【悲報】百田尚樹氏、コピペ箇所を修正するも、かえって変な記述に。【漢文能力0】

百田尚樹氏、当ブログを監視中

当ブログでは、これまで『日本国紀』のコピペ問題や内容錯誤の箇所を指摘してきました。

その指摘が正しかったからでしょう。幾つかの箇所は増刷される度に修正されています。

そして、なんと著者の百田尚樹氏から当ブログは監視いただけているようです。

6冊購入したという記事は、このツイート前日に更新した「【日本国紀】スゴすぎる大量購入列伝【信者ビジネス】」ですね。どうやら毎日のように監視頂けているようで大変光栄です。

もちろん当ブログとしては、百田先生のために「無料校正者」としてこれからも奮励努力していく予定です。

今回は第8刷を見越して、是非修正いただきたい箇所の指摘です。

*本記事執筆にあたっては晒屋氏、ならびにGEISTE氏、殷景仁氏より多大なご教示を賜りました。厚く御礼申し上げます。

明史

まず紹介するのは、Wikipediaコピペを指摘されて、あわてて第5刷で修正した箇所です。

『明史』巻320 『日本国紀』第5刷 『日本国紀』第1刷
倭乱朝鮮七載、喪師数十万、糜餉数百万、中朝与属国迄無勝算、至関白死而禍始息 倭乱(関白秀吉による朝鮮出兵)より七年、十万の将兵を喪い、百万の兵糧を費やすも、中朝(明)と朝鮮に勝算はなく、関白が死するに至り兵禍は休まり始めた豊臣秀吉による朝鮮出兵が開始されて以来七年、明は十万の将兵を喪失し、百万の兵糧を浪費するも、明と朝鮮に勝算はなく、ただ秀吉が死去するに至り乱禍は終息した

第5刷では、『明史』の原文にあわせて編集したことが見て取れます。しかし日本語があまりに不自然です。というか漢文能力0がモロバレすぎます。

  • 「自倭乱朝鮮七載」を「倭乱より七年」とするのは不適訳⇒「倭(が)朝鮮を乱してより七載」。
  • 禍始息」を「兵禍は休まり始めた」とするのは噴飯な誤訳⇒「禍始めて息む」。
  • 原文では失った兵数は「十万」、食料は「百万」なのに、『日本国紀』ではそれぞれ「十万」「百万」と最小数に改竄するという自虐プレイ。(南京大虐殺の犠牲者数を過小評価する癖が出たか?)

ということで、内容としては実は第1刷(Wikipediaコピペ状態)のほうが正確です。

百田氏は碌に漢文が読めないため、自力で修正しようとして、かえって間違いの数を増やしてしまったのでしょう。Wikipediaの匿名編集者のほうが、百田氏よりも正確だということです。まぁ当然ですが。

たしか百田氏は中国憎しで「漢文の授業を廃止せよ」と声高に叫んでいましたが、そもそもご自身が読めないのではお話になりませんね。第8刷でWikipediaコピペ状態に戻されることを切に願います。

『日本書紀』から引用したとされる部分(笑)

さて、続いての指摘は、第1刷からあって見過ごしていた間違いです。百田氏は『日本書紀』からの訓読引用のように述べていますが、実際には真木嘉裕氏による翻訳を引用しています。

『日本国紀』第5刷(p. 54)日本書紀真木嘉裕訳
『日本書紀』には、そのエピソードの後に、民衆の姿を描いた次のような文章がある。その時の民の有様を「日本書紀」は次のように生き生きと伝えている。
「民、うながされずして材を運び簣を負い、日夜をいとわず力を尽くして争いを作る。いまだ幾ばくを経ずして宮殿ことごとく成りぬ」於是、百姓之不領而扶老携幼、運材負簣、不問日夜、竭力競作(別本:争作)。是以、未經幾時而宮室悉成。「民、うながされずして材を運び簣を負い、日夜をいとわず力を尽くして争いを作る。いまだ幾ばくを経ずして宮殿ことごとく成りぬ。…

真木嘉裕氏と百田尚樹氏は、この箇所を書き下しであるかのように引用していますが、原文を調べれば明らかなように「書き下し」ではなくて訓読風意訳です。

また太字にした箇所「日夜をいとわず力を尽くして争いを作る」という謎の一文を読むと、まるで民衆が喧嘩したかのように読めますが、この箇所は完全な誤訳です。

この箇所の「競作(別本:争作)」は「競い作る」「争(きほ)い作る」と読むのが普通で、意味は「競い争うようにして造った」なのであり、実際に喧嘩など争ったわけではありません。

百田氏は『日本書紀』を調べずに、真木嘉裕氏の意訳をそのままコピペしたため、間違いも一緒にコピペされてしまったという訳です。

まとめ

「急いては事を仕損じる」

という言葉があります。

著者の百田氏や幻冬舎担当者は、どうぞ慌てずにしっかり一次資料を調べてから修正されることをお勧めします。

【日本国紀】安倍首相との「不思議」な結びつき【12/5に密会か】

2018年12月29日

【朗報】有本香氏、時事通信社のコピペ問題を非難していた【超特大ブーメラン】

2018年12月26日

【まとめ】百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)の関連記事まとめ

2018年11月17日


33 件のコメント

  • 内容錯誤の箇所を指摘きました。 ×
    内容錯誤の箇所を指摘しました。  または 内容錯誤の箇所を指摘してきました。

    • (匿名さんへの返信ではないのですが、同じく校正なので場所お借りします)
      × しして、なんと著者の
      ○ そして、なんと著者の

      • 「しして」は古語なのかと思った。学研全訳古語辞典には、
        “”して
        接続詞
        そうして。それで。▽相手の話に対して、さらに説明を求めるときに発する語。多く、下に問いかけを伴う。
        出典夜討曾我 謡曲
        「して、まず何としたぞ」
        [訳] それで、まずどうしたのだ。◆サ変動詞「す」の連用形に接続助詞「て」が付いて一語化したもの。”
        とありました。
        「しして」は「そして」だと気付かなかったです。一字違えば意味が違ってしまいます。
        「死して」というのもあります。「我が命我が物と思わず、武門の儀、あくまで陰にて、己の器量伏し、ご下命いかにても果すべし
        なお死して屍拾う者なし! 死して屍拾う者なし!!」

  • 「Who is ChosonNinja?」というブログに次のような記述がありました。
    ”『明史』 320巻 朝鮮伝
    「自倭亂朝鮮七載,喪師數十萬,糜餉數百萬,中朝與屬國迄無勝算,至關白死而禍始息。」
    七年にわたる朝鮮の倭乱によって、兵数十万と糜餉(戦費)数百万を失い、中国と属国(朝鮮)に勝算はなかったが、関白(秀吉)の死により戦禍は終息に向かった。

    同様の記述は日本伝にも見られる。
    『明史』 322巻 日本伝
    「前後七載,喪師數十萬,糜餉數百萬,中朝與朝鮮迄無勝算,至關白死兵禍始休。」
    七年にわたって、兵数十万と糜餉(戦費)数百万を失い、中国と朝鮮に勝算はなかったが、関白(秀吉)の死により戦禍は休息に向かった。”

    • 「Who is ChosonNinja?」の人は漢文が全く読めていませんね。たとえば「糜餉(戦費)」としていますが、「糜」は「(餉を)費やす」という意味です。

      • 「日夜をいとわず力を尽くして争いを作る」は「日夜をいとわず力を尽くして争いて作る」だと思う。
        論壇ネットさんがするミスと同じです。

      • ”「Who is ChosonNinja?」の人は漢文が全く読めていませんね。たとえば「糜餉(戦費)」としていますが、「糜」は「(餉を)費やす」という意味です。”なのですが、
        別のサイトでも、
        ”七年にわたる朝鮮の倭乱によって、兵数十万と糜餉(戦費)数百万を失い、中国と属国(朝鮮)に勝算はなかったが、関白(秀吉)の死により戦禍は終息に向かった。”
        となっています。
        両方とも間違っているのでしょうか?
        何かの本から引用したのだと思う。引用元が間違っているのでしょうか?

  • 「日本神話・神社まとめ」というサイトに次のような記述がありました。
    ”十年冬十月、甫科課役、以構造宮室。於是、百姓之不領而扶老携幼、運材負簣、不問日夜、竭力競作。是以、未經幾時而宮室悉成。故、於今稱聖帝也。
    即位10年冬10月。
    はじめて課役(エツキ)を科して、宮室(オオミヤ)を作りました。百姓(オオミタカラ)は自ら進んで、老いた人を助け、幼い子を抱え、材木を運び、簣(コ=盛り土を運ぶためのカゴ)を負いました。日夜を問わず、力を尽くして競って作りました。すると大した時間もかからずに宮室(オオミヤ)は完全な形に成りました。だから仁徳天皇は現在でも聖帝(ヒジリノミカド)と称されるのです。

    古事記の対応箇所
    ここに天皇、高き山に登り四方の国を見て詔らさく、「国の中に烟發たず、国、皆、貧窮し。故、今より三年に至るまで悉く人民の課役を除け。」 是を以ちて大殿破れ壞れて悉く雨漏ると雖ども都て修理うこと勿し。椷を以ちて其の漏る雨を受け、漏らぬ處に遷り避りき。
    後に国の中を見るに国に烟滿ちき。故、人民富めりと爲て、今は課役を科せき。 是を以ちて百姓榮え、役使に苦しまず。故、其の御世を稱えて聖帝の世と謂う。
    仁徳天皇、高い山に登り四方の国を見言いました。
    「国の中に釜戸の煙が出ていない。国中のものは皆、貧窮している。だからこれから三年の間、すべての人民の課役(=エツキ=課税と使役)を免除しよう」
    そのために天皇の住む大殿が破れ壞れて、ことごとく雨漏りしても修理しませんでした。箱で漏る雨を受け、雨漏りがしていないところに避難していました。
    その後(三年経って)、国の中を見ると、国中に釜戸の煙が滿ちていました。人民が豊かになったな、と判断して、今は課役を科しています。それで百姓は栄えて、役使に苦しまなくなりました。仁徳天皇の時代を讃えて聖帝(ヒジリミカド)の世といいます。”

  • >「自倭乱朝鮮七載」を「倭乱より七年」とするのは誤訳⇒「倭が朝鮮に乱してより七載」。
    文脈確認してないんですが、どこが間違いなのかよくわからなかったです。朝鮮にが抜け落ちてるってことでしょうか。

    • 私も、「倭乱より七年」がどうして間違いなのか分からないです。それより、「倭が朝鮮に乱してより七載」は訳文なのでしょうか?読者は意味を理解出来ないです。「七載」を知っている読者はいないと思う。
      「七載」をグーグルで翻訳すると「7年」になりました。

  • 「不問日夜、竭力競作」をグーグルで翻訳すると、「昼夜問わずに、競争しよう」となりました。
    文字通りに解釈すれば、「日夜をいとわず力を尽くして争いを作る」になるのではと思う。
    GEISTE氏は漢文の専門家なのでしょうか?

    • 外野から根本的なツッコミを致しますと、なんで最初のVOは正しいのに次がOVになっちゃってるの? って話になります。
      むしろノータイムで何も頭に思い浮かべずにレ点二回打っときゃ間違えようのない部分を、なぜか同じ間違い方してるので……
      むしろ「漢文教育は今よりずっと深く必要」だと満身で主張しているかのような……

    • 2018年12月30日 1:37 PMの匿名さんへ

      貴重な情報提供、ありがとうございます。
      百田か、幻冬舎に雇われた1文字いくらのバイトが、グーグル翻訳で漢文を日本語化している傍証です。

      ノストラダムスの大予言に関し、五島勉氏が現代仏日辞書を用いて翻訳していたであろうことは、多くの指摘が出ています。16世紀の文体で、かつ散文ではなく詩文体の文章を、そんなもんで翻訳できる訳がありません。

      日本コピペ紀は、同じようにして成立したまがい物だということではないでしょうか。五島氏は自分でやった、百田はバイトにやらせた、とおう差異はあるかもしれませんが。

  • 敬服します。日本国紀に携わった愚鈍で無能な校正者も、これを読んで学習に励んでもらいたいですね。いつもありがとうございます。

  • 「是非修正いただきたい箇所の指摘です」のところの「い」が抜けています。どうでもいい誤字脱字ですが、相手の日本語能力について疑問を呈しているわけですので、修正しといた方がいいと思います。こういうところで吹き上がるのが「信者」のレベルですので。

  • > 匿名 より:
    >「不問日夜、竭力競作」をグーグルで翻訳すると、「昼夜問わずに、競争しよう」となりました。

    グーグル翻訳してねえで原典を読め
    千年以上に亘って「競い作る」と訓読されてきた、という歴史的事実をガン無視してグーグル翻訳を絶対視するのかよ

  • 『明史』巻320(朝鮮伝、万暦26年条。中華書局標点本p.8299)の原文引用に脱字があるようですのでご確認ください。
    (誤)自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、糜餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白死而禍始息
    (正)自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、糜餉数百万、中朝与属国迄無勝算、至関白死而禍始息

    この一文の解釈はほぼこの記事が妥当だと思いますが、「倭が朝鮮に乱してより七載」としている箇所は、「倭(が)朝鮮を乱(みだ)してより七載」と読むべきかと思います。”に”でも”を”でも大意には変わりないでしょうが、私は後者で読みます。

    漢文が読めない人が慌てて直したという指摘は、まさにその通りだと思います。
    細かい点ですが、気になりましたので、コメントを残しておきます。

  • 中朝(明)と朝鮮
    という部分も少し不自然だと思います。中華王朝と朝鮮という読み方も出来なくはないですが、中華王朝(中国王朝)を中朝とする略し方はあまり目にしたことがありません。
    百田氏は、日頃使う中国+(北)朝鮮という意味での中朝を勢い余って使ってしまったのではないでしょうか。

  • 「日夜をいとわず力を尽くして争いを作る」は真木嘉裕訳からの引用文です。そのように「日本国紀」には書かれています。
    真木嘉裕訳が「日夜をいとわず力を尽くして争い”て”作る」を「日夜をいとわず力を尽くして争い”を”作る」とミスしている部分をそのまま訂正せずに引用したと思われます。
    なぜ訂正しなかったのかですが、それは「アンチ」の人達を引っかける為なのではと思う。
    百田さんは「刷りの違う本を1行1行チェックしているのだろうが、その情熱と執念には感服する。」と言っています。百田さんはたぶん「引っかかった」と笑っているのではと思う。

    • アンチを引っ掛けるため間違いをわざと残しておいたですって?
      それ、恐ろしく百田先生を侮蔑した推論。だって先生つい先日ツイートしてたじゃないですか。

       フォロワーの皆様にお願い!!
       恥を忍んで書きます。
       まだ『日本国紀』を購入されていない方は、今すぐお買い求めください!
       絶対に後悔はさせません!年末年始の最高の読書になります!
       ★このツイートに賛同してくれた方はリツイートをお願いします。
       15:24 – 2018年12月23日

      アンチはブロックしてるから、この購入・拡散をお願いされたフォロワーは基本的にはみな先生のファンか取り敢えずのウォッチャー。そんな友好的な人たちに「わざと間違えたもの」を押し付けて、絶対後悔させない!年末年始の最高の読書に!って、どんだけ悪徳作家やねん、酷すぎるよ百田しぇんしぇぃ…(涙)

      あ、それと、あなたの説では、「なぜ初版(1~4刷)段階では真木嘉裕訳であることを伏せたのか?」が解かりませんね。当初は「原典から自分が訳した」という体でしたよ。
      https://rondan.net/5459#i-2
      刷りの違う本を1行1行情熱をかけてチェックしてくれるかどうか判らない発売前の段階で、なぜわざと間違いを残し、かつ本来の訳者名を伏せて自分が誤訳の誹りを受ける気になったのか。発売前に直しておけば批判も受けず悪徳作家にもならずに済んだのに。
      鋭い考察をお待ちしています。

      • 「日夜をいとわず力を尽くして争いを作る」という文は初版から存在するのでしょうか?
        私は購入していないので推測しか出来ないです。もし最初から存在するのなら私の推測は間違っています。普通に考えたらミスに気づくと思って推測してみました。

        • 本記事中にもこうありますよ。
          >第1刷からあって見過ごしていた間違いです。

          確かに、普通に考えたら「争いを作る」では変だと気づきそうですが、そこがコピペ本のコピペ本たるゆえん。この、「原典に当たらず二次三次作からただ引き写したため誤りまで引き継いだ」事例はいくつも見付かっています。
          今回の部分の前段でも、「宮殿は朽ち府庫(ふこ)は空」と訳さねばならない所を「宮殿は破れている」と訳していて、「宮殿が破れる」って何??と思ったら実は真木嘉裕訳の「独自の間違い」をそのまま引き継いでいることが解かったりしました。(津原泰水氏の指摘)
          https://twitter.com/tsuharayasumi/status/1063779387156221952

          コピペの結果、実在しない謎の建造物をエルサレムに建立してしまったり、本来はインドネシア要人の発言とされる言葉をビルマの要人に語らせていたり。まだまだ出そう。
          『日本国紀』は歴史書としては × ですが、トンデモエンターテイメントとしては相当ハイクオリティですw

          • ”一頁近い新聞記事からのコピペ編集が発見される【仁徳天皇】”の記事には「日夜をいとわず力を尽くして争いを作る」はなかったです。どうして第1刷のときに間違いを指摘しなかったのでしょうか?

  • 素人のため誤りでしたら申し訳ないのですが、「不問日夜」は「日夜をいとわず」ではなく「日夜を問(と)わず」ではないのでしょうか。
    「いとわず」の漢字は通常「厭わず」と書くように思いますし、その場合、言葉の意味も「面倒なことを嫌な顔をせずに行う」といったものですから、「日夜を」の後に続く言葉としては些か不自然です。

    無論、記事中に記載のある後半部分と違い、「不問」はごく初歩的な漢文語彙のため、漢文が不得手であってもそうそう間違うものではありません。
    ですから、仮にも歴史を扱う作家でいらっしゃる百田先生がこのようなミスをなさるとは思えません。
    私が知らないだけで「不問」を「いとわず」と読み、この文章において不自然とならない意味とする用法があるのかもしれません。
    その場合には素人考えで意見したことを謹んでお詫び申し上げますので、後学のため御講義頂けますと幸いです。

  • 日本書紀の原文は漢文で書かれたものなんですね。日本書紀の名をもじった書籍の著者が漢文読解能力が無く、それでいて全て自分の頭で生み出したもので正しい、出典は無い、とはあり得ないじゃないかなww?実際、日本書紀には〜、と、原文参照したかのように展開して無残なコピペを晒しているんだね。

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