【日本国紀】南京事件の誤謬を糺す

南京事件

先に、谷田川惣氏と、南京事件・慰安婦問題について公開討論することを約束して暫し時が経つ。遅れている理由は偏に当方の準備不足にある。具体的に言い訳すれば、南京事件に関する証拠があまりに膨大に残されていて、これをまとめるに時間がかかってしまっているからである。討論を約束しておきながら遅れてしまっていることについて谷田川氏にお詫び申し上げるとともに、もうしばらくお待ちいただくことに御理解いただきたい。

本記事では、その予備的考察として、『日本国紀』における「南京大虐殺」コラムを取り上げ、その問題点を指摘したい。(以下敬称略)

まず、『日本国紀』は「南京大虐殺」は無かったと結論付けているが、そもそも「大虐殺」の定義がそもそも曖昧であるという問題がある。どうも著者の百田尚樹は、中国側の犠牲者30万人を「大虐殺」と位置付けてこれを否定しているようだが、もはや犠牲者30万人説は日本はおろか中国の学者でもこれを採用していない。日本側で最も多い計算は、笹原十九司による20万人説である。

また犠牲者の数に議論はあっても、❶投降捕虜の不法殺戮、❷便衣兵狩りにともなう民間人の誤認処刑、❸民間人への略奪・放火・強姦・殺人などがあったことは疑いようのない事実である。虐殺行為のみならず、これらを含めて「南京事件」を語る必要がある。

以上を踏まえ、『日本国紀』を引用しつつ、その問題点を指摘していきたい。

ティンパーリ

まず、ハロルド・ティンパーリの著書については次のように。

南京大虐殺を世界に最初に伝えたとされる英紙マンチェスター・ガーディアンの中国特派員であったオーストラリア人記者のハロルド・ティンパーリは、実は月千ドルで雇われていた国民党中央宣伝部顧問であったことが後に判明している。その著作“What War Means: The Japanese Terror in Chaina”(邦訳『外国人の見た日本軍の暴行―実録・南京大虐殺―』)の出版に際しては、国民党からの偽情報の提供や資金援助が行なわれていたことが近年の研究で明らかになっている。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 368.

この問題点をまとめれば次のようになる。

  • 国民党がハロルド・ティンパーリに金を払って本を書かせたわけではなく、単に翻訳出版権を購入しただけ。(笠原十九司・吉田裕編『現代歴史学と南京事件』柏書房, p. 249)
  • 肝心の『外国人の見た日本軍の暴行―実録・南京大虐殺―』が執筆されたのは、ティンパーリが国民党宣伝部顧問になる前のこと。(笠原十九司『[増補]南京事件論争史』平凡社, pp. 255-256)
  • ティンパーリの所属を問題にしてその証言を信じないならば、旧日本軍兵士の「南京での残虐行為はなかった」という証言もまた信じられなくなるという矛盾に陥る。

欧米の報道・記録

これに続いて、他の欧米記者の報道も信用ならないと述べている。

「南京大虐殺」を肯定する人たちは、彼の報道を証拠として挙げるが、当時、「南京大虐殺」を報道したのは、そのティンパーリとアメリカ人記者ティルマン・ダーディンだけで、いずれも伝聞の域を出ない(ダーディンは後に自分が書いた記事の内容を否定している)。当時、南京には欧米諸国の外交機関も赤十字も存在しており、各国の特派員も大勢いたにもかかわらず、大虐殺があったと世界に報じられてはいない。三十万人の大虐殺となれば、世界中でニュースになったはずである。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 369.

この主張はかなりレベルが低く、せめてWikipediaを読んでいてくれればと思わずにはいられない。問題点をまとめれば次のようになる。

  • 情報が正しくない。A・T・スティールも「シカゴ・デイリー・ニューズ」で南京事件を報道しており、世界中でニュースとなっている。
  • ダーディンは南京での日本軍蛮行の大筋について、自らの記事を否定していない。
  • 「伝聞」であることを理由に証言・記録の信憑性を否定しようとすることは非論理的。その内容を裏付ける証言が無数にある以上、伝聞であっても史的信頼性が高いと評価できる。
  • また当時、南京市内にいた欧米人の各種日記などが公開されている。たとえば「ミニー・ヴォートリンの日記」には、日本軍による民間人虐殺が記録されている。ゆえに日中外の証言においても南京事件は報告・報道されている。

人口調査

そして否定派お決まりの、南京人口増加問題も取り上げられる。

また、同じ頃の南京政府の人口調査によれば、占領される直前の南京市民は二十万人である。もう一つおかしいのは、日本軍が占領した一ヵ月後に南京市民が二十五万人に増えていることだ。いずれも公的な記録として残っている数字である。日本軍が仮に一万人も殺していたら、住民は蜘蜂の子を散らすように町から逃げ出していたであろう。南京市民が増えたのは、町の治安が回復されたからに他ならない。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 369.

これについても誤認が多い。問題点をまとめれば次のようになる。

  • 完全な錯誤。そんな人口調査などされていない。その「20万人」「25万人」という数字は、「国際委員会」の報告書に記された単なる概数に過ぎない。
  • 仮にその数字変動を是と受け入れたとしても、❶その人口は「国際委員会」の管理下にあった安全区のものであり市内全体のものではなく、❷治安が悪化した外部から安全区に流入があったとも解釈可能であるから、虐殺の事実を否定する根拠にはなり得ない。
  • 「南京地区における戦争被害 1937年12月―1938年3月 都市および農村調査」(スマイス報告)という調査がある。この資料の価値については議論があるものの、南京事件で民間人被害者が出たことは疑いない。

報道写真と捕虜の殺害

以下については、原文とその問題点のみをまとめる。

当時の報道カメラマンが撮った写真には、南京市民が日本軍兵士と和気藹々と写っている日常風景が大量にある。占領後に捕虜の殺害があったのは事実だが、民間人を大量虐殺した証拠は一切ない。
もちろん一部で日本兵による殺人事件や強姦事件はあった。ただ、それをもって大虐殺の証拠とはいえない。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 369.
  • 日本側の報道写真は検閲を受けた後のものであるため、南京事件が無かったとする根拠にはなり得ない。また虐殺現場を写した写真も大量に残っている。
  • 「捕虜の殺害」とお茶を濁しているが、投降した捕虜数万人を不法殺戮している。これが南京事件における大虐殺の一焦点である。
  • 「民間人を大量虐殺した証拠は一切ない」という語にも語弊があり、民間人を殺戮していた記録は数多あり(日本軍人や逗留外国人たちの日記、および上記のスマイス報告など)、相当数の民間人が虐殺されていたと理解するほうが自然である。また強姦、略奪、放火なども含めて南京事件である。

便衣兵殺害

また南京においては「便衣兵」の存在もあった。便衣兵とはわかりやすくいえばゲリラである。軍人が民間人のふりをして日本兵を殺すケースが多々あったため、日本軍は便衣兵を見つけると処刑したし、中には便衣兵と間違われて殺された民間人もいたかもしれない。

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 369.
  • 「いたかもしれない」ではなくて、相当数いたと考えられる。確証がなく疑わしいというだけで便衣兵と認定して処刑していた。(秦郁彦『[増補版]南京事件』中央公論新社, pp. 166-167)

個々の犯罪

こうしたことが起こるのが戦争である。たとえば戦後の占領下で、アメリカ軍兵士が日本人を殺害したり、日本人女性を強姦したりした事件は何万件もあったといわれる。これらは許されることではないが、占領下という特殊な状況においては、平時よりも犯罪が増えるのは常である。要するに、南京において個々の犯罪例が百例、二百例あろうと、それをもって大虐殺があったという証拠にはならない

百田尚樹『日本国紀』幻冬舎, 2018, p. 370.
  • 「個々の犯罪例」のみならず、組織的に数千数万の捕虜を不法殺戮しているため、「虐殺」自体はあったとしか理解され得ない。
  • また当時の日記や証言、各種記録などから「個々の犯罪例」が相当数確認されている。これは南京攻略戦に当たり、日本軍が統率と秩序の無いまま強姦、殺人、略奪、放火を繰り返していたことを力強く物語っている。

まとめ

以上を要約すれば『日本国紀』の南京大虐殺否定論が、議論に値しないことは明らかであろう。

南京事件において捕虜・民間人に対する不法殺戮が行われ、相当数の犠牲者が出た証拠は、いみじくもその戦闘に参加した日本軍兵士の日記・証言から最も強力に裏付けられる。自身を不利にする自白をあえてしているのであるから、その信憑性が、被害側のそれより総じて高いことは言を俟たない。

最後に、この日本軍兵士たちの告白が、南京虐殺を証明する有力な根拠となるエピソードを紹介したい。1980年代に盛り上がった南京事件論争を受け、陸軍士官学校卒業生の親睦組織「偕行社」は、大虐殺の「真相を公正に描き出す」ために、南京戦に参加した会員たちに「どんなことを自分で見たか」「12月◯日◯時頃、◯◯部隊に所属していて◯◯付近いたが、そのようなことは何も見なかった聞いたこともない」という情報を寄せてほしい要望した。

何も見なかった聞いたこともない」 などと、あからさまな表現で情報を求めていることから明らかなように、もともとは帝国陸軍の名誉を守るべく、南京での残虐行為を否定するために企図されたものであった。

しかしこの期待は脆くも裏切られ、南京での残虐行為を裏付ける投稿が相次ぎ、結局、偕行社は南京攻略戦における強姦、略奪、放火、不法殺戮を認めるに至った。不法殺戮の犠牲者数は、兵士約1万6千人、民間人1万5760人と計上している。

この様に南京事件をめぐっては、実際に戦闘に参加した日本軍兵士たちによる膨大な日記・証言が残されており、南京攻略戦において不法殺戮が起きたという事実そのものを否定することはほとんど不可能であるように思える。それらの証言について『日本国紀』は何も触れていない。

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26 件のコメント

  • 予備的考察版との事ですが、ご力作を拝読しました。

    『ティンパーリの所属を問題にしてその証言を信じないならば、旧日本軍兵士の「南京での残虐行為はなかった」という証言もまた信じられなくなるという矛盾に陥る。』
    日本会議派兼アベ友の歴史改竄発言だからと言って、「お前が言うな」の一言で片付けないのが流石ですね。
    そうなさってしまうと、トンデモに正論で報いる?タグの主旨には相応しくないにせよ。

  • >日本側で最も多い計算は、笹原十九司による20万人説である。

    産経新聞の「蒋介石秘録」が30万~40万人説を採用しています。
    蒋介石がそう言った、という話じゃありません。執筆陣の住田良能氏(後の社長)が地の文で書いている。

    「日本軍はまず、撤退が間に合わなかった中国軍部隊を武装解除したあと、長行(揚子江)岸に整列させ、これに機銃掃射を浴びせて皆殺しにした。
     虐殺の対象は軍隊だけでなく、一般の婦女子にも及んだ。
     こうした戦闘員・非戦闘員、老若男女を問わない大量虐殺は二カ月に及んだ。犠牲者は三十万人とも四十万人ともいわれ、いまだにその実数がつかみえないほどである。」(1976年出版、蒋介石秘録12巻より)

    ・・・そういや、村上春樹の「騎士団長殺し」に40万人説が載っていて、産経が電子版で嚙みついて恥をさらすという喜劇がありました。いや、40万て言うてるの、お前だけやんw
    百田さんも、出典を知らないままdisってましたね。

    谷田川さんと議論するなら清水潔先生にツイッターで粉をかけておくといいのではないかと。
    「南京事件を調査せよ」は圧巻だった。板倉由明や秦郁彦が資料提供を断られた小野賢二資料にきちんと向き合った点で評価が高い。板倉の1万3000人説、秦の4万人説すら「過小じゃね?」と思いたくなる。。

  • 以下の内容で「日本国紀」への批判を百田さん(虎ノ門ニュース)に送ったことがあります。
    「日本の歴史に大虐殺がないと言いながら、織田信長による比叡山焼き討ちを日本の歴史上かつてない大虐殺である」
    との記述が矛盾していると突っ込まれて、百田さんは自身のツイッターで《日本史全体を振り返って、「(海外に比べ)日本人は国家として、
    あるいは民族として大虐殺はしなかった」という意味で書いた。141pで書いた信長の所業は、極めて例外的殺戮であり、言うなれば彼の個人的犯罪に近い。
    そういう文学的修辞が読み取れないバカがいるとは思わなかった》と反論したとありました。
    そこで、信長の比叡山焼き討ちなのですが、僧兵と戦っただけで比叡山焼き討ちはなかったとの説があります。

    “逆らう僧兵達だけでなく、オンナ子供も殺しに殺して、果ては比叡山に火を放ち……というのが従来の延暦寺焼き討ち事件説です。
    が、最近の発掘調査で意外なことがわかりました。
    焼き討ちをしていたとしたら当然出てくるはずの燃えた木材などがごくわずかにしか見つからないのです。
    加えて、何千人も殺していたとしたらこれまた出てくるはずの人骨も全く出土しなかったといいます。
    もし本当に「全山焼き討ち」及び「数千人を殺害」していたら、ブルドーザーも埋め立て技術もない時代にどうやってそれらを片付けたのでしょう?
    延暦寺焼き討ちの悲惨さを記録した資料を書いた人は、ほぼ全員その場にいない人なのです。
    「言継卿記」を書いた公家の山科言継(やましなときつぐ)も、「御湯殿上日記」を代々書いてきた朝廷の女官達も、皆伝聞を書いたにすぎません。
    伝言ゲームで話が誇張・脱線するのは今も昔も変わらないんですね。
    一応信頼度が高いといわれている「信長公記」にも書かれていますが、作者の大田牛一は「文才がありすぎて誇張が激しいのでは?」という傾向があります。
    その場にいなかったのに、本能寺の変については異常にリアルに書かれていますしね。“とありました。
    比叡山焼き討ちは捏造の疑いが濃いようです。

    • @正しいとはなにかさんへ
      日本人の虐殺行為は、第三次長島侵攻(一向一揆攻め)や第二次天正伊賀の乱での信長公・第二次紀州征伐や朝鮮出兵での太閤秀吉といった、「一部の権力者による示威政策」及び「隼人や蝦夷・アイヌに対する征服戦争時の民族浄化的な行為」を除けば、「帝国主義に毒された大日本帝国政府による蛮行」に他なりません。
      とは言え、日本民族がしばしば同族同士も含めたニ大勢力を形成し、覇権を巡って血で血を洗う抗争を繰り広げた事は事実です。
      「典型的な虐殺がなかったから平和的な民族だった」という、百田史観?は一面的な理解に過ぎます。
      信長公が、叡山討伐で高野山攻めの様に焼き討ちや根切りを行わなかったにせよ、「権力者としての政策や個人としての嗜癖」への学術的な通説を覆すには不十分です。
      学術的通説による巷説への是正としては、「革命家的な評価の打破」がトレンドの様です。
      しかし、世俗権力による宗教勢力との先鋭化する対決自体は信長公の専売特許ではないので、余り関係がないでしょう。
      何れにせよ、百田氏が「平和的だがいざとなると正々堂々と戦う」との主旨で日本人を称揚しつつ、「信長公の権力者兼個人としての特異な資質」を批評する姿勢に、史観としての杜撰さがありました。
      幻冬舎編集部にせよ虎ノ門ニュース編集局にせよ、あなたの様なご指摘は煩わしいと言うよりどうでも良い内容でしょう…

  • 便衣兵、云々について、一般的に言われているのは、少なくとも、南京攻略戦の際には、中国軍側による便衣兵の戦術は、確認されていない、ということだと思います。
    便衣兵、というのは、あくまでも、軍服を着用せず、非戦闘員・一般人の服装をしている、というだけでなく、その状態で戦闘行動を行うことが必要であって、
    南京攻略戦の際は、すでに現地での両軍の勝敗の大勢が決し、劣勢である中国軍側の兵士らが、戦意を失い、日本軍による殺害を免れるために、自身の軍服を脱いで、一般人に紛れこんだにすぎず、
    便衣兵に該当するものではない、ということです。
    にもかかわらず、小林よしのり氏や、この百田氏、その他ウヨ系の「論客」とされてる人たちは、その点の話をすり替えて、虐殺ではなかったなどと的外れなこと言ってる、という。

  • まだコピペ本読んでないんですけが、この雑魚ネトウヨ並の初歩の知識で書いてることを知って買う意欲も失せてきました。
    埋葬や遺体に関しては世界紅卍字会などをお調べ下さい。
    否定論者はどんなに根拠を並べても死体を全部用意しないと信じないと思いますが。

  • 「南京大虐殺」は朝日新聞の創作ですので、朝日新聞に著作権があります。
    朝日新聞が著作権を主張するのは正しいです。

    • それも日本国紀に書かれてるぞ。朝日が戦争を煽ってたから戦果も大袈裟になっていたのだろうって内容で。(朝日が絡むと朝日をソースに朝日を批判する)

  • 百田の南京事件否定論って古いんだよなあ。
    証拠はないといっているが、大量に集められて史料集にまとめられている。
    知らせたくない事実なんだろうね。

  • 只の民間人を「おめえ便衣兵だろ」って勝手に決めつけて殺してたら駄目ですね。
    ソンミ村虐殺事件そのものになっちゃう。
    あっちの事件は、首謀者含め当事者達がまた現地へ行って慰霊することで融和されたようですが。

  • 半世紀前、トランジスタラジオをつけると大音量で「こちらは北京放送局です」というのが入ってきました。アメリカ帝国主義、日本帝国主義と言っていたのを思い出します。毛沢東語録が懐かしいです。日本共産党は右翼だというので社会党を支持していました。その当時は中国の脅威は全くなかったです。もちろん南京事件など聞いたことはないです。南京事件は朝日新聞の作り話です。
    南京、慰安婦、北方四島はアメリカが日本に打ち込んだくさびです。
    しかし、そのくさびも消えようとしています。もうすぐ日本は眠りから目を覚まします。
    南京事件は消え去ると思われます。

    • @正しいとはなにかさんへ
      私が産まれる遥か?前に放送された対日宣伝ラジオ番組を、表面的であれ内容を理解出来るお年にリアルタイムでご聴取なのですね…
      社会党という名称を残すのは、部落解放同盟とも友好的とされる新社会党のみという現状には、私も感慨深い物があります。
      人生の先輩として敬仰すべきですが、思想信条が独善的なので事実認定も恣意的となれば、残念ながらそうは参りません。
      『覚悟のススメ』の主人公・葉隠覚悟君は、彼のが若者と見て敬老精神を盾に取り服従を強いる老人型戦術鬼・永吉に、『全てを考慮しても貴様の行為(註:覚悟の同校生達を惨殺)を容認できない』と反論していましたが…

    • 正しいとはなにかさんへ
      >軍の上層部は高学歴者です。高学歴者は共産主義にかぶれます。

      その理屈だと、大日本帝国の軍の上層部は、共産主義にかぶれていて、
      大日本帝国による戦争も、その共産主義にかぶれた軍の上層部によって引き起こされたものになりかねないと思うんですが、
      共産主義大嫌いな、日本の宇予くん共が、そんな、共産主義にかぶれた連中が引き起こしたような戦争を美化、正当化するのか?
      ということになると思います。

    • 正しいとはなにかさんへ
      >「帝国主義に毒された大日本帝国政府による蛮行」は共産主義者と言われています。

      どういう意味?
      大日本帝国による蛮行は、旧日本軍の中にいた「共産主義者」たちの仕業、ということを言いたいのかな?
      ということは、大日本帝国の蛮行の事実の存在自体は認めるということかな?

  • 「帝国主義に毒された大日本帝国政府による蛮行」というのなら、それは共産主義者によるものだという意味です。
    「大日本帝国の蛮行の事実の存在自体は認めるということかな?」については、それはあなた達が主張していることです。
    なぜ戦争になるかは、共産主義者が戦争を欲しるということです。

  • [作戦書や指令書などの文書が無いから虐殺は無かった。]

    これも歴史改竄主義者達の定番論法ですね。
    この論法では文書が見つかっていない事を文書が無い事へとすり替えを行っています。
    文書は作成されたが紛失した、あるいは焼失された。この可能性を無きものにしています。
    また、事実は証拠が全て揃わなくても証明できます。なにも作戦指令書が見つからなくても、その他の証拠から大虐殺の立証は可能なのです。

  • まとめにある
    >不法殺戮の犠牲者数は、兵士約1万6千人、民間人1万5760人と計上している。
    という数字は大丈夫ですか?

    南京戦史の畝本論文では3000、加戸川推計で6000、板倉推計で1万3000と違いますか?
    先ほどの数字は「不法殺害かどうかはともかく」というエクスキューズが入っていませんか?

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