朝日新聞、皇太子殿下と雅子さまを絶賛 小室圭問題の裏で

評判を落とす秋篠宮家の一方で…

かつて週刊誌やワイドショーなどでは、秋篠宮家は優等生に描かれる一方で、東宮家は散々に叩かれてきました。

この裏には雅子さまの適応障害や、愛子さまの不登校など平坦ではない歩みが世間の関心を集めたからでしょう。幸いにもここのところ雅子さまも愛子さまも快復基調にあり、東宮家は家庭円満であることが報じられています。かつて女性週刊誌は雅子さま叩きを生業としてきましたが、ここのところは賞讃記事が相次いでいます。

この裏には秋篠宮家の騒動があるでしょう。秋篠宮家は小室圭さん問題に端を発するトラブルに巻き込まれ、家庭不和や、眞子さまは洗脳状態に報じられるなどバッシングが続いています。“新”秋篠宮邸の総工費が43億円と高額であったことも「400万円の借金トラブルすら解決できないのに…」と攻撃される始末。

今や週刊誌は、小室圭叩きから秋篠宮家叩きに、その反動として東宮家を称賛する論調になっています。

秋篠宮殿下の「暴走」は「何も変わらない」 政治的発言、私事優先、贅沢三昧

2019年2月25日

秋篠宮殿下、33億円建築費「水増し」で、小室圭さん「手切れ金」を捻出

2019年2月21日

女性週刊誌の「秋篠宮家サゲ⇔東宮家アゲ」が顕著に 小室圭問題の余波

2019年2月19日

皇太子殿下と雅子さまを称賛する朝日新聞

この流れを受け継いでか朝日新聞が、ここ数日、毎日のように皇太子殿下と雅子さまを特集する記事を掲載しています。非常に面白い内容なので、これを分析していきたいと思います。

2019年2月23日と24日の社会面では「新天皇と新皇后 即位を前に」という記事で、皇太子殿下と雅子さまのお人柄を紹介。

「実はとても迷いました」

1992年12月初め、皇太子さまはプロポーズをしていた雅子さまにそう切り出し、「ずっとお守りすることが、本当に自分にはできるのか。そんな力があるのかどうか、悩んだからです」と続けた。……

だが、雅子さまが受諾の意思を伝えたのは2カ月が過ぎた12月12日。思い悩んでいた雅子さまの心を動かしたのは、この間、ともに悩んでいたと率直に明かした皇太子さまの誠実さだった。

結婚が正式決定した後、雅子さまから直接、その時のやりとりを明かされた友人女性が取材に明かした。皇太子さまのプロポーズの言葉としては「全力でお守りします」が知られるが、雅子さまはこのエピソードを、ほおを染めながらうれしそうに話したという。

朝日新聞(2019.2.23朝刊)

という美しいエピソードを軸に、続いて適応障害に悩まれた雅子さま対し、プロポーズの言葉通り寄り添ってこられた皇太子殿下の誠実さを紹介しています。

批判を浴びた皇太子殿下と雅子さま

多くの人が知っての通り、東宮家はこれまで散々に非難を浴びてきました。宗教学者の山折哲雄氏は「皇太子殿下、ご退位なさいませ」『新潮45』(2013.3号)という記事のなかで、皇太子殿下と雅子さまを非難して、皇位を秋篠宮殿下に譲るように進言したほどです。

今回の朝日新聞の特集記事では、雅子さまの適応障害や、それを全力で守って来た皇太子殿下を次のように描いています。

この病では、つらい体験をした場所に行けなくなることがある。皇室行事に出られず、公務から遠ざかった。主治医は気分転換を勧めたが、街に出たり、家族でスキーに行ったりすると「公務をせずに遊んでいる」と批判を浴びた。

皇太子さまは、雅子さまが批判記事に触れないよう新聞や雑誌を遠ざけた。04年5月には記者会見で「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と語った。体調を崩した背景への理解を求めたが、逆に、刺激の強い発言として批判されることもあった。

朝日新聞(2019.2.23朝刊)

ここで重要なことは「批判された」という事実を、妙な弁護をすることなく、そのまま率直に表現していることです。実は、この様な苦労された等身大の人間としての姿こそが、次世代の象徴像だというのが朝日新聞の論調です。

苦労や悩みを抱えてきたからこそ共感を覚える

このように様々に批判されて来た皇太子と雅子さま、そのお二人がどの様な天皇になるのか、朝日新聞は三浦瑠麗氏にインタビューして次のようにまとめています。

お二人はどんな天皇、皇后となるのか。現在の両陛下と比較されがちだが、国際政治学者の三浦瑠麗さんは「国民が求める象徴像は時代によって異なる。皇太子さまは皇太子さまのやり方で示せばいい」と話す。

三浦さんによれば、平成は「度重なる大災害や先の戦争で傷ついた国民を癒やすことにエネルギーが割かれた時代」。「両陛下はヒーラー(癒やし手)としての役割を担ったが、次の時代は、世界の国々と同様、日本社会も分断が深まり、国民統合の役割を果たすことがより難しくなるかもしれない」とみる。

世間は時に皇室に理想を投影しがちだが、「生身の個人に理想を押しつけるのは重荷。むしろ、出産や病気など一般の人も経験する苦労や悩みを抱えてきたからこそ共感を覚える人もいるのでは」と話す。

朝日新聞(2019.2.24朝刊)

言い得て妙ですが、不完全で批判を浴びたその姿こそが、実は人間として共感できる天皇の「象徴像」であるということです。

大変面白い指摘だと思います。「国民とともにある天皇像」というものは、代が替わるごとに姿を変えつつ着実に進んでいると思います。たとえば、今上陛下は地震などの災害でお見舞いに訪れると、膝をついて被災者の方々と視線の高さを同じにして言葉に耳を傾けますが、実はこれは平成3年の雲仙・普賢岳噴火のお見舞いでが(史上)初めてです。決して昭和天皇は、国民の前に膝をついたりはしませんでした。ですから今上陛下が膝をつかれたときには、「これは天皇の姿ではない」という苦言が宮内庁内で庁内で上がったそうです。

皇太子殿下と雅子さんが即位されれば、完全無欠な理想の夫婦としてではなく、不完全ながらも寄り添い補完し合うという意味での理想の夫婦として「象徴」としての務めを立派に果たされるのではないでしょうか?

快復基調の雅子さまを強調

またこの朝日新聞の記事では、二日とも「雅子さまの体調が上向き傾向にあり、公務に復帰して活躍できる日も近いのではないか」という論調で終わっています。

それから15年。雅子さまの体調は上向き、活動の幅は広がりつつある。即位が近づき、お二人で今後の活動について話し合う機会も増えた。皇太子さまは誕生日を前にした21日の会見で「できる限り力になり、雅子を支えていきたいと思っております」と語るとともに、「引き続き快復を温かく見守っていただければ」と国民に理解を求めた。

朝日新聞(2019.2.23朝刊)

近年、雅子さまの体調も上向き、子どもの施設を再び訪れるなど活動の幅は広がりつつある。海外経験などを生かした活動も模索中だ。1月末に公表された「即位後の公務」には、これまでご夫妻で関心を寄せてきた地球環境行動会議の国際会議や国際青年交流会議への出席が含まれた。5月にはさっそく、最初の国賓としてトランプ米大統領の接遇が予定されている。

朝日新聞(2019.2.24朝刊)

適応障害といった精神病に関する国民理解も、少し前と比べればだいぶ進んできているように思えます。雅子さまの無理のない範囲で、公務に復帰できるのであれば、国民が喜ぶことは間違いないでしょう。

まとめ

以上のように朝日新聞記事の論調は、皇太子殿下と雅子さまは、今のままの「批判された」姿のままで十分に象徴としての天皇の役割を果たせる。それこそが次世代の新しい象徴像ではないのか、というものでした。

また二日間にわたる記事が、いずれも雅子さまの体調に最大限の配慮をひしていますから、即位された後に雅子さまが公務につくことができるのかどうかを気遣っていることが解ります。

本記事でも取り上げたように、皇太子殿下は、雅子さまにプロポーズする際に「一生掛けて僕が全力で雅子さんをお守りします」と仰り、雅子さまが適応障害で批判を浴びた時には、その言葉通り「それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と異例のプライベート発言をされて雅子さまを全力で守りました。

このような苦難に満ちた美しいエピソードは、皇太子殿下と雅子さまが、たとえ生身の人間として不完全ではあっても、助け合う理想の夫婦であることを国民に示しています。必ずや即位後も「象徴」としての役割を立派に果たせると信じています。

アンケート

適応障害が懸念される雅子さまの公務についてどう思いますか?(複数投票可)
  • あなたの回答を追加する

秋篠宮殿下の「暴走」は「何も変わらない」 政治的発言、私事優先、贅沢三昧

2019年2月25日


36 件のコメント

  • 雅子さまは元々何もできないアホ女だったんだよ、学歴も全部インチキだったしね:

    雅子優秀伝説 

    田園双葉の入試に2回落ちて、3回目にお情けで編入。
    田園双葉時代の成績は頑張っても専修大がやっと。

    アメリカの公立高校では語学最低レベルのESLクラスから出られず。
    当時ハーバードで客員教授していた父のコネで女子部のラドクリフに入学。

    中国系学生デビッド・カオと半同棲。トップレス写真を撮られる。
    卒業論文も父のコネで普通の学生には不可能な経済界の大物達への
    インタビュー。

    それでも優良可の良にあたる評価がやっと。
    普通の会話が続けられずパーティーでは壁の花。

    東大への学士入学は簡単なものでしかもここでも父が当時教授をしていた。
    授業にはほとんど出席せず、1単位も取れずボロが出る前に中退して
    父のいる外務省にコネ入省。

    華々しくエリート外交官なんて報道されたが実際はただの外務省職員。
    外務省時代は内規違反をしてマイカー通勤しVIP専用駐車場に駐車。
    通勤手当をもらっていたので返却することに。しかも連日遅刻。
    仕事が出来ないため大切な仕事は任されなかったが、頼まれると失敗して泣く。
    それなのに傲慢な態度だった。

    職場でのあだ名はコピー番長。
    しょっちゅう化粧直しに席を立ち、なかなか戻らなかった。

    職場でも父を「お父様」と呼んでいた。
    オックスフォードに国費留学するが、同期の中で唯一修士が取れず帰国。
    米国、英国、外務省時代に不倫の噂多数有り。
    中国系学生と半同棲、トップレスの写真も存在する。
    結婚一歩手前の日本人もいた。
    浩宮の妃内定なるとダイアナ妃も受けたブライダルチェックを頑なに拒否。
    つまり処女ではなかったと言うこと。一方の浩宮は。。

    雅子は、デンフタに何度も落ちたくらい頭がよくない。面接で「妹がうかったのにこの子だけ」と、優美子が泣いて見せ、お情けでいれてもらったのは有名な話。しかしながら、面接で母親が泣いてみせて同情で受かるほど御受験は甘くはないはず。裏では人と結構なお金が動いたんじゃないのかと疑惑がのこる。

    ・雅子の成績はどこに行っても常にボーダ―ラインだった可能性が高い。学力も知恵遅れの徳仁と変わらないレベルで、とてもとても「日本一の御優秀な女性」にはなれなかった。

    英語も話せない雅子様

    ・渡米し、レベルの低い公立高校に転入した雅子。しかし成績は悪かった。

    ・雅子のあだ名は「ブレイン」。頭でっかちといういみではなく、ノータリンという意味にちかいそうな。

    ・雅子を大学に入学させるため、父の恒をアメリカ大学の教授にしてもらう。このとき、某財閥の金が動いたといわれているが、真偽は不明。

    ・大学は父のコネで「無試験で」女子大に入学。後年、その大学がハーバート大に吸収されたため、「ハーバート大卒業の雅子様」とのデマに利用した。

    ・卒業論文は、父のコネで要人にインタビューしたものをまとめたもの。しかし、優は取れず。

    ・雅子は中国系アメリカ人デビット・カオと同棲。また、白人男性と付き合っていたというリークもある。カオ氏に、トップレス写真を撮られる。後日、カオ氏は写真を宮内庁に買い取らせようとしたらしいが、そのせいなのか、偶然なのか、ギャングに殺されてしまう。

    ・大学を卒業した雅子は、東大に「無試験で」編入したものの、ひとつも単位をとれず。

    ・雅子を外務省にいれるため、小和田恒を外務省の次官にする。

    ・雅子は父のコネで子弟枠で「無試験で」外務省に入省。外交官試験には合格できなかったとのリークあり。最初から雅子は、雑用用の事務員としての入省だったのではないのか。

    マスコミ、週刊誌をつかって雅子を売りだし開始

    ・マスコミには、しつこく皇太子妃候補に雅子の名前が挙がる。

    ・「運命の出会い・スペインのエレナ王女のパーティー」の招待客名簿には、鉛筆で小和田雅子の名前が書き加えられていた。本来なら呼ばれなかった客だった可能性が高い。なんらかの圧力が直前までかかったと思われる。

    ・さらに、「運命の出会い・スペイン王女エレナ王女のパーティー」の数年前に、皇太子と雅子はコルマールで同宿している。

    ・父のコネで外務省から英国に国費留学。雅子一人だけ修士をとれず帰国。留学中、越智孝雄なる福田の甥と交際しており、結局、婚約まで進むが、雅子が皇太子妃になれそうな卦がでてきたので、破棄された。

    ・外務省では仕事が出来なくて有名だった雅子。菓子パンを買い占め、出来る仕事はコピー取り。通訳すらできない雅子のついたあだ名は「コピー番長」。

    ・有名人のおっかけもしていたらしい。

    雅子妃殿下、外務省時代は通訳にも使えなかった。

    本当の通訳を後ろに用意して、雅子さんを全面に出して、いかにも
    雅子さんが通訳している様なフォトオプを父親が用意させた。

    ・社内では上司と不倫をし、参事官になった上司は中東で不審死をした。あの時期あの場所で、実弾にあたるのは考えられないという。

    雅子様が体調・及び精神のバランスを崩されて、ご静養されていますが、それは2003年に起きた、イラクでの奥克彦参事官がゲリラに殺害されたのが、引き金と聞きました。
    奥参事官の殺害は、ゲリラではなく、米軍の誤射ではなかろうかとされています。
    乗っていた車はすぐに米軍が押さえ、日本に返されたのは、かなり時間が経過した後でした。
    そのため、誤射どころではなく、狙い撃ちだったのではなかろうかとの憶測まで流れたものです。

    宮内庁は、徳仁皇太子と久邇晃子さんとの婚約を内々に内定。あとは発表だけという段階に。

    ・しかし、旧宮家の本物の姫が嫁になることを嫌った美智子が、自分と似たような出自の小和田雅子を徳仁の嫁にするよう協力する。

    ・美智子と組んだ小和田側は、アメリカのマスコミに「皇太子妃に小和田雅子」の一報を流して出し抜くことに成功。これも美智子の時のマネ。まんまと皇太子の妻にするのに成功。

    お后教育の時、雅子さんは 「天照大神」 「日本武尊」を「テンテルダイジン」 「ニッポンブソン」と読んだそうな。
    講師が早々に教育をやめたのは馬鹿すぎてお手上げだったから?

    誰だよ、こんなのを皇室に入れたのは?

    要するに、知恵遅れの皇太子をハニートラップにかけて、生きていると都合が悪い恋人には事故死してもらって皇太子と結婚した可能性が高い

  • @ろだんさんへ
    事実上の公人としての皇太子は、安倍総理に腰が引けている気もします。
    しかし、家庭人としての雅子さんへの変わらぬ愛情、及びそれを堅実に論評した朝日新聞の筆致、そして「きれいな三浦瑠璃女史」的な論評共々、大いに共感の持てる内容でした…

    http://agora-web.jp/archives/author/gozayuichi
    呉座 勇一 – アゴラ 言論プラットフォーム
    ろだんさんは、呉座先生のご投稿記事からのアラートをご受信でしょうか?

    https://ironna.jp/article/11963
    『日本国紀』論争、久野潤「呉座氏は私の問いに真摯に答えよ」
    上記論説内で、呉座勇一先生の
    『そして下記サイト(「『日本国紀』、日本が「友好国」に戦争を仕掛けてしまう」)で指摘されているように、太平洋戦争開戦後も日本はヴィシー政権による仏印植民地統治を容認している』。
    といったご論説が引用されています。
    「軍事ブロック同士の大戦であれば、個々の宣戦布告の応酬の有無や実際の戦闘状況を問わず、両参加国同士の全ての交戦が成立する」という、モンテネグロ国民が泡を吹いてぶっ倒れるレベルでの、非現実的な主張を前提としています。
    とは言え、
     『ともすれば呉座氏は「匿名ネットユーザーの議論も傾聴に値する」と主張するために当該トピックを提起したのかもしれないが、それについては読者諸賢の判断に委ねたい』。
    という、一見冷静な論評を皮切りに『(主にツイッター上の)悪質な匿名ネットユーザー』に対する、執拗な粘着行為が展開されています。
    ろだんさんも、上記の一員(首魁?)として目されている事は間違いありません。
    そして、本サイトにもご降臨頂いた、我らが呉座先生は、
    http://agora-web.jp/archives/2037360.html
    『日本国紀』監修者・久野潤氏の問いかけに答える – アゴラ
    情理を兼ね備えたご筆致による、読み応えのある論破に及んでおいでです。
    『『日本国紀』は朝日新聞を痛烈に批判しているが、現在に至るまで朝日新聞批判を主導してきたのは匿名のネット世論だろう。ネット世論の盛り上がりを無視していると朝日新聞に対して怒りをぶつけてきたのが昨今の保守論壇ではなかったか。自分たちに都合の良いネット上の意見は「国民の声」で、都合の悪いものは「誹謗中傷」では二重基準に思える』。
    上記の記述は、「朝日新聞のだぶ☆スタ(美少女動物園漫画並の表現)」を捲し立てて止まないご歴々にも、良心の呵責を喚起して止まないでしょう。
    『おそらく刊行時期が既に決まっており、執筆作業の遅れなどのしわ寄せが久野氏に及んだのだろう。少なくとも私が久野氏の立場だったら「そんな無理なスケジュールでチェックはできない」と断る。久野氏が十分に力を発揮できなかっただろうことを、私は気の毒に思っている』。
    上記に至っては、『これを読みて泣かざる者は人にあらず』という、後出師の表への論評が想起されてなりません。
    呉座先生のご反論の様に、「ただ論敵扱いして論破を目論むのではなく、相手の論理を一旦尊重して、破綻を修正して差し上げつつ改めて批判を加える」「相手が二重基準へのご都合主義的な解釈を弄ぶにせよ、そういった形で強者への媚態を余儀なくされる状況にも言及する」「我が身に置き換えて、一個の人間として思い遣る」といった姿は、ろだんさんのご流儀にも通じる物でしょう。
    という訳で、結論としては『ろだん仕事しろ』(呉座=ろだん流の欠片もない要望)。

  • 777さんのコメント長いけど、その通り。
    本当に病気なら、もっと別の医師に診察してもらうべき。 遊ぶときだけ嬉々として出てきても平気な感覚は、ある意味ビョーキだと思うけど。
    行事に出てきても、中抜けばかりしてるしね。ほうどは、アゲアゲだけどどこがどう素晴らしいのかさっぱり分からない。

    • 今のところは、長男夫婦が断然有利でしょう。なにせ、秋篠宮家は、小室圭さんがファミリーですから。これより、下はないでしょう。まさかの展開になりましたー。

  • 皇太子さまは雅子さまを全力でお守りする、というプロポーズのお言葉をずっと愚直に守られ、雅子さまを守られてこられました。
    皇太子さまは大変真面目で人徳があり、まさに天皇になられるに相応しい方です!
    このような皇太子さまが天皇陛下になられることに、国民として安心するとともに誇りに思います。
    雅子さまもこれから少しずつでも良くなられ、皇太子さまと共に良い皇后陛下になられることと思います。

  • 777氏へ
    雅子妃殿下を「アホ女」と呼ぶのなら、英語でコメントを書いて見ろと言っているのだよ。
    同時通訳などをしていたようで、英語が堪能といったレベルではないのだよ。
    適応障害は余りにも優秀すぎるからだと私は見ています。
    何度も言っているように、君は英語でコメントを書いて見ろよ。

    • 既に何度も書いてるけど

      雅子妃殿下の英語力よりフィリピンやインドの3歳児の英語力の方が遥かに上なんだよ

      英語力だけで知能がわかるのなら、雅子妃殿下の IQ は 30 もないね。

      • 3歳児の777氏へ
        レベルの高い同時通訳をしていたのだよ。語学だけでは出来ないのだよ。
        それより、英語でコメントを書いて見ろよ。

        • >レベルの高い同時通訳をしていたのだよ。語学だけでは出来ないのだよ。

          こっちが真実だよ:

          ・外務省では仕事が出来なくて有名だった雅子。菓子パンを買い占め、出来る仕事はコピー取り。通訳すらできない雅子のついたあだ名は「コピー番長」。

          雅子妃殿下、外務省時代は通訳にも使えなかった。

          本当の通訳を後ろに用意して、雅子さんを全面に出して、いかにも
          雅子さんが通訳している様なフォトオプを父親が用意させた。

          • 何の根拠があつて雅子様を罵倒するのだ。雅子様は語学がご堪能で、外務省でもとても優秀で全てにおいて秀でていたと聞いている。
            世が世なら済まされない罪である。

          • 雅子妃は通訳なしで
            海外の来賓とお話された事も
            いじめらる事になった原因
            らしいです。

            長い間のマスコミの雅子妃叩き
            にあっても
            情報規制などされず
            負けなかった雅子妃を誇りに思います。

  • 雅子様の体調回復が著しく、活動の範囲が広がっているのなら、なぜ自分の家のなかで十数分立っていれば良いだけの、勤労奉仕団への会釈も出来ないのでしょうか?
    毎週発表される、皇族方の公務に、皇太子家は、「殿下」と記載されたものばかり。
    「妃殿下」の記載は、殆どありません。
    朝日も、女性週刊紙も、この実体に目をつむったままです。
    今上ご夫妻みたいにやたら出歩かなくても良いと思いますが、御所内での接見、会釈等は為さるべきだと思いますよ。
    そう言えば、海外VIPが東宮御所を訪問された際、玄関でお迎えすることすら、なさらなかった。 お客様方は、皆様お国に帰られてから
    周囲に、宜しくない印象を洩らされてるのではないか?と想像すると恥ずかしい限りです。

  • 雅子妃殿下は無理をしな方が良いです。適応障害は環境が変われば治る病気のようです。
    天皇が祭祀さえ行っていれば日本はそれで良いのです。

    • @正しいとは何かさんへ
      一連のコメントは、珍しくではなかった正にご正論ですね。
      因みに、山岡荘八氏は勤皇精神のステマもといご発露にご熱心で、『徳川家康』では家康に、『伊勢神宮が安泰なら日本は安泰なので、井伊家を近隣たる彦根藩に封じた』旨を発言させています。
      無論史実ではありませんし、大坂夏の陣ではこれも史実と異なり平和主義者兼勤皇家である筈の彼が、史実通りに宮中からの和平仲介を拒絶する為の辻褄合わせに、「聖上が君側の奸に惑わされていると拙いから」という、幼児扱い並の詭弁により、一切の申し出の却下を宣言しています。
      「うそをうそと見抜ける方でないと、勤皇家を名乗るのは難しい」という訳で、ご承知の上でお楽しみ頂きたいと思います。

      • いち愛読者 さんへ
        分かっていますよ。
        承知はしていますが、私は日本人で愛国心があります。
        論壇netは影響力がないから放っておけというのが保守の方針のようです。

  • ここのコメントを見て、心底意地悪な方がおられるのにビックリします。
    雅子さまもこのような方のせいで精神を病まれたんだと思いました。
    雅子さまも少しずつでも回復されることを願っております。

  • 英語もできないと言いながら、英語力だけで知能はわからないと言うのは矛盾していませんか。
    雅子さまの経歴を見ていると、決してお勉強ができなかった方ではないと思います。英語は母国語でないのに高校から米国で学ばれて大変だったとも思います。立派に卒業されていますし、すべてコネだからと言うのはあまりにもひどいと思います。私自身留学の経験もあるので、人生のどの時期に留学すればどれぐらいできるとか、勉強は日本と比べてどのぐらい大変かと言う事もわかるので、あえて申し上げました。これほどひどい事を言われたら、誰でも精神的に参ってしまいます。お支えするのが私たちの務めだと思うんですが。

  • 3歳児の人へ 理解出来ないと思うけどここに載せておくね。
    Princess Masako is an intelligent young woman with an impressive resume. She speaks six languages: English, Russian, French, Japanese, Spanish and German. She graduated magna cum laude from Harvard, studied at Balliol College, Oxford and received a law degree from Tokyo University, Japan’s No. 1 university. Her thesis at Harvard was entitled “External Adjustments to Import Price Shocks: Oil in Japanese Trade.” One of her professors at Harvard told the New Yorker, Masako “was a quiet, unusually intelligent young woman and a very hard worker, unassuming and a bit shy, thoroughly assimilated into the Harvard environment of the day.”
    http://factsanddetails.com/japan/cat16/sub111/item581.html

    https://youtu.be/t-R-QqSYxiY

  • >She received a law degree from Tokyo University, Japan’s No. 1 university.

    これ嘘だろ。

    実際は

    1986年(昭和61年)、帰国後の4月に東京大学法学部第3類(政治コース)[13]の3学年に外部学士入学する[11]。
    1987年(昭和62年)に東京大学を中退し外務省に入省。

    東大への学士入学は簡単なものでしかもここでも父が当時教授をしていた。
    授業にはほとんど出席せず、1単位も取れずボロが出る前に中退して
    父のいる外務省にコネ入省。

  • 3歳児の頭脳の人へ
    ”1986年(昭和61年)、帰国後の4月に東京大学法学部第3類(政治コース)[13]の3学年に外部学士入学する[11]。100人中3人の合格であった[14]。”だよ。
    After graduation Masako moved back to Japan, where for six months (April to October 1986) she studied law at the University of Tokyo to prepare for the Japanese Ministry of Foreign Affairs’s entrance examination.[16][17] Out of 800 applicants only 28 passed,[17] Masako being one of them and two other women.[17][18]
    https://en.wikipedia.org/wiki/Masako,_Crown_Princess_of_Japan
    文句があるなら東京大学に言いなよ。

    https://youtu.be/gSAaNnWqGSU

    • 「正しいとはなにか」さんへ

      レベルの低い人間を相手にすると、病気になってしまいますよ。
      相手にしないほうがよいと思います。
      正常な知能のある人間なら、どちらが正しくて公平なものの見方をしているか解ります。

      雅子様を罵倒し傷つけることが目的なようですが、理由もなく人に対してそんな仕打ちが
      出来るってことは、どこかに自分の利害が絡んでいるからに他なりません。

      パワハラをするヤツにしても、イジメをするヤツにしても、皆相手の優秀さに追いつけない
      自分に苛立ち暴力(言葉も含めて)でねじ伏せようとするのです。
      大抵のまともな人間はそのレベルの低い攻撃への対処方法はわかりません。
      想像を絶するくらい低いレベルなので、高いレベルの方がその知能まで自分のレベルを
      引き下げることは無理です。
      だって、東大や外務省に誰が「コネ」で入れるなんて思いますか?レベル低すぎです。
      それだったら、11ページの論文で博士号を取得した方は何なんでしょうかね。

      ともかく、皇太子様が天皇陛下になられ、雅子様とともに「新皇室」を築かれていくことを
      応援しましょう。

      • 雅子妃殿下はあまりに優秀過ぎて病気になったと思われます。
        安倍首相には子供がいないです。お世継ぎが出来なかったことを気にしない方が良いです。
        今の日本に安倍首相に変わる人物はいないです。
        お世継ぎのいない皇太子は良い天皇になると思います。
        日本で考えると、悠仁親王という未来の天皇はいます。
        また、男系男子の皇位継承者は多くいます。日本としては心配はいらないです。
        問題は「女性宮家」です。これには絶対に反対しないといけないです。
        幸いにも「小室圭問題」で、国民は一般男性が皇室に入ってくるのに拒否反応を示すことが分かりました。
        「小室圭問題」とは、「女性宮家」へのNOという神の意思です。

      • >だって、東大や外務省に誰が「コネ」で入れるなんて思いますか?レベル低すぎです。

        そういうのはすべて詳細に調べられて、雅子のインチキはすべて暴かれています:

        学歴ロンダリング
        https://dosuko.fandom.com/ja/wiki/%E5%AD%A6%E6%AD%B4%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0

        「東大卒業&ハーバード大卒業の超才媛」というイメージが売り物の雅子夫人であるが、実際には東大は学士入学→中退であり、ハーバードについては父・小和田恒のコネが大きく働いていたと考えられる。彼女は外務省入省後オックスフォード大院に国費留学しているが、国費留学組の中でただ一人修士号を取得することができず、父親のコネが働かない場所では結果を出せないという実証がされている。
        このように実質が伴わないのにやたら高学歴イメージを作り出していることから、皇室御一行様スレッド住民奥様方の間では古くから「学歴ロンダリング」との表現がされている。

        時折秋篠宮妃紀子殿下と比較して「雅子サマの方が才媛だ!」という雅子擁護派の主張が散見されるが、紀子殿下は学習院大学院にて心理学修士号を取得しており、経済学学士どまりの雅子夫人と比較しどこをどう客観的に判断しても、紀子妃殿下の方が学位は上である。

        ハーバード大学の学部教育の問題として、マイノリティへの成績の付け方が他大学に比べ甘いこと、また実際の教育が教授でない教員(フェロー)によって行われている実態があることが指摘されている。これは教授が研究や大学院教育に重点を置いているためであるが、教授が学生の指導を密接に行うリベラルアーツ・カレッジとの違いになっている。マサチューセッツ州のアマースト大学、ペンシルバニア州スワースモア大学(Swarthmore College)といったリベラルアーツ・カレッジを卒業して、ハーバード大学の大学院に入学する学生も多い。

        ” class=”outlink”>http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%A5%CF%A1%BC
        (http://en.wikipedia.org/wiki/Harvard_Universityの“Views of Harvard”2パラグラフ目にも、ハーバード大学のgrade inflationにつき記述がある)

        ハーバード大成績評価について

        上述のように、ハーバード大学が学部生に甘い成績をつけることは有名で、以前からかなり問題になっている。平均的な成績がAなので、普通に履修していればGPAは限りなく4に近づける。このBoston Gloveの記事だと91%がHonor(Cum Laude, Magna Cum Laude, Summa Cum Laude)で卒業らしい。

        Harvard asks faculty to justify grading methods
        By Patrick Healy, Globe Staff, 10/23/2001
        SPECIAL REPORT | Oct. 7

         At Harvard, it’s honors all around Harvard University has a dirty little secret: a grade inflation culture that allows 91 percent of students to graduate with honors, rendering the distinction virtually meaningless.

         For the first time, professors at Harvard University have been asked to justify the grades they give students as the university launches its toughest examination yet of grade inflation.

         Susan Pedersen, dean of undergraduate education, gave faculty members a January deadline to explain their grading practices in writing. A committee will review the data and recommend whether changes to grading should be considered.

         The plan was announced at a private faculty meeting last week, following a Globe study revealing that decades of grade inflation have made it much easier to graduate with honors.

         More than half of Harvard’s grades last year were A’s and A-minuses, and a record 91 percent of students graduated with honors in June. Yale, Princeton, and other Ivy League and nationally ranked universities had far lower rates of honors, the Globe found.

        マグナ・クム・ラウデについて

        英語版Wikipediaの「Latin honors」のページによると、

        Harvard College first awarded final honors to its graduates in 1869. From 1872 to 1879, cum laude and summa cum laude were the two Latin honors awarded to graduates. Beginning in 1880, magna cum laude was also awarded:

        The Faculty then prepared regulations for recommending candidates for the Bachelor’s degree, either for an ordinary degree or for a degree with distinction; the grades of distinction being summa cum laude, magna cum laude, and cum laude. The degree summa cum laude is for those who have attained ninety per cent on the general scale, or have received Highest Honors in any department, and carries with it the assignment of an oration on the list of Commencement parts; the degree magna cum laude is for those who have attained eighty per cent on the general scale, or have received Honors in any department, and carries with it the assignment of a dissertation; and the degree cum laude is to be given to those who attain seventy-five per cent on the general scale, and to those who receive Honorable Mention in any study together with sixty-five per cent on the general scale, or seventy per cent on the last three years, or seventy-five per cent on the last two…. [Annual Reports of the President and Treasurer of Harvard College, 1877-78]

        だそうなので、GPA3.2ならMagna Cum Laudeとなれる。すなわち、成績の8割がBで2割がAなら取れるということ。前述の通り平均の成績がAである以上、かなり出来の悪い人間でも取れるということになる。

        もうひとつ、雅子妃がMagna Cum Laudeということは、当然Summa Cum Laudeではなかったということだ。この英語版Wikipedia によるとハーバード大学では9割以上Aの成績を獲ればSumma Cum Laudeとのことなので、GPAは3.6以下だったと推察される。ハーバード大学のような成績インフレ学校で GPA3.6以下とは、特に優秀でもなんでもない。中の中ぐらいの成績だと結論付けられる。

        小和田恒とハーバード大学

        実父小和田恒氏がハーバード客員教授(1979-1981)として勤めていた。

        小和田雅子卒業論文執筆に協力した人々

        たかだか一学部生の卒業論文なんぞに普通関わらないような財界人3人が、小和田雅子の卒論作成の手助けをしている事実が存在する。言うまでもなく父小和田恒のコネクションがなければ得られない人脈である。

        『素顔の雅子さま』主婦と生活社(1993年)p.76より引用

        小和田雅子ハーバード大学経済学部卒業論文

        EXTERNAL ADJUSTMENT TO IMPORT PRICE SHOCKS : OIL IN JAPANESE TRADE「輸入価格ショックへの外的調整・日本の石油貿易」

        Acknowledgments(謝辞)
        This thesis is the product of work carried out in both Tokyo and in Cambridge.

        I should like to acknowledge the financial assistance of the Japan Institute and the Center for International Affairs of Harvard University which provided me with summer grants to collect data and interview people in Japan during the summer of 1984. I am grateful for the help given to me in Tokyo by Mr. Kazuo Nukazawa, Directer of the Financial Affairs Department,The Federation of Economic Organizations, Mr. Teruhiko Mano, Genearal Manager of Economic Research Division, Bank of Tokyo, and Mr. Eisuke Sakakibara, Advisor to the President and Director, Genaral Plannning and Administraion Department, Japan Center for International Finance.

        In the process of analyzing this material after my return to Harvard I should like to give special thanks to my thesis advisor, Professor Jeffrey D. Sachs for his careful guidance, and to his research assistant Mr. Warwick Mckibbin for help with the computer work.

        『THIS IS 読売』1993年4月号pp.51-53、小和田雅子のハーバード卒論を手伝った一人、糠沢和夫氏本人の寄稿記事より引用

         小和田雅子さんのハーバード大学卒業論文(英文九十九ページ)は、一九八五年三月に提出されたものだが、前書きに小生(当時経団連理財部長)と東京銀行の真野調査部長、国際金融情報センターの榊原総務部長(いずれも当時)の協力への謝辞が述べられている。

         前年の夏休みに小生がご父君(小和田恒・現外務事務次官)からの紹介でお目にかかり。経団連の食堂で昼食を共にさせて頂きながら、石油ショックに対するマクロ・ミクロの対応などについてお話をした。

        Mr. Kazuo Nukazawa, Director of the Financial Affairs Department,The Federation of Economic Organizations,

        糠澤和夫 経済団体連合会参与 (元)ハンガリー大使、外務省大臣官房文化交流部長。
        Mr. Teruhiko Mano, Genearal Manager of Economic Research Division, Bank of Tokyo,
        真野輝彦 東京銀行参与(当時)、三菱UFJリサーチ&コンサルティング客員研究理事。
        Mr. Eisuke Sakakibara, Advisor to the President and Director, Genaral Plannning and Administraion Department, Japan Center for International Finance.
        榊原英資 (元)大蔵省財務官、慶應義塾大学グローバルセキュリティーセンター教授。

         繰り返すが、ハーバード大学の成績の付け方は甘く、大手メディアも問題視しているほどである。それにも関わらず、彼女が獲得したのはMagna Cum Laudeであり、最高ランクのSumma Cum Laudeではない。また、ハーバード大学では、一般教養科目の成績も含めたLatin Honorとは別に、専攻科目毎に与えられるEnglish Honorがあるが(ハーバード大学公式ページ)、そちらの方は獲得できていない。ここまで有利な条件が揃っているにも関わらず、成績はこの程度なのである。

        東京大学法学部について

        日本の一般学生より条件が有利な学士入学

        学士入学試験とは当時の共通一次試験や現在のセンター試験を経る形式とは大きく異なり、外国語(英語)と小論文・面接のみでクリアできる代物である。在米生活が長い雅子にとって英語の比重が高い試験は一般日本人受験者よりかなり優位に働くのは疑いなく、併せてハーバード卒業(父コネ・卒論執筆も父コネ)肩書きが面接で大いに効力を発揮したのは想像に難くない。

        僅か1年の在籍後、即中退

        「昭和62年 東京大学ご中退」と宮内庁HP 皇太子同妃両殿下のご略歴ページにも明確に記載されている。

        昭和61年10月に外交官試験(当時はコネが物言う試験だった)合格後、NHK出演やFOCUS取材やまた皇太子を顔を合わせるパーティーに何度も出席しており、更に後期には運転免許取得のために自動車学校へ通ってもいた。

        東大法学部に在籍していた1年間で学業に励んでいた様子はまるで窺えない。
        →【母校】も参照のこと。

        外交官試験について

         →「外交官試験」参照
        https://dosuko.fandom.com/ja/wiki/%E5%A4%96%E4%BA%A4%E5%AE%98%E8%A9%A6%E9%A8%93

        オックスフォード大学留学について

        国費留学

        オックスフォード大学ベリオール・カレッジに国費留学(一説には1,300万円かかったとも言われる)するものの、同期7人の中で雅子ただ一人だけが修士号を取得できずに帰国。

         『週刊文春』2006年3月16日号によれば、当時のオックスフォード大学で担当教授だったルーカス・チュカリス教授が、彼女は「日本政府によるアメリカ製航空機の購入」というテーマで論文を書いていたが、外務省に呼び戻されたため断念せざるを得なかったのは残念だと証言している。

         しかし、ならば提出できなかったことについて正当な理由があるのだから、オックスフォード大学当局及び外務省と話をつけて、後からの論文提出を認めてもらえば良かっただけの話である。どうもその辺の行動力が彼女には欠けている気がしてならない。

        修士論文を提出できなかった件

        小和田雅子が修士論文を提出できなかったのは付き纏うマスコミの所為とも言われたが、移動には宿舎からタクシーを呼べば済む話だし、校内にマスコミが入らないように大学当局と交渉することもできはたずである。

        また、小和田雅子が病気をしたせいで満足に勉強ができなかった、とも言われるが、そうだとすれば、彼女は外務官僚として国費留学していながら、自身の健康管理を怠っていたため(他の6人の同期官僚について病気をしたとの証拠・証言は2008年現在に至るも挙がっておらず、現地環境が病気の主要な原因だとは考えられない)に、修士号を取得できず帰国したことになる。

        いずれにしろ、社会人としては少々心構えが甘く、論文を執筆できなかった理由付けとしては苦しいものだと言わざるを得ない。

        外務省員留学コース

        彼女が留学したコースは、学者志望者向けのコースとは違い、企業や官庁の研修生向けのそれであり、現地の学生や少しやる気のある学生ならば1年で修了できるとも言われている。言葉の壁などで手こずってもせいぜい1年半。高校~大学が米国で、しかも大学の卒業論文を英語で書いてパスした人間が、1年半もいて修士論文を書けなかったというのはまず考えられない。

        実父・小和田恒氏の不明瞭な学歴について

        名桜大学・客員教授紹介欄では「【最終学歴】英国ケンブリッジ大学大学院修了」、名誉博士号をあげちゃった早稲田大学でも「小和田恒氏は1932年9月18日に新潟県新発田市に生まれた。1955年に東京大学を卒業すると同時に外務省に入省し、その後、ケンブリッジ大学大学院を修了した。」と記載。

        しかし、国際司法裁判所の小和田恒Biographyでは「LL.B., Cambridge University」、LL.B.=Bachelor of Laws(法学学士)である。ケンブリッジのLL.M.(法学修士)コースに在籍はしていたが修士論文を提出できなかったことについて、恒本人が「船便で博士論文を盗まれてしまった」と主張しているインタビューが発掘されたことについて保管庫02に書き込みまとめがあるので是非参照されたい。

        実父についても修士号を取得しているかどうか定かでなく、いつの間にやら早稲田の名誉博士号をゲトしているところは、まさに父娘揃っての学歴ロンダリングと表現できるだろう。

        https://dosuko.fandom.com/ja/wiki/%E5%AD%A6%E6%AD%B4%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0

        外交官試験
        https://dosuko.fandom.com/ja/wiki/%E5%A4%96%E4%BA%A4%E5%AE%98%E8%A9%A6%E9%A8%93

         平成12年まで行われていた外務公務員I種試験の通称。かつて外務省は、国家公務員採用I種試験ではなく、外務省独自に行うこの試験によりキャリアを採用していた。これに合格して入省した外交官を俗に「キャリア外交官」と呼称し、外務省本省の多くの幹部職や、主としていわゆる大国に駐在する大使等はほとんどこちらから任命されていた。小和田恒・雅子父娘は、いずれもこの試験の合格者である。

         「外交官に比べれば東大法学部卒など霞んで見える」とまで言われ、非常に人気が高く、外務公務員採用I種試験に合格した者は、大学を中退して入省した程である(事実、東大3年~4年次中退者が非常に多い)。雅子妃が東大を中退しているのも、3年次に合格を果たしたからである。

         またかつては、そのブランドより、在外公館へ他省庁から出向した者(アタッシェ制度)に対して差別的な扱いをしているとの指摘もあった。「外務キャリアの不当な特権意識を助長している」等の批判を受け、外務公務員採用I種試験は廃止され、平成13年(2001年)より、外務キャリアは他省庁と同様に国家公務員採用I種試験合格者から採用されることとなった。

        (以上、ウィキペディア『キャリア(国家公務員)』『公務員試験』の項より。一部加筆)
        http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E4%BA%A4%E5
        http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3

         当時の外交官試験がいかに不透明なものであったかは、外務官僚・外交官の傲慢さ、いいかげんさ、横柄さ、ずさんさを痛快に暴いたテリー伊藤著『お笑い!外務省機密情報』(飛鳥新社)にも詳しい。

        「外交官に対する、理由なきこの特別扱いは、まず採用試験にルーツがある。外交官以外はみな、大蔵省をはじめ全省庁のキャリア官僚がすべて、同じ上級職(現在の正式名はⅠ種)の国家公務員試験で選抜されている。

         外交官は語学ができないといけないから?われわれ一般国民はこう騙されがちだが、実態はまるで違う。ノンキャリア組から本省のキャリア組幹部まで、『外交官試験の語学試験の内容とレベルは、専門的でもなければ高くもない』と口を揃える。英語を含めて1ヶ国語だけしか必要ないし、和訳と外国語訳があるだけ。

         最近は大学受験ですら、『日本人は何年間も外国語教育を受けながら、喋れないし聞けない』という批判を気にして、ヒアリング試験ぐらいは取り入れている。しかし、外交官試験は相変わらずペーパーテストだけ。

         したがって、『外交になど、とても使えはしないレベルの語学力の持ち主が、ぞろぞろ合格する』(外務省幹部)

        (中略)

         あるノンキャリア外交官は、『語学の専門能力を持っている外交官は、ノンキャリア組の試験で選ばれるんです』と言った。これは、『外務省専門職員採用試験』というやつだ。文字通り、語学の専門能力を持っている人間を選ぶ。

        このシステムは、『外交は実は半端な語学力などでやるものではなく、全人的な能力でやるもの。語学は、専門の通訳に任せておけばいい』ということを外務省が、当然ながら知っていることを物語る。『全人的な能力』が求められているのだから、キャリア外交官を特別な試験で選ぶ理由はない。理由の無いものが存在しているのは、日本人の外国コンプレックス、『海外だの国際だのという話は特別な人間にしか分からない』という思い込みがあるためだ。」
        (pp.121-123)

        「テストといえば、外交官の血族社会が時代の変化に負けずに、延々と続いている大きな理由のひとつは、『外交官試験』にある。外交官試験の問題は、『ヨーロッパ篇 その1』でも問題提起して、廃止を訴えた。ここで、もうひとつの側面を指摘し、重ねて廃止をアピールしたい。

         中央官庁のキャリア組のなかでも外交官だけ別扱いにして、特別に『外交官試験』を行う。つまりは、外交官以外の目で、次世代の外交官を選ぶ機会がないということである。

         しかも、試験官と受験生が実は血のつながりがあったり、そうでなくとも『世話になった、かつての上司の息子さん』が受験生――ということは頻発している。

         コネ優先なんて半端なものじゃない。事実上、身内が身内を選ぶ、身内しか選ばないシステム、それが外交官試験である。外交官試験ある限り、血族社会は揺るがないのだ。

         これを壊す。すなわち外交官試験を廃止して、外務官僚以外の人間が外交官の採用、不採用を決める改革を今すぐ、断行するしかない。」
        (pp.221-222)

         未だに雅子妃優秀伝説を信じている人々が多いのは、同氏が指摘する「日本人の外国コンプレックス、『海外だの国際だのという話は特別な人間にしか分からない』という思い込み」が残っているからではないかとも思われる。

         ちなみに、週刊新潮(2004年12月23日発行)に高山正之・帝京大学教授が執筆された「変見自在」によると、「外交官試験には大使の子が5人に1人合格していたが、橋本龍太郎元首相(編者注;故人)が外交官試験を国家公務員採用Ⅰ種試験に一本化してからは、大使の子の合格者はゼロである」とのことである。
        https://dosuko.fandom.com/ja/wiki/%E5%A4%96%E4%BA%A4%E5%AE%98%E8%A9%A6%E9%A8%93

  • 新しい日本の皇后様になるんだから悪口ばかりコメントしないで欲しいです。圧倒的に応援している人が多いと思います。

    • 3歳児の君へ
      学位を取るのは難しくないようだよ。
      ”学位とは、大学の卒業者、大学院課程の修了者、短期大学の卒業者などに対して授与されるものである。学位規則に基づく学位として、学士・修士・博士・専門職学位・短期大学士がある。
      A qualification conferred upon students who successfully complete academic programs of universities, graduate schools, junior colleges, and other higher education institutions. ”
      となっているよ。
      https://www.weblio.jp/content/%E5%AD%A6%E4%BD%8D

  • 東京大学法学部に入学とは書いてあるようですが、卒業したとは書いていないので、その辺りはわかりません。でも、ハーバード大学を卒業しているんですからどうでもいい事ではないでしょうか。2018年の世界大学ランキングによると、ハーバード大学は6位、東大は46位との事ですから。

  • コメントにしつこく載せてくる雅子様批判は読むに耐えないですね。
    新しい関係筋の話では、黒田清子さまは根っからの秋篠宮派で美智子さまの依頼どおり、東宮家落としのネタをバンバンネットに落としまくってるらしいです。
    最初は耳を疑いましたけど、お子さまがいらっしゃらない、時間はいっぱいあるので、あり得ない話ではないですよね。
    雅子様がヤフオクにティアラを出したかいうガセネタを振り撒いたのももしや清子さまとか?
    やけにリアルに書いてあったし。
    この間の両陛下との食事会、ネット上の秋篠宮に対する反応や、清子さまの落としまくっている東宮下げ爆弾の結果などを報告させるために行ったとも聞きました。
    酷い身内にかこまれて、皇太子殿下も大変ですね!
    頑張ってほしいです。

  • コメントを残す

    メールアドレスの入力は任意です。(公開されることはありません)

    このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください