【日本国紀】武田邦彦氏のトンデモ著作権説明に答える【虎ノ門ニュース】

著作権法を知らないのは武田氏自身

虎ノ門ニュースで武田邦彦氏が、『日本国紀』のコピペ問題について、歴史的事実には著作権が無いので引用しても問題なしという旨の擁護をしました。

大変な光栄なことに、当ブログにも言及いただき、著作権法を理解していないとご叱正賜りました。が、どうも著作権法を理解していないのは武田氏自身であるように思えます。

まず、武田氏の著作権法理解の要点をまとめれば次のようになるでしょうか。

  1. 『日本国紀』はコピペで出来た本であるけれども、
  2. 歴史的事実に著作権は無いから問題ない。

驚いたことに、もう虎ノ門ニュースでも『日本国紀』は「コピペ本」であることが前提なんですね(笑)

この武田氏の発言は、著作権法を曲解したトンデモ説なのですが、これを『日本国紀』関係者がRTし、それを真面目に信じてしまっている方々も多いようです。そこで、これが間違っていることを説明したいと思います。

事実に著作権は無いが、それを表現した文章には著作権がある

武田氏のとてつもない勘違いは、「歴史的事実に著作権がないが、それを表現した文章には著作権がある」という常識を知らないことです。

次のように専門家も述べています。

誰もが利用して良いのは「事実」そのものであって、それを表現した文章ではないことに注意する必要があります。

BUSINESS LAWYERS「著作物にあたらないものの種類と、利用をする際の注意点」

学術論文もひとつの著作物であるから、当然著作権法の保護の対象となる。ただし保護の対象は著作物の「表現」である。当然のことながら、論文の主張する科学的事実(「クラゲが発光する」など)は思想・感情の表現ではないから著作性はない。

専門図書館 No.236(2009.7)「著作権を考える 第6回(最終回)」

武田氏は番組上で「1+1=2」や「E=mc2」は事実だから著作権は無いと言っていますが、それは当たり前。

しかし仮に「1+1=2」や「E=mc2」を証明・説明した文章があるとするならば、そこには思想性が反映されていますから、その文章に著作権の有ることは言を俟ちません。

これは史学の世界でも同じです「織田信長は1582年に本能寺の変で死んだ」というような単純なものは歴史的事実ですが、この事実を用いた「表現」(論文やWikiepdia記事など)には当然著作権があります。どうも、武田氏はWikipediaを「著作権フリー」(パブリックドメイン)だと勘違いしている節がありますが、Wikiepdiaは自身の記事に著作権のあることを主張しています。

よって、次の武田氏の著作権理解は正しくありません。

『日本国紀』は、 思想・感情の表現を剽窃している

また関係各位は一生懸命に等閑に付していますが、『日本国紀』には歴史的事実を越えて、思想・感情の表現を剽窃している箇所が何カ所もあります。

その中で最も端的なのは、『日本国紀』53頁(第1刷)にある仁徳天皇のコラムです。ここではなんと、『日本書紀』の原文にはない「ニッコリ」という意訳箇所まで剽窃しています。その箇所だけピックアップすれば次のように。

①『日本国紀』p. 53(第1刷)②真木嘉裕「聖帝・仁徳天皇 民のかまどは賑いにけり」大阪新聞(1991.12)③宇治谷孟『日本書紀(上)』岩波書店, 1988.
これに対して天皇はにっこりて、こう答えた天皇はニッコリされて、こう申されました。天皇がいわれる

ここに「ニッコリ」という語を挿入したのは、その情景が浮かび上がるようにした真木氏の思想・感情の表現に他なりません。これを百田氏は剽窃してしまったということです。

またこの他にも翻訳など二次創作からの無断転載が数多く見られ、それらも歴史的事実を超えるもの、思想・感情の表現を剽窃しています。

【日本コピペ紀】「歴史的事実」ならば逐語的に一致するのか【仁徳天皇・フロイス日本史の諸訳比較】

2018年11月28日

コピペを推奨する異様さ

また武田氏は『日本国紀』を擁護するにあたり、かなり無理筋な主張が多く見られます。コピペを推奨するような異様発言も出てきて驚かされました。

これは僕から言えば、こんな普通に言われていることは、別に百田さん、コピペした方がいいですよ、というのが普通なんです。

1:45:18~

こういう場合はね、どういう指導をしているか。できるだけコピペでいい。えっと電子化されましたから。

1:43:23~

保守論壇内ではコピペでいいと指導しているのかもしれませんが、 少なくとも大学では100%そんな指導はしません。このレベルで無断転載が発覚したら余裕で単位落ちです。 真に受けてコピペする人が出て来て、単位落ちになったらどう責任を取るのでしょうか?

そして『日本国紀』は「Wikipedia記事の間違い」までご丁寧にコピペしてしまっています。武田氏は朝日新聞はフェイクだから著作権を主張できるというようなトンデモ発言をしていましたが、まさにブーメランですね。

 総括

武田氏が著作権に関して無知であることは明瞭でしょう。『日本国紀』には事実を超えた思想・感情の表現を剽窃していることは誰の目から見ても明らかです。

また武田氏の主張が本当に正しいなら、「『日本国紀』に書かれていることはすべて事実だからだ」と豪語した『日本国紀』には著作権がないことになりますが、そんなことありえないでしょう。

最後に、本ブログは『日本国紀』の関係者が足しげく通っておられるようなので、一言いいたい。

『日本国紀』が叩かれている理由は、ひとえに「渾身の筆を振るった」などと嘯いておきながら、実際には コピペ(剽窃)を繋ぎ合わた粗悪本だったことがバレて読者の期待を裏切ったこと、そしてバレた後も反社会的な言動を繰り返して開き直っていることです。真摯に反省することがまず求められるのではないでしょうか。

動画(1:33:17より)

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55 件のコメント

  • この先生、まだこんなデマゴーグやってるんですね
    ご専門は資源材料工学なのに、何故か他分野に言及して悉く否定されてましたけど
    ついて行っているのは疑似科学信者ぐらいのものでしょう
    著作権に対する誤認を広めるのもデジャヴのように相変わらずみたいですね
    進歩のない人だなあ

  • 引用ではなくコピペがそこいらに存在する書籍に問題がないなんて、素人目にもありえないんですが。
    武田さんも普段からWikipediaや他人の書籍をコピペして自分のものとして発表しているのかな?
    ネット(ネトウヨ)の世界だけでなく、世の中に広く問えば日本人の大多数が非とすること。もちろん世界でもそうでしょう。
    Twitterの日本国紀界隈ばかり見て擁護が多いと勘違いしてるんだろうけど、日本人全体の倫理観はそこまで落ちぶれていない。コピペ行為の矮小化はいずれ自分自身の首をしめることになるんじゃないかな。

  • 「事実に著作権は無いが、それを表現した文章には著作権がある」という箇所がよくわからなかったんですが、
    例えば「1+1=2で2+2=4で3+3=6である」という文章があったときに、「1+1=2であり、2+2=4であり、3+3=6である」なら著作権に触れて、「1+1の答えは2、3+3の答えは6であって、4+4は8、2+2は4である」なら問題がないという感じでしょうか?
    つまり文章上での事実と事実のつなげ方に思想性があり、著作権もあるという話でしょうか?

    • 1+1=2は著作権はない。ただ、足し算というのはどういうことか、計算方法はどうやるのかという解説は小学校の教科書にも書いています。その説明の仕方に著作権があるのです。
      足し算ごときというのが、質問者の意図なのかもしれないですが、目の前に小学校1年の子がいて足し算がどういうものか、計算方法について説明したら、説明者によって千差万別になりますよ。

      • 返信ありがとうございます。少し理解が進みました。
        具体的に言うと、ウィキペディアの「1+1」の記事に加法の説明として以下の例があったのですが、(https://ja.wikipedia.org/wiki/1%2B1)
        「1つのリンゴと1つのリンゴを合わせると、全部で2つのリンゴになる」
        これが事実を表現した文章であり、著作権がある。ということでしょうか。つまりこれと同じまたは類似した文章、例えば「1つの林檎と1つの林檎を合わせると2つの林檎になる」と書いた場合は著作権に触れる。と。

  • 一読しましたが、作者の思い入れが先行して著述にバランスの欠ける本だと思います。しかし、ロクな史観もなく、コピペがどうのこうのと枝葉末節をあげつらって批判した気になっている輩より、よほどマシだと思います。

    • コピペという言葉から軽いニュアンスで受け取られてしまっているのかもしれませんが、無断転載は著作権侵害であり犯罪です。著作権者が告訴すれば処罰されます。それに関わる批判を枝葉末節と表現するのは法律軽視、または法律無視と取られかねませんよ。
      ちなみに史観など内容についての批評は、「こはにわ歴史堂のブログ」の日本国紀読書ノートがおすすめです。かなりのボリュームになっているのでこちらを書籍化してほしい笑

  • 「私を批判する本を出すときは、私の許可を得て引用しなければならない」とかほざいている阿呆ですので、著作権も引用も分かっていないのです。
    芝浦工大で引退させときゃよかったのに、なんでこんなもんを招聘したんだ名古屋大!

  • 論壇netは「次のように専門家も述べています。」とリンクを示しているが、読んでみると武田先生と同じことを言っています。日本語が理解出来ないようですね。
    そこにはありふれた表現には著作権がないと書いてありました。
    「ニッコリ」はありふれた表現です。
    疑問があるなら専門家に問い合わせてね。とにかく専門家という人に聞いて下さい。
    それから私に反論して下さい。

      • まともに反論して貰えるって思っているのもなんだかなあw
        自分の表現をどこかに発表した経験がないんだろうなあ。
        卒論すら書いたことないのかなあ。

        • pipisanさんへ
          私は高卒なので卒論など無縁です。私の年代では大学に行く人は少なかったです。
          現在は、分数が出来ない大学生がいたりするようです。
          東大卒の武田先生は論文を審査する立場の専門家ですよ。
          大学でコピペがいけないと言っているのは教育だからです。
          とにかく論文を審査している人に聞いてみて下さい。
          私は低学歴者で論文のことなど知らないです。

  • 「リテラシー」と言う前に専門家に問い合わせてみてね。武田先生は専門家の一人です。

  • 一読してみましたが、「にっこり」の件はさすがにこの話の例に相応しくないです。
    もっと、より良い例に変えた方が良いです。

    事実+一単語でコピペだと言う話になるのであれば、日本書紀の該当個所を記載する場合に、なんらかの修飾を加えるとコピペ扱いになる可能性が高くなります。
    話し手が聖帝と言われる仁徳天皇ですから、この「にっこり」はもの凄くしっくり来るんですよね。ネットで調べても、ここの部分ににっこりを使われている方は多いですし。単語の選定をした結果、重なっただけと言われても納得できます。

    従って、感情の表現として、使われている単語の重なりがより多い物を、例として採用する方が良いと思います。
    さすがに、記事の大筋は納得できるんですけど。例を見て、えー、この場面でにっこりを使っただけでコピペ扱いになるなら、感情的表現を用いるだけで、アウトになるから、、、さすがに無理筋に見てて、こじつけているように感じられてしまいました。

    • ……あのですね。後から書かれたので表現が被ってるものは、ほぼほぼ真木さんの影響を受けてにっこりと書いてるのだと思いますよ。普通に考えて。『普遍的になってしまうほど印象的な表現だった』という事でしょう。皆が予備知識無しに『にっこり』を選択した。と考えるよりよほど自然です(*´ω`*)

  • 20世紀最大の科学的発見と言われているノーベル賞を受賞した「ワトソンとクリックの論文」は「盗用したデータ」です。コピペを非難するなら「ワトソンとクリックの論文」を論じてからにして欲しいです。
    Sexism in science: did Watson and Crick really steal Rosalind Franklin’s data?
    The race to uncover the structure of DNA reveals fascinating insights into how Franklin’s data was key to the double helix model, but the ‘stealing’ myth stems from Watson’s memoir and attitude rather than facts
    https://www.theguardian.com/science/2015/jun/23/sexism-in-science-did-watson-and-crick-really-steal-rosalind-franklins-data

  • 記事内に
    「織田信長は1582年に本能寺の変で死んだ」というような単純なものは歴史的事実ですが、この事実を用いた「表現」(論文やWikiepdia記事など)には当然著作権があります。
    とありますが、

    動画内で挙げられていた
    「遺伝子研究では、沖縄県民は遺伝子的に中国人や台湾人とはとても遠く、九州以北の本土住民と近く、同じ祖先を持つという研究結果も複数出ている。」(ウィキペディア)
    「遺伝子研究でも、現在の沖縄県民の遺伝子は中国人や台湾人とはとても遠く、九州以北の本土住民と近いという結果が複数出ている。」(日本国紀)
    で具体的に言うと、どこまでが「単純な事実」でどこからが「事実を用いた表現」となるのでしょうか?

    「遺伝子研究では、沖縄県民は遺伝子的に中国人や台湾人とはとても遠い」までなら単純な事実で、「遺伝子研究では、沖縄県民は遺伝子的に中国人や台湾人とはとても遠く、九州以北の本土住民と近い」までいくと事実を用いた表現ということでしょうか?

  • あんな分厚い本の中にほんの少し、しかも著作権の無い歴史的事実の引用があったからといって
    コピペ(剽窃)を繋ぎ合わた本呼ばわりとか、大げさを通り越してもう言いがかりレベル。
    そもそもこの本は大学論文ではないので、
    コピペ探して単位落とすみたいな悪趣味な学生いじめは大学かなんかでやったら如何ですか。

  • (pp.445-447のように)引用のルールをきちんと守れと主張しているだけなのに、無断引用を擁護するのだから常軌を逸している。
    それにしても、アカデミズム関係者がこういう主張するとは…科研費バッシングの呼び水を自ら撒くつもりなんでしょうか?

  • 歴史記述に著作権は無い→だから日本国紀はWikipedia等をコピペしても問題ない→って事は当然、百田先生のベストセラー日本国紀にも著作権は無い。
    って理解でよろしいのでしょうか。武田先生の意見支持者さん皆様?本当笑うわ(^O^)(^O^)/……………静に出来んかた…(´・ω・`)

    • しろしろ さんへ
      「日本国紀」に著作権があるかどうかは著作権法を良く読んでね。
      ”著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」のことを指す。著作者の内心に留まっている思想・感情そのものは著作物ではなく、著作物になるためには、それが表現されなければならない。一方で、表現された物であっても、それが思想・感情を表現したものでなければ著作物ではない。

      「創作的」とは、著作者の個性が表れていればよく、必ずしも芸術性は必要でない。例えば、幼稚園児が描いた絵であっても、そこに個性が表れていれば著作物となる。”

      • あなた、自分のコメントの意味理解してます?
        幼稚園児の絵にも個性があれば著作物→コレ、真木さんの『聖帝仁徳天皇』は幼稚園児が描いた絵程の個性もないって言ってるも同然なのですが?いくらなんでも失礼過ぎますよ。

        謝った後にまたコメント投稿した恥知らずですが、私も匙を投げます。だめだこりゃ(∩´∀`∩)(∩´∀`∩)(∩´∀`∩)(∩´∀`∩)(∩´∀`∩)(∩´∀`∩)

      • なるほど~。それで…正しいとはなにかさんの判断では、百田先生が写した部分は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」に当たらないという意見なのです?百田先生に否定的な人って、まさにそこの部分まで侵していると言ってると思うのですよ。
        私個人の見解では年代や幕府等の単語がコピペ部分から離れている所はコピペ主張するのはやりすぎだと思ってます。小説ならともかく、歴史を書く場合頭が〇〇年~、みたいな記述になるのはかなり普通だと思ってます。ただ、このサイトにも数々の検証記事があがってますが、アレを見て、日本国紀という本に著作権的に問題ないと考えるのはかなり難しいです。正しいとは何かさんの意見を踏まえた上で、です。
        私はろだんさんの積極的な支持者というわけではなく、どちらかというと保守っぽい歴史観を支持してます。ろだんさんからは阿呆と思われてる一派です。ただこの件に関しては日本国紀側の方が間違っている部分が多いな…と思うのですよ。ろだんさんの検証記事で私が強引だと思う部分よりも、百田さん、有本さん、見城さんのツイートの方があまりにも酷い。と、思ってるのです。
        これ、以前の他のコメントで書いたのですが…引用、参考文献の記載、正誤表の発表はどう考えてもやるべきでしょう。……ろだんさんが参考文献Wikipediaとか書けないだろうからやらないでしょ、とか推測してましたけど……その通りかもしれません。

  • 私は例え単純な事実であっても、論文等にする際はそれを知った文献などを明記/引用しないと法律上ダメなんだと思っていました。
    例えば「クラゲが発光する」って知らなかったんで、単にその事実を記述する場合でも、文献を明記しないとダメかと思ってました。別にそうではないんですね

  • コピペだと言っている赤字の部分で、
    「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」
    を抽出して欲しいです。
    私がざっと見た限りでは事実と言われているものです。

    論壇netはコピペ、コピペと騒ぐならこの女性を知って欲しいです。ノーベル賞が盗まれています。
    Watson And Crick Stole The First Photo Of DNA From This Woman
    https://youtu.be/BIP0lYrdirI
    Who stole Rosalind Franklin’s Nobel Prize?
    https://youtu.be/OfGghFy8M6M

    • 天皇がいわれた、だけだとああそういうことがあったんですね、でおしまいですが「にっこり」と「こう」が付け足された瞬間、なんと優しいお方だったのだなと感じられるようになる。たぶんこれが芸術性(この場合は文芸?)だと思います。
      もちろん感じ方はひとそれぞれでしょう。でもありふれた表現の「にっこり」「こう」の追加でもともとなかった意味または価値が付け足されている。(事実は変えずに)作り直している。これは立派な創作活動なのではないでしょうか。日本書紀には「いわれた」しか記録されてなかったわけですから。
      この創作活動を最初に思いついて実行したひとが真木氏なら特許というかコロンブスの卵というか、権利を保護してあげるべきだ、というのは公正な考えに思えませんか。
      そう考えればこのわずかな赤字部分にも著作権が発生してもおかしくないのではないでしょうか。他の部分についてはよく見ていないので何とも言えませんが。

  • ここの剽窃擁護コメントは凄いですね。
    つまり、貴方たちは歴史関係以外の本も事実さえ合っていれば全部同じ内容の文で良いってことなんですね。
    常にデジャヴを感じる本を読んでいて面白いですか?私には全く理解できないです。

  • あ、ちなみに私個人は日本国紀、百田先生に著作権は『ある』と思ってるのですよ。もちろん。当たり前に。
    それと同様に真木さんにも、Wikipediaにも著作権があるとみているのです。
    歴史事実の著述、言葉選びや文の構造の部分ももちろん『文芸』です。ここのコメント書かれている方々は評価されていない方もいらっしゃるようですが、仁徳天皇の表情を『にっこり』と書いた文章は、読者が正に天皇の顔を直接みたようにも感じられる、とても優れた言葉選びだと思ってます。
    …私は思っているとか、考えているとか書かれていなくても、著書がこのシーンをどう表現したいか、はっきりと伝わってきます。むしろ、これこそとても分かり易い例の『文芸』です。
    トップにある記事でもっと長く比較されているので、見てみて下さい。岩波版と真木さん版ではかなり文章に差異があります。受ける印象も違うはずです。その部分が真木さんの『文芸』なのです。
    『事実の記述でもその表現の手法に差異があり、その部分には創作性がある』のです。『事実の記述だから誰が書いても同じ』←とても作家や編集者の言葉とは思えないです。以上です。何度もコメント申し訳ありませんでした。

  • 擁護者の皆さまには、しばしば社会常識や道徳観念が欠如している様ですね。
    取り分け、「一般人を批判するより権力者やそのシンパをそうせよ」ではなく、「権力者やそのシンパよりも他に批判すべき相手が海外にいるだろう」という論法には失笑を禁じ得ません。
    日曜討論で安倍総理のフェイクを垂れ流した件での朝日新聞のインタビューに対し、頑なに『権力監視』という語や相当する概念の使用を避けて辺り障りがなく一般論風の答弁に徹した、上田良一NHK新会長を想起します…

  • やはりこのサイトは発狂して言論封殺してくるようです。救いようがないです。隣の国と同じです。
    憲法を守りましょうね。

  • 論壇netなのですが、武田先生が虎ノ門ニュースで分かり易く説明したにもかかわらず、
    著作権法が全く理解出来ないようです。つまり事実と創作の違いが分かっていないです。
    「日本国紀」の事実の部分を抜き出して、ここが一致しているから剽窃だと騒いでいます。
    国語の問題、教育の問題だと思う。

  • コテハンの人とか、ミッキーマウスやドラえもんをパクって何が悪い!キティちゃんに似てるやつもいるだろ!って言ってるのと同じレベルだと気付かないのな

  • ちなみにノーベル賞は原則として受賞の撤回が行われることはありません
    1974年の改正以来、別の原則として存命中の受賞しか認めないというものがあります
    しかし、2011年のラルフ・スタインマン氏は受賞の決定時には死亡していたにも関わらず、先の原則から受賞しています
    調べる限り、これまで一度受賞が決定したものをノーベル財団が覆したことはないので、よほどの理由がない限りは非難するだけ無駄でしょう

    何でワトソンとクリックの論文を批判したいのかはよくわかりませんが、ノーベル財団を批判したいなら山極勝三郎氏が受賞出来なかったことを批判する事の方が先のような気がします(いずれにせよ古すぎ)

  • よろしい、本エントリーを被害担当艦に指定する(越権行為)。
    左舷!弾幕薄いよ!なにやってんの!

  • 「コピペを推奨する異様さ」の項目については誤解を受ける気がするので、もう少し補足したほうがいいと思います。大学でも引用元を明記する「正しいコピペ」はむしろ推奨されていると思います。

    『コピーライトラウンジ 第11回』
    https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201509/jpaapatent201509_121.pdf
    『「正しいコピペ」 科学者にとってモラルではなく厳格な戒律』
    https://www.huffingtonpost.jp/yasuhiro-inoue/copy-and-paste_b_4968985.html

  • ナオキストの「心の闇」を見た思い。
    現在も使われる「心の闇」なる表現は確か『古今和歌集』や『源氏物語』にも出てきたような?

  • 著作者に訴えるよう言ってみたらw
    ここで言ってるようなこと言ってると、歴史教科書でさえアウトになるわwwwwwwww

  • 武田邦彦がなんかバズっていると思ったら。
    高須院長にまで怒られているw
    人工透析とトンデモって親和性が高いのか?

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