幻冬舎・見城徹社長が『日本国紀』に捧げたポエムの意味と、その価値

謎ポエム連発

「言葉」は、その内容よりも、誰が言ったのか、という点が重要です。

たとえば幻冬舎のカリスマ社長・見城徹氏は「圧倒的努力」という言葉をよく用いますが、これは彼が語るからこそ意味があるのであり、そこらのサラリーマンが言っても何の重みもありません。つまり「圧倒的努力」という言葉自体に価値があるわけではないのです。

その他にも謎の自己陶酔型ポエムを連発。

見城氏が語るからこそ「意味」が見出されるポエム。仮に同じ言葉を、無名のアカウントが呟いても誰も相手にしないでしょう。こういうところは幻冬舎が出している書籍と共通していますね。

また、ポエムのみならず、名言のツイートも多い。

ところで「On the reception and detection of pseudo-profound bullshit」という有名な論文(リンク)によれば、こういう実際には意味不明瞭な「名言」をツイートしてしまう人ほど知能が低い傾向があるそうです。

確かに怪しい情報商材系とか自己啓発系のアカウントでは、一時間おきに著名人の名言を呟いていたりしますよね。まぁそういうことです。

しかし幻冬舎社長にして、カリスマである見城徹氏の知能が低いなんて考えられませんから、きっと先ほどの論文の結論が間違っていたのでしょう。

『日本国紀』への謎ポエム書評

そんな見城氏が『日本国紀』にも謎のポエムを披露。

安倍首相が年末に読む本に挙げてしまった『日本国紀』を、プロパガンダやジャーナリズム、政治とは最も遠い所に在るってマジで言っているのでしょうか。

なにより「[日本国紀]は百田尚樹という個体の表現」って、大量剽窃が明らかになった今となっては噴飯な謎発言…。

さらに「[日本国紀]は古代から近代まで日本国を護るために命を賭した英霊たちに捧げられた百田尚樹の遺書」って、刷を重ねる度に内容に至るまで書き換えられていて、やけに未練がましい、そして相続争いを予想させる迷惑な遺言書です…。

本気で言っているなら、ちょっと判断能力や精神状況が心配になるレベルです。

ツイッター上のコメント

Shin Hori氏は次のように的確にこれを評価しています。

カリスマ見城氏による渾身のポエムなのですが、あまりにトンデモなので賞讃よりも非難が殺到。

カリスマ見城氏の言葉に陶酔(?)した人もちらほらありますが数はかなり少ない。

『日本国紀』の価値は、見城氏のポエムと同じく、著者が百田尚樹氏であるゆえに価値がある。

見城氏の語るポエムは、見城氏が語るからこそ、勝手に読者が忖度して何からしらの価値を見出すに過ぎないのであって、その内容に何らかの価値があるわけではありません。

よって見城氏が『日本国紀』に捧げたポエムもまた、意味のない空虚なものです。ほんとうに『日本国紀』を読んでからコメントしているのかすら怪しいものです。(まさかコピペで足をすくわれるとは思っていなかったでしょうが)

このような見城徹氏のポエムの特質は、得てして幻冬舎の書籍、とりわけ百田尚樹氏の『日本国紀』にも通じるものがあります。

『日本国紀』もまた、百田尚樹という人物が語り、煽情しまくったからこそ価値が見出されたのであり、書かれている内容それ自体に価値があるわけではありません。

関連記事

【日本国紀】百田氏・有本氏RTの「コピペ擁護論」が崩れる。「フロイス日本史」からの歴史的事実以上の転載、および参照元未言及を認める。

2019年1月7日

【日本国紀】安倍首相との「不思議」な結びつき【12/5に密会か】

2018年12月29日

【まとめ】百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)の関連記事まとめ

2018年11月17日



3 件のコメント

  • Wikipediaの記事は、基本的にHNを含む編集者名が取り沙汰される事こそありませんが、記事中で発言を引用する場合は「誰が言った」かのみならず、「どこで言った(報告書名等)」も示され、「誰に言った(提出先等)」まで辿れる様になっています。
    見城社長にせよ百田氏にせよ、『誰が言った(自分)』『どこで言った(商業書籍やオープンSNS)』「誰に言った(支持者引いては権力者を始めとする閲覧者)」を過剰に意識してスタンドプレーに走る前に、WPの記事編集者の奥ゆかしさ及び真摯さを見倣うべきでしょう。

  • 記事とは関係ありませんが、今日の虎ノ門ニュースで櫻井よしこ氏が「日本国憲法はコピペ」「色んなところから貼り合わせたものを後生大事にしているのはおかしい」と仰ったときの百田尚樹の何とも言えない表情が噴飯ものでした。

  • コメントを残す

    メールアドレスの入力は任意です。(公開されることはありません)