

    井沢さん、本郷教授とニッコリ写真でご満悦。
    呉座を念頭に、本郷コメントで高笑い。

    井沢さんよ、見苦しいね、哀れだね。
    呉座がバカだから実証主義を拠り所にしているんじゃないよ。例えば「陰謀の日本中世史」では史料を鵜呑みにせず、論理を組み立てていることが、素人にもわかる。司馬遼太郎だってちゃんと出てきて、小説家だから・・・なんて態度を取ってはいない。呉座は、当たり前のことだけど、仮説を無視していませんよ。トンデモ説に対して猫の首に鈴をつけようってだけです。
     
    本郷さんよ、これからという若い学者(40近いが助教)に向かってやることか?
    なるほど、古色蒼然たる「史料中心主義」を取るかに見える呉座に対して、学者としてそれだけじゃいけないんだと、たしなめるつもりなら他の方法がありますでしょう。学者として教育者として。井沢さんは、論争後、ツイッターで呉座の「師匠の顔がみたい」(つまり大師匠も含めてか?)とまで言っているからね、見せて差し上げてはどうでしょう。

  • 呉座勇一「俗流歴史本と対峙する」(中央公論6月号) を読みましたよ。

    百田さんよ、歴史学者だけが歴史を語れるなんて言っていなんですよ。あなたの書いたものがあまりにも杜撰だと言っているわけですよ。そうではないと反論したいなら、ツイッターを使っての、脅しめいた下品な言葉ではなく、ちゃんとした文章で反論しなさい。フロイスとザビエルを取り違えて、「どっちにしても外人や」は笑いましたね。知性というよりは「品」の問題でしょう。
    批判されるのにはそれなりの理由があるんです。呉座は、おそらく、堺屋太一の歴史本は批判しないでしょう。

    井沢さんよ、論争を一方的に打ち切って(負ける前に逃げるというのも、兵法の一つでありましょう)、本郷教授という権威を引っ張り出すなど、見え透いた「政治」なんかおやめなさいよ。それでも、元ジャーナリストですか。今あなたが「小説家」なら小説家でいいでしょう。評論家でもいいでしょう。その枠で論じたいことを論じればいいのです。あなたのは「仮説」ではなく「推理」なんです。推理してはいけない、と言っているのではないですよ。

    本郷さんよ、ポストと相討ちになりましたな。東大教授に向かっての一連の呉座のコメントは、もう自分を捨てているね。もし、これに対して、あなたは、高飛車だの、学問のためではないもっと不純な動機があるだの、まだ己をわかっていないだの、あるいは、歴史学の手法論まで持っていって、反論するかも知れない。しかし、まんまと「政治」に巻き込まれているあなたに(呉座に言わせると「政治」ですらありませんが・・・)、それが言えますか?

    私は、歴史学徒ではありません。しかし、多くの学問に「〇〇史」の分野はあるから、そこに興味が行くことはあります。私の指導教授は、30代に重厚な論文や研究書を書き上げ、その後もそこそこ論文をを書いていましたが、50代からは、どちらかと言えば、教育や社会との接点に重点を置いて活動するようになりました。これはよくある学者の姿かも知れませんし、むしろ、望ましいことかも知れません。それでも、私が、思い付きのようなことを言うと、君!最近はこんな論文が出ているぞ!って怒られることがありました。一般書のようなものを書く場合でも、必ず最新の議論をフォローしてましたよ。書く以上はと、教育的配慮をし、同じネタの繰り返しは避けていましたよ。その指導教授は、学界では凡庸であったかもしれないが、それぐらいの努力はしてましたよ。そして、原典を読み込める語学力は常に磨いて置くようにとも言われましたね。凡庸な学生に対する凡庸な教授の指導においてすら、そうだったのです。

    歴史を談じるのは楽しいです。井沢さんの本も、歴史ファンに一定の影響を与えているでしょうし、私も読んだことありますよ(なるほど、そりゃそうだと、合点がいくこともあります)。海音寺潮五郎の史伝文学や史論も大好きですが、やはり、それだけでもダメでしょう。逆に、少なくとも一般人が歴史学の論文だけ読んでいてもタメにはならないと思います(子どもに懐石料理を食わせるようなもん)。でも、大量の史料を正確に読み込んでいたとされる海音寺潮五郎ならいざしらず、井沢さんの呉座に対する「反応」は、その組み立て方といい、手法といい、間違っているだろうと思います。あと、百田さんあたりが、汚い言葉で返せば返すほど、あなたも「お仲間」になってしまいすからね、距離は取った方がよろしかろうと存じます。私は、一助教に過ぎない呉座の勇気を買います。

  • ポスト5月24日号の井沢氏「私が作った全体像を、研究者の皆さんに直していたただければいいと思っています」

    ←あたな自身でやってください。
    ←本郷先生にお手伝いをお願いしたらどうでしょう。

  • ポスト5月24日号の井沢氏「私が作った全体像を、研究者の皆さんに直して
    いたただければいいと思っています」

    ←多くの研究者には黙殺されています。
    ←中には、黙殺しないで批判した人がいるようです。どうも、重箱の隅をつつ
    く手法ではなさそうです。

  • ポスト5月24日号の井沢氏「私が作った全体像を、研究者の皆さんに直して
    いたただければいいと思っています」

    ←上から目線というやつですね
    ←全体像なら、他に読むべき本があります

  • コメントを残す

    メールアドレスの入力は任意です。(公開されることはありません)

    このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください