秦郁彦氏、『日本国紀』の意義を評価する。

唯一信頼できる保守論客・秦郁彦

保守論壇で荒稼ぎしている論客は数多あれど、信頼できるまともな論客は絶滅危惧種です。

そんななか、保守論客のなかでほぼ唯一信頼できる秦郁彦氏の、百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎)に対する書評が発表されました(外部リンク:「日本国紀」 現代史家の秦郁彦氏「私はこう読んだ」)。

本記事ではその概要を掻い摘んで紹介したいと思います。

2000 年を1 人で書いたことに虚を突かれた

秦郁彦氏は、百田氏の『日本国紀』を、なんとトインビーの歴史書に例えます。

耳慣れぬ書名で、2000 年近い日本史の通史を1 人で書き上げたという意外性に虚を突かれた思いでした。……私が学生のころ、世界史を1 人で書いたとされる英国のアーノルド・J・トインビーという歴史家がいて、もてはやされたことがありました。愛好家の間で「トインビーを読む会」まで出現したのですが、今やトインビーの名前を聞くことはありません。歴史学者からは無視され続けました。……「日本のトインビー」に似た役割を果たすかもしれません。

褒めているのか貶しているのか解らない褒め殺し(笑)

大言壮語で中身のないトインビーの歴史書を、百田氏の『日本国紀』を比した秦氏一流の皮肉。

ゆえに『日本国紀』がトインビーのそれと同じく、時の試練に打ち勝って残ることも有り得ないでしょう。なにせ大言壮語どころコピペ本ですから…。

「GHQ に洗脳された」という主張は無理がある

一方、『陰謀史観』という本を書いた秦氏らしく、『日本国紀』で説かれる「WGIP洗脳説」にはかなり批判的です。

非常に興味深いエピソードとともに次のように批判しています。

確かに現憲法は、GHQ の官僚チームが10日間ほどのきわめて短い期間で草案を作り上げ、日本政府に押しつけたものではありますが、私はチームリーダーで、弁護士でもあるチャールズ・ケーディス大佐にヒアリングをしたことがあります。
彼は事実関係を認めたうえで、「占領が終われば、日本国民はすぐに自前の憲法を作り出すだろうから、米国製の憲法の寿命は数年と予想していた」と言い、「(日本人が)改憲しなかったのは想定外だった」と語りました。
そうだとすると、改憲しなかったのは、日本国民の意思だったと言わざるをえません。戦後の日本は民主主義体制下で思想や言論の自由は確保されています。70年にわたって「マインドコントロールが続いたからだ」とするのは無理があるのではないでしょうか。

こういう実証的なところは秦氏の独壇場ですね。

ところで、日本国憲法はGHQによる寄せ集めのコピペ(盗用)に過ぎないのだから、改憲が必要であるという主張が見られます。

コピペなのに70年たっても改正できない日本国憲法と、刊行後わずか一月のうちに何度も改版してしまったコピペ本『日本国紀』を比較すると、何とも言えない哀愁を感じますね。

そういえば、WGIP洗脳を吹聴してビジネスしているケント・ギルバート氏も、うっかり「GHQの占領終了後、憲法改正に動かなかったのは日本人の意思です」と言ってしまったことがありました。常識的に考えればそういうものでしょう。

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「百田式お国自慢」は悪くないが……

一方で秦氏は、百田式お国自慢については比較的寛容な評価をします。

戦後は日本の歴史を自虐的に眺める傾向が強まりました。アジアの国々に対して過去の侵略を悔い、おわびを重ねるというのが常習となっています。それに対し、百田式に「お国自慢」の範囲で日本史を評価するのは、必ずしも悪くないと考えます。

ただし『日本国紀』のレベルだと被害妄想的だとの意見も

しかし、その序文が「欧米列強によって鎖国の扉を無理やりにこじ開けられ、強引に世界の舞台に引きずり出されました」と続くのは被害妄想的と見えなくもない。

自虐史観脱却といいながら、欧米やらコミンテルンやらに騙されまくってる日本を描く『日本国紀』こそが自虐のように私には思えます。

しかもWGIPによって70年間も洗脳から醒めなかった日本人って相当な馬鹿ってことでしょうに…。

まぁWGIP洗脳ビジネスで搾取され続けている信者の皆さんを見ていると、いろいろ思うところはあります。

『日本国紀』「WGIP洗脳世代」なる概念を論ずる:あるいは花田紀凱氏による『日本国紀』への評価を見て

2018.12.03

引用元の明記は先人への敬意

引用元明記が無い点については当然批判的です。

百田さんも、せめて他人の説を利用、引用をした場合は、著者名と表題を示すべきと考えます。それは先人への敬意を払う「儀礼」でもあるからです。

もしこれらを明記するとなったならば、利用・引用元として「Wikipedia」やら「Yahoo!知恵袋」が示されることになるわけですが…。本としての品格がすごく落ちるので、利用・引用元が明示される日は永遠に来ないでしょう(本人たちも解っていない疑惑)。

この本の長所があるとすればどこでしょう

秦氏は褒めているのか貶しているのかよく解らないレトリックが非常に得意です。

本書の意義についても次のように評価。

中学、高校の教科書を忘れかけている年代の人たちに、全体像を復習する機会にもなるし、そうした要請に応えた作品と言えるでしょう。

内容は別として、「意義」はあるとお考えのようです。もちろん中学・高校の教科書を忘れていない世代にとって、本書が無用であるとの意味が含意されていることは言を俟ちません。

このように非常に含蓄に富んだ秦氏の書評には、とても興味深いものがあります。特に戦後日本が要だと嘯かれていた『日本国紀』にとって、その中心概念であるWGIP洗脳説が秦氏によって「陰謀論」と一蹴されていることは重要でしょう。

この他にも秦氏は様々な観点から本書を論じています。興味のある方は是非、元記事(但し有料)を参照ください。

毎日新聞: 「日本国紀」 現代史家の秦郁彦氏「私はこう読んだ」

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6 件のコメント

  • 私はウェブ版で拝読しました。
    歴史屋としての百田氏は、21世紀のトインビーとか日本版ペンタサン(笑)とか、兎角胡散臭いご仁に擬えられてしまいそうですね。
    秦先生には、歴史家としてもう少し鋭く斬り込んで頂きたい気もします。
    それに限らず、国粋論壇との馴れ合いの余地がおありなので、久野氏に限らずお説を都合良く摘み食いしたくなるのかも知れません。
    とは言え、専門家としての慎重さがもたらす風格を漂わせつつ、暴虎馮河の門外漢と違ってお説が人口に膾炙しない現状への含羞も窺えました。
    百田氏が正常な羞恥心の持ち主であれば、遣りたい放題の虚しさと愚かさが身に沁みる筈ですが…

  • 半藤一利とか保阪正康も希望。

    秦さん、ちょっとキレが悪いね。自分で原稿を書いた方がいい。
    田母神の時は「実は上杉謙信は女だった、というのと同じぐらいの珍説」とこき下ろしていたのに。

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