【靖国神社】天皇批判した小堀元宮司の手記に反論——「祟らないために祈るのか?」「靖国神社の外側に英霊はいるのか?」

天皇批判をしたトンデモ宮司

ナショナリズムの牙城たる靖国神社は、いつも話題に事欠きません。

昨年、靖国神社の宮司(当時)だった小堀邦夫氏が「今上陛下は靖国を潰そうとしている」などと天皇批判をしてしまい、何故かそれを録音したテープがマスコミに流出して騒動になりました。

この騒動が原因となり、小堀氏は靖国神社の宮司を退職。その後、『文藝春秋』(2018.12号)で発表された手記によれば、どうも靖国神社を改革しようとして反感を買っていたようです。

この手記を読んだときは、ちょっと小堀氏の妄想が入っているのかなと思っていたのですが、どうやら反感を買われていたのは本当の模様。なんとこの手記に対する靖国神社の反論が、社報『靖國』(2019.1.1号)に載っています。

そこで本記事では、この反論の概要を紹介したいと思います。

【靖国神社】「今上陛下は靖国を潰そうとしている」発言の真意——小堀邦夫前宮司手記「靖国神社は危機にある【文藝春秋, 2018.12】

2019年1月7日

祟らないように祀るのか?

靖国神社は小堀氏手記のうち二つの言葉を引用して反論しています。まずその第一。

【小堀氏手記からの引用1】「祭神となられた方は、誰も天寿を全うしていません。どの方も死に際には、叫び、わめき、嘆き、あるいは一瞬で亡くなっている。どれだけ恨みを呑んで亡くなられたかわからない。だから崇ることがないように、どうか永遠のお宮として靖国神社に安らかにお鎮まりくださいとお祭りを続けてきました

つまり、小堀氏は「祟らないように祀る」というのです。これについて靖国神社は次のように説明。

とりわけ、戦歿された方々は家族や愛しい人々を思い、そして故郷であるこの日本の平和と繁栄を願っておられたはずです。靖国神社の使命は、御祭神等のこのような崇高な事績を後世に伝え、祭紀を厳粛に行い続ける事にあります。従って、「みたま」の崇りを恐れ、鎮めることを目的とした神社ではありません。

私は神道に詳しくないので断定できないのですが、「日本の更なる平和と発展に寄与する」ために祀ると靖国神社は言っていますが、神道にそういう教義・教理ってあるのでしょうか? ちょっと違和感が。

靖国神社の外に神霊はいないのか?

第二の論点は、神霊のいる場所についてです。

【小堀氏手記からの引用2】「かつての戦地には、遺骨はあっても靖国神社の神霊はそこにもうおられないと考えます。靖国神社を永遠の静宮の常宮としてお鎮まりくださいと毎日祝詞で申し上げているのですから、神霊が陛下といっしょに移動することはありえないと思われます」

確かにこのように考えてこそ、靖国神社の独自性があるように思えます。靖国の外に英霊がいるというのであれば、靖国で祈る必要はないのですから。

これに対する靖国神社の回答は次のようなもの。

次に、「みたま」がおられる場所は、決して靖國神社のみに限られたものではございません。……公共性を有する神社や慰霊碑だけでなく、神棚や墓所・仏壇、更には亡くなられた方々それぞれ縁の場所に於いても、人々の祈りの中に「みたま」は存在すると考えます

どこにでも神霊はいるそうです。

しかし、こういう解釈だと靖国神社がある意味が無くなってしまうと思うのですが良いのでしょうか…。たとえば終戦記念日に人々が靖国神社に行幸される理由は、まさに靖国神社に英霊たちがいるからではないでしょうか。祈りの中に「みたま」があるとまで行ってしまうと、靖国神社に行かなくても自宅でOKということになりかねません。この問題をどの様に考えているのか疑問です。

まとめ

以上、小堀氏の手記に対する靖国神社の反論を検討しました。次のようにまとめられるでしょう。

  1. 小堀「崇ることがないように祀る」→靖国神社「日本の更なる平和と発展に寄与するために祀る」
  2. 小堀「靖国神社の外に神霊はいない」→靖国神社「神社や慰霊碑、神棚、仏壇、ゆかりの場所、祈りのなかにも神霊はいる」

靖国神社の回答は、私には現代的価値観に迎合し過ぎているように感じてしまいますが、こういう認識で大丈夫なのでしょうか?

そういえば仏壇の中にも神霊がいると書いてありますが、成仏した人の「みたま」ってどうなるんでしょ。仏教の教理的に、成仏すれば解脱しているはずですから、魂といった類は存在しない筈ですよね…。

まぁそんなこと言い出したらお墓の魂入れとか、施餓鬼の時点で矛盾しまくりな訳で、深く考えてもしょうがないのですが(笑)

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7 件のコメント

  • かの神社は非業の死を遂げた死者を神として祀りあげる事で祟らないようにするという、古来より見受けられる御霊(ごりょう)信仰の施設という見方ができると思います。
    特に先の大戦では戦死者を軍神・英霊として祀りあげる事で軍神・英霊という言葉を戦意高揚の方便に利用してきたのだと思います。
    また、無茶な作戦で多くの人命が損なわれた事を一番知っていた軍上層部の人間にしてみればそうやって戦死者を祀りあげる事で自らの罪悪感を少しでも軽くしようと考えたのではないだろうか。

  • ただ靖国側の意見は神道の概念としては合ってるかと。八百万の神の概念で言えば靖国側が神道的には正しく小堀氏のそれにはカルト臭のみが漂っています。そもそも小堀氏のそれは護国神社も地域の忠魂碑も否定していることになりますので全国の護国神社等からの抗議があってもおかしくありません。

  • 靖国神社にも、教義や主旨に関して修正主義が横行している様ですね。
    とは言え、原理主義も所詮は時代錯誤の範疇に過ぎませんので与する積もりもありません。
    何れにせよ、当の天皇に取っては「汚れたコップの中の濁った水に起きた嵐」に過ぎないでしょう。
    A級戦犯合祀の解除という奇跡的な妥協点を見出せば、「コップが汚れたままでも、水は綺麗になったから手に取って一口付ける」となるかはさて置き。

  • 行幸ってのは天皇陛下がお出かけになることですよ。他にも独特な用語や誤表現が多過ぎて気持ち悪いんですが、これは酷い。

  • 天皇批判をてしまい→してしまい
    祭紀を厳粛に行い続ける事によりことにあります→よりこと?

    コメントですが、神道は世界生成の原理や生きる意味などについてあんまり教えてくれないです。宗教として、あまりに未完成でそこまで突き詰めて考えてないのかな、と思います。

    • >神道は世界生成の原理や生きる意味などについてあんまり教えてくれないです。
      >宗教として、あまりに未完成でそこまで突き詰めて考えてないのかな、と思います。

      それは神道の事を何も知らないだけでしょう。

      日本は多民族国家で、民族によって宗教が全く違うのですね

      1. 縄文人
      狩猟採集民
      蛇信仰、巨木・磐座に神が降りる、死んだら円錐形の山からあの世に上がる

      2. 長江からの渡来人(倭人)
      稲作漁労民
      鳥信仰、集落の入り口に鳥居を設ける、銅鐸の祭りを行う

      3. 朝鮮からの漢民族系渡来人
      商人、軍人、 支配階級
      中国鏡を神体とする太陽信仰、アマテラス信仰

      朝鮮からの渡来人
      東漢氏
      祓いの神道

      現代日本人が神道と言っているのはこの四つの総称です。
      しかし、靖国神社はこのどれにも該当しません。

      それは靖国神社が神道の神社ではなく、靖国神道は神道とは何の関係もない、昭和になってから でっち上げられたカルトだからなのです:

      靖国神道は軍人を殺人の前に奮い立たせる為のものであって、信仰ですらないインチキ神道

      戦没者は恐ろしいものではないから神にはなれない.従って祭る必要もない.

      神道の教義では,神になれるのは日本軍に残虐な殺され方をして,恨みを呑んで死んでいった中国やアジアの人々だけだろうね.

      神道というのは原始信仰のアニミズムやトーテミズムをそのまま残した化石的な宗教だ.

      アニミズムやトーテミズムでは人格神ではなく,人間に危害を及ぼす様なものはすべて神になる. 神仏習合というのは仏教の仏を神道の沢山いる神の一つにしただけだ.

      日本の仏教というのは本当の仏教ではなく,中身は完全に神道で外形だけを仏教から借りただけの代物だ.だから仏教は日本に根付いたが,キリスト教は完全に放逐された.キリスト教は一神教で神道の精神と相容れないからだ.

      しかし,靖国は神道の基本精神と合い入れないから,神道とは共存できない.

      靖国は軍人を殺人の前に奮い立たせるためのものであって,信仰ですらないからだ.

      靖国参拝は殺しの前の儀式行動としてやるものであって,宗教的な行動ではない.

       
      ▲△▽▼

      靖国は日本の伝統的な神道から逸脱している。古事記の神道を伝統とすれば、古事記は天皇の祖先神である天照大神を祀る伊勢神宮と、天照大神の子孫が滅ぼした(殺した)大国主命を祀る出雲大社。この二つの神社からなる。天皇は自分たちの先祖よりも、むしろ滅ぼした出雲の方に大きな神社を建てた。

      *自分たちが権力を取るために滅ぼした人たちを鎮魂する神社を、自分たちの祖先の神社より大きくつくるのが日本の清清しい伝統であります* 。元寇との戦いでも、鎌倉に戦死した元の人たちを祀る寺をつくっているし、あの虐殺鬼「秀吉」でさえ、朝鮮で殺した人々の耳塚までつくっている。

      そういうことを、先の大戦でも行うべきであった。中国や朝鮮、東アジアの人々の犠牲は、日本の犠牲の5倍も多い。1千万人の方々が日本の犠牲となった。伝統的な神道であれば、その人たちの霊を厚く祀るべきなのだ。その人たちの霊を慰めることをしないで、自国の死んだ人たちだけを祀るのはおかしいこと。

      靖国は明治の初めの廃仏毀釈とつながっている。廃仏毀釈は仏を廃し神を残したといわれるが、実は神も排斥した。というのは、それと同時に修験道が同時に廃止されているからだ。

      修験道は神と仏を結びつけたもの。神仏習合は東大寺を宇佐からやってきた八幡神が祝福したことに始まる。ここで公式に神と仏は習合した。それを助けたのが行基。それが空海によって完成される。そこから修験道が始まる。神と仏が仲良くするのが修験道なのだ。

      ところが、その修験道を禁じ、仏を殺し、神を殺して、そのかわり国家を神とする神道が、新しい近代神道として起こった。神道のなかではごく最近のものである。近代日本の国家主義の産物で、他の神仏を殺してしまった。つぶして再度、国家神道の下に神道を統合した。だから、それはほんとうの神様ではない。一木一草のなかに神をみる。これが日本の伝統。そういう神様を全部殺して、天皇と国家を神としたのが国家神道。そういう伝統にあらざる神道を首相が公式参拝して保護するのはどうなのか?

      *日本の伝統は犠牲になったものを祀らないと怨霊となって祟りをなす。だからその祟りを鎮めようというもの。アジアの人たちに酷いことをして殺したことが祟りになって日本の前途を危うくする、だからそういう魂を祀るという精神が靖国には皆無だ。これは日本の伝統的神道に欺くことである* 。

      靖国は密かに祀る。心の中で祀る。そういう精神にしたらよい。近所に迷惑をかけた以上は近所に対し黙って祀る。目立たないように祀るのが国と国との礼儀だ。日本人とは慎ましやかな民族であるはずなのである。コイズミのように声高に祀るのは、「恥」と云わざるをえない。

      ▲△▽▼

      非業の死を遂げた人 = 自分たちが権力を取るために滅ぼした人

      今度の戦争の事でいえば

      非業の死を遂げた人 = 日本兵に殺された中国や朝鮮、東アジアの人々

      非業の死を遂げた人を祭るのなら日本兵に殺された中国や朝鮮、東アジアの人々を祭るしかない。

      靖国神道が古来の神道とは別物のインチキカルト

      社の格好をしているから神道の神社だと思ってしまうが、その思想とか教義から見れば道教の土俗型に近いと思います。 祭られている「神」も、道教の「魔」とみれば、神社の解説もすっきり読めますね。 「宮司」も、道教の「陰陽師」と解せば、日ごろの行動まですっきり読めます。

       日本古来の神道の衣を被った道教の廟ということでしょう。

      _____

      それから、天皇一族が靖国に参拝できな理由もはっきりしています。

      昭和天皇の戦争犯罪問題が再燃すると困るから天皇一族は靖国神社に参拝できなくなった

      昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ

       昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。

      昭和天皇がある時期から靖国神社を参拝されなくなった理由は「A級戦犯」合祀であろう、という推測が以前からあった。この記事内容が事実であるなら、その推測が資料で裏付けられたことになり意義深いと思う。

      首相の靖国参拝問題などの諸問題は、このことで一気に解決するとは思えない。
      そこで記事の引用(2件)

      <昭和天皇>靖国合祀不快感に波紋…遺族に戸惑いも

       「だからあれ以来参拝していない。それが私の心だ」。富田朝彦・元宮内庁長官が残していた靖国神社A級戦犯合祀(ごうし)への昭和天皇の不快感。さらに、合祀した靖国神社宮司へ「親の心子知らず」と批判を投げかけた。昭和天皇が亡くなる1年前に記されたメモには強い意思が示され、遺族らは戸惑い、昭和史研究者は驚きを隠さない。

      昭和天皇が戦後も続けていた靖国神社への参拝を、A級戦犯の合祀(78年)を理由にとりやめたのは事実であろう。ただしそれは「戦争への痛切な反省と世界平和への思い」からではない。自身の戦争責任追及を昭和天皇が恐れたからだ。

       A級戦犯を神と崇める神社に参拝などしたら、苦労して築き上げた「平和主義者・天皇」のイメージが一瞬にして瓦解する。

      つまり昭和天皇は天皇家の延命という観点から、靖国神社の勝手な行動に激怒した--こう考えたほうが自然である。

       昭和天皇が松岡洋右元外相らに開戦責任を押しつける発言をしていたことは他の史料でも明らかになっている。戦犯連中にしてみれば、「本来なら最高責任者の陛下こそ戦犯じゃないか」というツッコミをあの世から入れたい気分ではないか。

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