『竹内文書』を肯定してしまう保守系雑誌『ジャパニズム』の闇

百花繚乱の保守系雑誌

『正論』『WiLL』『Hanada』『Voice』などなど今はまさに保守系雑誌が百花繚乱状態です。『祖国と青年』といったハードコア路線や、一見学術風のトンデモ歴史小説『日本国史学』、お前たちはいつの時代を生きているのか系雑誌『国体文化』、外国人に日本を礼賛させただけのホルホル雑誌『ジャパンクラス』など、毎月出版されている数は把握しきれないほど多種多様です。

そんな中で今回取り上げたいのは、『ジャパニズム』という雑誌です。この雑誌は、よりカジュアル路線をとっていて一般的なオピニオン記事よりも、ネット関連記事や、ヘイトコミックなどが主力コンテンツになっています。さらに、「UFOが日本人に教える「保守の精神」」というトンデモ対談(佐藤守×保江邦夫)を載せてしまうなど、ある意味で時代の最先端を行く雑誌です。

【スピリチュアル系保守】UFOが日本人に教える「保守の精神」【佐藤守×保江邦夫】

2018.11.07

『竹内文書』を取り上げてしまう保守系雑誌

このようなトンデモ対談を載せてしまうことには、保守のなかでも賛否両論あるのではないでしょうか。保守は”自由主義史観”やら”歴史修正主義”やらを標榜して、これまでの戦後日本の正統的歴史観・価値観を打ち砕くことを目的としている以上、保守系雑誌ではよほどのことがない限り検閲は控えたほうが良いことは間違いありません。

しかし余りにも非科学的な記事を載せるのは、保守にとってもマイナスではないかと思う節があります。たとえば本誌に寄稿している竹内睦泰氏は『正統・竹内文書』なる、超古代文明の歴史をつづった歴史書(実際には偽史)の継承者を自称する「エンターテイナー」です。そして山村明義「竹内文書と御神名」(『ジャパニズム』34, 2016.12)では、「「竹内神道」のような「古神道」の中からも、いくつか「隠された日本の秘伝」が存在することも認めなければならない時代が来つつあると感ずることが少なくなかった」と信じられない発言が確認されます。

この『竹内文書』は天津教の聖典として知られますが、その内容は「イエスやブッダが天皇に会うために日本に来た」とか、「本当のイエスの墓は日本にある」とかトンデモ満載であり、一般には「偽史」として扱われるものです。本来ならば『月刊ムー』で取り扱うべきオカルトものであり、保守系のオピニオン雑誌が扱うべきものではありません。

戦前・戦中の日本が禁書にしたものを保守が取り上げるという矛盾

もちろん言論の自由はありますし、この『竹内文書』の真正性を信じている人も少なからずいます。ですから保守系雑誌がこれを肯定的に取り上げてはいけないという強制的な理由は勿論ありません。

しかし万世一系の皇室を仰ぎ、記紀に由来するとされる日本の価値観を尊重するという保守の立場からすれば、『竹内文書』の記述を事実であるかのように宣伝することは、保守の本懐に反していると言わざるを得ません。

というのも『竹内文書』は、あまりに内容がトンデモすぎて、戦前・戦中に不敬罪として禁書となり、それを奉じていた天津教も解散命令を受けています。この解散命令を解除したのは戦後のGHQです。つまり『竹内文書』(天津教)が復活したのはGHQのおかげです。ですから、「東京裁判史観」脱却を至上命題とする保守が、不敬罪として斥けられ、GHQによって復活させられた『竹内文書』を肯定的に扱うことは、全くの倒錯であると言わざるを得ません。

保守はオカルトなのか

つまり『竹内文書』は、①オカルトであること、そして②反国体的なものであることの二点から、保守雑誌には全く相応しくないものです。

このようなものが保守系雑誌に無批判に掲載されてしまっていることは、最終的に保守そのものの評判を落とすのみならず、その内部矛盾と崩壊を招くことになりかねないものであり、なにより読者を馬鹿にしているとしか思えてなりません。

保守論壇というものはコミンテルン陰謀論者とユダヤ陰謀論者が討論せず共存できる不思議な世界です。しかしオカルトと共存できるというのは、私にとっては不可解でしかありません。オカルトはオカルト雑誌に任せて、保守系雑誌としての本分を果たしていていただきたいと思う次第です。

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