【日本国紀】百田尚樹氏は、創作物から「剽窃」した事実を認めている

不可思議な百田尚樹氏のツイート

先に百田氏は次のようなツイートをしました。

しかしこの見解は、事実を矮小化しようとしているきらいがあり、修正が要ります。また、2018.1.25の虎ノ門ニュースで、武田邦彦氏が『日本国紀』のコピペ問題を取り上げ、歴史的事実なら問題なしと言っていましたが、事実を正しく伝えていません。

というのも、百田氏は実際には、創作物から「剽窃」していた事実を認めています。

仁徳天皇

『日本国紀』53頁(第1刷)にある仁徳天皇のコラムは、真木嘉裕氏による物語風意訳から剽窃したものであると最も早い段階から指摘されていました。以下に①日本国紀訳、②真木訳、③岩波訳の三者を比較します。

①『日本国紀』p. 53(第1刷)②真木嘉裕「聖帝・仁徳天皇 民のかまどは賑いにけり」大阪新聞(1991.12)③宇治谷孟『日本書紀(上)』岩波書店, 1988.
仁徳天皇四年、仁徳天皇が難波高津宮から遠くを見てこう言った。仁徳天皇四年、天皇が難波高津宮から遠くをご覧になられて四年春二月六日、群臣に詔して、「高殿に登って遥かにながめると、
「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。都がこうら、地方は一層ひどいことろう」「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。都がこうだから、地方はなおひどいことあろう」と仰せられ人家のがあたりに見られない。これは人たちが貧しくて、炊ぐ人がないのだろう。昔、聖王の御世には、人民は君の徳をたたえる声をあげ、家々では平和を喜ぶ歌声があったという。いま自分が政について三年たったが、ほめたたえる声も起こらず、炊煙はまばらになっている。これは五穀実らず百姓が窮乏しているのである。の内ですらこの様子だから、都の外の遠い国ではどんなであろうか」といわれた。
そして「向こう三年、税を免ず」いう詔をした。それ以降、仁徳天皇は衣を新調ず、宮垣が崩れ、茅葦屋根が破れても修理しなかった「向こう三年、税を免ず」(みことのり)されました。それからというものは、天皇は衣を新調されず、宮垣が崩れ、茅葦屋根が破れても修理も遊ばされず、星の光が破れた隙間から見えるという有様にも堪え忍び給いました三月二十一日、詔して「今後三年間すべて課をやめ、人民の苦しみを柔げよう」といわれた。この日から御や履物は破れるまで使用され、御食物は腐らなければ捨てられず、心をそぎへらし志をつつまやかにして、民の負担を減らされた。殿のはこわれでも作らず、屋根のはくずれても葺かず、雨風が漏れて御衣を濡らしたり、影が室内からられる程であった。
三年が経ち、ある日、天皇高台に出と、炊煙が盛んに立つのを見て、かたわらの皇后にこう言った三年がたって、天皇高台に出られて、炊煙が盛んに立つのをご覧になり、かたわらの皇后に申されましたこの後天候も穏やかに、五穀豊穣が続き、三年の聞に人民は潤ってきて、徳をほめる声も起こり、炊煙も賑やかになってきた。
七年夏四月一目、天皇が高殿に登って一望されると、人家の煙は盛んに上っていた。皇后に語られ、
「朕はすでに富んだ。ばしいことだ」
「朕はすでに富んだ。ばしいことだ」自分はもう富んできた。これなら心配はないといわれた。
すると皇后は言った。
「宮垣が崩れ、屋根が破れているのに、どうして富んだ、といえるのですか」
変なことを仰言いますね。宮垣が崩れ、屋根が破れているのに、どうして富んだ、といえるのですか」皇后なんで富んできたといえるのでしょうといわれると、「人家の煙が国に満ちている。人民が富んでいるからと思われる」と。皇后はまた「宮の垣が崩れて修理もできず、殿舎は破れ御衣が濡れる有様で、なんで富んでいるといえるのでしょう」と。
これに対して天皇はにっこりて、こう答えた天皇はニッコリされて、こう申されました。天皇がいわれる
「よく聞け。政事は民を本としなければならない。その民が富んでいるのだから、朕も富んだことになるのだ」「よく聞け。政事は民を本としなければならない。その民が富んでいるのだから、朕も富んだことになるのだ」天が人君を立てるのは、人の為である。だから人民が根である。それで古の聖王は、一人でも人民に飢えや寒さに苦しむ者があれば、自分を責められた。人民が貧しいのは自分が貧しいのと同じである。人民が富んだならば自分が富んだことになる。人民が富んでいるのに、人君が貧しいということはないのであると。
秋八月九日、大兄去来穂別皇子(後の履中天皇)のために壬生部を定められた。皇后のために葛城部を定められた。
その、諸国の人々から、「宮殿は破れているのに、民は富み、道にものを置き忘れても拾っていく者もない。この時に、税を献じ、宮殿を修理させていただかないと、かえって天罰を蒙ります」との申し出が次々とあた。そのころ、諸国より「宮殿は破れているのに、民は富み、道にものを置き忘れても拾っていく者もありませんもしこの時に、税を献じ、宮殿を修理させていただかないと、かえって天罰を蒙ります」
 との申し出が頻頻とあるようになりました。
九月、諸国のものが奏請し、「課役が免除されてもう三年になります。そのため宮殿はこわれ、倉は空になりました。いま人民は豊かになって、道に落ちているものもいません。つれあいに先立たれた人々もなく、家には蓄えができました。こんなときに税をお払いして、宮室を修理しなかったら、罰を被るでしょう」と申し上げた
しかし天皇は引き続きさらに三年間、税を免除した。そして六年の歳月が過ぎ、やっと税を課し、宮殿の修理をした。それでも、天皇は引き続きさらに三年間、税を献ずることをお聞き届けになりませんでした。六年の歳月がすぎ、やっと税を課し、宮殿の修理をお許しになりました。けれどもまだお許しにならなかった。
十年冬十月、はじめて課役を命ぜられて宮室を造られた。人民たちは促されなくても、老を助け幼き者もつれて、材を運び土鏡を背負った。昼夜を分けず力をつくしたので、幾何も経ずに宮室は整った。それで今に至るまで聖帝とあがめられるのである。
①『日本国紀』p. 53(第1刷)②真木嘉裕「聖帝・仁徳天皇 民のかまどは賑いにけり」大阪新聞(1991.12)③宇治谷孟『日本書紀(上)』岩波書店, 1988.

第5刷にて、真木嘉裕氏の「剽窃」を自白

このように、日本国紀訳は明らかに、真木訳を剽窃しています。『日本書紀』の原文にない意訳箇所も転写してしまっていることから明らかです。このためこの箇所は、著作権を侵害していると雑誌において断言されています(関連記事)。

この「無断転載」状態を受けて『日本国紀』は、第5刷において参照元を明示しました。次のように修正しています。

よって、第1刷は「無断転載」の状態であったこと、すなわち百田尚樹氏は二次創作物から剽窃していた事実を認めたことになります。

本文も修正

さらに百田氏は、第5刷において、本文まで次のように修正しています。

第5刷において削除されている「にっこりして」や「よく聞け」は、『日本書紀』の原文にはない、真木嘉裕氏による意訳箇所です。

つまり第1刷では、創作性のある翻訳箇所を剽窃していたため、第5刷においてこれを削除したということです。

まとめ

ここ数日、『日本国紀』界隈は、コピペ問題で騒いでいます。しかし『日本国紀』がコピペの繋ぎ合わせである事実は変わりませんし、既に百田氏自身が「剽窃」を認めているのです。

また「歴史事実だから問題なし」という擁護論を展開する人が多くなっています。しかし、これは本来、「歴史的事実を記述したら、たまたま似たような文章になってしまった」という場合の弁護であって、「Wikipediaから積極的にコピペして何が悪いんだ」という開き直るためのものではありません。普通にこのレベルのコピペをしたら大学レポートですらアウトです。

いずれにせよ『日本国紀』はコピペ本という評判は揺らぎようがないようです。

参考記事

『日本国紀』における「無断転載」の総覧——その問題点の考察

2019年1月18日

【悲報】やっぱり『日本国紀』、在庫過剰の「押し本」状態だった【在庫7箱も…専門誌の報告】

2019年1月14日

【まとめ】百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)の関連記事まとめ

2018年11月17日




9 件のコメント

  • (故)生出寿氏は自著からの引用箇所が多かったですが、巻末の参考文献に当該書名を記載していました。
    百田氏も、正統派保守系論者とは言え先達と見做して、渋々であれ非を認めたならどんどん引用して頂きたいですね…

  • ろだんさん、いつもお疲れ様です!

    自白のセクションの最初の方にある『日本国紀』の原文にない~のところは『日本書紀』の変換ミスではないでしょうか?私の理解不足だったらすみません!

  • 引用元を明らかにしたこの部分は筆者にとって思い入れがあったんでしょうか?
    他の部分は伏せられたままなんでしょうから、基準がよくわかりませんね…

  • ネットがテレビの嘘や捏造を検証するようになって奴らは誤魔化せなくなったという声はネット上では大きいですが、それってネット上で話題の言論もまた然りということ。一人では絶対気づかなかったので、こうやって修正のプロセスを確認できるサイトがあって良かったです。

  • 武田先生が言っていましたが、売り上げが落ちたら論壇netに賠償責任があります。
    あまりデマが行き過ぎると訴えられますよ。
    法律を良く考えて記事を書くようにしないといけないです。

  • 「民のかまど」をネットで検索してみましたが、多くの人が引用元を示さずに使っているようです。
    真木嘉裕氏も誰かからの引用かも知れないです。
    ”百田氏は実際には、創作物から「剽窃」していた事実を認めています。”はあまりにも酷いです。

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