皇太子殿下、お誕生日会見「全文」

皇太子殿下の“誕生日会見”を拝して 秋篠宮殿下との違い

2019年2月23日

(宮内記者会代表質問)

(問1)殿下が新天皇として即位されるまで残り2か月余りとなりました。皇太子としての歩みを振り返るとともに、即位を控えた現在の心境や、新たな時代に臨む決意をお聞かせください。皇室全体では皇族の減少や高齢化が進んでいますが、殿下はどのような皇室の将来像を描かれていますか。

皇室が国民のために何をすべきか感じ取れるよう心掛けた

【殿下】今から30年前、昭和から平成の新しい御代への移り変わりを、私は、皇居の吹上御所で迎えました。深い悲しみの中に、一つの時代が終わったという感慨が、頭の中を駆け巡ったことを記憶しています。立場が変わったことを認識しつつも、最初しばらくは、「皇太子さま」と呼ばれても、何か実感が湧かなかったことを覚えています。ただ、昭和の時代から、回数は限られますが、現在の両陛下の御公務に御一緒したり、昭和62年には、私自身も昭和天皇の国事行為臨時代行を務めさせていただくなどしたことは、皇太子としての準備を進めさせていただく機会になったものと有り難く思っております。

 実際に皇太子となってからは、自分の中でもその役割に対する自覚というものがより根付いてきたように思います。特に、平成3年2月に立太子の礼を陛下に執り行っていただいたことで、その気持ちがより強くなったことを思い出します。

 皇太子としての活動を行うに当たっては、国民の幸せを願い、国民と共にありたいと思っておられる陛下をお助けすべく、皇太子として自分に何ができるかを常に考えながら、一つ一つの公務に取り組んでまいりました。私は、様々な行事の機会に、あるいは被災地の視察として、各地を訪問してまいりましたが、国民の中に入り、国民に少しでも寄り添うことを目指し、行く先々では多くの方々のお話を聴き、皆さんの置かれている状況や関心、皇室が国民のために何をすべきかなどについて、的確に感じ取れるように、国民と接する機会を広く持つよう心掛けてまいりました。こうしたことは、今後とも自分の活動の大きな柱として大切にしていきたいと思います。

 国際親善とそれに伴う交流活動も皇室の重要な公務の一つであると思います。これについては、これまで30か国以上を親善訪問し、また、日本に来られた賓客や外国青年代表、国際賞受賞者等多くの外国の方とお会いする機会がありました。こうしたことが、日本と各国との友好親善の一助となったのであれば幸いです。また、これらの経験によって、自分自身も世界に対する視野を広げ、関心を深めることができたように思い、有り難く思っております。

これからのことを思うと、とても厳粛な気持ちに

 平成28年8月8日の天皇陛下のおことば以来、これから私が担うこととなる重責について、改めて思いを巡らせる機会も増えてきましたが、その度に、両陛下のこれまでの御苦労と御努力に感謝と尊敬の念を覚えます。また、両陛下から、様々な機会に、多くのお話を伺わせていただいていることも、今後公務に取り組んでいく際の大きな道標(しるべ)となるものであり、大変有り難いことと思っております。

 これからのことを思うと、とても厳粛な気持ちになりますが、引き続き自己研鑽(けんさん)に努めながら、過去の天皇のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下がなさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、あるいは共に悲しみながら、象徴としての務めを果たしてまいりたいと思います。また、以前も述べたとおり、私が長年携わってきました「水」問題についても、そのことを切り口に、豊かさや防災など、国民生活の安定と発展について考えを巡らせることもできると思います。日本の変化に富む豊かな国土は、同時に、自然災害、例えば台風や豪雨、津波などの影響を受けやすいことから、「水」問題への取組で得られた知見も、これからの務めの中で、国民生活の安定と発展を願い、また、防災・減災の重要性を考えていく上で、大切にいかしていきたいと思います。

新しい風が吹くように、皇室の在り方も変わってくる

 皇室の将来像についての御質問については、男性皇族の割合が減り、高齢化が進んでいること、また、女性皇族は結婚により皇籍を離脱しなければならないということは、将来の皇室の在り方とも関係する問題です。ただ、制度に関わる事項については、私からこの場で言及することは控えたいと思います。

 皇室の在り方に関しては、国民と心を共にし、苦楽を共にする皇室、ということが基本であり、これは時代を超えて受け継がれてきているものだと思います。過去の天皇が歩んでこられた道と、天皇は日本国及び日本国民統合の象徴であるとの日本国憲法の規定に思いを致し、国民と苦楽を共にしながら、国民の幸せを願い、象徴とはどうあるべきか、その望ましい在り方を求め続けることが大切であるとの考えは、今も変わっておりません。

 同時に、その時代時代で新しい風が吹くように、皇室の在り方もその時代時代によって変わってくるものと思います。私も、過去から様々なことを学び、古くからの伝統をしっかりと引き継いでいくとともに、それぞれの時代に応じて求められる皇室の在り方を追い求めていきたいと思います。

(問2)天皇陛下は4月30日に退位されます。象徴としての務めを果たしてこられた天皇陛下と、支えてこられた皇后さまに、どのような思いを抱かれていますか。また、退位という形でのお代替わりについては、殿下はどのように捉えていらっしゃいますか。

陛下のお気持ち、心から共有した皇后さま

【殿下】天皇陛下には、御即位されて以来、長年にわたり、日本国憲法の天皇の規定と、歴代の天皇の歴史に思いを致され、常に国民の幸せを願い、国民に寄り添い、苦楽を共にしながら、象徴天皇としてのお務めを果たされる中で、そのあるべき姿について全身全霊をもって模索をしてこられました。また、皇后陛下には、そうした陛下のお気持ちを心から共有され、常に陛下をお支えになってこられました。そして、陛下には、そのような皇后陛下を敬愛され、両陛下で御一緒に歩みを進めてこられました。こうした両陛下のこれまでの歩みに思いを致す度に、両陛下に対して深い感謝と敬意の念を覚えております。両陛下には、今後とも末永くお健やかにお過ごしいただけますよう、心よりお祈り申し上げます。

 また、両陛下がこの30年余り、一つ一つの行事を大切に思われ、真摯にお務めに取り組んでこられるお姿を、私も、そして雅子も、間近に拝見する機会を頂いてまいりました。そのようにお側(そば)で学ばせていただいたことの幸せを改めて噛(か)み締めるとともに、両陛下のお心遣いに感謝申し上げます。そして、そのお姿をしっかりと心に刻み、自己の研鑽に励みつつ、今後とも務めに取り組んでまいりたいと思います。

 私自身について言えば、両陛下のお手許(もと)で温かい家庭において慈しみを受けながらお育ていただき、また、音楽やスポーツの楽しみを教えていただいたり、留学といった得難い経験をさせていただいたりしたことが、自分にとっても大きな糧となっていることに深く感謝をしております。

退位の背景、十分にお察し申し上げます

 退位という形でのお代替わりについての質問ですが、陛下の御退位については、以前もこの場でお話したとおり、陛下が「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか」と御案じになられていることに、とても心を揺さぶられましたが、そのようなお考えに至られた背景については、十分にお察し申し上げます。私としましては、こうした陛下のお考えを真摯に受け止めるとともに、常に心にとどめ、これからの務めを果たしていく考えです。

(問3)ご家族についてお伺いします。雅子さまは着実に活動の幅を広げられていますが、皇后になられたあとの活動の見通しや、殿下が感じられた変化についてお聞かせください。また、春に高校3年生になられる愛子さまの今後の進路や将来の活動について、ご家族でどのような話をされていますか。

雅子は快復を目指し、さらに努力を重ねていくと思う

【殿下】雅子は、この1年も、体調に気を付けながら、公私にわたりできる限りの務めを果たそうと、種々の工夫を凝らしつつ一生懸命に努力を積み重ねてきております。そうした努力の結果、昨年12月の誕生日に際しての感想の中でも述べておりますとおり、活動の幅が、少しずつではありますが、着実に広がってきていることを、本人もうれしく思っておりますし、私も共にうれしく思います。

 その過程では、訪問先などで多くの方々から笑顔で温かく迎えていただいたことは、雅子にとって本当に大きな支えとなっておりました。私も雅子と共に、改めて国民の皆様に感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

 一方で、着実に快復してきているとはいえ、依然としてその途上にあり、体調には波もありますので、雅子には、引き続き焦ることなく、少しずつ活動の幅を広げていってほしいと願っております。

 今後は、自身の置かれる立場が変わることで、公務も多くなる中、一朝一夕に全てをこなせるようになるわけではないと思いますが、雅子は、これからも体調に気を付けながら快復を目指して更に努力を重ねていくと思いますので、国民の皆様には、引き続き快復を温かく見守っていただければと思います。雅子には、これまで、私や愛子のことにもいろいろと良く心を配り、私の活動を支えてきてくれています。私も、できる限り力になり、雅子を支えていきたいと思っております。

愛子は一段と成長を遂げた

 愛子は、この1年、英国イートン・カレッジでのサマースクールや秋の関西地方への修学旅行などを経て、一段と成長を遂げたように感じております。青春期には誰しもが経験するように、こうした得難い経験を通じて、自分の世界が大きく広がったものと思います。

 これからの数年間は、自分自身が、将来について、いろいろと思いを巡らせる時期になりますので、お友達や先生方など周りの方々と語り合い、自身での思索を深めていってほしいと思います。

 イートンでのサマースクールや修学旅行、学校の課題など、普段から、愛子から私たち二人にいろいろと話をしてくれていますし、大事な事柄については、その都度相談に来ることもあります。今後とも、大学への進路といった将来のことやその時々の悩みなどについて、相談を受けることもあると思いますが、親として、本人の気持ちをしっかりと聞きながら、良い助言ができればと思っております。

(問4)秋篠宮さまは昨年のお誕生日の記者会見で、新天皇が一代一度限り臨む大嘗祭のあり方について持論を述べられました。即位にかかわる一連の皇室行事について、殿下はどうあるべきだとお考えでしょうか。

【殿下】即位に関わる一連の皇室行事の在り方については、平成のお代替わりの折の前例を踏まえ、政府において十分な検討を行った上で決定したものと理解をしております。また、様々な事項の決定については、私も折々に説明を受けてきております。したがいまして、今回政府が決定をした内容について、私がこの場で何か述べることは控えたいと思います。

(問5)残り2か月余りで「平成」が幕を閉じます。「平成」とはどのような時代だったとお考えでしょうか。

平成の始まり、冷たく聳えるベルリンの壁が崩壊し、新時代の到来を感じた

【殿下】平成の始まりというときに、私は、同じ年に起こったベルリンの壁の崩壊を思い起こします。私は、その2年前の昭和62年に、ベルリン日独センターの開所式に出席するため、当時の西ドイツのベルリンに行きました。その時見た、冷たく聳(そび)えるベルリンの壁は、人々を物理的にも心理的にも隔てる東西の冷戦の象徴として、記憶に深く刻み込まれるものでした。その後、平成元年11月にベルリンの壁が崩壊し、東西のベルリン市民が壁を登っている姿に、新たな時代の到来を感じました。平成という時代は正に、この新しい世界の動きとともに始まったと言えると思います。

 冷戦の終結を受けて、二極の対立構造はなくなったものの、各地で内戦や地域紛争が増加しました。これに対して、日本は、開発援助のほか、復興支援や人道支援も積極的に行うことにより、世界の人々から高く評価されるようになりました。また、ノーベル賞の受賞や、スポーツ、文化といった分野でも、日本人が国際的に評価され、あるいは活躍する場面が増えましたが、これは平成時代の特徴ではないかと思います。オリンピックを例に挙げるまでもなく、平成を通じて特に、十代の中高生を始めとした若い人たちの活躍が目立ったように感じ、とてもうれしく思います。陛下がおっしゃっているように、平成が戦争のない時代として終わろうとしているわけですが、戦後長く続いてきた平和な日本の社会において、この国の未来を担う若い人たちが、夢を大切にしながら自分の能力を発揮できる環境が整ってきたことの証(あかし)であると思います。私も、これまでいろいろな場で若い方々と御一緒する機会を大切にし、その熱意や息吹を感じて心強く思ってまいりましたが、これからも若い世代の活躍を願いつつ、見守っていきたいと思っております。

多様性を寛容の精神で受け入れ、お互いを高め合うことが大切

 また、平成は、人々の生活様式や価値観が多様化した時代とも言えると思います。それは、ITその他の科学技術の飛躍的発展によって、更に推し進められた部分もあると思います。今後は、この多様性を、各々が寛容の精神をもって受け入れ、お互いを高め合い、更に発展させていくことが大切になっていくものと思います。

 他方で、少子化や高齢化の進行は、日本のみならず、多くの国で大きな社会問題となっています。今後の日本にとり、諸外国の経験や知識を参考にしながら、この問題について考えていくことが必要な時代になっていると思います。

災害の度、被災地に向かった両陛下、心に深く残る

 平成は、また、地震や津波、台風や集中豪雨といった数多くの自然災害に見舞われた時代でもありました。多くの人が命を落とされ、また、生活の基盤を失われたことは、大変心の痛むことでした。そうした中で、災害救助や復旧・復興の折に示された「絆(きずな)」とも称される助け合いの精神には、日本の人々の優しさや秘めた強さを見る思いがいたしました。そうした不幸な出来事が発生する度に、両陛下には、被災地に向かわれ、困難な状況にある人々に寄り添ってこられるなど、お力を尽くしてこられました。両陛下が、国民と共にありたいと常に願われ、そのお気持ちを体現してこられたことが、私の心に深く残るものと思います。

(関連質問)

(問1)殿下は、30年以上にわたって、国民文化祭に出席されてこられましたが、来年度以降は象徴天皇として国民文化祭に臨まれることとなると思うのですが、臨むに当たっての抱負や思いなどをお聞かせいただけますでしょうか。

【殿下】立場が変わることによって、今まで両陛下がなさってこられたいろいろなお仕事を私が受け継がせていただくことになります。そして、両陛下が今までなさってこられたことをよく学び、それぞれの行事に心して出席したいと思っております。それから、今お話のありました国民文化祭については、私が第1回から出ている行事ですし、特にその地方地方でいろいろな文化がある中で、自分たちの文化を再発見し、そしてまた新しい文化を創り上げていくという理念の下に創られた行事であると理解しております。近年は、障害者芸術・文化祭も一緒に行われることになりましたので、より内容の深いもの、濃いものになってきていると思います。いずれにしましても、一つ一つの行事に新しい天皇としての立場で、心して出席していこうと思っております。

(問2)来年はオリンピック・パラリンピックが開催されます。殿下は去年、パラリンピックのマラソン選手、道下(みちした)さんの伴走をなさいました。その時の率直な御感想と何か新たな発見がございましたら、お聞かせください。

気付いた時にはもうマンホールの上に

【殿下】オリンピック・パラリンピックについては、特に両陛下が皇太子時代から大変心を寄せてこられたものだと思います。そして、両陛下が日本の障害者スポーツ大会へ大きな貢献をされたものと私も思っておりますし、障害者スポーツ大会について、両陛下から今までもいろいろなことを伺ってきております。来年にはオリンピック・パラリンピックを控えております。そのような中で、園遊会で道下さんとお会いしまして、私がジョギングを趣味としていること、よくこの御用地の中を走っており、園遊会の会場となっている場所もよく走っているというお話をしましたところ、御一緒する機会があればと先方がおっしゃってくださいました。私としましても、そういうパラリンピックの選手の人たちがどのように競技に臨んでいるのか、パラリンピックとはどういうものなのか、ということを私自身も理解するいい機会だと思いましたので、その申し出を喜んでお受けすることといたしました。私が心配したのは、どのように目の見えない方を走りながらリードしたらいいのか、しかもひも一本で結ばれている状態ですので、どのように声を掛けてリードしていったらいいかということで、事前に書物を読んだり、あるいは動画を見たりして少し研究をいたしました。実際に御一緒してみて、私自身も最初は少し緊張しましたけれども、楽しくとてもいい経験をさせていただいたように思います。一例を挙げますと、例えば2メートルくらい先にマンホールがありますということを道下さんにお話しようと思いましたら、気が付いた時にはもうマンホールの上にいるような感じで、走っていると随分スピードもあるんだなと思いましたし、実際に伴走の方がどのように選手をリードされているのかということも私も分かって、自分としても大変いい経験になったと思います。もう一言付け加えさせていただきますと、三重県で障害者の施設に行きました時に、ボッチャをやっている場面を見せていただきました。その時に、そこにおられた選手の方が私にボールを渡して、やってみませんかと言ってくださったので、実際に投げてみると、やはり意外に難しいものだと思いました。このように自然な形でパラリンピックの競技を自分自身が体験できたということは本当に自分にとっても良かったと思っております。そして、来年のオリンピック・パラリンピックを大変楽しみにしております。

(問3)先ほど雅子さまについては御体調のところは伺ったんですけれども、今後の御活動の、御活躍を期待される分野といいますか、内容といいますか、どうお考えなのか、例えば国際的なものなのか、それとも若い人たちの活躍の環境を整えられることですとか、また、困難な状況に置かれている人たちに寄り添うことですとか、どういった内容で御公務、御活動をされていってほしいとお考えでしょうか。

海外経験がある雅子、本人だからできる取り組みが今後出てくる

【殿下】今は体調の快復に一生懸命取り組んでおりますし、将来的には自分としてできることが見つかることを、私も心から願っておりますが、現在は、そういうものを少しずつ模索しているような段階なのではないかと思います。雅子自身もいろいろ海外での経験もありますし、このグローバル化の時代にあって、国際的な取組など本人だからできるような取組というのが、今後出てくると思います。今具体的にどういうものかということは、お答えできないのですけれども、先ほども申し上げましたとおり、本人も一生懸命努力をしながら快復に努めておりますので、何かいい取組に将来出会うことができれば、私も大変うれしく思います。

追記:皇太子殿下のお言葉を拝して——秋篠宮殿下との違い

皇太子殿下の“誕生日会見”を拝して 秋篠宮殿下との違い

2019年2月23日

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18 件のコメント

  • 皇太子さまは
    日本の希望です。

    ところで
    民間人の小室氏は
    フォーダム大学に皇室のコネだけで
    行ってるのでしょうか?

    そこに、1円でも税金が使われてるのならば
    既に 皇族 扱いなのでしょうか?

    皇室の費用を
    民間人の留学に使用する事は
    許されてるのでしょうか?

  • 今回の皇太子様のお話を聞くと不思議とありがたく思ってしまう。これが日本人というものなのかな。やはり皇室は、皇太子様のようであってほしいと思う。皇族乱用の小室圭。皇族にこれ以上近づかないで。皇族との結婚はお互いが好きなら『誰でもいい』という訳にはいかない。皇太子様のお話を聞いてつくづく思った。

  • 新天皇に期待したいです。
    私は新年号は「好転」が良いと思っています。「好天」に通じます。雨の日も「好天」です。
    すべてが「好転」すると思う。雅子妃殿下、愛子内親王も「好転」すると思う。
    日本も「好転」すると思う。
    大嘗祭、オリンピック、万博で日本経済は「好転」します。
    昭和の大イベントは、1959 年皇太子ご成婚パレード、1964年東京オリンピック、1970年日本万国博覧会でした。三種の神器、高度成長、団塊の世代です。
    「巨人・大鵬・玉子焼き」を生んだ堺屋 太一さんが亡くなられたのは残念です。

  • 2010/5/16 「思うこと」
    https://purple.ap.teacup.com/narugami/444.html
     
    宮崎の声を聴きましょう。

    江藤拓衆議院議員の国会質問動画も視られます。
    民主党側、民主党支持者の霍乱作戦もあって、情報は錯綜しているようです。

    宮崎の現場の声で判断しましょう。

    左翼が政権を握った年は、天変地変が勃発します。

    社会党の村山富市が総理大臣の時は、阪神大震災が起きました。「私の信念に基づいて
    自衛隊は派遣しない」と言い張って、死ななくて良い命が7000名近く亡くなりました。

    民主党が政権を握ってからも、数々の異変が起きています。大地震も起きるかもしれません。

    民主党は左翼は左翼ですが、日本を解体して特亜(特定亜細亜・・中国・韓国・北朝鮮)に乗っ取らせる意図の下に成り立っています。

    上層部は在日帰化人集団です。

    新人の若い議員達も、ひょっとしたら在日帰化人たちの子供かもしれません。
    通名と云う馬鹿な制度の為に日本人と見分けがつきません。

    常々書いてきたことですが、日本を乗っ取ろうとする闇の集団は、どちらが表か?搦め手か解りませんが、皇室の乗っ取りと政治の乗っ取りの二手に分かれて攻めてきました。

    皇室が乗っ取られても日本は終わります。政治が乗っ取られても日本は消滅します。
    「20年後は日本と云う国は存在しない」と、中国の幹部がいいました。

    長い長い時間と周到な計画をもって、闇の勢力と反日売国の国会議員や日教組の勢力は暗躍してきました。

    悲しいことに、真性日本人でありながら売国反日の議員は沢山いるのです。

    それらの集団が、まず皇室に狙いをつけました。

    皇太子徳仁さんが軽度の知恵遅れだということは、美智子様のいろいろなお言葉や、皇太子自信のエピソードでもわかります。

    例えば

    まどの開け閉めも、全開か全閉しか出来ないこと。

    イギリス留学のとき、洗濯機に洗剤をひと箱ぶちまけたエピソード。

    小学生の成績は、煙突さんとアヒルさんだったこと(美智子様がおっしゃつていらっしゃいました)

    中学時代・・「おもうさま赤いお座布団にお点が乗っているよ」

    浜尾さんが、「浩宮さまは、何度も反復して覚えてゆきます」

    癌で七歳の娘を亡くした母親に、「僕にも七歳の愛子がいます」「寂しいですか?」

    これだけの例でも、薄弱だとわかります。ただ、結婚するまでは、両陛下のお導きや、側近たちの擁護で薄弱な面が目立ちませんでした。

    この皇太子に狙いをつけて、レーニン信望者であり創価学会信者であり、三代前が半島からと推測され、さらに公害チッソ会長の江頭豊の婿である小和田恒と闇の勢力が、国会の反日売国勢力と外務省の創価学会員たちと組んで、小和田雅子を皇太子に美人局をしました。

    これがコールマール疑惑と呼ばれています。

    これを隠し撮りしたのではないかと思います。(中国のやり方です・・脅迫に使います)
    実際に同衾しなくとも、薄弱の皇太子を騙すくらいは簡単です。

    小和田恒は両陛下に会って、脅迫したのでしょう。
    昭和天皇も反対をして、両陛下も宮内庁も反対でしたのに、小和田はアメリカのマスコミを動かして結婚は既成事実のようにスクープさせました。

    それからの皇太子と雅子の遊び放題、内定費の使い放題、小和田恒にお金を渡すために、皇室の財宝をオークションにかけたりやること成すこと日本を貶める工作の元に、皇室の権威を弱体化させて、この二人が天皇皇后になるのなら、皇室は要らないと国民に思わせるまでに至りました。

    小和田雅子は人格障害という生まれつき精神を病んでいます。適応障害は嘘です。
    皇太子は小和田雅子と結婚したことによって、雅子から受けるDVの被害者でありいまでは二人精神病と言われるほど小和田のしもべに変貌しました。

    両陛下のお悲しみを思うと民草として苦しいです。
    でも、今の法律では、天皇陛下には皇太子を廃嫡させる権限を持っていらっしゃいません。皇室会議を開いて、重大な事故を理由に皇太子の位を剥奪は出来るのですが、時の総理大臣と両議院議長も列席します。

    左翼政権は、皇太子と雅子が皇室をもっともっとくだくだにして欲しいのですから、なんで廃嫡させるものですか。

    かくして天皇陛下の千代田宮内庁とは別組織である、東宮御所の皇太子夫妻側近は、小和田恒の子分で固められ、外務省から来た創価学会員で成り立っています。

    天皇陛下も口を出せない別組織ですのに、324000万の内定費を両陛下と共有します。何年か前のオランダ疑惑旅行のように、一億円以上も私的に使われると、両陛下に皺寄せがゆき、両陛下はご静養なども取りやめになられたりします。

    遊び事は絶対に取り辞めませんが、皇太子妃としての公的な仕事は完全に拒否しています。あきれ果てたエピソードは山のようにありますが、代表的なエピソードには、赤十字総裁は皇后陛下、副総裁には皇太子妃がなりますが、赤十字から拒否をされて、実質秋篠宮紀子様が副総裁の役をつとめていらっしゃいます。

    噂によると「看護婦とはいい学校に行かれない頭の悪い人がなる仕事だ」と言ったそうです。

    実際には、看護大学を出た人々は、ハーバードの偽学歴の雅子さんなんぞ敵わない優秀な人々なのです。かくして、赤十字の行事には皇太子妃雅子は何年も出席致しません。

    皇太子妃として入内して足掛け17年。皇太子妃としても、小和田雅子と云う女性としても、成し遂げたものは何一つとしてありません。

    ここまで無能な人間だとは、闇の勢力も予想外だったことでしょう。

    それでも何の色にも染まる皇太子を操り、皇室を貶め、皇室廃止・日本終了も見えてきたのだからそれなりに効果があったのでしょう。

    皇太子夫妻に男児が授からず、愛子ちゃんが知恵遅れとして生まれたことも、八百万の神様の劇的な采配がありました。

    小和田雅子が、男性遍歴と同棲をしていた事実を箝口令で葬っても、どんなに人工授精をしても着床しない子宮こそが雄弁に物語っています。(堤医師の、どうやっても流してしまうんだよなあとぼやいた声)

    愛子ちゃんは確かに皇太子の子ですが、卵子は果たして雅子さんか?産んだのは雅子さんか?妹の礼子か節子が母親なのではないか?大きな疑惑は今も囁かれています。母親としての愛子ちゃんへの愛情が、雅子さんにはかけらも見えないのです。

    西尾幹二さんが、雅子さんは「してはならないことをした」と言ったことが、これのことかもしれません。

    とまれ、人工授精で愛子ちゃんは生まれて、天皇陛下からさげ渡された「護り刀」を、東宮侍従が受け取り愛子ちゃんの枕元に届ける途中、報道陣が居並ぶ前で東宮侍従が護り刀を落してしまいました。慌てた侍従が今度は護り刀を踏んづけてしまいました。

    護り刀は逃げたのだとネットでは言われています。

    愛子ちゃんに八百万の神様の守りが無いことがこれで解りますね。

    皇太子夫妻は、愛子ちゃんの五歳の祝いであり、皇族として認められるお披露目である、「着袴の儀(ちゃっこのぎ)」も行なっていません。

    「着袴の偽」と呼ばれる朝鮮風のピンクと黄色の衣装でごまかしました。

    この日から両陛下は「敬宮愛子」と呼ばなくなりました。ただの「愛子」です。皇族の人々にも愛子ちゃんは皇族とは認められていません。

    愛子ちゃんが知恵遅れでも、正当な後継者として悠仁ちゃまが生まれても、皇室典範を変えて、長子天皇・愛子女帝の道をなんとかして成立させようと、画策は止みません。

    愛子ちゃんを女帝にして、池田大作の血を娶わせれば、池田王朝・朝鮮人王朝が成立します。着々と闇の準備は整えています。

    小和田雅子の妹礼子が嫁いだ「池田祐久」は、池田大作の種であると私は睨んでいます。写真が生き写しなのです。

    いとこであっても、愛子ちゃんに娶わせれば、池田王朝が成立します。

    これらの暗黒の陰謀には、民主党の帰化人たちも、自民党の中の反日売国議員たちも一丸となって暗躍しています。

    本当に身震いするほどの悪魔達に日本は絡め取られました。

    私が今密かに想像していることは、ひょつとしたら、天皇陛下は、ご自分の125代で皇統を廃止なさるお覚悟かもしれないということです。

    なによりも国民を思い、国民の幸せを第一として、日本の安寧を祈られ、世界の平和を祈られる天皇陛下です。

    いくら可愛いわが子の徳仁氏であっても、悪魔に魂を売り渡した者を、後継者にはしないだろうと思うのです。

    皇太子夫妻が天皇皇后になれば、皇統の歴史に拭いきれない汚点をもたらす事が、一人の国民である私にもはっきり解るからです。

    ご自身の意思で皇統を絶つことを全世界に発布なさるのではないかと、その時期を辛抱強く待っていらっしゃるのではないかと、恐れ多くも想像しています。

    未曾有の日本の国の危機は、今ここにある危機です。宮崎口蹄疫を見ても解りますね?壊滅的な被害を受けます。

    阪神大震災級の大地震が関東におきたとします。

    民主党が何をすると思いますか?

    何もしません。韓国や中国に軍隊を派遣してもらうかもしれません。

    そのまま居座って自衛隊は解散。人民解放軍が日本を共和国に改造します。

    皇室が滅んでも日本は終了です。政治が乗っ取られても日本は滅びます。
    https://purple.ap.teacup.com/narugami/444.html

    • 左翼が政権を握った年は、天変地変が勃発するのだね。
      石原慎太郎都知事が「天罰」と言ったようですね。

    • 論壇net様
      yahoo知恵袋「プリンセス雅子は、創価なんですか? 結婚パレ」のアンサーに次のようにありました。
      ”いい加減なことを言わないでください。
      雅子妃殿下はご病気になる前までは祭祀に出ていらっしゃいました。ちゃんと正式におすべらかしに十二単でのご出席です。
      また、小和田家の皆様は創価学会員ではありません。
      極右翼活動家せと弘幸氏がご自身のブログにおいて小和田家の隣人であった人から学会員ではないという証言を得ています。
      http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/51209464.html#
      また、創価学会信者からも小和田家が学会員であると聞いたことがないという証言もあります。
      創価学会は欧州ではカルト宗教扱いされています。その信者が国際司法裁判所の所長に互選で就任できるとは考えられません。
      創価の旗を振っていたのは雅子妃殿下ですか?
      違いますよね。彼らは人が集まるところでは創価の旗を振ります。駅伝やマラソン大会でもそういった風景が時々あります。”
      https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14129550959

  • 777はまだ言っているようですね。
    左翼の悪口を隠れ蓑に天皇家の誹謗中傷を言う。
    論壇netにはいろいろな名前を使ってコメントしているみたいです。
    今度は「皇太子が知恵遅れ」ですか?皇太子さまが国連本部で演説 皇族で初めて(13/03/07)というのがあります。
    https://youtu.be/k8WwMkWlL54

    「皇太子が知恵遅れ」と言うのなら、英語でコメントしてみろ。
    自分で書いたコメントを英語に翻訳してみなさい。

  • >小和田家の皆様は創価学会員ではありません。

    Will 2016年10月号
    内外に蠢く皇室を潰したい勢力(河添恵子氏)

    p232~
    国連大学本部ビル前で聞いた話

    皇室典範に触れた質問が、初めて飛び出してから13年を経た今年3月、国連の女子差別撤廃委員会が日本に関してまとめた最終見解案に、「皇室典範の改正を求める勧告が盛り込まれた」と報じられたのは記憶に新しい。
    日本側が抗議して削除を要請したことで、皇室典範に関する記述は消えたが、日本側に提示された最終見解案は、「委員会は既存の差別的な規定に関するこれまでの勧告に、対応がされていないことを遺憾に思う」と前置きし、「特に懸念を有している」として、「皇室典範に男系男子の皇族のみに皇位継承権が継承されるとの規定を有している」と挙げた。その上で、母方の系統に天皇を持つ女系の女子にも「皇位継承が可能となるよう皇室典範を改正すべきだ」と勧告した。

    国連と関連づけたくなる、もう一つ別の理由もある。私の脳裏にこびりついて離れない話があるためだ。(中略)
    創価学会の幹部A氏が、青山通りに面した国連大学本部ビルの前で上を指さしながら、私にこう語った。
    「この最上階に雅子さまの執務室がある。裏側に専用エレベーターがあって、誰にも会うことなく部屋まで行かれる。雅子さまは毎日のように、こちらに通われている」
    唐突なこの話に、私はおそらくこんな反応をした。
    「え? 適応障害でご公務はお休みなのに・・・。毎日こちらで何をされているのでしょう? 確かに雅子さまは、国連大使までされたお父様をとても信頼されているようだけど」
    (中略)
    ただ、次の言葉にある種のショックを受けた。
    「雅子さまの執務室を誰が用意したのか知っている? 池田大作先生だよ」
    何か聞いてはいけないことを聞いてしまった、そんな気持ちが私の心を強く支配した。
    以来、国連大学本部ビル周辺を通るたびに、この話を思い出すのだが、A氏が嘘を言う理由も考えられない上で、事実をこの目で確かめる術もなく、何より不用意に他言すべきではないと胸に収めていた。ただ、小和田家、東宮が国連や創価学会に近いことは、客観的な報道等からも徐々に知るようになっていく。
    2008年6月、ブラジル連邦共和国のバラナ州で行われた日本人移住百周年を慶祝する記念式典に、皇太子さま、副大統領、州知事などの他、「式典委員会からの招聘を受けた池田SGI(創価学会インターナショナル)会長の名代として池田博正SGI副会長が出席したことが「聖教新聞」(同年7月1日号)に報じられている。
    また、昨年3月には天皇、皇后両陛下が、国連防災世界会議で来日中の潘 基文(パンギムン)事務総長夫妻と仙台市内で会われたが、皇太子ご夫妻も総長夫妻と東宮御所で面談された。2007年から国連水と衛生に関する諮問委員会(UNSGAB)の名誉総裁となった皇太子さまは、昨年11月にニューヨーク国連大学本部に招かれ、基調講演を行っている。

    ※創価学会の新聞・聖教新聞。ブラジル訪問時、創価学会の大会に参加した皇太子徳仁。池田大作の息子が同列にならんでいるのがわかります。

    異教徒どうしの結婚は認めないはず。皇太子徳仁は、創価学会に改宗している疑惑がありますね。

    ____

    因みに、小和田雅子は池田大作の落胤と言われています

    • 「皇太子が知恵遅れ」と言うのなら、英語でコメントしてね。
      ”When Naruhito was four years old he was enrolled in the prestigious Gakushūin school system, where many of Japan’s elite families and narikin (nouveau riche) send their children.In senior high, Naruhito joined the geography club.

      Naruhito graduated from Gakushuin University in March 1982 with a Bachelor of Letters degree in History.In July of the next year he entered a three-month intensive English course before entering Merton College, Oxford University, in the United Kingdom,where he would study until 1986. Naruhito would not, however, submit his thesis A Study of Navigation and Traffic on the Upper Thames in the 18th Century until 1989.He later revisited these years in his book, The Thames and I – a Memoir of Two Years at Oxford. Among his sightseeing destinations were some 21 historic pubs, including the Trout Inn and The White Hart. Naruhito joined the Japan Society and the drama society, and was the honorary president of the karate and judo clubs. He played inter-college tennis, seeding number three out of six on the Merton team,[and took golf lessons from a pro. In his three years at Merton he also climbed the highest peaks in three of the constituent countries of the United Kingdom: Scotland’s Ben Nevis, Wales’ Snowdon and Scafell Pike in England.

      While at Oxford, Naruhito also was able to go sightseeing across Europe and meet many of its royalty, including the British royal family.The relatively relaxed manners of the United Kingdom’s royals amazed him: “Queen Elizabeth II, he noted with surprise, poured her own tea and served the sandwiches.” He also went skiing with Liechtenstein’s Hans-Adam II, holidayed on Majorca in the Mediterranean with Juan Carlos I, and sailed with Norway’s Harald and Sonja and Beatrix of the Netherlands.

      Upon his return to Japan, Naruhito would enroll once more in Gakushūin University to earn a Master of Humanities degree in History, successfully earning his degree in 1988.”

  • >「皇太子が知恵遅れ」と言うのなら、英語でコメントしてね。

    英語ができる = 知能が高い

    というのは植民地文化人の価値観でしょう。

    ノーベル物理学賞を取った益川さんは全然英語ができないので有名です。
    頭の良さと英語力は何の相関も有りません。

    というより、英語は石器時代から殆ど変わっていない原始人の言葉でしょう。
    日本人の優秀さは日本語が世界で一番優れた言葉だからというのが定説です。

    • 益川さんは、論文は英語で書いているよ。
      物理を研究するのには、英語の論文を読むことは必須です。
      屁理屈を言わずに英語でコメントを書きなよと言っているのだよ。

    • だから英語でコメントを書きなと言っているのだよ。
      自分より能力の高い人を「知恵遅れ」というのは「自分はバカだ」と言っているのと同じだと言っているのだよ。
      それから、思想を統一してね。「日本語が世界で一番優れた言葉」と言いながらウソを言って日本を貶めるのは、統合失調症ですね。

  • 英語をやると どんどんバカになっていく理由

    外国語学習について – 内田樹の研究室 2018-10-31

    2018年6月12日に「文系教科研究会」というところで、私立の中学高校の英語の先生たちをお相手に英語教育についてお話した。その一部をここに掲載する。

    ここで論じたのは英語だけれど、言語教育一般について適用できる議論だと思う。
    ここ数日、「論理国語」と「文学国語」というカテゴライズをするという話がTLを飛び交っているけれど、それがほんとうだとしたら、それはたぶん言語というものについて一度も真剣に思量したことのない人間の脳裏に去来したアイディアだろうと思う。それはまさに「植民地における現地人への宗主国言語教育」とまったく同型的なものだからだ。

    国語教育においても「植民地現地人」に求められる言語能力は同じである。

    それは宗主国アメリカに仕え、アメリカに朝貢することで「代官」「買弁」としての地位を保全している日本の支配層たちが、同国人の知性の発達を阻害し、日本人を愚民化することで、属国日本をアメリカが支配しやすいようにするために作り出した仕掛けである。

    以下がそのときの講演。途中からなので、話が見えにくいのはご容赦。

    外国語学習について語るときに、「目標言語」と「目標文化」という言葉があります。

    「目標言語」というのは、今の場合なら、例えば英語です。なぜ英語を学ぶのか。それは「目標文化」にアクセスするためです。英語の場合であれば、ふつうは英語圏の文化が「目標文化」と呼ばれます。

    僕らの世代において英語の目標文化ははっきりしていました。それは端的にアメリカ文化でした。アメリカ文化にアクセスすること、それが英語学習の最も強い動機でした。僕たちの世代は、子どものときからアメリカ文化の洪水の中で育っているわけですから、当然です。FENでロックンロールを聴き、ハリウッド映画を観て、アメリカのテレビドラマを観て育ったわけですから、僕らの世代においては「英語を学ぶ」というのは端的にアメリカのことをもっと知りたいということに尽くされました。

    僕も中学や高校で「英語好き」の人にたくさん会いましたけれど、多くはロックの歌詞や映画の台詞を聴き取りたい、アメリカの小説を原語で読みたい、そういう動機で英語を勉強していました。

    僕もそうでした。英語の成績は中学生からずっとよかったのですが、僕の場合、一番役に立ったのはビートルズの歌詞の暗記でした。ビートルズのヒット曲の歌詞に含まれる単語とイディオムを片っ端から覚えたのですから、英語の点はいいはずです。

    つまり、英語そのものというよりも、「英語の向こう側」にあるもの、英米の文化に対する素朴な憧れがあって、それに触れるために英語を勉強した。英米のポップ・カルチャーという「目標文化」があって、それにアクセスするための回路として英語という「目標言語」を学んだわけです。

    その後、1960年代から僕はフランス語の勉強を始めるわけですけれども、この時もフランス語そのものに興味があったわけではありません。フランス語でコミュニケーションしたいフランス人が身近にいたわけではないし、フランス語ができると就職に有利というようなこともなかった。そういう功利的な動機がないところで学び始めたのです。フランス文化にアクセスしたかったから。

    僕が高校生から大学生の頃は、人文科学・社会科学分野での新しい学術的知見はほとんどすべてがフランスから発信された時代でした。40年代、50年代のサルトル、カミュ、メルロー=ポンティから始まって、レヴィ=ストロース、バルト、フーコー、アルチュセール、ラカン、デリダ、レヴィナス・・・と文系の新しい学術的知見はほとんどフランス語で発信されたのです。

    フランス語ができないとこの知的領域にアクセスできない。当時の日本でも、『パイデイア』とか『現代思想』とか『エピステーメー』とかいう雑誌が毎月のようにフランスの最新学術についての特集を組むのですけれど、「すごいものが出て来た」と言うだけで、そこで言及されている思想家や学者たちの肝心の主著がまだ翻訳されていない。フランス語ができる学者たちだけがそれにアクセスできて、その新しい知についての「概説書」や「入門書」や「論文」を独占的に書いている。とにかくフランスではすごいことになっていて、それにキャッチアップできないともう知の世界標準に追いついてゆけないという話になっていた。でも、その「すごいこと」の中身がさっぱりわからない。フランス語が読めないと話にならない。ですから、60年代―70年代の「ウッドビー・インテリゲンチャ」の少年たちは雪崩打つようにフランス語を学んだわけです。それが目標文化だったのです。 

    のちに大学の教師になってから、フランス語の語学研修の付き添いで夏休みにフランスに行くことになった時、ある年、僕も学生にまじって、研修に参加したことがありました。振り分け試験で上級クラスに入れられたのですけれど、そのクラスで、ある日テレビの「お笑い番組」のビデオを見せて、これを聴き取れという課題が出ました。僕はその課題を拒否しました。悪いけど、僕はそういうことには全然興味がない。僕は学術的なものを読むためにフランス語を勉強してきたのであって、テレビのお笑い番組の早口のギャグを聴き取るために労力を使う気はないと申し上げた。その時の先生は真っ赤になって怒って、「庶民の使う言葉を理解する気がないというのなら、あなたは永遠にフランス語ができるようにならないだろう」という呪いのような言葉を投げかけたのでした。結局、その呪いの通りになってしまったのですけれど、僕にとっての「目標文化」は1940年から80年代にかけてのフランスの知的黄金時代のゴージャスな饗宴の末席に連なることであって、現代のフランスのテレビ・カルチャーになんか、何の興味もなかった。ただ、フランス語がぺらぺら話せるようになりたかったのなら、それも必要でしょうけれど、僕はフランスの哲学者の本を読みたくてフランス語を勉強し始めたわけですから、その目標を変えるわけにゆかない。フランス語という「目標言語」は同じでも、それを習得することを通じてどのような「目標文化」にたどりつこうとしているのかは人によって違う。そのことをその時に思い知りました。

    ロシア語もそうです。今、大学でロシア語を第二外国語で履修する学生はほとんどいません。でも、若い方はもうご存じないと思いますけれど、1970年に僕が大学入学したとき、理系の学生の第二外国語で一番履修者が多かったのはロシア語だったのです。

    「スプートニク・ショック」として知られるように、60年代まではソ連が科学技術のいくつかの分野でアメリカより先を進んでいたからです。科学の最先端の情報にアクセスするためには英語よりもロシア語が必要だった。でも、ソ連が没落して、科学技術におけるアドバンテージが失われると、ロシア語を履修する理系の学生はぱたりといなくなりました。もちろんドストエフスキーを読みたい、チェーホフを読みたいというような動機でロシア語を履修する学生の数はいつの時代もいます。目標文化が「ロシア文学」である履修者の数はいつの時代もそれほど変化しない。けれども、目標文化が「ソ連の科学の先進性」である履修者は、その目標文化が求心力を失うと、たちまち潮が引くようにいなくなる。

    僕の学生時代はフランス語履修者がたくさんおりました。でも、その後、フランス語履修者は急減しました。ある時点で中国語に抜かれて、今はもう見る影もありません。

    理由の一つは、日本のフランス語教員たちが学生たちの知的好奇心を掻き立てることができなかったせいなのですけれど、それ以上に本国のフランスの文化的な発信力が低下したことがあります。フランス文化そのものに日本の若者たちを「目標」として惹きつける魅力がなくなってしまった。

    フランス語やロシア語の例から知れる通り、われわれが外国語を学ぶのは目標文化に近づくためなのです。目標文化にアクセスするための手段として目標言語を学ぶ。

    しかし、まことに不思議なことに、今の英語教育には目標文化が存在しません。英語という目標言語だけはあるけれども、その言語を経由して、いったいどこに向かおうとしているのか。向かう先はアメリカでもイギリスでもない。カナダでもオーストラリアでもない。どこでもないのです。

    何年か前に、推薦入試の入試本部で学長と並んで出願書類をチェックしていたことがありました。学長は英文科の方だったのですけれど、出願書類の束を読み終えた後に嘆息をついて、「内田さん、今日の受験者150人の中に『英文科志望理由』に『英米文学を学びたいから』と書いた人が何人いると思う?」と訊いてきました。「何人でした?」と僕が問い返すと「2人だけ」というお答えでした「後は、『英語を生かした職業に就きたいから』」だそうでした。

    僕の知る限りでも、英語を学んで、カタールの航空会社に入った、香港のスーパーマーケットに就職した、シンガポールの銀行に入ったという話はよく聞きます。別にカタール文化や香港文化やシンガポール文化をぜひ知りたい、その本質に触れたいと思ってそういう仕事を選んだわけではないでしょう。彼らにとって、英語はたしかに目標言語なのですけれど、めざす目標文化はどこかの特定の文化圏のものではなく、グローバルな「社会的な格付け」なのです。高い年収と地位が得られるなら、どの外国でも暮らすし、どの外国でも働く、だから英語を勉強するという人の場合、これまでの外国語教育における目標文化に当たるものが存在しない。
    これについては平田オリザさんが辛辣なことを言っています。彼に言わせると、日本の今の英語教育の目標は「ユニクロのシンガポール支店長を育てる教育」だそうです。「ユニクロのシンガポール支店長」はもちろん有用な仕事であり、しかるべき能力を要するし、それにふさわしい待遇を要求できるポストですけれど、それは一人いれば足りる。何百万単位で「シンガポール支店長」を「人形焼き」を叩き出すように作り出す必要はない。でも、現在の日本の英語教育がめざしているのはそういう定型です。

    僕は大学の現場を離れて7年になりますので、今の大学生の学力を知るには情報が足りないのですけれども、それでも、文科省が「英語ができる日本人」ということを言い出してから、大学に入学してくる学生たちの英語力がどんどん低下してきたことは知っています。それも当然だと思います。英語を勉強することの目標が、同学齢集団内部での格付けのためなんですから。低く査定されて資源分配において不利になることに対する恐怖をインセンティヴにして英語学習に子どもたちを向けようとしている。そんなことが成功するはずがない。恐怖や不安を動機にして、知性が活性化するなんてことはありえないからです。

    僕は中学校に入って初めて英語に触れました。それまではまったく英語を習ったことがなかった。1960年頃の小学生だと、学習塾に通っているのがクラスに二三人、あとは算盤塾くらいで、小学生から英語の勉強している子どもなんか全然いません。ですから、FENでロックンロールは聴いていましたけれど、DJのしゃべりも、曲の歌詞も、ぜんぶ「サウンド」に過ぎず、意味としては分節されていなかった。それが中学生になるといよいよ分かるようになる。入学式の前に教科書が配られます。英語の教科書を手にした時は、これからいよいよ英語を習うのだと思って本当にわくわくしました。これまで自分にとってまったく理解不能だった言語がこれから理解可能になってゆくんですから。自分が生まれてから一度も発したことのない音韻を発声し、日本語に存在しない単語を学んで、それが使えるようになる。その期待に胸が膨らんだ。

    今はどうでしょう。中学校一年生が四月に、最初の英語の授業を受ける時に、胸がわくわくどきどきして、期待で胸をはじけそうになる・・・というようなことはまずないんじゃないでしょうか。ほかの教科とも同じでしょうけれど、英語を通じて獲得するものが「文化」ではないことは中学生にもわかるからです。

    わかっているのは、英語の出来不出来で、自分たちは格付けされて、英語ができないと受験にも、就職にも不利である、就職しても出世できないということだけです。そういう世俗的で功利的な理由で英語学習を動機づけようとしている。でも、そんなもので子どもたちの学習意欲が高まるはずがない。

    格付けを上げるために英語を勉強しろというのは、たしかにリアルではあります。リアルだけれども、全然わくわくしない。外国語の習得というのは、本来はおのれの母語的な枠組みを抜け出して、未知のもの、新しいものを習得ゆくプロセスのはずです。だからこそ、知性の高いパフォーマンスを要求する。自分の知的な枠組みを超え出てゆくわけですから、本当なら「清水の舞台から飛び降りる」ような覚悟が要る。そのためには、外国語を学ぶことへ期待とか向上心とか、明るくて、風通しのよい、胸がわくわくするような感じが絶対に必要なんですよ。恐怖や不安で、人間はおのれの知的な限界を超えて踏み出すことなんかできません。
    でも、文科省の『「英語ができる日本人」の育成のための行動計画の策定について』にはこう書いてある。

    「今日においては、経済、社会の様々な面でグローバル化が急速に進展し、人の流れ、物の流れのみならず、情報、資本などの国境を超えた移動が活発となり、国際的な相互依存関係が深まっています。それとともに、国際的な経済競争は激化し、メガコンペティションと呼ばれる状態が到来する中、これに対する果敢な挑戦が求められています。」

    冒頭がこれです。まず「経済」の話から始まる。「経済競争」「メガコンペティション」というラットレース的な状況が設定されて、そこでの「果敢な挑戦」が求められている。英語教育についての基本政策が「金の話」と「競争の話」から始まる。始まるどころか全篇それしか書かれていない。

    「このような状況の中、英語は、母語の異なる人々をつなぐ国際的共通語として最も中心的な役割を果たしており、子どもたちが21世紀を生き抜くためには、国際的共通語としての英語のコミュニケーション能力を身に付けることが不可欠です」という書いた後にこう続きます。

    「現状では、日本人の多くが、英語力が十分でないために、外国人との交流において制限を受けたり、適切な評価が得られないといった事態も起きています。」
    「金」と「競争」の話の次は「格付け」の話です。ここには異文化に対する好奇心も、自分たちの価値観とは異なる価値観を具えた文化に対する敬意も、何もありません。人間たちは金を求めて競争しており、その競争では英語ができることが死活的に重要で、英語学力が不足していると「制限を受けたり」「適切な評価が得られない」という脅しがなされているだけです。そんなのは日本人なら誰でもすでに知っていることです。でも、「英語ができる日本人」に求められているのは「日本人なら誰でもすでに知っていること」なのです。

    外国語を学ぶことの本義は、一言で言えば、「日本人なら誰でもすでに知っていること」の外部について学ぶことです。母語的な価値観の「外部」が存在するということを知ることです。自分たちの母語では記述できない、母語にはその語彙さえ存在しない思念や感情や論理が存在すると知ることです。

    でも、この文科省の作文には、外国語を学ぶのは「日本人なら誰でもすでに知っていること」の檻から逃れ出るためだという発想がみじんもない。自分たちの狭隘な、ローカルな価値観の「外側」について学ぶことは「国際的な相互依存関係」のうちで適切なふるまいをするために必須であるという見識さえ見られない。僕は外国語学習の動機づけとして、かつてこれほど貧しく、知性を欠いた文章を読んだことがありません。

    たしかに、子どもたちを追い込んで、不安にさせて、処罰への恐怖を動機にして何か子どもたちが「やりたくないこと」を無理強いすることは可能でしょう。軍隊における新兵の訓練というのはそういうものでしたから。処罰されることへの恐怖をばねにすれば、自分の心身の限界を超えて、爆発的な力を発動させることは可能です。スパルタ的な部活の指導者は今でもそういうやり方を好んでいます。でも、それは「やりたくないこと」を無理強いさせるために開発された政治技術です。
    ということは、この文科省の作文は子どもたちは英語を学習したがっていないという前提を採用しているということです。その上で、「いやなこと」を強制するために、「経済競争」だの「メガコンペティション」だの「適切な評価」だのという言葉で脅しをかけている。

    ここには学校教育とは、一人一人の子どもたちがもっている個性的で豊かな資質が開花するのを支援するプロセスであるという発想が決定的に欠落しています。子どもたちの知性的・感性的な成熟を支援するのが学校教育でしょう。自然に個性や才能が開花してゆくことを支援する作業に、どうして恐怖や不安や脅迫が必要なんです。勉強しないと「ひどい目に遭うぞ」というようなことを教師は決して口にしてはならないと僕は思います。学ぶことは子どもたちにとって「喜び」でなければならない。学校というのは、自分の知的な限界を踏み出してゆくことは「気分のいいこと」だということを発見するための場でなければならない。

    この文章を読んでわかるのは、今の日本の英語教育において、目標言語は英語だけれど、目標文化は日本だということです。今よりもっと日本的になり、日本的価値観にがんじがらめになるために英語を勉強しなさい、と。ここにはそう書いてある。目標文化が日本文化であるような学習を「外国語学習」と呼ぶことに僕は同意するわけにはゆきません。

    僕自身はこれまでさまざまな外国語を学んできました。最初に漢文と英語を学び、それからフランス語、ヘブライ語、韓国語といろいろな外国語に手を出しました。新しい外国語を学ぶ前の高揚感が好きだからです。日本語にはない音韻を発音すること、日本語にはない単語を知ること、日本語とは違う統辞法や論理があることを知ること、それが外国語を学ぶ「甲斐」だと僕は思っています。習った外国語を使って、「メガコンペティションに果敢に挑戦」する気なんか、さらさらありません。

    外国語を学ぶ目的は、われわれとは違うしかたで世界を分節し、われわれとは違う景色を見ている人たちに想像的に共感することです。われわれとはコスモロジーが違う、価値観、美意識が違う、死生観が違う、何もかも違うような人たちがいて、その人たちから見た世界の風景がそこにある。外国語を学ぶというのは、その世界に接近してゆくことです。 

    フランス語でしか表現できない哲学的概念とか、ヘブライ語でしか表現できない宗教的概念とか、英語でしか表現できない感情とか、そういうものがあるんです。それを学ぶことを通じて、それと日本語との隔絶やずれをどうやって調整しようか努力することを通じて、人間は「母語の檻」から抜け出すことができる。

    外国語を学ぶことの最大の目標はそれでしょう。母語的な現実、母語的な物の見方から離脱すること。母語的分節とは違う仕方で世界を見ること、母語とは違う言語で自分自身を語ること。それを経験することが外国語を学ぶことの「甲斐」だと思うのです。

    でも、今の日本の英語教育は「母語の檻」からの離脱など眼中にない。それが「目標言語は英語だが、目標文化は日本だ」ということの意味です。外国語なんか別に学ぶ必要はないのだが、英語ができないとビジネスができないから、バカにされるから、だから英語をやるんだ、と。言っている本人はそれなりにリアリズムを語っているつもりでいるんでしょう。でも、現実にその結果として、日本の子どもたちの英語力は劇的に低下してきている。そりゃそうです。「ユニクロのシンガポール支店長」が「上がり」であるような英語教育を受けていたら、そもそもそんな仕事に何の興味もない子どもたちは英語をやる理由がない。

    (中略)

    今は英語教育にとりわけ中等教育では教育資源が偏ってきています。他の教科はいいから、とにかく英語をやれという圧力が強まっています。別にそれは英語の教員たちが望んだことではないのだけれど、教育資源が英語に偏っている。特に、オーラル・コミュニケーション能力の開発に偏っている。何でこんなに急激にオーラルに偏ってきたかというと、やはりこれは日本がアメリカの属国だということを抜きには説明がつかない。

    「グローバル・コミュニケーション」と言っても、オーラルだけが重視されて、読む力、特に複雑なテクストを読む能力はないがしろにされている。これは植民地の言語教育の基本です。

    植民地では、子どもたちに読む力、書く力などは要求されません。オーラルだけできればいい。読み書きはいい。文法も要らない。古典を読む必要もない。要するに、植民地宗主国民の命令を聴いて、それを理解できればそれで十分である、と。それ以上の言語運用能力は不要である。理由は簡単です。オーラル・コミュニケーションの場においては、ネイティヴ・スピーカーがつねに圧倒的なアドバンテージを有するからです。100%ネイティヴが勝つ。「勝つ」というのは変な言い方ですけれども、オーラル・コミュニケーションの場では、ネイティヴにはノン・ネイティヴの話を遮断し、その発言をリジェクトする権利が与えられています。ノン・ネイティヴがどれほど真剣に、情理を尽くして話していても、ネイティヴはその話の腰を折って「その単語はそんなふうには発音しない」「われわれはそういう言い方をしない」と言って、話し相手の知的劣位性を思い知らせることができる。

    逆に、植民地的言語教育では、原住民の子どもたちにはテクストを読む力はできるだけ付けさせないようにする。うっかり読む力が身に着くと、植民地の賢い子どもたちは、宗主国の植民地官僚が読まないような古典を読み、彼らが理解できないような知識や教養を身に付ける「リスク」があるからです。植民地の子どもが無教養な宗主国の大人に向かってすらすらとシェークスピアを引用したりして、宗主国民の知的優越性を脅かすということは何があっても避けなければならない。だから、読む力はつねに話す力よりも劣位に置かれる。「難しい英語の本なんか読めても仕方がない。それより日常会話だ」というようなことを平然と言い放つ人がいますけれど、これは骨の髄まで「植民地人根性」がしみこんだ人間の言い草です。

    「本を読む」というのはその国の文化的な本質を理解する上では最も効率的で確実な方法です。でも、植民地支配者たちは自分たちの文化的な本質を植民地原住民に理解されたくなんかない。だから、原住民には、法律文書や契約書を読む以上の読解力は求めない。

    今の日本の英語教育がオーラルに偏って、英語の古典、哲学や文学や歴史の書物を読む力を全く求めなくなった理由の一つは「アメリカという宗主国」の知的アドバンテージを恒久化するためです。だから、アメリカ人は日本人が英語がぺらぺら話せるようになることは強く求めていますけれど、日本の子どもたちがアメリカの歴史を学んだり、アメリカの政治構造を理解したり、アメリカの文学に精通したりすること、それによってアメリカ人が何を考えているのか、何を欲望し、何を恐れているのかを知ることはまったく望んでいません。

    (以下略)

    「原住民には法律文書や契約書を読む以上の読解力は求めない」ということを英語教育について書いたら、国語教育でも同じことをしようとしているということを知らされた。

    まことに情けない国に成り下がったものである。
    http://blog.tatsuru.com/2018/10/31_1510.html

    • 別のコメントでは日本の悪口を言いまくっていますが、それでも日本語を使うのですね。
      日本が嫌いなら日本語も嫌いになるはずですね。
      とにかく思想を統一してね。

  • 提案です。
    コメントの文字数に制限をかけてはいかがでしょう。
    あり得ない長文の方がいますが、自分の鬱憤のはけ口にしているだけでしょう。

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