百田尚樹氏、『日本国紀』の「男系」の記述ミスを公式に認めるが、大したミスではないと開き直り

「男系」の定義ミス

話題沸騰の百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)では、「男系」の記述に間違いがあることを本ブログでは追及してきました。

この箇所の間違いは第4刷にて正しく修正されたため、第1刷の記述が誤りであったことは明白でしょう。次のように修正されています。

この第1刷の文章では、女性天皇が男系であるための条件として「父親が天皇である」と誤った記述になっており、百田氏が男系の意味について正しい理解を持っていなかったことを示唆します。

さらにこの重大なミスを著者のみならず、編集・監修・校閲のいずれもが見落としていたことは、まさに痛恨のミスでしょう。

万世一系の皇統の尊さを宣揚する保守本なのに、これはまさに致命傷です。

虎ノ門ニュースでの「言い訳」

この致命的な「男系」の記述ミスが起きた理由が、本日(1.15)の「虎ノ門ニュース」で開陳されました。その要点をまとめれば次のようなものです。

  • 百田氏自身のウッカリしたミス。
  • そのミスを見落とした校正ミス。
  • 大したミスじゃないから問題なし。
  • 百田氏自身は「男系」の意味を正しく理解していた。

という点になるかと思います。要は、男系の意味自体は正しく理解していたが、問題箇所についてはウッカリして間違いを犯してしまった。しかしその間違いは大したものではない、ということになるでしょう。

動画

まず動画の当該箇所をどうぞ。

書き起こし

百田 つまり父親が天皇であると、全員が男系であると、父親が天皇であると書いてあるんですがね。これ実は私がちょっとウッカリしたんです。八人の女性天皇がいるんですが、えー、僕がここでウッカリ「父親が天皇である」と書いてしまったんですが、えー八人のうち六人が父親が天皇。で、後の二人は、一人はおじいちゃん、祖父、もう一人は曾祖父なんですね。えーーー、なんですよ。そこで私はですね、その前にこう書いてあるんですね。「男系とは、父、祖父、曾祖父と、男親を辿っていけば、神武天皇の血統をもっていることをいう」と、ちゃんと説明している。えー女性天皇は八人おるけれども、えーそれを全部たどれば、えー全部そうなんですと書いてある。ともかく、私これ校正ミスなんですが、えーーー全員が父やって書いてある。実際には二人は祖父と曾祖父なんです。八人中二人は。で、それにもかかわらず、これちょっとアップできますかね。これがねその批判してる奴なんですが、えー。男系の正しい意味とは、 父親…、イコール、ちょっと見えませんね。要するに男系の説明をしているわけですが、父親、曾祖父と辿っていくと全部天皇に繋がるということなんですが、そういう、せやのに百田は間違っとるって言うんですが、この文章は私の文章パクってるんですよ。
居島・織田 苦笑
百田 私はちゃんと説明している!ちゃんと説明してる!そんでウッカリ、女性天皇は八人おるけども、全員が、あーーーー父が天皇やと。それはちょっと私のミスです。実際には八人中、六人が父親が天皇で、二人は祖父と曾祖父やったということなんですが、それをね、もう「根本的にこいつは男系を解ってない!」、もう「致命的なミス」やて、致命的なミスやないゆーの、しかもこれ斜めに切り取ってね、一番大事な部分を書いてる部分は見えないように切り取っているんですよ。
居島 辻褄よくね。
織田 よく熟読してるちゅうことですね。
百田 それでね、私もミスがあったんで、あの版を直す、重版する時に、まぁここはもうちょっと表現を、こうやったほうがええなとか、明らかに校正ミスもあるんです。本というのはどうしても一生懸命書いても、必ず校正ミスがでる。その時は次の版で、重版でちょっとそれを直す

【DHC】2019/1/15(火) 百田尚樹×織田邦男×居島一平【虎ノ門ニュース】1:32:32~

*重版で修正したと言っていますが、実際には重刷で修正しています。

「切り抜き」というよくわからない言説

百田氏が何故に「男系」の定義ミスを蒸し返したのかと言えば、私が速報で出した写真が印象操作のために斜めに切り抜いたものだからというのです。

その当該ツイート(左)と、切り抜き根拠とされる画像(右)です。

何故、斜めなのか。その理由は右利きで当該部分を接写したから

何故、赤枠に言及しないのか。その理由は青枠内の間違いに言及しているから

単にそれだけのことです。誰がどう読んでも青枠内の記述は、赤枠を考慮してもしなくても間違っていることは明白です。印象操作でも何でもなく、その必要すらありません。私は間違いを指摘し、百田氏もその指摘を受け入れ第4刷で修正、そして本日の虎ノ門ニュースで自身のミスを認めたのです。

つまり百田氏は既に私の指摘を受け入れ、自身のミスを認めているのです。

これはもう揺らぎようがありません。わざわざ今回取り上げた理由は、偏に百田氏の負け惜しみであり、自身のミスを矮小化したいがためでしょう。

また赤枠が正しいから百田氏は正しく「男系」の意味を理解していたと主張される方もいますが、このコラムでは「天皇の父親が天皇であるから、その祖先には必ず神武天皇がいる」という誤解の元に著されていると考えれば、赤枠と青枠は矛盾なく読めます。つまり赤枠に基づいて青枠を修正して読む必然性はないんですね。この修正をしてしまうのは、読み手が赤枠の定義が正しいことを知っているからに過ぎません。この仔細については以下の記事を参照ください。

『日本国紀』「男系誤謬説」への誤解を糺す

2018年11月12日

保守本なのに「男系」のミスを見落としたことは致命的ではないのか?

また百田氏は、この「男系」のミスを矮小化していますが、それは保守論客として如何なものかと思います。まして、女系天皇論などが交わされている中で、このミスに気が付かなかったことは、関係各位の無能さを象徴しているでしょう。

戦前は「天皇下」という誤植ですら、出版停止の憂き目に遭いました。百田氏は万世一系の皇統の尊さを嘯いているのですから、自身が侵したミスの重大性に気が付いてほしいものです。

それが「保守」というものではないでしょうか? 百田氏の態度こそがまさに保守に似つかわしくない「不敬」でしょう。

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22 件のコメント

  • 『大君は神にしませば 赤駒の腹這う田居を 都と成しつ』と賛美した大伴御行から見れば、史的天皇論(しかも穴だらけ)が許される、国民主権憲法下の言論の自由は驚愕に値するでしょう。
    そして今日、不肖の精神的後進たる百田氏の為に、ろだんさん他有志の元に天武天皇の御霊が降りて、百田氏の妨害を排除しつつ(笑)ささやかな穴埋めが進行しているのでしょうか…

  • 某氏の蛇のような確認はどうなったのかしら?こんな凡ミス、見落とすはずがないでしょうから、きっと何かの間違いですよね。信じています。

  • というか、何でそんなにこの本嫌いなの?

    俺はこの本を読んでないが、この本を批判する人の話は、その他の書籍にも言える事だろう。

    読んでないから内容については詳しく知らないが、本の主旨としては、愛国に基く保守史観から書かれたものなんだろう?

    リベラル側からしたら納得し難い記述もあるのだろうが、明らかに過剰反応してて不思議なんだよな。

    まぁ大々的に宣伝もしていたから、批判的な人の話を聞いて、推敲なり記述の瑕疵なりに脇の甘さも感じるし、アンチからしたら的になるのも理解出来るが、それにしても粗探しに躍起になり過ぎてるよね。

    • > この本を批判する人の話は、その他の書籍にも言える事だろう。

      作者が「真実の通史」みたいなことを称してるのに、内容が間違ってるどころか、至るところコピペだらけというのを、このブログでは主張しているんだと思いますよ。誤字脱字レベルの形式的な誤謬ではなく、内容に関する批評ですから、「粗探し」には当たらないように思えます。

      知名度が高い百田氏の本だし、公称60万部ということを考えると影響力は無視できないでしょう。こうした本が世の中に蔓延ってくるならば、ここでの「指摘」は意義のあることではないでしょうか。

      ♯私は「指摘」と認識していますが、別の立場からは、やはり「粗探し」にうつってしまうのかもしれませんが…

      • 何が真実か事実かというのは、人の信じる事、考える事によって異なるでしょうから、リベラルはリベラルなりの、保守は保守なりの、百田氏は百田氏なりの史観を書籍にするのは批判される事ではないでしょう。

        コピペというのも、それ自体は何の問題もありませんし、要は無断転載が問題視されていると理解しています。

        もっとも、明らかに事実と異なる記述については、それが事実と認識されて蔓延してはなりませんから、指摘されて然るべきだと思います。

        ただ、それは他のどの様な書籍にも言える事であり、発行を重ねる度に改定、改正されるのは普通の事です。

        自分はその意義を否定しているのではなく、このサイトの日本国紀のまとめをざっと見るだけでも、過剰反応と感じており、不思議に思っているのです。

        日本国内で発行される、日本を貶めるような意図で書かれた書籍でもないのに、その熱量は何なのだろうかと。

        保守派は勿論のこと、百田氏の信者、或いは百田氏本人でさえ、日本国紀が歴史における唯一の真実などと考えていないでしょう。
        リベラル、延いては中韓の歴史観までもと同様に、歴史の一面と捉えているのが実際のところではないでしょうか。

        粗探しであれ、指摘であれ、後出しジャンケンで盛り上がるより、日本国紀の歴史観に対する書籍を発行させて、言論の壇上で是非を問うのが正道でしょう。

        自分はやはり保守寄りですので、日本国紀批判者に懐疑的ではありますが、それを差し引いても、批判者の批判それ自体が、事実と異なるミスリードを生むなら本末転倒で、指摘の意義が消滅しますし、部分的な切り取りを執拗に責めるのは、陰湿で矮小だと思います。

          • 一般的な理解として、コピペ=引用でしょう。
            このサイトではコピペという概念に、新しい意味が付与されているという事ですか?

            一般論として、何かを説明する際、根拠として提示するのが客観的な情報、普遍的な定義、信頼性の高い統計で、ソースと呼ばれるもの、具体的には辞書や百科事典、法律、ウィキペディアも含めていいと思います。

            これらを引用する事を否定するのは、幾ら何でも破綻した暴論でしょう。

            ソースの引用=コピペの用途や目的、その解釈は様々でしょうし、引用元や参照元を明示する事を怠るべきではないですが、それだけのことでしょう。

            あなたは何かを説明する際、自らの主観と独自の理論だけで臨むのですか?
            紡ぐ言葉でさえ、外部から得られた情報で構築されるのに、そんな事が可能だと?

            • >一般的な理解として、コピペ=引用でしょう。
              違います。引用が成り立つ条件を「コピペ」という言葉は含んでいません。ダラダラ長いけど要は「コピペの何が悪い!引用のルールは守った方がいいけど守らなくてもコピペは引用だ!ウィキペディアは信頼性のあるソースだ!」というのがあなたの主張ですが、それは甘いですよーというのが感想です。あなたが甘くないと長文で語ろうが社会に通用しない時点で甘いです。

              • 甘いとか甘くないという話はしてないので、挨拶に困ります。

                最初にも書きましたが、自分は日本国紀を読んでいないので、ウィキペディアのコピペなり引用なりを、百田氏がどのように行ったのかは詳しく知りません。
                引用元、参照元を明示していない事が問題視されているという理解です。

                その前文で、コピペという行為自体には何の問題もない、とした事に噛み付いて来られて?なわけです。

                あなたの甘いとか甘くないとかの主観はどうでも良いので、コピペという行為の問題点を説明して下さいね?

                • …何も知らないんじゃないかと疑ってたらやっぱり。
                  あなたの疑問は当ブログの11月頃の記事を読まれたら解消されるかもしれません。個人的にクリエイティブ・コモンズ・ライセンスについてなど初めて知ることも多かったです。
                  以下について調べてみるといいかもしれません。
                  ・「引用」が成立する条件
                  ・新聞や論文でウィキペディアからのコピペが発覚した場合、どういった問題になるか
                  ・新聞や論文でウィキペディアを引用した場合、どういった問題になるか
                  ※日本国紀=新聞・論文とは思っていませんのであしからず

                  • どうやらあなたは、人の話を聞かずに勘違いされてる方のようですね。
                    文脈を無視して、自分の気に入らない記述をだけを切り取って、会話や文章の主旨を誤認してしまい、頓珍漢な難癖をつけてしまう人の典型だと思います。

                    自分は最初の返信に対して、自分の認識を示したまでです。
                    その中でコピペ行為自体は問題ではないとしましたが、その後の記述にある通り、無断転載などを許容するという話ではありません。

                    加えて、自分は百田氏、並びに日本国紀の擁護者でもありません。
                    単に日本国紀批判者の話の大部分は、他の書籍にも当てはまるものであり、このサイトだけでも書籍に出来そうな批評がありますが、その熱量を不思議に思い、過剰反応だと感じた旨を投稿したまでです。

                    それも批判や指摘の意義を否定しているのではなく、批判を目的にして、文章の主旨を理解せずに、記述を部分的に切り取って問題視すると、あなたの様に事実を誤認してしまうので、本末転倒になると申し上げています。

                    レスされるのであれば、最初から投稿内容を良く読んで、主旨を理解してから返信されるようお願いします。

  • 言論には言論で答える。
    これを筋とするなら、日本国紀を上回る精密な取材と正確な文章で執筆し、出版社が喜んで編集し書店がこぞって仕入れるような、文化人や歴史家が悶絶するレベルの日本の歴史書を出版したらいいと思います。
    天皇に献上できるものを作ればよろしい。

  • 校正ミスより意図的に不自然な切り抜きで印象操作、
    こっちのほうがずっと悪質だし恥ずかしい行為だと思う。
    このページは削除せずにいつでも見られるように残しておくべき。

    • 写し方が縦だろうか横だろうが斜めだろうが、

      「…つまり天皇が父親である。」

      という記述が間違ってることに変わりはないわけで。

      このエントリでは、百田氏が

      「斜めに切り取ってね、一番大事な部分を書いてる部分は見えないように切り取っている」

      として、批評者が印象操作しているかのごとく述べたことにも応えていますが、画像から明らかなように、上述誤謬に言及するには青枠内の文字だけで十分ですから、ろだん氏の説明の方が論理的に整合性が取れています。
      (普通、批評のための引用は必要な範囲において行います。極端な例かもしれませんが、例えば人名が違ってますよと指摘したいときに前後の2,3パラグラフを丸ごと引くことはしないですよね。)

      このページは、百田氏が自身の著書の誤りを明確に認め、更にそれを矮小化しようとしたことに関する記録として、残しておくべきと思います。

  • 「「不敬」というタブーに果敢に挑むカッコいいオレ」くらいの認識しかないんだと思いますね。
    これについては単に無知だったということになりましたが。
    ファン受けはいいんでしょうから、マーケティングとしては正しいかと。

  • よくぞ、指摘してくださいました。
    上記コメントザッと読みしましたが、なぜこれほどの百田氏の言い分をスッと受け入れ擁護するのか、私にはわかりません。
    一部保守の間では問題視されていた箇所です。

  • 1)うっかりで間違える程度の認識で歴史本を書くとは恥ずかしいです。
    2)どうしても校正ミスが←圧倒的努力が足りてなくて恥ずかしいです。
    3)コピペでも問題ない。←コピペで本を書いたというのは
     物書きとして恥ずかしいです。(さすがに当代一のストーリーテラーは
     自分の言葉、文章で本を書いてると思いたい···。)

    きっと普段から有害な電磁波出まくりのパソコンやスマホを触ってるから
    日本人として知ってる恥を忘れてしまったのだろう。それらを捨てて、
    とりあえず米、そして米、何がなんでも米を食べましょう。味噌汁も
    忘れては駄目ですよ。そうすれば自然と自分が何者かもわかるし、
    世界もきっと平和な1日になるでしょう。 
     

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