【靖国神社】「今上陛下は靖国を潰そうとしている」発言の真意——小堀邦夫前宮司手記「靖国神社は危機にある【文藝春秋, 2018.12】

満身創痍の靖国神社

ナショナリズムの牙城として、ひたすらガラパゴス化の道を歩む靖国神社。

A級戦犯を合祀してしまったどころか、日本会議やら怪しげな保守系団体やら、ヘイト丸出しの保守論客と「お付き合い」してしまい、良識ある大多数の日本人どころ、ゆかりが深いはずの皇室からも邪見にされています。

天皇陛下に親拝いただくのが靖国神社の悲願なわけですが、とてもそれが叶うとは思えません。(むしろ出来ないようにさせているのは靖国神社自身でしょう)

このような満身創痍の状態を苛立ってか、靖国神社の宮司・小堀邦夫氏(後に辞任)が皇室批判してしまうというトンデモ事件が、昨年10月にスクープされました。『週刊ポスト』(2018.10.12-19号)の「靖国神社トップ小堀邦夫宮司『皇室批判』の波紋」と題する記事がそれです。

小堀邦夫前宮司の皇室批判発言

問題となった小堀氏の発言とは次のようなものです。

〈陛下が一生懸命、慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていくんだよ。そう思わん? どこを慰霊の旅で訪れようが、そこみたまに神霊はないだろう? 遺骨はあっても。違う? そういうことを真剣に議論し、結論をもち、発表をすることが重要やと言ってるの。はっきり言えば、今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ。わかるか?〉

皇太子ご夫妻を面罵。

〈あと半年すればわかるよ。もし、御在位中に一度も親拝なさらなかったら、今の皇太子さんが新帝に就かれて参拝されるか? 新しく皇后になる彼女は神社神道大嫌いだよ。来るか?〉

譲位についても次のように批判。

〈あのビデオメッセージで譲位を決めたとき、反対する人おったよね(中略)正論なんよ。だけど正論を潰せるだけの準備を陛下はずっとなさってる。それに誰も気がつかなかった。公務というのはそれなんです。実績を陛下は積み上げた。誰も文句を言えない。そしてこの次は、皇太子さまはそれに輪をかけてきますよ。どういうふうになるのか僕も予測できない。少なくとも温かくなることはない。靖国さんに対して〉

靖国神社の未来を憂う焦燥感が滲み出ていますね。

しかし神道は「天皇」を頂点に戴くものですから、これを批判することはタブーです。まして、靖国神社に行幸いただけない原因は、陛下にあるというよりも、むしろ靖国神社にあるのですから、このような発言をして世間の理解を得られるわけがありません。

そのため、この発言が週刊誌にスクープされた数日後に、小堀氏は宮司辞任を申し出て受理されたそうです。

小堀邦夫前宮司の手記、自身の発言についての弁明

以上の騒動を起こした後、小堀氏はその顛末をまとめた手記を『文藝春秋』(2018.12号)に寄せています。

非常に貴重な資料ですので、その内容の骨子をまとめておきたいと思います。

まず、自身の発言に対する弁明箇所について。

私が「慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていく」と発言したのは事実です。しかし陛下のなさってきた「慰霊の旅」の意義を否定するつもりはありません。……
しかし陛下が慰霊の旅でなさっていることは、あくまでもその悲惨な場所の近くで亡くなった人たちを偲ぶという行為であって、亡き人々の神霊を祀ることではありません。

なるほど。

靖国神社としては、神道的な立場から、国難に殉じた英霊を祀って欲しいということでしょう。

今上陛下も戦争の体験者ですから、戦没者のお参りに行きたいお気持ちはお持ちのはずです。しかし政教分離の問題だけでなく、いまは中国、韓国等を含めて世界中から厳しい目で見られる。そこで考え抜いて出された答えが「慰霊の旅」と「全国戦没者追悼式へのご臨席」だったと思い、ます。これは政教分離に触れずに、陛下の弔いのお気持ちをあらわすには、最善の方法かもしれません。しかし、この方法がつづく限り、靖国神社の存在意義は希薄となっていきます。
私が「今上陛下は靖国神社を潰そうとしてる」「この次は、皇太子さまはそれに輪をかけてきますよ」「少なくとも温かくなることはない。靖国さんに対して」と言ったのは、そういう将来に対する危機感を職員に持って欲しいとしう思いから思わず口に出たことでした。

たしかに靖国神社からすれば、陛下が慰霊の旅をすればするほど、自身が不要な存在下のように

このように小堀氏の弁明によれば、靖国神社の未来を憂いており、その危機感を職員に持ってほしいという意図から、このような問題発言をしたとのことです。

生臭坊主ならぬ生臭神職

このように小堀氏が靖国神社の未来を憂う背景には、陛下の親拝の可否のみならず、靖国神社の実情にも不安があるようです。

その告白によれば、財政的には安定しているため、職員たちの危機意識が全くないとのこと。またその資質にも疑問符をつけています。

ある部長が茨城県の五穀豊穣のお祭りに出張してきたと報告したので、ふと気になり「五穀とは何と何かな」と尋ねたのです。彼は「米……」と答え、しばし考えた後なんと「野菜」と続けました。横にいた別の部長にも聞いたところ、「家に帰って調べます」と慌てています。五穀を知らないということは『古事記』も『日本書紀』もきちんと読んでいないのではないかと不安になりました。

天皇親拝とは筋違いの話ですね。

どうも次の一文を読む限りでは、改革しようとして反感を買って録音テープが流出してしまったとお考えのようです。

神職には、まず彼らの知識を確認するため八月に簡単なアンケートに答えてもらいました。……基本的な知識を問う設問ばかりです。よく勉強している者もいましたが、幹部クラスでも低い点数の者がいました。
優秀な職員に活躍してもらうために、十一月一日付けで人事異動も準備をしていました。靖国神社では、女性の事務職は定年まで務めても役職のない録事のままで昇進しません。そこで私は女性でも有能な職員には主事や課長に昇進できるように改編しようとしていました。
非公開であった教学研究委員会の音源が外部に流出したのはその矢先のことです。色々と改革をやろうとしたことは一部の職員にとっては迷惑なことだったのかもしれません。

ここまで靖国神社の閉鎖性を批判するのは、録音テープをマスコミに流された逆恨みでしょうか(笑)

靖国神社創建150年記念に天皇親拝はない

また、今年(2019)は靖国神社創建150周年です。

小堀氏は、これを機縁にして、天皇親拝を実現させようと悪戦苦闘したようですが、まったく相手にしてもらえなかったようです。

創建五十年の節目には大正天皇が、百年目には昭和天皇がお参りされている。来年はちょうど創建百五十年にあたるとともに平成は四月末で終わります。

そうではなく、遊就館の展示の内容を全面的にリニューアルし、博物館並みの施設に改め、その記念式典に陛下をお招きする。そして遊就館にお越しになった“ついで”として靖国神社に足を延ばしていただくという方法です。
『靖国神社祭神祭日暦略』の改訂版を完成させた後、献上本を作り、ご覧いただくこともきっかけになるのではないかと期待していました。現実が厳しいことはよくわかっています。来年は創建百五十年で平成最後の年ということでご親拝をお願いしましたが、掌典職にはこちらの原案すら受け取ってもらえず、「五十年、百年の次は創建二百年が節目」と言われました

創建50周年には行幸いただいているのに、創建150周年をスルーされるという現実…。

この調子だと次の親拝は、少なくとも2069年までお預けのようです。

【靖国神社】御親拝を希う保守論壇の怠慢を駁する——なぜ「卜部亮吾侍従日記」を等閑に付すのか(別冊正論33『靖國神社創立150年―英霊と天皇御親拝』2018)

2018年12月22日

【日本国紀】同一段落内で既に矛盾が露呈【首相の靖国神社参拝問題】

2018年12月15日

【靖国神社】特攻に失敗し捕虜になった兵士を「前後不覚」と表現。死ねば軍神と称賛。

2018年12月13日



9 件のコメント

  • 今や靖国神社はコスプレ会場に成り果てて英霊も嘆いてそう
    しかもラブドールまで持って来てるし

  • 一体元宮司以下みんな誰を靖(やす)んじているんだ(AA略)。

    >〈もし、御在位中に一度も親拝なさらなかったら、今の皇太子さんが新帝に就かれて参拝されるか? 新しく皇后になる彼女は神社神道大嫌いだよ。来るか?〉
    皇后候補が忌避するとすれば、国粋主義と不可分の存在たる国家神道です。
    『最高神たる天照大神が、天皇家の弥栄と国家鎮護を司る』という、国家主義的であれ国粋主義からは一線を画した神道の教義自体は、容認するのではないでしょうか。
    ともあれ、元義こそ「天皇=皇帝」にせよ、象徴天皇を主権者たる帝王扱いする時代錯誤には与さない事でしょう…

  • 今回のことで気になってネットを見ていたら、「靖国神社有志の会」というページを見つけて内容や主張に戸惑いました。日本人として祖先に敬意を示すのは当然ですが、今の靖国神社って大丈夫なの?って少し思います。

  • 「靖国神社宮司、退任始末記」を買いました。amazon限定のようです。540円。
    帰宅したら届いていたので読みました。奥付まで含めて54ページ。
    晩酌でビール飲んでいるうちに読み終わりました。

    ちょっとびっくりしたのは、というか、私の記憶力の問題なのですが、伊勢神宮祢宜時代に、初代「せんぐう館長」に就任しているのですが、私はこの人に「せんぐう館」で会って(まあ、その他大勢と一緒にですが)話を聞いていた。

    質問したのは、遷宮のご神体が引っ越す「渡御御列」のジオラマで、ご神体が白い幕に覆われて、中が「御」と書いた紙しか入っていない。?と思って「何ですの?」と聞いたら「畏れ多くてジオラマでは再現できないのです」と丁寧に仰ってました。

    手記は基本的に、多くの分量が雑誌媒体のインタビュー記事を再掲している(著作権法上問題ないので念の為)だけで、あんまり目新しいことはありません。

    ただ、靖国神社という組織に対する批判は、この人なりにもっと続けるべきだと思いました。

    この分量で540円が高いか安いかは読んだ人次第。

  • >しかし神道は「天皇」を頂点に戴くものですから、これを批判することはタブーです。
    >靖国神社としては、神道的な立場から、国難に殉じた英霊を祀って欲しいということでしょう。

    完全に誤解しているみたいだけど

    そもそも靖国神社は神道の神社ではないし、靖国神道は神道とななんの関係もない単なるカルトです:

    靖国神道は軍人を殺人の前に奮い立たせる為のものであって、信仰ですらないインチキ神道

    戦没者は恐ろしいものではないから神にはなれない.従って祭る必要もない.

    神道の教義では,神になれるのは日本軍に残虐な殺され方をして,恨みを呑んで死んでいった中国やアジアの人々だけだろうね.

    神道というのは原始信仰のアニミズムやトーテミズムをそのまま残した化石的な宗教だ.

    アニミズムやトーテミズムでは人格神ではなく,人間に危害を及ぼす様なものはすべて神になる. 神仏習合というのは仏教の仏を神道の沢山いる神の一つにしただけだ.

    日本の仏教というのは本当の仏教ではなく,中身は完全に神道で外形だけを仏教から借りただけの代物だ.だから仏教は日本に根付いたが,キリスト教は完全に放逐された.キリスト教は一神教で神道の精神と相容れないからだ.

    しかし,靖国は神道の基本精神と合い入れないから,神道とは共存できない.

    靖国は軍人を殺人の前に奮い立たせるためのものであって,信仰ですらないからだ.

    靖国参拝は殺しの前の儀式行動としてやるものであって,宗教的な行動ではない.

     
    ▲△▽▼

    靖国は日本の伝統的な神道から逸脱している。古事記の神道を伝統とすれば、古事記は天皇の祖先神である天照大神を祀る伊勢神宮と、天照大神の子孫が滅ぼした(殺した)大国主命を祀る出雲大社。この二つの神社からなる。天皇は自分たちの先祖よりも、むしろ滅ぼした出雲の方に大きな神社を建てた。

    *自分たちが権力を取るために滅ぼした人たちを鎮魂する神社を、自分たちの祖先の神社より大きくつくるのが日本の清清しい伝統であります* 。元寇との戦いでも、鎌倉に戦死した元の人たちを祀る寺をつくっているし、あの虐殺鬼「秀吉」でさえ、朝鮮で殺した人々の耳塚までつくっている。

    そういうことを、先の大戦でも行うべきであった。中国や朝鮮、東アジアの人々の犠牲は、日本の犠牲の5倍も多い。1千万人の方々が日本の犠牲となった。伝統的な神道であれば、その人たちの霊を厚く祀るべきなのだ。その人たちの霊を慰めることをしないで、自国の死んだ人たちだけを祀るのはおかしいこと。

    靖国は明治の初めの廃仏毀釈とつながっている。廃仏毀釈は仏を廃し神を残したといわれるが、実は神も排斥した。というのは、それと同時に修験道が同時に廃止されているからだ。

    修験道は神と仏を結びつけたもの。神仏習合は東大寺を宇佐からやってきた八幡神が祝福したことに始まる。ここで公式に神と仏は習合した。それを助けたのが行基。それが空海によって完成される。そこから修験道が始まる。神と仏が仲良くするのが修験道なのだ。

    ところが、その修験道を禁じ、仏を殺し、神を殺して、そのかわり国家を神とする神道が、新しい近代神道として起こった。神道のなかではごく最近のものである。近代日本の国家主義の産物で、他の神仏を殺してしまった。つぶして再度、国家神道の下に神道を統合した。だから、それはほんとうの神様ではない。一木一草のなかに神をみる。これが日本の伝統。そういう神様を全部殺して、天皇と国家を神としたのが国家神道。そういう伝統にあらざる神道を首相が公式参拝して保護するのはどうなのか?

    *日本の伝統は犠牲になったものを祀らないと怨霊となって祟りをなす。だからその祟りを鎮めようというもの。アジアの人たちに酷いことをして殺したことが祟りになって日本の前途を危うくする、だからそういう魂を祀るという精神が靖国には皆無だ。これは日本の伝統的神道に欺くことである* 。

    靖国は密かに祀る。心の中で祀る。そういう精神にしたらよい。近所に迷惑をかけた以上は近所に対し黙って祀る。目立たないように祀るのが国と国との礼儀だ。日本人とは慎ましやかな民族であるはずなのである。コイズミのように声高に祀るのは、「恥」と云わざるをえない。

    ▲△▽▼

    非業の死を遂げた人 = 自分たちが権力を取るために滅ぼした人

    今度の戦争の事でいえば

    非業の死を遂げた人 = 日本兵に殺された中国や朝鮮、東アジアの人々

    非業の死を遂げた人を祭るのなら日本兵に殺された中国や朝鮮、東アジアの人々を祭るしかない。

    靖国神道が古来の神道とは別物のインチキカルト

    社の格好をしているから神道の神社だと思ってしまうが、その思想とか教義から見れば道教の土俗型に近いと思います。 祭られている「神」も、道教の「魔」とみれば、神社の解説もすっきり読めますね。 「宮司」も、道教の「陰陽師」と解せば、日ごろの行動まですっきり読めます。

     日本古来の神道の衣を被った道教の廟ということでしょう。

    _____

    それから、天皇一族が靖国に参拝できな理由もはっきりしています。

    昭和天皇の戦争犯罪問題が再燃すると困るから天皇一族は靖国神社に参拝できなくなった

    昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ

     昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。

    昭和天皇がある時期から靖国神社を参拝されなくなった理由は「A級戦犯」合祀であろう、という推測が以前からあった。この記事内容が事実であるなら、その推測が資料で裏付けられたことになり意義深いと思う。

    首相の靖国参拝問題などの諸問題は、このことで一気に解決するとは思えない。
    そこで記事の引用(2件)

    <昭和天皇>靖国合祀不快感に波紋…遺族に戸惑いも

     「だからあれ以来参拝していない。それが私の心だ」。富田朝彦・元宮内庁長官が残していた靖国神社A級戦犯合祀(ごうし)への昭和天皇の不快感。さらに、合祀した靖国神社宮司へ「親の心子知らず」と批判を投げかけた。昭和天皇が亡くなる1年前に記されたメモには強い意思が示され、遺族らは戸惑い、昭和史研究者は驚きを隠さない。

    昭和天皇が戦後も続けていた靖国神社への参拝を、A級戦犯の合祀(78年)を理由にとりやめたのは事実であろう。ただしそれは「戦争への痛切な反省と世界平和への思い」からではない。自身の戦争責任追及を昭和天皇が恐れたからだ。

     A級戦犯を神と崇める神社に参拝などしたら、苦労して築き上げた「平和主義者・天皇」のイメージが一瞬にして瓦解する。

    つまり昭和天皇は天皇家の延命という観点から、靖国神社の勝手な行動に激怒した--こう考えたほうが自然である。

     昭和天皇が松岡洋右元外相らに開戦責任を押しつける発言をしていたことは他の史料でも明らかになっている。戦犯連中にしてみれば、「本来なら最高責任者の陛下こそ戦犯じゃないか」というツッコミをあの世から入れたい気分ではないか。

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